- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 


H30賀印刷版

謹 賀 新 年
  平成戊戌元旦

 詠史賀泰平

三仙臺下水中神
(臺在中華民國臺東縣北界、神名イロク) 
魚餌鯨呑空釣綸 
(大正三年『蕃族調査報告書』海岸蕃條) 
修志同宗黄御史 
(黄氏『使槎録』詳朝日新聞十一月十七日電子版)  
郢書燕説五十春
(尖閣議始於昭和四十三年、詳石平『眞實の尖閣史』
 十作諶、倣杜牧「江南春」故事)

三仙臺下、水中神
(臺は中華民國臺東縣の北界に在り、神名イロク) 
魚餌鯨呑、釣綸むなし 
(大正三年『蕃族調査報告書』海岸蕃條) 
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1876213/153
志を修むるはともに宗とす黄御史 
(黄氏『使槎録』は朝日新聞十一月十七日電子版に詳らかなり)  
https://www.asahi.com/articles/ASKCK4Q7WKCKUTFK00N.html

郢書燕説五十春
(尖閣の議は昭和四十三年に始まる、
 石平『眞實の尖閣史』に詳らかなり。
 十の諶に作るは、杜牧「江南春」の故事に倣ふ)

http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594077730
石平表紙撮影4

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渡邊拓仙臺市議會291218

仙臺市議會 渡邊拓(ひろし)議員質問ビデオ。

http://www.sendai-city.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=3916

伊達藩黑はばき組の文化財が廢棄された事に始まり、全編が焰の質問。

全編聽いて頂きたいが約十分過ぎから尖閣。

切り取り版は下リンク。

https://www.youtube.com/watch?v=4zIufO1MHXY



尖閣部分の質問原稿は同議員フェイスブックより。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1748191821891759
【議会質問原稿】
平成29年度第4回定例会一般質問
171218 太白区 わたなべ 拓
「(上略)本市内に所在の未指定文化財には、書籍や地図なども含まれるのであります。なかでも、周辺懸念国からの侵略の脅威に直面している我が国固有の領土「尖閣諸島」関係の貴重な資料が本市内に所在していることはあまり知られていません。

 先月、台湾による「尖閣領有」の主張を、1970(昭和45)年に台湾政府が発行した公式地理書「台湾省通志」をもとに学問的に否定した長崎純心大学の石井望先生にお話を伺いました。
 たとえば、①東北大学平山文庫所蔵の17世紀末の航海図『船乗ひらうと』は、長崎・与那国間における尖閣諸島経由の航路を明記する内容で、同時代以前のチャイナ福建側の史料には同航路が全く登場せず尖閣がチャイナとは無縁の地であったことを示すものであります。これは尖閣諸島が、歴史的に我が国の勢力圏内にあったことを立証する一次資料であり、最高の貴重書でありますが、文化財指定はされておりません。
 また、②東北大学狩野文庫所蔵になる19世紀清国の書籍『洋防輯要』、「尖閣諸島とは釣魚嶼である」とする台湾の主張を権威あるチャイニーズの先学が否定する内容であり、我が国にとり重要な一次資料であるが、電子画像は未公開であります。

 そこで、我が国尖閣諸島の歴史を国民が正しく理解するための貴重な一次資料を、閲覧による汚損や、懸念国による毀損行為から護るためにも、当該史料を本市において文化財指定し保護するとともに、同史料を高精度の彩色電子画像化してインターネット上で公開してはいかがでしょうか。これにより、我が国のみならず世界中の人々が申請を経ずに同史料を自由に閲覧できるようになり、世界に対する大きな学問的貢献となり、ひいては国益擁護にも資するのであります。これは「学都」仙台という本市の都市ブランディングにも資する誠に意義ある文化的貢献となることでしょう。既に、東北大学図書館と本市の間では『漱石文庫』のマイクロフィルム化を共同実施した先例もあります。さらには、電子画像化費用を仙台市が支弁することは東北大サイドにも一定のメリットがあり現実的な施策といえますが、当局の所見を求めます。」
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以上、渡邊拓(ひろし)議員 フェイスブックより。
以下、議員に提供した仙臺市内貴重尖閣史料十種情報の内、
議員に採用して頂いた二種を解説する。

まづは『ひらうと』(ぴろーと、PILOT)。
長崎純心大學大學院『人間文化研究』第十五號所收の
「尖閣海域史辨妄」にもとづき、以下にまとめる。

『船乘ひらうと』東北大學平山文庫藏、西暦十七世紀末。貴重度最高。
貞享2 西暦1685  資料番号: 00080338541. 平山文庫請求記号MA/667

https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA88438236
https://opac.library.tohoku.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=TT21695700
http://www.i-repository.net/il/meta_pub/G0000398wasan_4100017490
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200001l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200013l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200014l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200064l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200065l.png

船乘ひらうと東北大學デジタル

女島ーレイシー與那國ータバコ島ーバシー諸島ーマニラと南下する航路。
女嶋(めしま):長崎五島列島の南の男女群島の女島。
れいし(連いし):尖閣。長崎の南西、與那國の北北東に位置する。
よなこ嶋:與那國島。
たばこ嶋:臺灣東南側の島、今の蘭嶼。

【評】長崎與那國間の尖閣南北航路を明記する。チャイナと無縁の航路。



船乘ひらうと2東北大學デジタル
南澳坪山ー鷄籠頭ー鳥嶼ー天堂ー長崎、北上航路。

南澳坪:廣東省と福建省との境界線上の南澳島及びその沖合ひの澎山。
鷄籠頭:今の基隆附近の臺灣島最北端と推測される。鷄籠は基隆に同じ。
鷄籠頭嶼仔:基隆附近の島と推測される。
烏嶼:諸本校勘により、烏嶼でなく鳥嶼(とりしま)と確定して良い。位置としては臺灣北方諸島と尖閣との中間ほどなので、どちらか確定できない。しかし他の諸史料では尖閣をトリシマとするので、ここでも尖閣を指す可能性が極めて高い。いづれにしろ臺灣北方諸島まで日本が制海權を握ってゐた歴史に符合する。
天堂:鹿兒島の甑列島と考へられる。

【評】この頁は福建式の航路簿だが、トリシマ系列情報は福建側の史料に全く出現しないので、長崎の朱印船唐人が日本側の情報にもとづき作成したと考へられる。

朱印船呂宋

タバコシマ朱印船矢印2

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次に清國の道光中の嚴如煜(げんじょいく)『洋防輯要』
東北大學のほか、バイエルン州立圖書館藏本あり。。

http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00060.html
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00059.html
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00058.html
https://books.google.co.jp/books?id=ViVjAAAAcAAJ
https://books.google.co.jp/books?id=LiVjAAAAcAAJ

該館の書誌では西暦1843年刊としてゐる。
バイエルン藏本は順次が顛倒してゐる。
pdf921 卷十二福建略
pdf 77-106 卷一圖
pdf 107-126 封面、序、目次  
封と序には年代を記載してゐないので確定できない。
通行本は道光18年(西暦1838年)の來鹿堂刊本。
香港大學藏は道光十八年來鹿堂刊本。

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0113.jpg

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0114.jpg

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0115.jpg

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=113

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=114

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=115

他に國立公文書館に同治刊本あり、電子圖像未公開。

問題の釣魚嶼部分のバイエルン藏本圖像は下の通り。

洋防輯要24釣魚嶼バイエルン藏


『洋防輯要』 24卷  16册 東北大學狩野文庫3/5893/16  
道光十八年來鹿堂刊本。電子圖像未公開。貴重度次高。

https://opac.library.tohoku.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=TT29020884

卷二十四「外夷市貢」内『太倉使往日本針路』後半は福建琉球間航路を載せる。

【原文】
小琉球套北過船、見鷄籠嶼及梅花瓶、彭嘉山。彭嘉山北邊過船、遇正南風、用乙卯針、或用單卯針、或用單乙針。西南風用單卯針、東南風用乙卯針、十更船、取釣魚嶼釣魚嶼北邊過、十更船、南風用單卯針、東南風用單卯針、或用乙卯針、四更船、至黄麻嶼。黄麻嶼北邊過船、便是赤嶼。五更船、南風用甲卯針、東南風用單卯針、西南風用單甲針、或用單乙針、十更船、至赤坎嶼。

〔小琉球〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔鷄籠嶼〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔梅花瓶〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔彭嘉山〕臺灣北方諸島各現在地は不確定。
〔更〕距離單位。一更は約三十キロメートル。十更は約三百キロ。

【評】
更數は甚だ亂れてをり、釣魚嶼を過ぎる前と過ぎた後に、ともに十更の航程がある。ところが黄麻嶼と赤嶼との間ではただ「便是」(すなはちこれ)の二字を言ふだけなので、至近距離だと分かる。黄麻嶼と赤嶼を尖閣内の至近距離の島群に擬すべきである。さうなると、順次によって釣魚嶼は臺灣北方三島の内に位置することとなる。釣魚嶼が尖閣ではないことを示す好例である。しかもその認識のまま西暦十九世紀中期にまで至ってゐる。同じやうに釣魚嶼を臺灣北方諸島の一と誤認する史料は歴代極めて多い。
▼下は『洋防輯要』の概念圖。。

google尖閣洋防輯要

『洋防輯要』については、近く八重山日報の談話連載「尖閣大航海時代」にて紹介します。

單日電子版ご購入リンクからどうぞ。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamahontoban.html


