八重山日報 一月二十四日 第五面
尖閣諸島歴史問答~開拓の日に寄せて 長崎純心大学 石井 望准教授
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久米島と尖閣諸島との間の黑潮に、歴史上のチャイナ國境線が存在したと、
チャイナ側は主張する。その通りなのだらうか。

最終第八囘 鉦や太鼓で夢から醒めれば、そこは黑い溝の領土分界なのか
【チャイナ主張】
古くから尖閣の東側に「中外分界」が存在した。「中」はチャイナ、「外」は外國であるから、
尖閣の東側まで全てチャイナの領土・領海である。
【史料】清國・費錫章『一品集』 西暦千八百八年    
詩題「黑溝洋」、原註「中外分界處」
詩句「無端破我遊仙夢、鉦鼓喧天過黑溝。」
〔端(はし)無くも破る、我が遊仙の夢。鉦鼓天に喧(かまびす)しく黑溝を過ぐ。〕
王爺祭模型
【反論一】
 この「黑溝洋」は、尖閣諸島の東側の黑潮。尖閣諸島と琉球國との中間である。
しかし夢で仙境に遊んでゐる時に鉦(かね)や太鼓の祭りで目醒めたのだから、
夜間の祭祀であり、暗やみの中で溝を目撃できずに詠じてゐる。
他史料でも黑溝の祭祀は全て夜間に行なはれる。夜間に探照燈(サーチライト)が
有るわけでもなく、目撃できないのだから領土線・領海線とはならない。
【反論二】
 「中外」は内外に過ぎず、チャイナと外國とを指すわけではない。
歴代史料で「中外界」は尖閣の東でも西でも記録され、「中華界」は尖閣の西だけで記録される。
中華界と中外界とでは用語上の區別が有る。尖閣の東側にチャイナ領土線は存在しなかった。
【反論三】
 そもそもこの中外界を最初に記録した清國初葉の汪楫は、
琉球國の水先案内人から中外界の存在を聞かされた。
水先案内人は琉球の内外といふ意で中外と語った可能性が極めて高い。

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第七囘「尖閣までの距離はチャイナが近いのか」はこちら
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