貝偏が財物を示すことは小學生でも知ってゐる。殷墟甲骨文の時から既に漢字多數。
黄河文明にとって貝類は稀少價値があり、貨幣となり得た。
長江文明の東南沿海部からの輸入品だらう。
長江文明が黄河流域に浸潤したことを象徴するのが貝偏の諸字だ。
殷が東方に興ったことから考へれば、齊魯を經て輸入されたと想像するのが自然だ。
近年の考古學もこれを證するさうだ。木下尚子教授の研究。
1.中国新石器時代から商周代において、海産貝類を威信財に用いる習俗は黄河流域に集中する。
2.黄河流域に認められる貝類は、2綱18科67種におよび、その9割以上がタカラガイである。
3.安陽殷墟で出土した貝類約1万個のうち、8割弱は現在の台湾、南中国海、琉球列島などの熱帯海域に生息するもので、2割弱は南中国海から東中国海に生息するもので占められている。
4.出土貝類の組成分析を踏まえると、これらがインド洋経由でもたらされた可能性は低い。
5.山東半島に、安陽殷墟と同様の貝類組成をもつ商周代の遺跡があり、貝殻の出土状況の検討から、この地の人々が中原への貝類流通に関わっていた可能性が高い。
6.中原で消費されたタカラガイは、台湾を含む中国東南沿岸域で採取され、山東半島を通って黄河流域にもたらされた可能性が高い。
7.中国においてタカラガイの消費量が増大する商周代併行期、台湾や琉球列島で玉加工品やこれに関わる製品が流行する。これはタカラガイの採取を目的として移動した人々の動きを反映する可能性がある。


一方、黄河文明では牛羊豚を祭祀に用ゐること秦漢以後まで續く。
牛羊で祭祀するのはメソポタミア文明以來普遍的だ。
牛羊馬等の家畜を産んだのがメソポタミア文明近傍であるから、
チャイナ特有ではない。陸のシルクロードからの輸入品だ。
そして牛馬が日本に輸入されるのは古墳時代以後なので、
『魏志倭人傳』では倭國に牛馬羊無しと記録されてゐる。

殷墟以來の漢字で、まづ多數の馬偏字は、そのまま
疾驅や驛傳など、馬そのものを形容する。
馬は食用に供せられない。

牛は祭祀(食用)に用ゐられ、
牛偏字は牛そのもの以外に祭祀の義が多い。
祭祀の比喩として牢、犠、牲、特、物などがある。
「牢」は、牛馬の檻であり、轉じて祭祀の牛を牢と呼ぶ。
犠と牲は勿論祭祀の獻げ牛である。
特は單獨で祭られる牛、特牲とも呼ぶ。祭祀の主役である。
物は『説文解字』で「牛、物の大なるものなり」とする。
これも多分祭祀の諸物中で主役が牛だといふ意だらう。
牢の主役は牛であり、太牢と呼ばれる。
白川靜「殷の社會」では殷を農耕社會として、
牛を農村の役牛とする。早くから家畜となった牛が主役である。

牛よりも早く家畜となったのは豚(豕)だらう。
日本でも豚はそのまま「しし」(にく)と呼ばれ、
農村で最も馴染まれた家畜だ。
家、冡(蒙)、逐、冢(塚)、豢、豚などのうち、
蒙・塚は豕ではない。逐はぶたを逐ふ義。
そして豢・豚は祭祀のぶたである。
他にも豕部では祭祀のぶたの義となるものが多い。

羊偏は、羊そのものを形容する群、羯、などのほかに、
比喩の字義も多い。義、善、美、羑、羞、羨などがあり、
聲符を兼ねるのは養、膳、祥などがある。
羞は後に饈に作り、獻げ供へる食用の羊である。
義は、『説文解字』義の條に曰く、
「己(我)の威儀也。我と羊とに從ふ。臣鉉等曰く、此れ善と同意なり、故に羊に從ふ、と。
 『説文解字』美の條に曰く、
「羊は六畜に在りて、給膳を主るなり。美は善と同意なり。臣鉉等曰く、羊大なれば則ち美なり、故に大に從ふ、と。段玉裁注に曰く、膳の言たる善なり。羊は祥なり。故に美は羊に從ふ。美は善と同意にして、美・善・義・羑、皆な同意なり、と。
『説文解字』羑の條に曰く、善を進むるなり、と。段玉裁注に、今は則ち「誘」行なはれて「羑」廢せり、と。つまり羑は誘の古字だといふ。諄々として善誘(善導)する意である。
羨は、良いと思ふこと。鄙見としては善と古音同じ。

このやうに羊を佳きものとする解は段玉裁以前から普遍的である。
或は牛に較べて羊は稀少價値があるから佳きものとされたのか、
それは分からない。
ただ牛豕に較べて羊はあまり祭祀的ではない。
羊は新たな外來文化だから祭祀では主役でなかったのだらう。
祭祀の太牢は牛、少牢は羊と豕である。
牛が祭祀の要であり、羊は脇役だった。
牛は農村の家畜、羊は遠く遊牧民の外來的動物である。
後の時代にも羊の毛織物は外來文化であり、
セーターは奢侈品である。

ところが市民圖書館の書架に、羊と貝のチャイナ文化論といふやうな書があり、
繙くと、美・善・義は周の祭祀文化で義を示し、
貝・財・貨・寶は殷の商業文化で利を示すといふ。
羊の周文化と貝の殷文化で今のチャイナ人を説明できるといふ。
ちょっと待って欲しい(朝日新聞)。

そもそも主役の牛を無視するのはどうしたことか。
牛部こそ字源からして祭祀の字である。
著者は羊が善物なるを借りてチャイナ人をイメージ向上したいのか。

しかも周の前の殷の甲骨文に既に美・義があり、周の造字ではない。
甲骨文の美、義は人名・地名にばかり用ゐられ、
通説としては佳き義は後の引伸だとされる。
かりに周人が地名人名の美・義に佳き義を賦予したとしても、
祭祀にもとづくとは言へない。
單に羊が外來の佳き物であるから佳き義が
産まれたとするのが通じ易い。

周の祖先と關はるのは姜字である。
周は姫姓だが、その始祖后稷の母親は姜姓の姜嫄であり、
陝西省西部の姜水のあたりの部族らしい。
後に太公望姜子牙も陝西省の磻溪で周の文王に見いだされた。
つまり周の父系は姜族ではなく、周の近隣部族が姜である。
羊が周の文化を代表するとは、とても言へない。

また、羑がやや晩い造字だと假定すれば
周の文王が羑里に囚せられたことに關聯づけることは
できるかも知れないが、他の字では筋が通らない。

評論家の字源説は怪しいものが多いので要注意。
常識的には、シルクロード文明が羊、長江文明が貝。
どちらもチャイナにとって外來文化である。
だから貝がたからもの、羊がよきもの、となるのだらう。
牛もシルクロードから來たが、早くに傳來して
農村に定着したので、外來イメージは稀薄である。
評論書としては、逆に羊と貝の「非チャイナ」文化論
とすれば、なるほど意味があるだらう。

義甲骨文
  ▲義の甲骨文。






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