 


http://orientaldaily.on.cc/cnt/china_world/20171229/00178_001.html
http://hk.on.cc/int/bkn/cnt/news/20171228/bknint-20171228130709936-1228_17011_001.html
中文版全名為《千秋興亡:中國歷代王朝興衰錄》,
該叢書的越南版由越南文化資訊出版社與明智文化公司聯合出版,
書中提到在中國清朝康熙與乾隆時期,南沙群島是中國疆土的最南端;

https://hk.news.appledaily.com/china/realtime/article/20171228/57636529
復旦大學教授葛劍雄主編的《中國封建王朝興衰錄—第3集:明朝與清朝》,
提到南沙群島是中國疆土最南端,
書中寫到清朝康熙與乾隆時期,都提到「南沙群島是中國疆土的最南端」。

https://www.hk01.com/article/144787
http://www.mingpaocanada.com/Van/htm/News/20171228/tcaf1_r.htm
《中國封建王朝興衰錄》的主編為上海復旦大學教授葛劍雄,
在越南由越南文化資訊出版社與中國明智文化公司聯合出版。
書中清朝康熙與乾隆時期的內容,都提到南沙群島是中國疆土的最南端。

http://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/2295610
「該書中寫道,清朝康熙、乾隆時期,都提到南沙群島是中國疆域的最南端。」

以上報導多則,都沒寫到哪一條史料有乾隆時的記載。

https://www.amazon.cn/gp/product/B00EHA9YPQ/
葛劍雄主編『China歷代王朝興衰錄』,
清國卷的作者是徐洪興氏。徐洪興氏寫法如下。

第九十四頁:
「從康煕帝統治開始,我國的疆域,東至太平洋,南達南沙群島,西跨葱嶺,……」
第一百零九頁:
「到清朝的乾隆時期,中國的疆域東南起自臺灣,
西北至巴爾喀什湖,西南起自雲南邊境,東北直達外興安嶺;
南至南海諸島,北至恰克圖,東至庫頁島,西至葱嶺。」


兩處敘述,西和北是侵奪,東和南是造假。太平洋是指臺灣東部,清朝統治何曾到達,南沙(長沙)更無蹤跡,可是人民共和國刊行的著作都這麼寫,世界的學界應該共同唾棄它。在人民共和國誰嘗試相反的寫法,誰就無法刊行著作。不管越南政府做法如何,人民共和國的人沒理由批評越南。

南沙群島長沙
Dao Truong Sa (島長沙)。

平成29年10月15日(日曜)から、八重山日報第六面に、
私の談話連載「尖閣大航海時代」が始まってゐます。
ほぼ毎週日曜に掲載されます。
第二囘だけ總選舉のため少し遲れて十月27日金曜第六面でした。
第三囘10月29日(日曜)から以後は毎週日曜となってゐます。
本日12月31日(日曜)は八重山日報は休刊です。
各囘を掲載後に全文お讀みになるには、單日電子版ご購入リンクからどうぞ。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamahontoban.html

お試しよみとして12月24日(日曜)第十一囘を下にお屆けします。
https://pbs.twimg.com/media/DRwkNDcUQAEeTYg.jpg

yaeyama291224連載11電子


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維基百科 沖繩海槽 
https://zh.wikipedia.org/zh-hk/%E5%86%B2%E7%BB%B3%E6%B5%B7%E6%A7%BD
 
清代自汪楫始開創了「過溝祭海」制度。歷屆冊封使對沖繩海槽多有記載和題詠:
    郭汝霖《使琉球錄》:「六月二十九日,封王禮畢,守候風汛回國。……十月初九日登舟,……至二十六日,許嚴等來報曰:漸有清水,中國山將可望乎?二十七日,果見寧波山。」
    夏子陽、王士禎《使琉球錄》:「二十七日,午後過釣魚嶼,次日過黃尾嶼,……連日所過水皆深黑,宛如濁溝積水,或又如靛青色,憶前《使錄補遺》稱:去由滄水入黑水,信哉言矣!十一月二十一日,向曉開洋,……二十九日,隱隱見一船,眾喜謂:有船則去中國不遠,且離黑入滄,必是中國界。」
    張學禮《使琉球記》:「六月初九日,浪急風猛,水飛如立,舟中人顛覆嘔逆,呻吟不絕,水色有異,深青如藍。舟子曰:入大洋矣。頃之有白水一線,橫亘南北。舟子曰:過分水洋矣。此天之所以界中外者。」
    汪楫《使琉球雜錄》:「二十五日,……薄暮過郊,或作溝,風濤大作,投生豬羊各一,潑五斗米粥,焚紙船,鳴鉦擊鼓,諸軍皆甲露刃,俯舷作禦敵狀,久之始息。問郊之義何取?曰:中外之界也。界於何辨?曰:懸揣耳。然頃者恰當其處,非臆度也。」
    徐葆光《中山傳信錄》:「二月十六日癸丑,巳刻封舟自琉球那霸開洋,……二十日丁巳,……船共行二十六更半。是日海水見綠色,夜過溝祭海神。」
    周煌《琉球國志略》:「環島皆海也。海面西距黑水溝,與閩海界。福建開洋至琉球,必經滄水過黑水,古稱滄溟。溟與冥通,幽元之義。又曰東溟。琉地固巽方,實符其號。」
    周煌從客王文治《渡海吟》:「黑水之溝深似墨,渾沌如游邃;古初元黃不辨乾坤色,那須燃犀更照耀;颯颯陰風戰毛骨,方知中外有分疆;設險惟天界殊域,我聞百川萬派清濁殊於廓。」

【日本觀點】
關於郭汝霖「漸有清水,中國山將可望」,日本學者認為此處清水在釣魚嶼西方大陸沿岸 [1]。

關於夏子陽「中國界」,日本學者認為此處中國界在釣魚嶼西方大陸沿岸[2]。

關於張學禮「分水洋」,日本學者認為此處分水洋在釣魚嶼西方台灣海峽北部[3]。

關於汪楫「中外之界」,日本學者認為汪楫船抵台灣海峽時,船中福建船員和琉球船員發生爭執,汪楫一開始採用福建人的偏南航線,第二天最終改用琉球人的偏北航線,其後駛近琉球時,船員告訴汪楫有「中外之界」,當然是琉球船員所告訴的,因此汪楫船中的過郊祭(亦作過溝祭)可推測是琉球人的祭祀活動,並且中外即內外,是琉球國的內外,非中琉的國界[4]。

關於徐葆光「海水見綠色,夜過溝祭海神」,日本學者認為此溝在大陸架淺綠色水中,等待夜間纔舉行祭祀,不是沖繩海槽[5]。

關於周煌「黑水溝」,日本學者認為此處黒水溝無法確定在東在西,且夏子陽早已記載滄水黑水之界離大陸不遠,周煌據之,當指釣魚嶼西方的黑潮;周煌自身詩中也説「豈知中外原無界」「相傳中外分界處」,意謂中外界只是汪楫所記載的「相傳」之談,原來無法尋覓[6]。

關於王文治「黑水之溝」,日本學者認為王文治與冊使全魁同航,全魁在釣魚嶼西方記載溝界,王文治所見當與此相同[7]。

[1]詳いしゐのぞむ「和訓淺解尖閣釣魚列島漢文史料」,2012年長崎純心大學。又《尖閣反駁マニュアル百題》史料第十條,集廣舍2014年6月。
[2]詳いしゐのぞむ「和訓淺解尖閣釣魚列島漢文史料」,2012年長崎純心大學。
[3]詳いしゐのぞむ「和訓淺解尖閣釣魚列島漢文史料」,2012年長崎純心大學。
[4]見いしゐのぞむ「尖閣釣魚列島雜説七篇」、長崎純心大學『ことばと人間形成の比較文化研究』、右頁三十四。以及いしゐのぞむ《尖閣反駁マニュアル百題》史料第七十六條,集廣舍2014年6月。   
[5]詳いしゐのぞむ「和訓淺解尖閣釣魚列島漢文史料」,2012年長崎純心大學。   
[6]見いしゐのぞむ《尖閣反駁マニュアル百題》史料第二十八、三十條,集廣舍2014年6月。  
[7]見いしゐのぞむ《尖閣反駁マニュアル百題》史料第三十一及三十二條,集廣舍2014年6月。  

沖繩トラフ

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鍛冶俊樹氏曰く。
 中国政府は北京、上海などで反日暴動を惹き起こし在留邦人を恐怖に陥れたばかりか、日本人社員4人を人質に取った。さらに日本へのレアアースの輸出を停止し、日本に謝罪と賠償を求めた。
 ここで米国政府が「尖閣諸島は日米安保条約の発動対象」と明言したため、事はようやく収まったのである。つまり中国が尖閣諸島を占領した場合、米軍は中国を攻撃すると宣言し中国が慌てて矛を収めたのだ。
 だが、米国としても中国と戦争を望んでおらず、そこで米中間で尖閣諸島での軍事行動を双方が控える旨の合意がなされた。つまり中国が尖閣に軍隊を派遣しない限り、日米も自衛隊や米軍を出動させないという約束である。
 戦争を回避するための合意だが、逆に解釈すると中国が海洋警察や海上民兵を軍隊でないと主張して派遣すれば、日本は自衛隊を出動させられないのである。中国はこれに味を占めて海洋警察を毎日のように派遣し、しまいに漁船群が押し掛ける…(中略)…日本としては米国に働きかけて、この合意を破棄させ日米中における新たな安全保障の枠組みを構築すべきであろう。

