- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 

Edward Stanford (1827-1904)
Stanford's map of eastern China, Japan and Korea the seat of war in 1894.
オーストラリア國立圖書館圖庫、MAP RM 231.

http://nla.gov.au/nla.map-rm231

この地圖では、海域を大きく分けた楕圓形で尖閣を先島諸島に入れてゐる。
臺灣島の楕円形と先島諸島の楕圓形とが重なってをり、
尖閣は先島諸側の楕圓の西北端に入れられてゐる。
そして先島諸島は沖繩と同じ紫、臺灣は青。尖閣を沖繩としてゐる。
日清戰役中、臺灣が日本に割讓される直前である。
Stanford 1894
但し、1898年の類似圖「Map of China prepared for the Desk Hong List」
1898. MAP RM 2412
http://www.nla.gov.au/apps/cdview/?pi=nla.map-rm2412-s1-v
の中では、尖閣は兩方の楕圓の外側に在る。無主地としての扱ひである。
1898RM2412豪洲
RM2412豪洲1898

次に、 William Dallas
Bernard製、
「East coast of China from Canton to Nanking」 1845.
オーストラリア國立圖書館圖庫 MAP RM 275.
http://nla.gov.au/nla.map-rm275
チャイナ東岸1845
これはベルチャー船長のサマラン號航海の同年だ。
ロンドンで發行されてゐる。
イギリスのWilliam_Hutcheon_Hallらが鴉片戰爭中に留めた記録にもとづく。
イギリスは本來ならばサマラン號にこの廣東から南京までを測量させるのが目的だった。
その意圖を示す先行地圖がこれだ。「サマラン號に測量させるべき清國沿岸圖」と呼び換へてよい。
そして、尖閣は枠外だ。サマラン號が尖閣を清國外と看做してゐたことを輔佐的に示す圖と言へる。
輔佐的な圖は他にもある。
http://nla.gov.au/nla.map-rm2980
http://nla.gov.au/nla.map-rm2981
http://nla.gov.au/nla.map-rm2982
http://nla.gov.au/nla.map-rm2983
サマラン號の測量海域については拙著「尖閣反駁マニュアル百題」第366-370頁をご參照頂きたい。

ついでながら、
George Philip & Son.「China」 1856. MAP RM 236.
http://nla.gov.au/nla.map-rm236
この地圖、チャイナ圖に尖閣が含まれて、ちょっと惜しい。
遺憾ながら、Kumi Island(與那國島)も含まれてゐるので、
チャイナ側の主張には使へない。惡しからず。

世間には侃侃諤諤と喧喧囂囂とを混同する人が多い。全く別である。恥づかしいので氣をつけて欲しい。

侃侃諤諤は面と向かって個人對個人の激しい議論。
喧喧囂囂は顔の見えない外界の多數の議論。

侃侃諤諤は正論。剛直。肯定的に評價される有益な議論。
喧喧囂囂は誹謗。喧噪。否定的に評價される邪魔な議論。
喧を「かまびすしい」「やかましい」と訓讀みするので分かる筈。

侃侃諤諤は侃侃と諤諤といふ二語の竝列であって、侃諤といふ語は無い。
喧喧囂囂は本來ただの「喧囂」であって、むやみに反復形式にしてはいけない。
http://kotobank.jp/word/%E5%96%A7%E5%9B%82
特に時間的空間的ひろがりを強調するときだけ喧喧囂囂といふ反復形式にする。

侃侃諤諤の士、諤諤の士。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959095/65
http://web1.kcn.jp/syushin/sakuta-soichi.htm

喧囂の衆、喧喧囂囂の衆。

下のブログに中々良い圖が載ってます。
http://blog.livedoor.jp/cachaca/tag/%E4%BE%83%E4%BE%83%E8%AB%A4%E8%AB%A4
侃侃諤諤喧喧囂囂

