- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 



1895尖閣Bartholomews_special_Map_China_Japan_and佛國圖書館
    ▲フランス國家圖書館公開電子畫像。
標題:「Bartholomew's special Map of China, Japan and Korea」
出版者: J. Bartholomew (Edinburgh)
刊年 : 1895
記號 : ark:/12148/btv1b53029128q
出處 : Bibliothèque nationale de France, département Cartes et plans, GE C-2098
圖リンク:http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b53029128q/
目録 :  http://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb40682234h
http://www.worldcat.org/oclc/829578909

 この圖は尖閣の西側に界線が有り、尖閣を琉球に入れてゐる。日清下關條約の前の状態である。界線はシュティーラー圖册から承け繼ぐ。作者バーソロミュー氏はシュティーラー圖册の著名製作者ペーターマン(Petermann)に製圖を學んだ。バーソロミュー家は現代でも地圖出版事業を繼續してゐる。スコットランドでは馴染みの出版者らしい。
 この界線は明治二十八年一月に尖閣を編入してから四月に臺灣が割讓されるまでの間の状態を示すわけでなく、それ以前から歐洲で普遍的に流布した認識を示すものである。勿論日本はまだ尖閣を編入してゐなかったので、これは誤認である。更に臺灣の東南側のsamasana島まで日本に含めるのも、歴來の誤認と同例である。これらは領有の根據となるわけではなく、ただ認知の歴史を示す。臺灣島東岸まで琉球に屬するといふ認識は歴史上かなり多い。史實としても臺灣島東岸及び東南離島はチャイナ外であった。
 この圖は以前から備忘録に入れておいたのだが、本日公開しよう。尖閣の西側の界線は多數あるので、もう珍しくもない。しかしバーソロミュー圖の尖閣西側界線についてはこれまで誰も言及してゐないやうだ。バーソロミュー氏製圖で尖閣の西側に線を引くものは、上記の外に以下のものをインターネットで閲覽できる。


標題:「Titre :  Bartholomew's Special Map of China, Japan and Korea」
出版者 : Bartholomew (Edinburgh)  
刊年不明。上記の西暦1895年圖と同一と思はれる。
記號 : ark:/12148/btv1b530604960
出處 : Bibliothèque nationale de France, département Cartes et plans, GE C-3198
目録 : http://catalogue.bnf.fr/ark:/12148/cb40694473n
圖リンク:http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b530604960/
(尖閣を琉球に入れる。シュティーラー式の線)



標題:「Bartholomew's The Library Reference atlas of the world」
MACMILLAN & CO.   LONDON/NEW YORK  1890
(日本地圖で尖閣を琉球に入れる。シュティーラー式の線)
https://www.antiquemapsandglobes.com/Map/Antique/Japan?M=20573
http://www.amazon.co.uk/dp/B000RMGX34
https://www.antiquemapsandglobes.com/enlarge_photo.php?Doc=Murray_Hudson/Documents/Maps/000036077-0000-28355403291
http://id.ndl.go.jp/bib/000006438991
國會あり。


「Bartholomew's The Library Reference atlas of the world」
MACMILLAN & CO.   LONDON/NEW YORK  1890
の目次と評論選録(extracts form reviews)頁が出てゐる。
http://www.ebay.com/itm/390820977421


「Chinese Empire and Japan」 1890
from「Bartholomew's The Library Reference atlas of the world」
MACMILLAN & CO.  LONDON/NEW YORK
(同じアトラスから、矢張り尖閣を日本に。)
https://www.antiquemapsandglobes.com/Map/Antique/Chinese-Empire-and-Japan?M=20572
https://www.antiquemapsandglobes.com/enlarge_photo.php?Doc=Murray_Hudson/Documents/Maps/000034984-0000-39283416001
http://www.ebay.com/itm/161337837450
http://ecx.images-amazon.com/images/I/61A1f-bFeRL.jpg



「OCEANIA and the Pacific Ocean」 1890
by Bartholomew
from「Bartholomew's The Library Reference atlas of the world」
MACMILLAN & CO.  LONDON/NEW YORK
(同じアトラスから、矢張り尖閣を日本に。)
http://www.ebay.com/itm/111385914411
http://www.buybali.com/LR1890080.jpg