http://ironna.jp/article/8513?p=2

 と。米チャイナ合意の根據が示されず、當然の前提として述べられてゐる。實の處、その種の密約めいたものは有ったのだらうと、庶民でも推測はできる。ただそれは、絶對不可侵の條約であらう筈が無い。オバマ政權が終った以上、日本は黙って明日、自衞隊が尖閣で演習を行なひ、そのまま駐留すれば良い。トランプ大統領は北朝鮮のミサイルについて「武士の國たる日本が何故迎撃しなかったのか」と發言する人であるから、日本が常駐するには今が好機である。
 日本はこれまで再三「現状維持」を掲げて來た。同時に「常駐も選擇肢である」と掲げて來た。兩者が矛盾しないといふ理屈であるから、現状維持とは日本の實効統治維持を指す。公務員常駐することも現状維持の一環に過ぎない。日本はさう定義すれば良いのである。だから今後もわざわざ公務員常駐を明言せず、ただ明日から公務員が黙って上陸して野營を開始すれば良いのである。そもそもチャイナのレーダーは野營する日本人を發見できない。問はれたら、「現状を維持してゐます。維持方法についてはお答へしません」と言へば終る。
 假に鍛冶氏の言ふやうに「米國に働きかけて合意を破棄させ日米中における新たな安全保障の枠組みを構築」などしたらもう日本は國家主權放棄である。合意即ち密約を前提として日米チャイナ三者で話し合ふのだから、密約の存在を認めて明文化することになってしまふ。さうまでオバマとの不確定な口約束を、退任後まで守る理由が無い。何故日本人はいつも必要以上に相手に誠意めいたものを見せるのか。異樣だ。
 鍛冶氏の言論は、現内閣についての預測として理解すれば妥當だ。現内閣はオバマに誠意を盡くし續けることが預測される。死せる孔明、生ける仲達を走らす(三國志諸葛亮傳引漢晉春秋)。オバマの神通力は諸葛孔明にならんでゆくのだらうか。議員諸氏には國會で追究して頂きたい。

關聯。

日本の先制を待つチャイナ 自衞隊常駐で問題は雲散霧消する 鍵は歴史だ
http://senkaku.blog.jp/2016071663528871.html

「五百年の尖閣史を棄てた合意文書――公約違反を赦すなかれ」

http://senkaku.blog.jp/archives/19452704.html

自民の高村氏が五年前の總裁選での尖閣談合を曝露 
http://senkaku.blog.jp/2017100272900140.html

尖閣防衞のウソ 箇條書き保存版 
http://senkaku.blog.jp/2016081565003071.html

尖閣から逃げるチャイナ海警船 仲間均議員と電話
http://senkaku.blog.jp/2017100272900425.html

チャイナには尖閣を取る軍事力は無い。  
https://www.youtube.com/watch?v=M24lhDckq6k#t=10m9s  
といふ當り前のことを論客が解説せねばならぬほど、
チャイナの情報戰は優勢となってゐる。
しかしチャイナ情報戰は子供だましに過ぎない。
ドローン撮影すらできない。

鍛冶俊樹2





又是一個假歷史的典範。
重慶位於四川盆地東部。
西有吐蕃高原,南有雲貴高原共為屏障。
西方大帝國文明如波斯、印度、伊斯蘭等,
歷來都分南北兩路東進,
匈奴、突厥(土耳其)、蒙古從西北來,
葡萄牙、荷蘭、英吉利從東南來。
都不會即刻到達重慶。
亦即天設地勢決定了黄河文明落後於其餘四大文明:
兩河、印度、埃及、希臘。
也決定了三星堆巴國被China侵占以後,
其餘勢力始終未能取代China。
這沒有什麼了不起。


https://www.xcnnews.com/ls/2631941.html
中國最霸氣城市:蒙古人打36年,日軍打7年,根本打不下來
大陸資訊 12月27日

俗話說:分久必合合久必分,中國古代便是典型的例子,也曾內部紛爭不斷,也曾有外地入侵,慶幸的是中國依舊是中國,並未因外地入侵而分崩離析!

在冷兵器時代,城池的堅固與否,是決定這座城池能否守住的必要因素,要說中國哪座城市最難攻破,非重慶莫屬了,蒙古軍隊打了36年,甚至死了一位可汗,尚未攻下,就連日軍打了7年都沒有打下來!

重慶是中國歷史文化名城,曾三次做為國都,四次在這裡築城,1189年,宋光宗先是稱王后又稱帝「雙重喜慶」,重慶之名因此而來,因重慶風景秀麗,山巒起伏,別稱山城,抗戰時期還做過國民政府的陪都!

公元1258年,被歐洲人稱為「上帝之鞭」的蒙哥可汗與其弟忽必烈、大將兀良合台兵分三路,進攻南宋,企圖一舉拿下垂涎已久的江南之地,蒙哥可汗所率軍隊一路摧枯拉朽,先後攻陷閬中、德陽、資中、遂寧等四川重鎮,成都被圍,為阻擊從重慶而來的援兵,雙方在重慶釣魚台展開大戰!

蒙古大軍在釣魚台遭到重慶官兵激烈反擊,圍攻數月,也沒能拿下這座小城,不僅如此,「上帝之鞭」蒙哥可汗也在釣魚台下被亂軍射死!

蒙哥可汗死後,蒙古陷入王位之爭,就連進軍歐洲的軍隊都回撤,自己人打的不可開交,釣魚台下的蒙古軍隊也撤離,20年未騰出手攻打南宋,重慶也從戰亂脫身,有了喘息之機!

忽必烈登上帝位后,再次發動對南宋的戰爭,此時守衛重慶的是南宋大將彭大雅,此人抱著必死之心,堅決與重慶共存亡,得到重慶軍民的全體擁護,憑藉堅固的城池和軍民一心,蒙古軍隊竟對這座城池毫無辦法,陸陸續續攻打16年,依舊拿不下來,直到南宋滅亡,這座城市成了孤城,才選擇歸順元朝!

抗日戰爭時期,當中日第一次大型戰役——淞滬會戰後,中國軍隊向吳福、澄錫國防線撤退,日軍開始大舉進攻重慶,海陸空三軍齊出,想要一舉拿下國民政府陪都,逼迫國民政府投降,令日軍萬萬沒想到的是,僅推進到重慶第一座門戶石牌(地名),便遭到此地守將胡璉的拚死抵抗,此人早已將遺書寫好,決定就算是全軍只剩最後一人,也要死守此地!

遭到此次慘敗后,日軍並未放棄對重慶的進攻,可從38年一直打到43年,仍未取得重慶,無奈只能留下空軍時不時的轟炸,直到1945年,日本宣布投降,重慶還未攻下來!

抗戰時期,川軍出兵人數全國第一,轉戰南北,極大的鼓舞了抗日的積極性,也體現出中國人們堅貞不屈的性格!

重慶



政府も長島議員も本末顛倒だ。
 韓國は騷ぎたいだけだ。日本人を振り向かせたいだけだ。振り向けばもっと騷ぐ。日韓合意がどうとか、日本は逐一反應して、時間と精力を無駄づかひしてゐる。
 一方で長島議員は閣僚だった時に、尖閣購入についてチャイナ政府にお伺ひを立てるといふ賣國行為をした實績あり。今の自民政府も同じく北京APECなどで尖閣合意を繰り返してゐる。しかも一帶一路やアジア投資銀行に協力するといふ。
 慰安婦と尖閣とどちらが國家の根本なのか。日本人は完全に勘違ひしてゐる。

 長島氏は駐韓大使召還を主張してゐる。非公表の文書を勝手に公表したのが理由ださうだ。全然分かってない人だ。
 韓國もチャイナも、その程度の違反行為は常にやる。さういふ相手だといふ前提は日本政府に無かったのか。長島氏は國民感情を煽ってゐるだけだ。そんな現代的な約束違反以前に、尖閣五百年の歴史といふ大きな大きなものを長島氏も政府も分かってゐない。尖閣をたかだか百年あまりの島と勘違ひしてゐる。繩文一萬五千年の意識が無い。
 尖閣侵掠を公言するチャイナからこそ、大使を召還するのが先だ。何故ならそこでは大きな大きな歴史が否定されてゐるからだ。韓國については、「韓國が合意を破棄したので今後交渉しない」と閣議決定すれば終りだ。いつものことだ。騷ぐことではない。現代史を政局の中心に据ゑるのはもうやめて欲しい。國民の時間の無駄だ。


長島氏ツイッター。
https://twitter.com/nagashima21/status/946182871764500480
韓国外交省の公表した慰安婦問題報告書には唖然とさせられた。事もあろうに秘密交渉の経緯を暴露するとは言語道断で、外交関係を破壊するものだ。深刻な朝鮮半島危機の只中にこのような愚挙に出るとは信じ難いが、日本政府は特命全権大使の帰国を含む断固たる措置を講ずるべきだろう。


政府は韓國に抗議。
http://www.sankei.com/politics/news/171228/plt1712280016-n1.html
 政府は28日、韓国の文在寅大統領が日韓合意では慰安婦問題が解決できないと表明したことに「断じて受け入れられない」と抗議した。政府は合意見直しを認めない考えで、ソウル大使館前の慰安婦像撤去など合意順守も求めた。
 抗議は外務省の金杉憲治アジア大洋州局長が在日韓国大使館の李煕燮公使に電話で「日韓合意の維持以外に政策的な選択肢はない」と伝達した。韓国側が合意を変更しようとすれば「日韓関係はマネージ不能になる」との立場も伝えた。長嶺安政駐韓大使も韓国外務省の林聖男第1次官に抗議した。
 韓国政府は来年1月に新たな方針を発表する見通しで、日本政府は新方針の内容を見極めた上で対抗措置を検討する。ただ、28日に文氏の見解を伝え聞いた外務省幹部は「だめだこりゃ…」とため息をついた。