伊井茂氏が古地圖を新發見!
オーストラリア國立圖書館藏、
西暦千七百七十六年、Rigobert Bonne(ボンヌ)氏製、
「L'empire de la Chine」(支那帝國)。請求記號:MAP RM 199

http://nla.gov.au/nla.map-rm199
Bonne1776豪洲國家館
1776年Bonne豪洲舘
赤嶼が緑色、釣魚嶼・黄茅嶼などは無色。
Patchon(八重山)とTaypin(太平山=宮古島)と琉球國と臺灣東部まで緑色。
十八世紀には臺灣東部は猶も清國領土線外であった。
また古い時代には沖繩と臺灣とを併せて琉球と呼んでゐたので、
清國外であれば琉球國内だといふ認識になり易かった。
いしゐのぞむ・伊井茂・赤染康久共著「尖閣南北航路説」第三百七十二頁
(卷前彩色圖九、『尖閣反駁マニュアル百題』第四部附録)
にこれと同じボンヌ圖をラムゼー圖庫から引用したが、 

http://www.davidrumsey.com/luna/servlet/detail/RUMSEY~8~1~20488~540086
彩09切取1791ボンヌrumsey2612058
西暦千七百九十一年だった。伊井氏發見圖は千七百七十六年、相減じて十五年溯り貴重だ。
しかも二圖存在することにより、隨意の手彩でなく、定まった分色だったと分かる。
まだまだ世界のデータベースや古地圖店から出て來るだらう。
伊井さんが見つけて下さると有り難い。内閣府領土室と外務省の皆さん、何してますか。

7月11日、菅義偉・内閣官房長官が外國特派員協會で講演を行ひ、
海外メディアに對し、安倍政權發足後の成果についてアピールした。
http://blogos.com/article/90308/?p=2
https://www.youtube.com/watch?v=n-tloKKRN2g#t=26m53s
西洋記者問:
尖閣諸島は、中国では釣魚台と呼ばれておりまして、この名前は数百年前から存在していると言われております。日本では、英国の方が島を発見してピナクル、つまり尖っている山と名付けたものを尖閣諸島と名づけたと言われています。1972年、日本と中国は、外務副大臣も参加する場で、この問題を"棚上げ"しようと決めたわけですが、その後日本側が国有化しました。"日本を取り巻く安全保障が厳しくなった"という表現を使われていますが、それは日本政府が尖閣諸島を国有化したことに対する反応ではないかと思う。

菅官房長官:
日本はまさに国際法、法の支配のもとで政治を行っていきたいと思っておりますから、そういう意味で、歴史的にも国際法上もわが国の固有の領土であることに変わりはないのであります。

石井評:
いつもの駄目な囘答だ。なぜ「さういふ意味で」といふ前提を要するのか。
どういふ意味でも尖閣の歴史は日本の領有に向かふ大趨勢であった。
それを理解してゐない。拙著『尖閣反駁マニュアル百題』をさっさと購入して、
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986
以下のやうに正しく返答して欲しい。
「釣魚嶼とは、琉球國公務員が明國使節を案内して尖閣を渡航した際に
記録された島名です。當然チャイナ名と定義することはできません。
尖閣史上の琉球國人の役割を正しく評價すべきです。」

菅義偉


表紙6

尖閣航路の最古の記録は嘉靖十三年(西暦千五百三十四年)、琉球國から派遣された公務員が
明國使節船中で水先案内をつとめ、尖閣海域を案内した。
https://www.youtube.com/watch?v=a-wNsD_F2Iw
琉球國から派遣された公務員は「三十六姓」と呼ばれ、その祖先は福建人であった。
傳説上、明國初期に琉球國に入籍したとされてをり、後の嘉靖二十六年(西暦千五百四十七年)
には早くから琉球に入籍してゐた記録も有る。
https://www.youtube.com/watch?v=VKoJnhNWOyQ
しかし勘違ひしないで欲しいことは、福建人は元々チャイナ人ではない。
それは漢字音分布(方言)から分かる。 七大方言圖
七大方言
七大方言のうち六大までがチャイナ東南部に偏在してゐる。
これは東南部がチャイナに征服され、日本語・越南語・朝鮮語などと同じやうに
それぞれの民族語で漢字を讀んでゐるからだ。
西南部の四川が北方方言であるわけは、近世清國初期の大虐殺「湖廣填四川」
の時に住民が入れ替はったためと考へられる。
雲南省は近代まで漢字文化圏ではなかったため、近代北方語に制壓された。
この七大方言圖は漢字音學の最も基本とされるもので、學校の教科書にまで載ってゐる。
要するに福建人は元々チャイナ人ではなく、チャイナに征服された人々だ。
福建には近年まで漢字を使はぬ「蜑民」(たんみん)と呼ばれる先住民が留存してゐた。
蜑民と福建人との違ひは、漢字を使ふか使はないかである。どちらも元は先住民であることに變はりない。