「Chinese Empire and Japan」 1881
BARTHOLOMEW, JOHN
T. ELLWOOD ZELL, DAVIS & CO.  PHILADELPHIA
シュティーラー系統。尖閣を日本に入れる。知る限りバーソロミュー圖の界線としてはこれが最も早い。
https://www.antiquemapsandglobes.com/Map/Antique/?M=16395
https://www.antiquemapsandglobes.com/enlarge_photo.php?Doc=Murray_Hudson/Documents/Maps/000034957-0000-41383873112


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以下のバーソロミュー氏圖册はインターネットに出てゐない。今後探索すべき課題である。


「The century atlas and gazetteer of the world」
 J. G. Bartholomew   版:John Walker, 1891
(尖閣を日本とする可能性高し。未閲)
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA7761266X
東大駒場あり。武藏大學あり。グーグル公開無し。インターネット無し。



「The royal atlas & gazetteer of Australasia」
J.G. Bartholomew   1890
(尖閣を含むならば日本とする可能性高し。インターネット公開無。未閲。)
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA64463385
鹿兒島大學あり。



「Atlas of commercial geography illustrating the general facts
of physical, political, economic, and statistical geography」
 John George Bartholomew
ケンブリッジ University Press ,  1889
(尖閣を日本とする可能性高し。インターネット公開無し。未閲。)
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA38361683
學習院あり。

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これら以外のバーソロミュー氏製圖はインターネットに幾つもあるが、尖閣の西側に界線を描くものは見つからない。例へば、
出版者    BARTHOLOMEW, J.
標題  Bartholomew's New map of China and the East.
出版地     Edinburg, ca. 1895-1900
http://www.swaen.com/item.php?id=25438
http://www.swaen.com/zoomV2.php?id=25438
これは既に臺灣を日本とする。下關條約後の状態である。尖閣の西側の界線は無くなってゐる。條約前と條約後とで比較するgif映像でも作れば面白いだらう。



コトバンク、世界大百科事典 第2版の解説
バーソロミュー【Bartholomew】
イギリス,スコットランドの地図学者の家系およびよく知られた地図製作所の名。ジョージ・バーソロミューGeorge Bartholomew(生没年不明)により1797年に創立された。初代ジョージの息子ジョンJohn B.(1831‐93)はA.H.ペーターマンの弟子で,イギリスの官製地図を小縮尺化して印刷することで事業の基礎を培った。その子,3代目のジョン・ジョージJohn George B.(1860‐1920)は,《Comparative Atlas》《Atlas of Scotland》(ともに1895),全5巻で企画された《Physical Atlas》のうちの第3巻《Atlas of Meteorology》(1899),第5巻《Atlas of Zoogeography》(1911)などを出版した。

記録:
https://archive.is/745ow
https://web.archive.org/web/20160131203945/http://senkaku.blog.jp/2016020153818778.html

以上については八重山日報連載「歐洲史料尖閣獺祭録」の中で述べます。



Cary1801rumsey1657001

尖閣が微かに黄色に見えるが不明瞭なのが惜しい。ラムゼー氏にお願ひして更に高精細の電子畫像を提供して頂くか、同じ刊行圖を他に搜して、良い手彩を見つけるか。二つの方法がある。

發見者伊井茂氏のブログより。
http://kaiunmanzoku.hatenablog.com/entry/2015/11/19/154509
ラムゼイ氏圖庫。標題「Eastern Hemisphere」
 1801年 地図製作者・発行者 John Cary。ジョン・ケアリー。
Author: Cary, John, ca. 1754-1835
Publisher: John Cary, London



一昨日の大ニュース、皆さんもうご存知だらう。
「中国が尖閣諸島を攻撃すれば日本を防衛」 ハリス米太平洋軍司令官
http://www.sankei.com/world/news/160128/wor1601280034-n1.html
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160128/k10010388601000.html
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160128-OYT1T50103.html
一月二十七日の講演でハリス司令官が述べた言葉である。
NHKでは部分的映像も流した。
しかし日本では報じられてゐないが、ハリス司令官が同じ講演で
「個人的には南シナ海諸島はチャイナに屬せずと認識してゐる」
と述べたことが、チャイナでは特に注目されてゐる。
http://news.wenweipo.com/2016/01/28/IN1601280057.htm
明言の瞬間が鳳凰網のビデオで取り上げられてゐる。
http://v.ifeng.com/mil/arms/201601/014df5f1-6769-4a9b-a423-fd1d07f3f631.shtml
臺灣獨立派の新聞「自由時報」でも標題に
「米太平洋司令官:チャイナに屬せず」として取り上げてゐる。
http://news.ltn.com.tw/news/focus/paper/953799