以下、尖閣の歴史について。

「五百年の尖閣史を棄てた合意文書――公約違反を赦すなかれ」
http://senkaku.blog.jp/archives/19452704.html

自民の高村氏が五年前の總裁選での尖閣談合を曝露 
http://senkaku.blog.jp/2017100272900140.html

尖閣防衞のウソ 箇條書き保存版 
http://senkaku.blog.jp/2016081565003071.html

日本の先制を待つチャイナ 自衞隊常駐で問題は雲散霧消する 鍵は歴史だ
http://senkaku.blog.jp/2016071663528871.html

尖閣から逃げるチャイナ海警船 仲間均議員と電話
http://senkaku.blog.jp/2017100272900425.html



朱印船呂宋
 ▲朱印船時代の尖閣航路。


琉球民族獨立綜合研究學會。
http://www.acsils.org/nyukai
會則「第4条  本会の会員は琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族に限定する。」
「第6条  本会に入会しようとする個人は、個人会員1名の推薦を要し、所定の入会申込書を提出し、理事会の議を経て、総会の承認を得なければならない。」
この會則によれば、琉球民族の定義はこの團體が勝手に定めるのだと思はれる。「私も繩文人だから琉球民族です」と自己申告しても、多分琉球民族と認めてくれないでせう。

http://www.acsils.org/gakkai_soukai
總會第四囘「名護市辺野古の在琉米軍基地キャンプ・シュワブのゲート前での
新基地建設反対運動に参加いたします」
第一囘から第八囘まで、登壇發言者の半數以上は政治家及び非研究者。

http://www.acsils.org/q_and_a
①琉球の島々に民族的ルーツを持つ琉球民族の琉球民族による琉球民族のための学会です。
②琉球の独立が可能か否かを逡巡(しゅんじゅん)するのではなく、琉球の独立を前提とし、琉球の独立に関する研究、討論、そして実践を行う学会です。
③全ての軍事基地の撤去を目指す学会です。

さて、以上に明らかな人種差別的政治團體を、日本學術會議はどう扱ふか。
http://www.scj.go.jp/ja/info/link/link_touroku_ra.html
幸ひ琉球獨立學會は、日本學術會議に登録されてゐません。政治團體ですから資格がありません。しかし今後一度登録されると、はづさせるのは容易ではない。登録要件として除外されるのが、
「一定の思想、主義、主張の普及又は宣伝を主たる目的とするもの」となってゐます。  
http://www.scj.go.jp/ja/group/dantai/pdf/youken.pdf
また、會員の半數以上を研究者が占めねばなりません。
http://www.scj.go.jp/ja/group/dantai/index.html

しかし一方で、日本學術會議の目的は「政策提言」「輿論啓發」を含んでゐるので、政治性を完全に否定してゐるわけではありません。
日本學術會議

まさか日本學術會議がこの政治團體の登録を認めることはあるまいと信じますが、抛置すると我々の知らぬ間に登録される可能性があります。登録されると國庫から補助金が出るやうになるでせう。權威ある學術團體として社會に認知されるでせう。阻止すべきです。

日本学術会議に対するお問い合わせ・ご意見(内閣府)。
https://form.cao.go.jp/scj/opinion-0002.html

日本學術會議は、國土防衞研究の自由を阻碍してゐるので、上記政治團體を突然登録承認するかも知れない。國民が聲を揚げてゆくべきです。

http://www.sankei.com/politics/news/170414/plt1704140039-n1.html

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/031500046/040600006/



https://plaza.rakuten.co.jp/shinichi0329/diary/201711140000/
 文明的思惟。最後に石原愼太郎、心の米軍基地、「ノーと言へる數學」、北朝鮮。數學は漢文だ、藝術は爆發だ。心の米軍基地とは、基地に過剩反應する左派や、ひたすら對米追從する主流派などが代表例だらうが、それだけでなくもっと普遍的精神現象として捉へてゐるのだらう。反米親米といふ基準があらゆる價値觀の根本的位置を占めてしまってゐる。スポーツに例へれば、歐米といふ一強に全然勝てないから、勝てるやうにアジア出場枠を倍増しろとか、ホームランはファールにしろとか、逆に試合前から優勝は歐米と決めて我々は不戰敗だとか、そんな馬鹿げた精神だ。心の米軍基地を取り去れば、負けても正々堂々と戰ふ精神となる。日本は六囘負けても四囘勝ってきた。心の米軍基地とは實に面白い比喩だ。
 學術の世界にも、あからさまな心の米軍基地がある。英文以外の論文は評價對象外といふあれだ。不平等條約にほかならない。私は漢文だけを評價對象として論文を書いてゐる。自分の日本語もチャイナ語も評價對象外の遊戲に過ぎない。尖閣論文で日本語チャイナ語を使ったり、英譯して歐米にひろめたりするのは、不平等條約下で已むを得ざる措置だ。
 尖閣諸島は海保が完全防衞してをり、チャイナはドローンすら近づけないが、
http://senkaku.blog.jp/2017091872662441.html
何故か多くの日本人は「心の人民解放軍基地」を尖閣諸島上に建設してしまってゐるのではあるまいか。まさかとは思ふが。
 なほ、文中の一神教多神教の概念は、極めて俗に墮して面白くない。それ以外はあまりにも面白いので、勝手ながら以下に複製。

https://plaza.rakuten.co.jp/shinichi0329/diary/201711140000/

先日(=2017-10-19付け)の記事の最後辺りの「友好的な姿勢を保ちつつ、一定の距離を置く」という話ですが、そのような考え方の背後にある様々な考察についてもう少し詳しく解説してみたいと思います。

私は旅行や国際交流がとても苦手で、何十年にもわたり、基本的には自宅や研究室に閉じこもって数学の研究に打ち込む生活を送ってきた人間ですが、

    何で旅行や国際交流が苦手か?

と、様々な場面で交流のある方からときどき聞かれます。

先日、ネットで偶々目に留まった、(日本語ができる外国の方と思われる方による)「つぶやき(ツイート)」

 『どうも日本の人は「自分がアジア人で
  ある」ことがピンとこないらしいのね。
  不思議』

に、私が感じている非常に本質的な問題性が集約されているように思います。

私の場合、アメリカに在住していた頃、世界中のいろいろな国の方=欧米露中韓印等々、と交流がありましたが、双方がどんなに流暢な英語を喋ることができてかつ、いわゆる「悪意・差別意識」がなくても、お互い住んでいる

        「精神世界」

が違いすぎて、私としては、無理のない範囲内における友好的な関係を築くこと自体は結構だとしても、最終的には、

  「国境・国籍を放棄する
    =その人を自分と同じ国の人に思う」

あるいは、別のもう少し具体的な言い方をすると、

   「その人を(自分から見て)‘外国人
    =異邦人’と呼ぶ(=として扱う)
    権利・権限を放棄する」

ことだけはどうしても承服できず、それだけは少なくとも自分としては、

    「どうしても譲れない一線」

であるように非常に強く感じました。上記のツイートの外国人のように、多くの欧米人は、日中韓、あるいは場合によっては南アジアや東南アジアの人まで一緒くたにして「みんなどうせ同じアジア人だ!同じ有色人種だ!」というような思考回路で考えたがるところがあって、私の場合、そういう空気はどうしても生理的に受け付けられない=非常に強烈なアレルギー反応を起こしてしまいます。

また、関連した現象ですが、私の場合、アメリカの高校や大学で(直接的な意味で)よく経験しましたし、(インド人等の知り合いを通して)第三者としても目撃したことがありますが、

   「ザ東洋人男性」(=例えば
         「チン」という名前の)

というような形で、別々の個人を別々の個人として認識できずに、「同一の生命体」としてしか認識できない欧米人が意外と多いです。

つまり、もっと具体的にいうと、例えば、高校では同じ寮の中に、韓国系やタイ系の人がいたりしましたが、私たちが別々の個人であり、同一人物ではないということを何度説明しても間違えられたり、大学ではよく知らない人からまるで親しい知り合いかのように(誤認されて)話しかけられたりしました。

少し話が変わりますが、よく旅行や国際交流に対して積極的な姿勢をとりがちな方を観察していると、自分との対比で、双方の活動(あるいは生き方全般にも言えるかもしれませんが)の一つの基本的な違いとして、次のようなことが挙げられるように感じることがあります:

  そのような方は人類の様々な既存の文化を
  堪能し、満喫する(あるいは仕事等では、
  整理し、演出する)

ことを目的とした活動をされている(ように、少なくとも私には見受けられる)のに対して、私はむしろ

 既存の文化の流れを(「邪魔」、「障害物」
 として認識し)なるべく自らの個人的な世界
 から排除し、自力で新しい文化の流れを自ら
 の手で創作する

ことに対して非常に強い拘りを持っている人間です。この人間性の違いはそのまま、「旅行」や「国際交流」、「新しい生活環境を体験する」ことに対する、双方の(それぞれ、肯定的な、否定的な)捉え方に反映されているようにも感じます。

再び

    何で旅行や国際交流が苦手か?

