1810年、山田聯の《地球輿地全圖》(明治大學藏)では、
釣魚臺・黄尾嶼・赤尾嶼を臺灣及び清國と同じ灰色に塗る。
http://servi.lib.meiji.ac.jp:9001/StyleServer/calcrgn?cat=Ashida&item=/004/004-012-00-00.sid&wid=950&hei=700&style=simple/ashida_view.xsl
山田聯地球輿地全圖明治大學
先日出席した某論壇で、劉江永氏がこれを以て私に詰問した。
私は「これは百も二百もある尖閣史料中、唯一チャイナに有利な史料です」
と答へた。劉江永氏は「一つだけで充分でせう」と大聲で疊み掛けた。
 私の答へ方は少し甘かった。『尖閣反駁マニュアル百題』の
第382頁に書いた反駁が、咄嗟の間に喉から出なかったのだ。
 山田聯と同時代の清國で刊行された多くの史料が
清國臺灣府の界域を東は大山(臺灣島中央山脈)まで、
北は鷄籠(今基隆)までと記録してをり、釣魚臺・黄尾嶼・赤尾嶼は
全て清國の界外に在るため、山田聯の色と衝突する。
清國自身の記載を基準とすべきで、山田聯の色は事實に符合しない。
例へば1810年齊鯤『渡海吟』で鷄籠山(今基隆)を詠んで曰く、
「鷄籠山に過ぐ中華の界」と。
1744年初修『大清一統志』卷271臺灣府及び
1820年『嘉慶重修一統志』卷437臺灣府にも均しく曰く、
「東のかた大山の番界に至り、北のかた鷄籠城の海に至る」と。
 
 以上が確定的反駁だが、更に重箱の隅をつつけば、
山田圖では南杞山(現南麂列島)・彭佳山(現彭佳嶼)が與那國島より
も東へ張り出してゐる。實際には兩島は與那國島よりも西方だ。
かりに尖閣から遙かに遠い場所で誤りが有るなら良いが、
すぐ近くの與那國島をこんなに大きく誤ってはいけない。
南杞山は歴代チャイナ最前線の據點となってをり、
http://senkaku.blog.jp/archives/19381121.html
正確に認識すべき重要な島だ。山田氏は釣魚臺を
現尖閣諸島の島として認識できてゐたのかどうか疑問である。

 また山田氏圖では無人島(小笠原諸島)及びマリアネス(マリアナ)諸島
が尖閣と同色である。山田氏自身にとって歸屬の分からない島を
暫時清國と同じ灰色に塗ったと解釋できる。
山田聯圖マリアナ

いしゐのぞむ著『尖閣反駁マニュアル百題』
第323、329及び382頁。集廣舍2014年5月刊。
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986/