するとチャイナ政府から烈しい口頭攻撃が起こった。
報導の標題は「ハリス司令官は歴史の常識を缺(か)いてゐる」
といふものであった。リンク:
http://www.ettoday.net/news/20160129/639917.htm
http://www.chinareviewnews.com/doc/1041/0/5/0/104105074.html
http://news.now.com/home/international/player?newsId=166837
http://news.sina.com.tw/article/20160129/16069966.html
http://news.ifeng.com/a/20160128/47278793_0.shtml
多くの媒體で取り上げられてをり、かなり反撥が大きい。

ケリー氏も北京で外相會談し、南シナ海の古來領土説で激論だったやうだ。
http://www.sankei.com/world/news/160127/wor1601270021-n1.html
http://www.chinesetoday.com/big/article/1080528

ハリス氏もケリー氏も歴史を言ひ出したわけではないのに、
チャイナ側はひたすら歴史を言ふ。チャイナは歴史で勝てると思ってゐる
我々から見れば、チャイナの歴史の嘘を潰すことこそ最も効果的である。
歴史の嘘をつぶさずに沈黙してゐると、日米ともに歴史の淺い國だといふ
印象が世界にひろまってしまふ。歴史のチャイナと國際法の日米との
對立といふ構圖になってゐる。大間違ひだ。彼らの歴史は嘘なのだ。

南支那海二千年の虚構に利用される史料について、私は既に反駁した。リンク:
http://senkaku.blog.jp/2015122250862826.html
http://senkaku.blog.jp/2015122651143647.html
近日中に英譯して散布するつもりである。ハリス司令官にも知らせねばなるまい。私から送っても屆かないだらうから、ハリス司令官と親しい人を搜すか、もしくはハリス氏の目に留まるやうに皆さんのお力で大規模に散布するしかあるまい。司令官だけではない。オバマ大統領を始めとして米政府全體だ。

harry_harris


百科編者Johann-Gottfried-Gruber
  ▲グルーバー氏


 以前、西暦1832年刊エルシュ-グルーバー百科全書H-N部分第九册の「Hoapinsu」を取り上げた。
http://senkaku.blog.jp/archives/1832Ersch-Gruber.html
尖閣の「Hoapinsu」がMadschikosimah(宮古八重山諸島)に屬するといふ認識であった。Madschikosimahといふのは西暦1804年にブロートン航海録が刊行されて以後の認識である。

 同じ百科全書のO-Z部分の第20册(西暦1844年刊)第51頁に、
https://books.google.co.jp/books?id=VUtGAQAAMAAJ
ラペルーズの尖閣記録が取り上げられてゐることを、このたび畏友伊井茂よりご指摘頂いた。これは西暦1787年の五月にラペルーズが辿った航路を略述したもので、前囘取り上げなかったのだが、尖閣の直後の記述はそれなりに意義がある。曰く、
「Am 5. Mai wurde die Insel Kumi unter 24° 33" nördl. Br. und 120° 56" östl. ausge funden, und Hoapinsu unter 25° 44" nördl. Br. und 121° 14" östl. L. und Tiaoyusu unter 25° 55" nördl. Br. und 121° 27" östl. L. und andere wahrgenommen, und ihre Lage bestimmt. Die Fahrt ging, als man den Likeuo archipel verlassen hatte, äußerst langsam vor sich; die Nebel waren hier ebenso dick und anhaltend, wie aus der labrador küste,」云々と。
大意:五月五日、Kumi(古見岳、ここでは與那國)島を北緯24度33分東經120度56分に見出した。そしてHoapinsu(花瓶嶼、ここでは今の魚釣島)を北緯24度44分東經121度14分に、Tiaoyusu(釣魚嶼、ここでは久場島)を北緯二十五度五十五分東經121度二十七分になど認知し、その位置が定まった。琉球群島から離れると、航程は極めて遲くなり、宛かもラプラドル沿岸のやうに濃霧が絶えなかった。

 この「琉球群島を離れると」といふラペルーズの語が百科全書にそのまま使はれたのは、それなりに意義が有る。

「Allgemeine Enzyklopädie Der Wissenschaften und Künste: In Alphabetischer Folge Von Genannten Schriftstellern」第三部分O-Z、第20册第51頁「Peyrouse」。
編者:Johann Samuel Ersch, Johann Gottfried Gruber
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA03633313



bureau-des-longitudes-paris-france




八重山日報 連載「歐洲史料 尖閣獺祭録」第五囘。一月二十八日

フランス官製年鑑の人文的分類 尖閣は太平洋 チャイナはアジア ~~西暦千八百年 經度局『星候須知』(フランス)