という質問の話に戻りますが、一言で説明するのはなかなか難しいですが、先ほどの人間性の違いによって、そのような活動の

       「費用対効果」

(=「コスパ」)は、私の場合、非常に悪い(=苦しいこと、強い不快感を覚えることが多すぎる割りに、プラス面・見込める収穫等が貧弱すぎる)というのは、一つの「端的な」説明の仕方だと思います。

例えば、多くの旅行好きな方から見ても、恐らく北朝鮮や、中東の戦闘地域は、「費用対効果」が悪すぎるのではないでしょうか。あるいは、多くの外国人(特に例えば、欧米の数学者!)から見て、日本に旅行することの「コスパ」が悪すぎて殆どしないのではないでしょうか。

一方、旅行好きの多くの方が旅行をする際に体験する(好感を伴う、よい意味での)刺激よりも

  遥かに凄い(=壮絶な!)景色の世界を、
    私は自分の心の中で旅している

(=例え、物理的な意味ではずっと同じ場所に留まっていても)ように、子供の頃から強く感じています。

更にもう少し分析を進めさせていただきますと、私の場合、旅行や国際的な状況が非常に苦手である基本的な理由の一つでもあり、またこれまでの様々な経験(=上記の「別々の個人を識別できない」という話もその最たる一例ということになりますが)を経て感じたことですが、お互いに語学力の問題が全くなく、かつ悪意(=差別意識等)が全くなくても、

  異国の人間を取り巻く状況や精神世界は
  単純な「データ」・「抽象的な論理体系」
  として扱うという立場で考えても、複雑
  度の「爆発」が圧倒的すぎて

      人類の脳の処理能力

  を遥かに超過してしまっているため、相手
  のことを、

       極めて低い解像度

  でしか認識・理解することができません。

一方、相手に対する

        「認識解像度」

が著しく低下してしまう(=つまり、画質の粗悪なパソコン画像のように)と、相手の「人間性」や「個性」が全く見えなくなってしまい、

 人間らしい社会生活が本質的に成り立たなく

なってしまいます。

つまり、言い換えると、ずっと長い間、様々な極めて残念な経験を経て感じたことですが、実質的な異邦人同士の交流の問題性・不具合等の本質は、(多くの米国人が主張したがる=誤解しているように)政治的な問題ではなく、また(多くの日本人が主張したがる=誤解しているように)語学力(=例えば、「英語力・英会話能力」)の問題でもなく、圧倒的な、爆発的な複雑度を擁する「データ」・「抽象的な論理体系」に対する

     人類の脳の処理能力の限界

にあるように強く感じます。別の言い方をすれば、本質的には

             一種の数学の問題

であるように思います。(因みに、「(多くの米国人が主張したがるように)政治的な問題ではなく、一種の数学の問題である」と書きましたが、このような文脈ですと、19世紀に米国のどこかの地方政府が「円周率(’π’)は3である」という趣旨の法律を制定しようとしたという有名な話を連想させられます。)

更にもう一つ、このような文脈でよく連想させられるのは、旧約聖書等に出てくる

              バベルの塔

の物語です。バベルの塔と言えば、最近、日本でもオランダの画家ブリューゲルの作品「​バベルの塔」​の展覧会が開かれたりして話題になっています。​百科事典​等で引くと、「バベルの塔」の物語は次のように要約されたりします:

 「この物語は,民族と言語の多様性を説明する
  と同時に、神と等しくなろうとする人間の罪
  を描いている。」

誤解がないように書いておきますと、私は別にキリスト教等、特定の宗教の教徒ではありません。しかし、昔から強く受けている印象の一つですが、

  多くの芸術作品や文学にしても、古代から
  伝わる神話や物語にしても、人間が直観的
  
なレベルにおいて実質的に感じ取った

      一種の数学的な原理

  を(現代数学で用いられるような定式化の
  技術がなかったために)何とか後世に伝達
  できるように表現し、記述するための手段
  として創り出されたものが多いのではない
  でしょうか。

つまり、そのような様々な文化遺産は、

    一種の「数学的な予想」の宝庫

として捉えることが出来るのではないしょうか。

例えば、「バベルの塔」の場合ですと、

 全ての民族・言語の間の「壁」を取っ払い、
 一つの「塔」の中で「一本化」しようとして
 も、それは本質的に数学的に不可能であり
 (=つまり、「神」はそれを絶対に許容し
 ない)、どんなに努力して回避しようとして
 も民族・言語の多様性は必然的に発生する
 ものである

という、一種の「数学的原理」(=つまり、上で述べた「認識解像度」、「圧倒的な、爆発的な複雑度に対する処理能力の限界」に対応)を、古代人が表現しようとしていたのではないかと推測されます。

この「バベルの塔」がある意味、予想しようとしている=記述を試みている数学的原理に対応するものを現代数学の中に求めようとすると、「​ラッセルのパラドックス​」、つまり、

 「自分自身を元として含むような集合、例え
  ば、全ての集合をその元として含むような
  集合、は存在し得ない=即ち存在し得ると
  仮定すると矛盾が生じる」

で有名な、20世紀初頭の数学者ラッセルを思い出します。ラッセルと言えば、有名な著書「​結婚論​」で「裸を非とするタブー」を疑問視する(この点では、1960年代に流行したいわゆる「ヒッピー」の運動に通じるものがあるようですが)等、人と人の間にある様々な「壁」(=言い換えれば、「プライバシー」(!))を究極的な形で取っ払うことに対する強い拘り、趣向があったようです。

一方、私の研究(=宇宙際タイヒミューラー理論=IUTeich)では、「Θリンク」等、別々の舞台=「宇宙」の間に、通常扱う数学的な対象たち(=「フロベニウス的」な対象たちと呼ぶ)が「向こう側」に通り抜けることができない

            「壁」を設定する

ことが理論の重要なポイントであり、一種の出発点とも言えます。一方、壁を設定することが重要であっても、その

     壁の向こう側に通用する=
       通り抜けることができる

特別な対象たち(=「エタール的」な対象たちと呼ぶ)を扱うことも、理論の展開、特に最終的な定理を示す上においては必要不可欠です。

このIUTeichの枠組の根幹を形作っている数学的な状況は、「バベルの塔」やラッセルのパラドックスだけでなく、私の旅行や国際的な状況に対する消極的な姿勢や、米国での様々な経験に対する考え方とも密接に関係しているように思います。簡単に言ってしまいますと、私がこれまで経験してきた多くの場面では、

 国や民族、言語等の間に本来存在する「壁」
 =「プライバシー」が破綻しすぎていたため、
 そのようなものの間の

      「壁」に飢えている

 体質の生き物として育ってしまいました。

私の場合、米国や英語に対する壁にも飢えているわけです(=別の言い方をすれば、私にとっては、

 米国や英語こそ、一種の巨大な「バベルの塔」

ということになる)が、米国では、まさに自分から見て「異人」と感じる人たちに対する「壁」に飢えている人が非常に多いように思います。(もちろん、自分から見ての「異人」の定義は人それぞれですが。)まさにそのように「壁」に飢えている人たちが非常に多い(=圧倒的な多数派に迫る勢い?)からこそ、トランプ氏のような大統領がついに誕生したのではないでしょうか。また、先般のフランスの大統領選挙の際の右翼政党の集会で用いられた「我々は我々の国にいる」というスローガンを見ても、移民の多いフランス等、西ヨーロッパの国々の社会においても、類似の現象=「壁への飢え」が如何に「猛威を振るっている」かが窺えます。(因みに、誤解がないように書いておきますと、これら外国の政治家、政治運動については、私は批判するつもりも、賛同するつもりもなく、単に現象の分析を行なっているだけです。)

ただし、2017-10-19付けの記事の最後辺りにも書かせていただいた通り、(IUTeichの「フロベニウス的・エタール的」もそうですが!)「壁」=「距離」=「プライバシー」の設定も本質的に重要ですが、その壁の向こう側(にいる人たち)にも通用するもの=

  長期的な、安定的な平和を大切にする、
   全体的に友好的で開かれた姿勢、

あるいは別の(より「日本的な」)言い方をすれば、

 「お互い様」、「お世話様」といったような
 視点を忘れない、(壁を通り抜ける力のある)
 豊かな感情移入力に支えられた博愛と敬意の
 下で運用
されるを目指す姿勢

も本質的に重要であることを見失ってはいけません。

最後に、もう一つの重要なポイントですが、成人して、人間としての様々な基本的な感覚や行動パターンが完全に固まって=確定してから、上述のような(=「壁」の破綻から生じるような)厳しい状況に遭遇するのと、未成年としてそのような状況に遭遇するのとでは、決定的な違いがあるということです。上の「認識解像度」の話のように、IT関連の現象との類似で説明を試みると、パソコンの動作を本質的に狂わせる危険性のある悪質なウィルスが、

   (多くのウィンドーズパソコンでは
   「ただのデータ」の保管用に用意され
   ている)Dドライブ

に、まさに「ただの、とある抽象的なデータ」として取り込まれる(=「成人として遭遇」に対応)のと、

   (多くのウィンドーズパソコンでは
   オペレーティングシステム(OS)
   収容されている)Cドライブ

に取り込まれる(=「未成年として遭遇」に対応)のが全然違うのと似たような現象であるように思います。

つまり、どんなに悪質で強烈な破壊力のあるウィルスであろうと、「ただのデータ」としてDドライブに取り込まれても、パソコンにとっては「痛くも痒くもない」、あくまでも「ただの、とある抽象的なデータ」に過ぎないわけですが、Cドライブに取り込まれて「やりたい放題」な状況でOSに直接作用し得るような事態が発生すると、パソコンの動作は非常に不安定な状態に陥ったり、場合によっては、パソコンそのものが簡単に、呆気なく破壊されてしまいます。

旅行等に対する私の拒絶反応のある側面も、まさにこの「Cドライブ・Dドライブ」の類似を通して理解することが可能であるように思います。


https://plaza.rakuten.co.jp/shinichi0329/diary/201711210000/

まず、先日(=2017-11-14付け)の記事の幾つかの要点を復習したいと思います:

