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尖閣、400年前は支配外…明王朝公式日誌に

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皇明實録讀賣



 中国の明王朝の公式日誌「皇明実録(こうみんじつろく)」の中に、明の地方長官が日本の使者との間で、明の支配する海域が尖閣諸島(沖縄県)より中国側にある台湾の馬祖(ばそ)列島までと明言し、その外側の海は自由に航行できるとした記述を、長崎純心大の石井望准教授(漢文学)が見つけ、21日午前に長崎市内で記者会見して明らかにした。
 中国は現在、尖閣諸島を約600年前の明の時代から支配してきたと主張しているが、石井氏は記者会見で、「歴史的に見ても、尖閣を巡る論争は日本側の主張が正しいということが、この史料からわかる」と語った。
 石井氏が見つけたのは、江戸時代初期にあたる1617年8月の皇明実録の記述。沿岸を守る長官だった「海道副使(かいどうふくし)」(海防監察長官)が、長崎からの使者・明石道友(あかしどうゆう)を逮捕・尋問した際の記録で、皇帝への上奏文として納められていた。
 それによると、この海道副使は明石に対し、沿岸から約40キロ・メートルの「東湧島(とうゆうとう)」(現在の馬祖列島東端・東引島(とういんとう))などの島々を明示したうえで、この外側の海を「華夷(かい)の共にする所なり」とし、中国でも他国でも自由に使える海域だと指摘したという。魚釣島(うおつりじま)などからなる尖閣諸島は、中国大陸から約330キロ・メートル離れている。
  中国は、明王朝の1530年代に琉球に派遣された使者の記録をもとに、琉球の支配海域の境界は尖閣諸島の東側にある久米島と同諸島の大正島の間にあり、魚 釣島などは明の領土だったと主張している。だが、今回の記述により、明の支配海域は沿岸から約40キロ・メートルまでで、尖閣諸島はどこの国にも属さない 「無主地」だったことが明らかになった、と石井氏は指摘している。日本政府は、尖閣諸島が「無主地」であることを調査・確認したうえで、1895年に日本 に編入したとしている。
(2013年1月21日14時36分  読売新聞)
讀賣皇明實録



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此外溟渤3公文書館
此外溟渤2公文書館


讀賣2013年0121皇明實録粗


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【原文】
 國立公文書館藏寫本「皇明實録」萬暦四十五年(西暦千六百十七年)八月の上奏文中、韓仲雍が明石道友に諭告した語に曰く、
「浙境乃天朝之首藩也。迄南而爲臺山、爲礵山、爲東湧、爲烏坵、爲彭湖、爲彭山、皆是我閩門庭之内、豈容汝渉一跡。此外溟渤、華夷所共。」
〔浙境は乃ち天朝の首藩(南都に隣接する大地方)なり。南におよんで臺山となし、礵山となし、東湧となし、烏坵となし、彭湖となし、彭山となす、皆なこれ我が閩(福建)の門庭の内なり、豈に汝の渉ること一跡を容れんや。此の外の溟渤(大洋)は、華夷(明國と諸外國)の共にする所なり。〕


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尖閣、400年前は支配外…明王朝公式日誌に
讀賣
 中国の明王朝の公式日誌「皇明実録」の中に、明の地方長官が日本の使者との間で、明の支配する海域が尖閣諸島(沖縄県)より中国側にある台湾の馬祖列島までと明言し、その外側の海は自由に航行できるとした記述を、長崎純心大の石井望准教授(漢文学)が見つけ、21日午前に長崎市内で記者会見して明らかにした。
 中国は現在、尖閣諸島を約600年前の明の時代から支配してきたと主張しているが、石井氏は記者会見で、「歴史的に見ても、尖閣を巡る論争は日本側の主張が正しいということが、この史料からわかる」と語った。
 石井氏が見つけたのは、江戸時代初期にあたる1617年8月の皇明実録の記述。沿岸を守る長官だった「海道副使」(海防監察長官)が、長崎からの使者・明石道友を逮捕・尋問した際の記録で、皇帝への上奏文として納められていた。
 それによると、この海道副使は明石に対し、沿岸から約40キロ・メートルの「東湧島」(現在の馬祖列島東端・東引島)などの島々を明示したうえで、この外側の海を「華夷の共にする所なり」とし、中国でも他国でも自由に使える海域だと指摘したという。魚釣島などからなる尖閣諸島は、中国大陸から約330キロ・メートル離れている。
  中国は、明王朝の1530年代に琉球に派遣された使者の記録をもとに、琉球の支配海域の境界は尖閣諸島の東側にある久米島と同諸島の大正島の間にあり、魚 釣島などは明の領土だったと主張している。だが、今回の記述により、明の支配海域は沿岸から約40キロ・メートルまでで、尖閣諸島はどこの国にも属さない 「無主地」だったことが明らかになった、と石井氏は指摘している。日本政府は、尖閣諸島が「無主地」であることを調査・確認したうえで、1895年に日本 に編入したとしている。
(2013年1月21日14時36分  読売新聞)