  ▼圖11。
圖11_長崎1800年Connaissance des temps


1800年Connaissance des temps尖閣
  ▲圖12。


 ラペルーズ紀行には尖閣の經緯度が記載された(連載第三囘)。その出版から三年後、西暦千八百年至千八百一年(フランス共和暦九年)にフランスの經度局(けいどきょく)が刊行した官製年鑑『星候須知』(せいこうしゅち)の經緯度表には、早くも尖閣の經緯度が載る。
 まづ分かり易いのは、南京(Nankin、圖11)・淮安・崇明・澳門・上海等をChine(支那)と注記する。尖閣にもChineと注記するに足る空白は充分に有るが、注記しない(圖12)。尖閣はチャイナ外となってゐる。
 この書の經緯度表の地域分類として、「アジア及び附屬島嶼」(圖11)と「太平洋及び南海」(圖12)とがあり、長崎・南京・寧波・能登・北京・上海・カントン・マカオなどはアジアに配屬(はいぞく)されてゐる。日本が太平洋でなくアジア附屬島嶼となってゐるのは、自然地理的分類でなく、人文地理的分類である。
 一方で尖閣及びタバコシマは、アジアでなく太平洋に配屬される。人文地理的に「チャイナ外」と看做(みな)されたためである。日本がアジアに、尖閣が太平洋にといふ對(たい)照は、尖閣が無主地として扱はれたことを示………以下全文は八重山日報連載「歐洲史料尖閣獺祭録」第五囘(一月二十八日)でご覽下さい。
第五囘までの掲載日は、
第一囘、一月十四日木曜、
第二囘、一月十六日(土曜)、
第三囘、一月二十一日木曜、
第四囘、一月二十六日火曜
第五囘、一月二十八日木曜
です。新聞オンラインのバックナンバーからお搜し下さい。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html


關聯リンク:
http://senkaku.blog.jp/archives/45813928.html

ハドソン研究所の上席研究員と、同研究所副所長が聯名で尖閣を論じ、一昨日(平成二十八年一月二十六日)ウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿してゐる。なぜか日本では全く紹介されてゐない。

http://udn.com/news/story/8299/1467493
和中國政府有關係的學者私底下表示,或許需要製造「一個危機」來解決釣魚台糾紛。中方認為他們若能製造事端,讓雙方走到作戰邊緣,日本會迅速退讓,尋求外交解決,尤其是如果它覺得不能依恃美國軍事支持的話。
(チャイナ政府に關はる學者らは非公式に暗示した、「一つの危機が尖閣紛爭解決のために必要かも知れない」と。チャイナが衝突を引き起こせば、日本はすぐにあきらめて、外交的解決を求めるだらう、とチャイナ人は決めて掛かってゐる。)


http://www.hudson.org/research/12145-beijing-s-next-gambit-the-east-china-sea

Scholars linked to the Chinese government privately suggest that “a crisis” might be needed to resolve the dispute over the Senkakus. The Chinese assume that if they can manufacture a confrontation that pushes both sides to the brink of combat, the Japanese would quickly back down and seek diplomatic solutions, especially if it felt it couldn’t count on U.S. military support.


 この預測は正しい。誰の論説かといふ程のことではない。誰にでも分かることだ。安倍政權は一貫して尖閣讓歩を繰り返して來た。小笠原でも沈黙し、北京APECでも大敗北した。安倍氏就任直後に中古レーダーを石垣島に設置することが可能だった筈だが三年間やらない。
 韓國北朝鮮に對して優しい外交を續けてゐるので、その代りに尖閣だけはきちんと防衞すると期待したい處だが、多分無駄な期待だらう。更に優しい外交を尖閣でやってしまふだらう。
 近日中にチャイナ側が危機を作り出せば、安倍首相は退縮して外交的解決に向かふ。今までの事態が更に進行し、尖閣を喪失する。誰の目にも明らかだ。アメリカ人にもチャイナ人にも分かってゐる。目をそらして慰安婦で馬鹿騷ぎをしてゐるのは日本人だけだ
 もう尖閣喪失の時は近い。國民よ安倍首相に向かって聲を揚げよ。尖閣を完全防衞せよ。國民が怒らなければ安倍首相は甘く見て、仕事をしない。特に愛國派の人々が安倍支持で固定客になってゐては駄目だ。「安倍さんならそんなことになる筈が無い」といふ預測は無意味だ。危機感こそ必要だ。私の預測が外れることを切に願ふが、外れないだらう。北京APECの敗北も私は前年から預測してゐた。