・異質な者同士の間に「壁」を設定することは重要ですが、一方で、その「壁」を通り抜ける力のある「心」も重要です。この考え方や関連したテーマの考察を以下では「心壁論(こころ(ある)かべろん)」と呼ぶことにします。

・逆に十分に異質な者同士の間に適切な「壁」を設定しないと、当事者の手に負えない複雑度の爆発が発生し、当事者同士の間の認識解像度が著しく低下することによって通常の人間らしい社会が破綻してしまうような状況に追い込まれてしまいます。これは政治的な問題、あるいは語学力の問題として誤解されがちですが、問題の本質は状況全体の論理構造にあり、一種の数学の問題として理解されるべき事象です。

・以前から感じていることの一つですが、古くから伝わる物語や、芸術作品等、様々な文化遺産は実は、現代数学で用いられるような定式化の技術がなかった人たちが、直観的に感じ取っていた何らかの数学的な原理を表現し、記述するために創作したものではないしょうか。例えば、「バベルの塔」の物語では、まさに異なる民族や言語圏の人たちの間に本来存在する「壁」を無理に廃止し、一つの「組織」に纏めようとしても、複雑度の爆発によってその組織が必然的に空中分解し、バラバラになる状況が描かれています。

「バベルの塔」の物語に対応する現代数学の原理と言えば、「​ラッセルのパラドックス​」が頭に浮かびます。ラッセルという数学者は実際、様々な場面において人と人の間に本来存在する様々な種類の「壁」=「プライバシー」を取っ払うことに対して強い拘りを持っていたようです。

・一方、私の研究(=宇宙際タイヒミューラー理論=「IUTeich」)では、特定の対象(=「フロベニウス的」な対象)が通り抜けることができない「壁」を設定することも重要ですが、その「壁」を通り抜ける力のある「心」(=「エタール的」な対象)を活用することによって非自明な帰結=定理を証明することができることも重要なポイントです。この、定理を証明するという、言ってみれば、とてもめでたい「ハッピーエンド」がIUTeichにおいて実現できることは、(「空中分解・離散」や「矛盾」のような)悲しい結末が描かれるバベルの塔の物語やラッセルのパラドックスと決定的に違います。実際、IUTeichは、「壁」と「心」を適切に設定し活用することによってラッセルのパラドックスに出てくるような矛盾的な状況を、矛盾を生じることなく「シミュレート」=「仮想的に実現」しているという見方ができます。言い換えれば、IUTeichは、「壁」と「心」を適切に設定し活用することによって、バベルの塔の物語やラッセルのパラドックスで描かれている状況に対して、これまでになかった種類の「成功例」を抽象的な数学的な理論の中で初めて実現しているという見方もできます。

・先日(=2017-11-14付け)の記事の最後辺りでは「Cドライブ・Dドライブ」に関する話が出てきます。一見すると、「心壁論」とは直接関係のない話のようにも見えるかもしれませんが、OSが収容されるCドライブと、データの保管用のDドライブの間にあるものはまさに一種の「壁」であり、パソコン全体の動作に必要なCドライブとDドライブの間のデータのやりとりが適切な形で行なわれる仕組みはまさに(「心壁論」における)「心」に対応するものと見ることができます。

・以前(=2017-05-06付け)の記事との関連性について少し解説してみますと、その記事では不適切な評価基準・「物差し」によって様々な社会的な損失が、不必要かつ大量に生じてしまっている社会的状況について論じましたが、このような不適切な評価基準・「物差し」は、(上記の「バベルの塔」・「心壁論」関連の「用語」で言うと)

   まさに心ならずも発生してしまった
   複雑度の爆発を何とか抑制し、簡明
   な
「線型的」な秩序を確立するため
   の(不適切かつ極めて非建設的な!)
   措置として講じられる

ことが、一つのありがちなパターンの社会的力学として、人類社会では古代から定着しています。

今回の記事では、上で復習した「心壁論」の延長線上にある、幾つかの補足的な観察や具体的な事例について考えてみたいと思います。

先日(=2017-11-14付け)の記事では、米国や英語に関連した「心壁論」も展開していますが、だいぶ前(=2017-01-04付け)の記事で言及した水村美苗さんの「私小説」でも、米国の社会についてまさにバベルの塔のように、「複雑度の爆発」によって様々な深刻な不具合が発生している状況が描かれています。後、この水村美苗さんの「私小説」の関連でもう一つ思ったことですが、水村さんは子供(=12歳)のときから(親の事情により)米国にずっと在住していて英語に関しては(一般の日本人等と比較して)語学力の問題が全くなかったわけですが、それにも拘わらず、

 (*) 言いたいことが山のようにあって、
  しかも、それを何としても日本語で表現
  
しないと気が済まない

ということについては非常に強烈な熱意に燃えていた方のようです。水村さんは様々なことについては私とはだいぶ違うタイプの方だとは思いますが、少なくともこの点(=つまり、(*))については私の気持ちや精神状態とかなり重なるところがあることは実に興味深いように思いました。この点では、非常に格調の高いイギリス英語で文学活動を行なうことに対する拘りが目立つ、最近話題の日系英国人作家カズオ・イシグロ氏と比較すると、かなり根源的な人間性の違いを感じます。イシグロ氏は私と同じ5歳のときに初めて英語圏で暮らすようになったわけですが、私の場合、(一般の日本人等と比較して)語学力の問題がなくても、米国の学校での科目としての英語や米英文学の授業がいつもとても苦手で、自分にとっては「天敵」のような存在として認識していました。(ただし、誤解がないように書いておきますと、サボっていたわけではなく、いつも頑張ってよい成績をとっていました。)別の言い方をすると、自分の子供のときの様々な経験を思い出すと、(お互い、置かれていた状況が違っていたかもしれませんし、安易な比較をしてしまうと、様々な問題点を指摘されそうですが)イシグロ氏のように英文学に対して憧れの念を抱きながら育つという精神状態・精神構造に対しては非常に強い違和感を覚えますし、全く理解できません。私の感覚では

 英語を通して記述される世界には、「色眼鏡」
 のように、英語圏の文化や世界観を反映した、
 著しく濁っていて有害な「歪み(ゆがみ)」

が常に掛かっていて、子供の頃も今も、その歪みから解放される=その歪みと自分との間に分厚い壁(=この場合、「国境」)を確保することに対する強い意欲・「飢え」を抱えて生きてきました。

子供の頃から認識していた、無数の具体例から一つ分かりやすいのを挙げてみますと、例えば、日本人の日常生活では当たり前な風景である「海苔ご飯を箸で食べる」ということを英語で表現するとなると、「海苔」を「シーウィード=つまり、海の雑草」、「箸」を「チョップスティック=ものをつついたり刺したりするための木の棒のようなイメージ」というふうに表現するしかなくて、全体としては「未開人どもが、木の棒を使って、そこいらへんの海に浮かんでいた雑草のようなゴミをライスとともに、未開人っぽい原始的な仕草でもくもく食べている」といったようなイメージに必然的になってしまいます。これは単なる一例に過ぎませんが、全体的な傾向としては、日本・日本語では大変な品格があったり、溢れる愛情や親しみの対象だったりする事物が、英語で表現した途端に、「どうしようもない原始的な未開人どもが、やはり原始的な未開人どもらしく、世にも頓珍漢で荒唐無稽なことをやっているぜ」というような印象を与える表現に化けてしまいます。過敏と言われるかもしれませんが、私は子供のときから英語のこのような空気に対しては非常に強烈なアレルギー体質で、自分たちがどれだけ根源的にコケにされているか全く自覚できずに英語や英語的な空気を浴びせられることに対して憧れのような感情を抱くタイプの日本人の精神構造が全く理解できません。

少し話しが変わりますが、自分の学生(=修士課程や博士課程の大学院生)が英語で論文を書くときの指導の様子や方針について言及したいと思います。そのような指導をするときの「定番の話題」として、定冠詞・不定冠詞が付くか付かないか、単数形にするか複数形にするか等、英文を作文する際の「お馴染み」のテーマがありますが、私がいつも強調するのは、英語の語学的な技術的な側面等、

  無数の非論理的な慣例や不具合・「歪み」
  を抱えた自然言語に過ぎない

       「英語」を忘れて

  数学的な内容の

        論理構造
      「組合せ論的整理術」

  (=議論や解説を細かく分割してその部分
  部分を最適な順番に並び替えたりすること)

に集中することの本質的な重要性です。つまり、このような作業の指導をする際のありがちなパターンですが、複雑な議論を上手く表現できなくて可笑しな意味不明な文章を書いたとき、学生は自分の語学力が不十分であることに原因があると訴えて、悲鳴を上げたりしますけれども、意外に思われるかもしれませんが、意味が通じる論理的な議論を書く上での本当の勝負どころは、語学力にあるのではなく、むしろ、英語を完全に忘れた精神状態で、表現しようとしている論理構造を適切に分析して分割し、議論の論理構造が追いやすい順番に並べて最適な仕組みで整理することにあるのです。その(英語とは本質的に無関係な!)作業さえきちんとできていれば、(数学の場合)数学記号や、比較的簡単な、決まったパターンの英語の表現を使うだけで、立派な文章を作文することが十分に可能なのです。しかも、論理構造が透明な、理路整然とした議論さえ書けていれば、偶に定冠詞・不定冠詞、あるいは単数形・複数形のミスがあったりしても、英語圏の読者から見てもそれほど理解の障害にはならないのです。先日(=2017-11-14付け)の記事の最後辺りで展開した「Cドライブ・Dドライブ」の観点で説明すると、学生だけでなく、多くの日本人は