さて、本題の稻について述べよう。
近年の報道で、樣々な文化の起源がチャイナだといふ説が流布してゐる。
http://www.afpbb.com/articles/-/2906768?pid=9657341
このリンクのやうに稻作はチャイナ起源だといふのもその一つ。
しかし珠江流域(廣東)起源はチャイナ起源ではない。
古代の廣東はチャイナ統治下ではないし、現在の廣東語も、民族語で漢字を讀んでゐるだけだ。
この種の報道もチャイナの宣傳であり、アメリカ人も日本人もまんまと乘せられてゐる。以下、稻の報道の原文。
-----------------------
すべての栽培米、起源は中国・珠江  英誌ネイチャー
2012年10月13日 10:50 発信地:パリ/フランス
【10月13日 AFP】栽培されているコメ全種類のDNA分析を行った結果、すべて中国南部・珠江(Pearl River)流域を起源としていることがわかった。3日の英科学誌ネイチャー(Nature)で発表された研究論文で明らかになった。
 小麦、トウモロコシと並ぶ三大穀物として世界中で食されているコメ。数百に及ぶ種類があり、その起源については長年論争の的となっており、なかには栽培化は世界各地で同時に始まった、2種類の系統が並行して登場した、などの説もある。
 しかし今回発表された論文によると、世界で初めて栽培されたコメはジャポニカ米で、数千年前に珠江の中流域に自生していた野生のイネから育てられたとされる。栽培米の品種は、大きく分けてジャポニカ米とインディカ米の2系統に分けられる。前者が短く弾力性があり、後者は細長く粘り気が少ない。
 中国科学院(Chinese Academy of Sciences)、上海生命科学研究院(Shanghai Institute for Biological Sciences)の韓斌(Bin Han)氏率いる研究チームは、コメのDNAの塩基配列を構成するわずかな文字列の違いについても比較するため、商業的に栽培されているコメの祖先にあたる野生のイネの地域別446品種と、ジャポニカ米、インディカ米合わせて計1083品種の膨大なデータベースをまとめた。
 それらのイネの系統をたどっていった結果、インディカ米はジャポニカ米とは別に野生種から栽培されるようになったという説を反証できるとチームは述べる。それどころか最初のインディカ米は、ジャポニカ米と野生米を交配させ生まれたとし、またこの交配種が東南アジア、南アジアへ広がり、各地でその地域の条件に合うように改良品種が栽培されていった結果、ジャポニカ米とは別のインディカ米という亜種の系統が確立したとした。
 このゲノムの比較は植物育種家にとって重要な情報であり、改良の際に加わった55種類の遺伝子特性を突き止めることができたという。
 今回の論文では栽培が始まった具体的な時期について触れていないが、昨年米科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences、PNAS)で発表された研究によると、コメの栽培は約8200年前に始まったとされており、これは中国・揚子江渓谷(Yangtze Valley)で発見された考古学的な資料と一致するという。(c)AFP
http://www.afpbb.com/articles/-/2906768?pid=9657341


ベネトンがチャイナ主張(棚上げ)を一方的に支持するビデオを公開しました。
https://www.youtube.com/watch?v=arSUUCgDwqs
ヤフーにも大きく掲載されて話題になってゐます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140701-00000004-jct-soci
http://www.j-cast.com/2014/07/01209279.html
ビデオではチャイナ語でなく廣東語で喋ってゐるのが救ひです。香港人でせう。
しかし字幕は日本語と英語だけ。明らかに日本人向けにチャイナ主張を宣傳してゐる。
平和の象徴パンダがチャイナ人、戰鬪的な怪獸が日本人。明らかに日本を貶めてゐる。
ベネトンに下の抗議文を送りました。
https://www.benetton.jp/faq/contact/

