『大清一統志』。
西暦1744年刊。福建省臺灣府の正式な領土線は
東に臺灣中央山脈の西麓まで、
北に臺灣島最北端の鷄籠(けいろう、ケラン、キールン、現基隆)まで
と明記されてをり、尖閣諸島はその遙か外側に位置してゐた。
特に鷄籠を「界」と明記する地圖が分かり易い。
以下は鷄籠界の擴大畫像。まづ國立公文書館藏、いしゐのぞむ撮影。
大清一統志内閣文庫鷄籠石井撮影

次にハーバード藏本。
https://www.worldcat.org/oclc/786426541
https://iiif.lib.harvard.edu/manifests/view/drs:428230742$14i
http://ids.lib.harvard.edu/ids/view/28497537?buttons=y
http://ids.lib.harvard.edu/ids/view/28497537?width=2400&height=2207
大清一統志ハーバード鷄籠

この『大清一統志』は西暦十七世紀末の『臺灣府志』から承け繼がれた二次的記述である。
『臺灣府志』記載の國境線の外に尖閣が位置することについては、
昭和四十年代から奧原敏雄氏が論じてをり、既に定説となってゐる。
 また『大清一統志』は後に第二版、第三版も製作されたが、領域はほぼ初版と変わらない。

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