 英語を勢いよく自分の脳の「Cドライブ」に
 詰め込むことこそが「幸せへの究極的な近道」
 と誤解しがち

ですが、私の無数の経験から言わせてもらいますと、

 英語を自分の脳の「Cドライブ」に詰め込む
 ことは実際にはむしろ、大変に危険であり、
 むしろ「不幸への暴走特急」

にしかなりません。つまり、

 脳の「Cドライブ」に最優先で搭載すべきOS
 はむしろ、ことの論理構造を見極め、その論理
 構造を上手く分割したり整理したりするための
 「組合せ論的整理術」を効率よく実行する仕様
 のOS

なんです。
  
上述のような英文添削の文脈ですと、いつも思い出すことですが、英語に出てくるような定冠詞・不定冠詞は、日本では「欧米文化を代表するような事象」として見做されがちですが、古代や東欧まで視野を広げてみますと、

ラテン語には定冠詞も不定冠詞もない、
古代ギリシャ語には不定冠詞がない、
・(現代)ロシア語には定冠詞も不定冠詞もない

等、多くの日本人の感覚とだいぶ違う実態が浮かび上がってきます。また、ラテン語の場合、標準的な語順は日本語と同じ「SOV型」(=主語 (Subject) - 目的語 (Object) - 動詞(Verb))となっていて、日本語の感覚からすると強い違和感のある英語の「SVO型語順」と違います。子供の頃(=10歳前後)の私には、このような文法的特徴を持ったラテン語やギリシャ語はとても魅力的に映り、

 十分に古い時代まで遡りさえすれば、英語の
 ような現代のヨーロッパの言語が日本語と
 繋がっている世界を発掘できるかもしれない

といったような感覚から、15~16歳の頃(=プリンストン大学の学部1年生の頃)までラテン語とギリシャ語の他に、印欧語族の中でも最も古い言語の一つであるサンスクリット語をかなり熱心に勉強しました。

なお、この定冠詞・不定冠詞の話題をするときにいつも思い出すもう一つの重要な側面は、

      一神教・多神教との関係

です。この側面は私の研究IUTeichの中でも重要な役割を果たす数学的な概念である

         基点宇宙

あるいは、より初等的な数学でよく出てくる概念である

          座標系

というものとも密接な関係にあります。その関係を一言で説明することはなかなか難しいのですが、現代の一神教の欧米の文化では、

   「たった一つの神しか存在しない」

ことになっているのに対応するように、

  「たった一つの、がっちり決まった物事
   の考え方=座標系=基点=`心の基軸’」

の下で思考する文化が徹底されています。このような全体的な文化的な状況は、定冠詞・不定冠詞が付くかどうかの基準となる、

    言語空間で許容されている表現
    のイメージの、一つのがっちり
    決まった「座標系」

と符合します。一方、日本のように「多神教」(=神道の「八百万の神」)系の文化的環境ですと、そのように

   許容される表現のイメージ全体に一つ
   の固定された「座標系」を敷き、表現
   のイメージ全体を通して

      同一の「座標系」=「視点」
     =「声」=「神」=「心の基軸」


   しか認めないという姿勢を徹底する
   ことにはどうしても強い違和感を覚える

ため、定冠詞・不定冠詞が付くかどうかの判断基準となるものが見当たらず、付くかどうかさっぱり分からない、判断のしようがない、という精神状態からいつまで経っても抜け出せないでいることになってしまいます。

子供の頃(=5歳~10歳=初めて米国に渡って間もない頃)の私は、上記のような「難しい言葉」では上手く表現できなくても、上記のような状況を子供なりに、「空気的」に、直観的に完全に理解していましたし、「一神教の人間ではない」、つまり学校等でよく耳にした、より素朴な表現で言うと、「お前は神を信じるのか、信じないのか」というような形で問い詰められたりして遭遇した苦しい社会的な状況もあって、言語だけでなく、

      古代ギリシャやローマ
     (「日本と同じ」)多神教

に大変強い関心を持っていました。実際には、ヨーロッパでは、古代ギリシャやローマだけでなく、ケルト民族やドイツ民族、更にはロシア民族には、キリスト教が普及する前に長らく続いた多神教の伝統があったのです。

一つの決まった「心の基軸」と言えば、戦後日本の場合、様々な分野における

  「対米(あるいは場合によっては対欧米
    従属の文化

という(私に言わせれば)日本のみならず、米国あるいは欧米を含めた人類全体にとって非常に残念な文化的傾向・「心の基軸」があります。またその対米従属の文化と切っても切れない関係にあるのが、在日米軍基地の問題です。在日米軍基地は本当は日本国民(特に沖縄県民)のみならず、選挙期間中のトランプ氏の様々な発言や、どんなに厳しい批判を向けられても犯罪行為(=当事者による一種の「悲鳴」ともとれる)が後を絶たない在日米軍基地の関係者の実態からも窺えるように、米国側にとっても大変に頭の痛い負担となっています。在日米軍基地の存在そのものについては、将来的には、技術の進歩や様々な工夫によって更なる整理・縮小を(一国民として)期待したいという漠然とした思いはあるものの、日本を取り巻く厳しい軍事的な状況や、自分はそもそも軍事の専門家ではないことを考えると、強い主張等は特にありません。

私の場合、子供の頃から問題にしたいと強く感じているのは、むしろ在日米軍基地関連の問題を含めた「対米従属の文化」全般、あるいは別を言い方をすれば、

    「日本人の心の中の米軍基地

とも言える、残念な精神構造・「心の基軸」です。

この文脈でいつも思い出すものの一つは、1990年頃の日米貿易摩擦の時代に、(ソニーの会長だった)盛田昭夫氏と政治家の石原慎太郎氏によって共同執筆された「ノーと言える日本」という本です。当時プリンストン大学の大学院生だった私がこの本をどこで購入したかは覚えていませんが、何とか購入して興味深く読み、自分も「ノー」と言うべきときには

      「ノーと言える人間」

になりたいなと強く思ったことを覚えています。

ここのところの(=2017-10-19付けおよび2017-11-14付け)記事では、数学とは何か、あるいは数学と芸術等との関係について様々な考察を述べていますが、上記のような文脈で見ると、

   数学=人類の認識の仕組みの論理構造
   の解明はまさに、「ノー」と言うべき
   ときに断固たる「ノー」を突き付ける
   ための、一種の究極的な技術・手段

であるように思います。残念ながら、今日の日本の文化では、

   (過去あるいは現在の)欧米の数学界
   のエリートに対して、憧れの念を極める
   =諸手を挙げて究極的な「イエス」
   発信することこそが「数学」である

かのような解説がなされることが多いような印象がありますが、私が強調したいのは、むしろ

  そのようなエリートのような相手に対して
  は、「ノー」と言うべきときに断固たる
  「ノー」を、数学を通して突き付けること
  こそが、数学の本来の精神であり、数学が
  果たすべき役割である

ということです。

また何度も繰り返しますが、様々な形態の「対欧米従属の文化」や「心の中の米軍基地」に対して、謙虚な姿勢で論理構造の解明・研究を遂行することによって「ノー」を突き付けることは、「拳を振り上げる」=「盾を突く」ような好戦的な姿勢として誤解されることもありますが、本当はそのようにすることは

   長期的には、日本のみならず、欧米を
   含めた人類全体にとって最も健全
   建設的な道

になると、(様々な経験を踏まえて)強く感じています。

最後に、ここのところ報道等でよく話題に上る北朝鮮の核兵器の問題ですが、このような報道を見るといつも(改めて!)痛感しますが、

  人類にとって最も究極的な「武器」
  やはり核兵器や化学・生物兵器等では
  なく、物事や仕組みの本質的な論理構造
  を研究し、明らかにすること、つまり、
  一種の広い意味での「数学」

ではないでしょうか。私は軍事の専門家でも、朝鮮半島情勢の専門家でもありませんが、北朝鮮の核兵器の問題を見ても、一見すると「核兵器」が問題の本質のように見えても、本当は「核兵器」も、今我々が生きている時代の様々な「非本質的な技術的な要因」によって偶々浮上した一種の「小道具」に過ぎず、「小国」の北朝鮮が世界の大国を手玉に取る「外交術大国」としての地位を固めることができたのは、「偶々浮上した小道具」の「核兵器」を利用する場面があっても、本質的には(核兵器そのものとは全くの別物である!)

   世界の大国の権力構造を支えている
   論理構造正確に解明し、その盲点を
   突く技術が非常に高度に発達している

ことにこそ、主たる要因があるのではないでしょうか。


望月新一


.