--------------
尖閣諸島でチャイナ主張(棚上げ)を支持するビデオを
作成公開されたことに抗議します。
尖閣(釣魚嶼)海域は1895年以前に無主地、1895年から日本領土です。
1461年の『大明一統志』以後終始一貫してチャイナ國外と記録され、
1534年に琉球國公務員が明國使節を案内して釣魚嶼海域を渡航したのが
島名の最古の記録です。尖閣も釣魚嶼も日本名です。
歴史上チャイナは一度も尖閣領有めいた動きがありませんでした。
チャイナは命名も發見もしてゐません。全て虚構です。
その他の詳細は拙著『尖閣反駁マニュアル百題』で學んで下さい。
拙著リンク:
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986
尖閣史を勉強する暇が無いのなら、そもそも尖閣ビデオを製作しないで下さい。 

ベネトン

-------------------
China語譯:
貴公司(班尼頓)發布尖閣諸島視頻,公然單方面支持China的主張(即擱置爭議),本人抗議貴公司行為。尖閣(釣魚嶼)海域在1895年以前是無主地,1895年以後是日本領土。自公元1461年古書『大明一統志』開始,諸多史料始終一貫將釣魚嶼記載為China國外,1534年琉球國公務員導引明國使節航渡釣魚嶼海域,成為最早的島名紀録。尖閣及釣魚嶼都是日本名。在歴史上,從來沒有過China勢力類似延伸至尖閣的紀録。China從不命名他,從不發現他,其主張全屬虚構。詳情請看最新刊鄙著『尖閣反駁マニュアル百題』,以資學習。如説無暇顧及學習尖閣古史,那麼不該製作竝公開尖閣視頻。
Benetton has released video of  Senkaku Islands, openly and unilaterally supported China's assertion (shelve disputation), I protest against your company's behavior. Senkaku (Chogyo-sho in old Japanese; or Tiao-yu-su in old Pekin pronunciation of the same Japanese name) Island until 1895 was terra nullius, after 1895 has been Japan's territory. Since the year 1461, the classic document "Ming Yi Tong Zhi" was edited, many historical documents has recorded Chogyo island as outside of China, 1534 Ryukyu public servants has leaded the Ming envoys through Senkaku sea zone, forward to the nation Ryukyu. It became the first record of the island's name. In the history, China has never been extended any forces to Senkakus. China has never named it, has never found it, China's assertions are fictitions. For more details, please see the latest published work: "Senkaku Refutation manual 100" for your purpose of learning. If you say you have no time for your learning about Senkaku old history, you must not publish Senkaku video.

昨晩のNHKスペシャル「シリーズ故宮」第二囘「皇帝の宝 美の魔力」。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20140629
かなりひどい内容であった。
イスラム天文學の技術による天象儀に皇帝の龍の裝飾が施されてゐる。
ヨーロッパの旋盤技術による象牙球にも皇帝の龍の裝飾が施されてゐる。
NHKの結論:皇帝は多民族國家を統治するために苦心し、中華皇帝の工藝品にまで諸民族の文化を取り入れて大きな度量を示した。

研究に於ける定説は逆だ。
西方の優れた諸文明をチャイナ文人が受け容れないので、
受け容れさせるために滿洲皇帝は中華思想に對して妥協した、
とするのが正しい。
明國の朝貢貿易をやめて、清國皇帝は自由貿易にしようとしたが、
チャイナ官僚輩の抵抗に遭ひ、讓歩したことなどが知られてゐる。
皇帝自身は多民族の側であり、中華思想のチャイナを統治するために苦心したのだ。
天象儀や象牙球に反映された技術はチャイナ統治下の民族のものでなく、
チャイナ以外の大文明の技術である。
話が完全にすり替はってゐる。

録畫しなかったので、再放送を待ってから詳細に論じよう。
再放送期日は未定のやうである。再放送を逃さぬやうにせねば。
http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20140629

象牙球
ついでながら、象牙球については、放送後にインターネットを見ると、下の論文がある。
素晴らしい研究だ。今度取り寄せてみよう。
施靜菲,〈也是舶來品:清宮中的西洋鏇床〉,《美術史研究集刊》,32期(2012),頁171-238。
施靜菲,〈你所不知道的廣東象牙球〉,《紫禁城》,203期(2011),頁20-36。
施靜菲,〈象牙球所見之工藝技術交流:廣東、清宮與神聖羅馬帝國〉,《故宮學術季刊》,25卷2期(2007),頁87-138。
http://homepage.ntu.edu.tw/~artcy/03_1_t02.html
http://mingching.sinica.edu.tw/newsletter/026/20110923.html
http://exchange.mh.sinica.edu.tw/?p=3341


