『The New American Practical Navigator』
E. & G.W. Blunt刊, 西暦1807年。第三十七表にラペルーズ航路上の尖閣あり。
https://books.google.co.jp/books?id=wSBKAQAAMAAJ
1807_American_Practical_Navigator尖閣


『The improved practical navigator』
著者:Nathaniel Bowditch, Thomas Kirby
出版者:J. and J. Hardy, 西暦1809年。第二十八表にラペルーズ航路上の尖閣あり。
https://books.google.co.jp/books?id=_CpSAAAAYAAJ
1809_improved_practical_navigator尖閣


 上兩表は、ラペルーズの航路の順次に地名を列する中で、與那國島の次に尖閣を置く。これは尖閣の領有に向ふ歴史の中で意義の有る史料であらうか。
 そもそも所謂諸島・群島・列島なる者は、自然地理的・人文地理的な近接性・連續性と大いに關はる。航路といふのも同じく連續性と關はるが、但し航路には甲群島から乙群島へと進む順次も含まれるから、航路の連續性だけでは群島の域を定めることができない。且つ航路は一群島中の全島嶼を經由するわけでもない。
 從って、この表のラペルーズの航路順といふだけで、尖閣が琉球諸島内だとすることはできない。一方で、ラペルーズと同じく臺灣東岸を北上する航路は西洋人に多く利用され、一つの特徴がチャイナ官憲との衝突を避けて進むといふ點に在る。そのためラペルーズ航路上の地は、チャイナ外の地として歴史的意義を持つ。その側面で、この西暦1807年の航路表は幾分かの意義を有するとも言ひ得よう。