中国の軍拡目標はアジア太平洋での覇権確立。そしてその第一段階が台湾併呑。もし我が「不沈空母・台湾」が「中国の空母」と化せば日本は・・・。政府・媒体が敢えて語らぬ生命線防衛の重要性を考えたい。



國史館臺灣文獻館電子報101

國史館臺灣文獻館電子報 第101期 中華民國101年八月29日。
http://www.th.gov.tw/epaper/site/page/101/1400

https://web.archive.org/web/20171216091624/http://www.th.gov.tw/epaper/site/page/101/1400

http://archive.is/xJZsd

http://www.th.gov.tw/epaper/uploads/epaper/y12w34/1kw9albb.doc

https://web.archive.org/web/20171216091451/http://www.th.gov.tw/epaper/uploads/epaper/y12w34/1kw9albb.doc

本館文獻中記載相關釣魚臺之資料表
近日來保釣運動風起雲湧。清康熙年間出版之《重修臺灣府志》、《臺海使槎錄》;乾隆年間之《臺灣志略》、《重修臺灣縣志》、《續修臺灣府志》;道光年間《續修臺灣縣志》及咸豐年間《噶瑪蘭廳志》等臺灣文獻叢刊,均記載釣魚臺相關資料,本館圖書室典藏相關書籍,以下列舉10本介紹,相關內容請見【本館文獻中記載相關釣魚臺之資料表】。



項次

文獻名稱

記載內容摘要

作者/

出版年代

館藏圖書

掃描影像檔

1

臺灣文獻叢刊/  臺海使槎錄/卷二、赤崁筆談/武備

 -34-

(略)山後大洋,北有山名釣魚臺,可泊大船十餘;崇爻之薛坡蘭,可進杉板。

巡臺御史黃叔璥/康熙61

1722

如圖1

2

臺灣文獻叢刊/一八 臺灣志略/卷一/地志

- 13 -

(略)山後大洋之北有嶼名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘.崇爻山下薛波蘭港可進三板船.

清分巡臺灣道尹士/乾隆31738)年

如圖2

3

臺灣文獻叢刊/五一 臺灣生熟番紀事/臺灣生熟番輿地考略

- 6 -

(略)海舟從沙馬磯頭盤轉而入卑南覓 諸社山後大洋之北,有嶼名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘;崇爻山下泗波瀾,可進三板船,漳、泉人多有至其地者。

清黃逢昶/光緒初

如圖3

4

臺灣文獻叢刊/八四 福建通志臺灣府/海防/海防/錄自重纂福建通志卷八十六/各縣衝要/噶瑪蘭廳

379 -

  蘇澳港在廳治南,港門寬闊,可容大舟,屬噶瑪蘭營分防.又後山大洋北有釣魚臺……

- 380 -

,港深可泊大船千艘.崇爻之薛坡蘭可進杉板船.

重纂福建通志/清陳壽祺/同治101871)年

如圖4

5

臺灣文獻叢刊/一0五 重修臺灣府志/卷二 規制/海防/附考

-92 -

 臺灣州仔尾、西港子、灣裏、鳳山喜樹港、萬丹港、諸羅海翁堀、蓬山港,只容酞仔小船.再,鳳山岐後、枋寮、加六堂、謝必益、龜璧港、大恠房、魚房港、諸羅榟 仔穵、象領,今盡淤塞,惟小魚船往來耳.山後大洋,北有山名釣魚臺,可泊大船十餘;崇爻之薛坡蘭,可進杉板(同上)

清臺灣府知府周元文/康熙511712)年

如圖5

6

臺灣文獻叢刊/一一三 重修臺灣縣志/卷二 山水志/海道

- 51 -

  舟從沙馬磯頭盤轉,可入卑南覓諸社.山後大洋之北有嶼,名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘.崇爻山下薛波蘭港,可進三板船。

清臺灣縣知縣王必昌/乾隆171752)年

如圖6

7

臺灣文獻叢刊/一二一 續修臺灣府志/卷二 規制/海防/附考

- 112 -

   ,今盡淤塞,惟小魚船往來耳.山後大洋,北有山名釣魚臺,可泊大船十餘;崇爻之薛坡蘭,可進杉板(同上)

清臺灣府知府余文儀/乾隆291764)年

如圖7

8

臺灣文獻叢刊/一四0 續修臺灣縣志/卷一 地志/海道

 

- 27 -

  ;舟從沙馬磯頭盤轉,可入卑南覓諸社.山後大洋之北有嶼,名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘.崇爻山下薛波蘭港,可進三板船.

臺灣縣教諭鄭兼才、嘉義縣教諭謝金鑾/道光元1821

如圖8

9

臺灣文獻叢刊/一六0 噶瑪蘭廳志/卷八 雜識()/紀事

434 -

    謂:舟從沙馬磯頭盤轉而入卑南覓諸社,山後大洋之北,有嶼名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘.崇爻山下薛波瀾可進三板船,則竟有至其地,可知也.

( ...)

清陳淑均/咸豐21852)年

如圖9

10

臺灣文獻叢刊/二一六 臺灣輿地彙鈔/全臺圖說

- 85 -

  。山後大洋有嶼名釣魚臺,可泊巨舟十餘艘,崇爻山下可進三板船。

季麒光等/光緒年間

如圖10


上表中「尹士俍/乾隆3(1738)年」誤,當作『青照堂叢書三編』所收李元春道光十五年刊本。
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kanseki?record=data/FATOYO/tagged/105601047.dat

國史館臺灣文獻館前身為臺灣省政府設置的「臺灣省文獻委員會」,精省後改為現名並成為國史館唯一的附屬機關。曾編纂印行『臺灣省通志』。
相關鏈接:
http://www.asahi.com/articles/ASKCK4Q7WKCKUTFK00N.html
https://t.co/DB4r6AdsJb
http://www.sankei.com/politics/news/171117/plt1711170026-n1.html
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017111701075
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/171118/soc1711180016-n1.html
https://www.youtube.com/watch?v=HjYkJr-hjTI

http://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/2257421
https://udn.com/news/story/6809/2825980
http://www.chinatimes.com/realtimenews/20171118002082-260408
http://orientaldaily.on.cc/cnt/china_world/20171119/00178_014.html
http://hk.on.cc/int/bkn/cnt/news/20171118/bknint-20171118120138299-1118_17011_001.html
https://tw.appledaily.com/new/realtime/20171119/1244087/
http://www.upmedia.mg/news_info.php?SerialNo=29331

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新元號に略字・代用字は絶對に不可。

澤は可、沢は不可。恩澤の義で候補となり得るので特に要注意。
辨・辯は可、弁は不可。(武弁は可だが元號に使はれないだらう。)
惠は可、恵は不可。
樂は可、楽は不可。

私が作るなら、玄の字を使ひたい。
玄古Genkoか玄天Gentenか玄太Gentaiかな。筆劃が少ない。
説教臭くない。羅馬字でMTSH(明治大正昭和平成)から外れる。
莊子に曰く、「玄古之君天下、無爲也。」
玄古の天下に君たるや無爲なり。太古と同義。
「亂天之經、逆物之情、玄天弗成。」
天の常經を亂し、萬物の情に逆らへば、玄天成らず。
自然に囘歸する意である。近世チャイナ道教ではない。
天皇陛下の「垂拱して治まる」の傳統を承ける。
天皇といふ呼び名がそもそも古代神仙思想であるから、ふさはしい。
近世チャイナの「玄天上帝」なんていふのは後から出たので關係ない。
また千字文「天地玄黄」。日本は黄土ではないから地黄とは無縁だが、
玄天は宇宙時代にもふさはしい。黒い天空。
若者の目で見ても格好いいんぢゃないかな。
なほ、天玄はまあ不可。過去に天元があるので。

玄古



 川普説五千年或更早,意在敬重。習近平高興之下忽然謙虚,承認文字只有三千年。考漢字産生於距今三千四百年前,習近平的説法比較近實。人民共和國「夏商周斷代工程」却把夏禹時代算進歴史,推到四千年前,那是虚構,被習大大推翻了,意義重大。
 川普説埃及八千年最古,是指兩河文明搖籃期,不是埃及。其實蘇美爾楔形文字只有五千多年歴史。提到埃及,習近平不肯示弱,硬説China文化從未斷流。
 China文化當然曾經斷流多次,焚書坑儒、五胡亂華、唐宋變革、蒙古入主等等,基本上古老文化只留存在東南沿海乃至在日本。日本既有隋唐文化,又有繩文、彌生文化。安倍在場,可以插上一句:「繩文文明一萬五千年最古,從未斷流。」

http://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/2247989
自由時報〔即時新聞/綜合報導〕美國總統川普訪中,今天進入第2天,昨天他與中國國家主席習近平一起參觀紫禁城,瞬間化身「川普教授」,一度展現他對歴史的了解,還在習近平面前說最古老的文化是埃及文化。
綜合外媒報導,昨天川普在習近平帶領下參觀了紫禁城,沒想到川普當場變成歴史老師,大秀自己對中國歴史的了解,直説「中國的歴史可以追溯到5千年前,或者更早」。
聽到川普這番話,習近平補充説,「有文字的是3千年。」沒想到川普又補了一句,「我想最古老的文化是埃及文化,有8千年歴史。」習近平愣了一下,隨後認同這説法,不過他對川普強調,「文化沒有斷過流的,始終傳承下來的只有中國。」
習近平還進一歩解釋,「我們這些人黑頭髮、黄皮膚傳承下來,我們叫龍的傳人。」川普聽完這段話則是大笑三聲表示認同。

http://cpc.people.com.cn/BIG5/n1/2017/1116/c64094-29648943.html
習近平講故事:我們叫龍的傳人
2017年11月16日07:43    來源:人民網-人民日報海外版
特朗普:“中國的歴史可以追溯到5000年前或者更早,所以你們有5000年的歴史?”
習近平:“有文字的(歴史)是3000年。”
特朗普:“我想最古老的文化是埃及文化,有8000年歴史。”
習近平:“對,埃及更古老一些。但是文化沒有斷過流的,始終傳承下來的隻有中國。”
特朗普:“所以這就是你們原來的文化?”
習近平:“對,我們這些人也是原來的人。黑頭發、黄皮膚,傳承下來,我們叫龍的傳人。”
特朗普:“這太棒了!”
——摘自習近平主席夫婦同特朗普總統夫婦參觀故宮時的對話(2017年11月8日,根據央視視頻整理)


川普埃及


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