拙著『尖閣反駁マニュアル百題』、
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986
ただいまアマゾンで品切れ。古本屋の最高値4500圓。
版元に在庫はまだ有ります。早く入荷して欲しい。

amazon-logo
アマゾンで「入荷待ち」でなく「お取り扱ひできません」と表示される理由は
この↓リンクに出てゐます。要するに急に賣れると對應できず止めるさうです。
http://iidabashiueno.wordpress.com/2012/03/10/
急いで購入される方々は、6/27金曜夜の討論會で入手できます。
----------------------------------
http://senkaku.blog.jp/archives/8309682.html

單なる祝賀會ではありません。尖閣論戰で全勝するために
熱い討論を行なひます。領有權を信じる人も、疑ふ人も、
どなたでもご參加下さい。論駁は受けて立ちます。
http://isii-nozomu-shykugakai.jimdo.com/
6.27(金)反中世論戦出陣式 いしゐのぞむさん 「尖閣反駁マニュアル百題」 出版祝賀会(講演と宴会)
● 中国の古典籍を調べ上げ、尖閣諸島に中国政権の支配が一切及んでいなかったことを実証し、中国の政治宣伝を完膚なきまでに崩壊させ続ける長崎純心大学のい しゐのぞむ(石井望)准教授の著書『尖閣反駁マニュアル百題』がこのほど集広社から刊行され、これまで日本人も知らないできた歴史の真実が内外にはっきり と示されることが期待されます。そこでこの良書の門出にあたり祝杯を挙げるべく、下記の要領で出版記念会を開催しますので、憂国の士各位の奮ってのご参加をお待ち申し上げます。(出席の方には本書を贈呈)
“反中世論戦”出陣式!いしゐのぞむさん『尖閣反駁マニュアル百題』出版祝賀会  (講演と宴会)
日時 平成26年6月27日(金)
開演:18時30分~21時(開場 18時)
場所

文京区民センター 3―A  〒113-0033 東京都文京区本郷4丁目15−14

(文京シビックセンターの斜向い)
   交通:都営三田線・大江戸線「春日駅」徒歩2分  
   東京メトロ丸ノ内線・南北線「後楽園駅」徒歩5分

地図

文京区民センターのHP

祝賀会会費

4,000円 ※『尖閣反駁マニュアル百題』(集広社・二千円+税)を贈呈致します。
発起人 (五十音順) イリハム・マハムティ 葛城奈海 
黄文雄 小坂英二 永山英樹  西村幸祐
 水島総  
お申込み
お問い合わせ
祝賀パーティへの御参加には、お申込みが必要です。(講演会のみは不要)
① 当ホームページの「お申込みフォーム
③ Email  twkenkyuforum@yahoo.co.jp
② お電話 090-4138-6397にて承ります。
 ※facebookのページはこちら
チラシ 参照
プログラム ● 記念講演
演題「尖閣の“台湾附属島嶼説”崩壊」
講師 いしゐのぞむ氏(著者・長崎純心大学准教授)
● 記念討論会 
討論テーマ「尖閣防衛!民間の闘い」
【登壇者】
いしゐのぞむ氏
   ×
水島総氏 (チャンネル桜社長・頑張れ日本!全国行動委員会幹事長)



● 祝賀パーティ http://isii-nozomu-shykugakai.jimdo.com/%E3%81%8A%E7%94%B3%E8%BE%BC%E3%81%BF/
立食形式で行います。



黄西村水島

---------------------------------

http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986

『尖閣反駁マニュアル百題』(集広社・二千円+税)
尖閣有史480周年記念出版! 
「歴史で議論すれば日本の完勝である」
京都大学中国文学出身の気鋭の漢文学者が尖閣古典史料を網羅研究し、その核心部分を抽出。歴史ある我が国の領土-尖閣に関する中国と一部日本識者の謬説に対し、わかりやすく反論・解説した一冊。
【目次】
第一章 なぜ今、尖閣前史か
第二章 現代の論説に駁す
第三章 史料百題指南
第四章 尖閣南北航路説