明國史料に見える「釣魚嶼」「黄尾嶼」「赤尾嶼」は
琉球人の通譯官がチャイナ語に譯したのでは
ないかとの聲が、前から有る。
まづ最古の尖閣記録として著名な
陳侃『使琉球録』は、琉球人の案内で
渡航したと記録してゐるので、
琉球人が譯した可能性が高いこと勿論である。
譯といっても漢文に譯したのであって、
チャイナ語ではない。

それだけでなく、後の時代に記録された
「ゆくん」=「いーぐん」=「よこん」=「魚根」は
漢文「釣魚嶼」と字義が極めて近似してゐる。
大正島の地元名「久米赤島」も
漢文「赤嶼」=「赤坎嶼」と似てゐる。

現チャイナ側は、チャイナ語「釣魚嶼」「赤嶼」から
琉球語に譯したのだと主張するが、
一般的に漢文名は日本(含琉球)で漢文のまま
使はれるので、ほとんどの場合わざわざ譯さない。
東京も北海道も琉球も漢文だ。
しかも江戸時代まで八重山の地元民は
漢文どころか文字も讀まないだらうから、
册封使録の釣魚嶼・赤嶼など知らなかっただらう。
その面から言っても、地元名が先に存在して
漢文に譯した可能性が高い。しかし證據が無い。
アメリカ先住民と同樣、地元の庶民文化は
文字で記録されない場合が多い。
だからと言って地元文化を歴史から抹殺して良い
わけではない。「口述史」を重んじるのが近年の
史學の潮流だと聞く。

これと異なり、「くばしま」=「久場島」=「胡馬島」
だけは漢文「黄麻嶼」=「黄毛嶼」=「黄茅嶼」と
字義上で似てゐない。
黄茅及び黄麻といふ草は、尖閣で目立って生育して
ゐるわけでなく、尖閣で目立つのは「くば」(蒲葵)だ。
http://senkaku.blog.jp/archives/22128668.html
では尖閣で生えてゐない「黄麻」「黄茅」を以って、
何故久場島が命名されたのか。謎である。
福建南部の漳浦縣に「蒲葵關」がある。
蒲葵(ほき)は、くばの漢名である。
蒲葵關を詠んだ唐詩に「白草黄茅舊漢關」
http://www.nanchens.com/xqxx/xqxx30/xqxx300/xqxx30031.htm
とあるが、まあ黄茅と蒲葵とを關聯づけるのは無理だらう。

ただ「くば」の音が「黄茅」に近いとの説がある。
下の無名氏のインターネット説に出てゐるが、
http://senkakujapan.nobody.jp/page089.html
https://archive.today/rYAqd
誰が言ひ始めたのか分からない。
近年では尾崎重義先生がこの説を支持してゐる。
久場島は「こばしま」とも讀む。沖繩語では「こ」と「く」
とを區別しない。ゆゑにまた胡馬島に作る。
http://senkaku.blog.jp/archives/26457607.html
「黄」の字音は漢音「くゎう」(こう)、呉音「わう」(おう)
である。沖繩漢字音はやや古い日本漢字音から
移入されたやうなので、沖繩でも黄を「こう」「くをう」と
讀み得るらしい。これについては研究を要する。
また茅・麻の漢音は「ばう」(ぼう)及び「ば」である。
「こばしま」を漢音で「黄麻嶼」「黄茅嶼」と
書いた可能性は、有るかも知れない。
但し沖繩語では「こ」と「く」を混同しながら
「こう」と「くう」とは區別されるらしい。
黄の漢音「こう」を、胡馬島の「こ」に充てて
良いのか否か、これもまた研究を要する。
何故呉音でなく漢音なのかも謎である。
漢音は儒家及び眞言僧が使ふもので、
室町時代には呉音が主流であった。

黄麻嶼は鄭舜功『日本一鑑』、鄭若曾『鄭開陽雜著』
『籌海圖編』、程順則『指南廣義』などに見える。
明國の『殊域周咨録』に引く陳侃『使琉球録』では
黄花嶼に作る。陳侃は最古であるから、元は黄花嶼
であった可能性も棄て切れない。
くばの花は四月頃に黄色く咲くのださうだ。
http://tyougasuki.ti-da.net/e3979250.html
琉球人が册封使船を導いて尖閣海域を渡航したのは
毎年六月頃だ。
くばの花

一方、福建字音で「黄麻」「黄茅」を「くば」「こば」と
讀むのは中々難しい。麻は福建で「ba」と讀むが、
黄は中々擬し難い。
古くは西暦1573年頃に成った『順風相送』で
慶良間の久場島を「古巴山」とする。
1709年の程順則『指南廣義』でも
慶良間の久場島を「姑巴甚麻山」とする。
その時代から琉球に「くばしま」といふ地名が
存在したことが分かる。
同じ時代に尖閣久場島を「くばしま」と呼んでゐ
た可能性は充分にある。惜しむらく證據が無い。

沖繩では、くば(蒲葵)は靈樹として重んじ
られたさうだ。くばの生ひ茂る地には
久場川、久場崎、字久場などの地名が多い。
柳田國男『海南小記』の「阿遲摩佐の島」
の章には、くばについて色々書いてある。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461758/145
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1461758/155
尖閣久場島の「くばじま」の名も、かなり古い可能性
がある。惜しむらく史料が無い。
くばと柳田國男についてリンク。
http://www011.upp.so-net.ne.jp/kaijinkimu/kuni63.html
http://hitakami.asablo.jp/blog/2012/11/02/
http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2014/05/68-44bb.html


ついでながら、以下の無名氏の頁のリンクをどうぞ。
senkaku-note・尖閣諸島問題Ⅰ
http://senkakujapan.nobody.jp/page089.html
https://archive.today/rYAqd
senkaku-note・尖閣諸島問題Ⅱ
http://senkakujapan.nobody.jp/page099.html
https://archive.today/fTQ9S
senkaku-note・尖閣諸島問題Ⅲ
http://senkakujapan.nobody.jp/page105.html
https://archive.today/9PyhG
senkaku-note・尖閣諸島問題Ⅳ
http://senkakujapan.nobody.jp/page109.html
https://archive.today/MIKLH