關聯リンク:
安倍政權は既に尖閣を捨てたらしい 産經の得た驚愕の情報
http://senkaku.blog.jp/2015112949020018.html
領土で外交勝敗を論ずる愚 歴史意識稀薄 調停はゼロの側が有利
http://senkaku.blog.jp/archives/19452704.html
國際法を棄てて政治決着へ 尖閣の歴史戰は今が始まりだ
http://senkaku.blog.jp/archives/16950965.html
APEC會談で勝っても面白くない
http://senkaku.blog.jp/archives/16553522.html
八重山日報「安倍内閣が尖閣を見捨てる」、平成25年8月25日
http://senkaku.blog.jp/archives/1453608.html
http://senkaku.blog.jp/archives/16449910.html
http://senkaku.blog.jp/archives/22129694.html
http://senkaku.blog.jp/2015122050675204.html
http://senkaku.blog.jp/2015122851324432.html


上席研究員アーサー・ハーマン氏の過去の論説。
http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702304188504580016823524224724
http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052970204431804580112421673795544

共著者ルイス・リビー氏は著名な元政府高官。かなり頼もしいネオコン。
http://www.sankei.com/world/news/150507/wor1505070023-n1.html
ウィキペディア。
https://en.wikipedia.org/wiki/Arthur_L._Herman
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%93%E3%83%BC

Scooter_Libby



附記。以上は今朝書いたのだが、結局午後になってウォール街紙の和譯が公開された。
http://jp.wsj.com/articles/SB10116307791432393383204581505461845336784

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1817China_Thomson_New_General_Atlas尖閣

 『トムソン氏通用新地圖册』(Thomson's New General Atlas)より「支那」(China)。西暦千八百十七年刊。骨董店Geographicus.com掲載。製圖者はジョン・トムソン。
http://www.geographicus.com/P/AntiqueMap/China-thomson-1817
 チャイナ圖の東端が尖閣までで切れてゐる。終に尖閣を單獨でチャイナに歸屬せしめる地圖を發見したか!
 と思ってよくみると、尖閣の南側に「Kumi」島。漢字は古見。もとは西表島の古見岳を指すが、ラペルーズが誤って琉球最西端の與那國島に擬して以來、歐洲の地圖では與那國島を指す。與那國島が尖閣と共にチャイナ圖に這入ってゐるので、尖閣が單獨でチャイナとされたわけではなかった。皆樣少し疑心暗鬼となっただらうか。ご心配には及ばない。歴史の趨勢から見て、尖閣を單獨でチャイナとする地圖など存在する筈が無いのである。
 下方のボテル・トバゴ島(ボトル・タバコ島)とともに、與那國島及び尖閣が描き込まれた圖。これはまさにラペルーズ探査情報にもとづく。臺灣島西南側にも、ラペルーズ情報にもとづきフォルモサ暗礁が描かれてゐる。

 ウィキペディアによれば、ジョン・トムソン(John Thomson)はエディンバラ産まれの地圖製作家で、この西暦千八百十七年刊地圖册を以て世に知られたといふ。
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Thomson_%28cartographer%29









オランダのコイレン(Keulen)氏製圖。西暦1753年
「フォルモサ日本間水路圖」
(Paskaart van den vaarweg tussen Formosa en Japan)
オランダ記録圖庫、收藏番號 B.0032_(109) 06 kaart141
  www.geheugenvannederland.nl
 レスマゴスを石垣島と區別できず。
http://www.geheugenvannederland.nl/?/indonesie_onafhankelijk_-_fotos_1947-1953/items/NESA01:K06-1410/
http://www.helmink.com/Antique_Map_van_Keulen_Northern_China/Scans/slides/van%20Keulen%20Northern%20China%208.html
http://www.helmink.com/Antique_Map_van_Keulen_Northern_China/Scans/
http://www.geheugenvannederland.nl/?/indonesie_onafhankelijk_-_fotos_1947-1953/items/NESA01:K06-1410/
https://www.bonhams.com/auctions/21010/lot/2012/


Keulenレスマゴス1753_tussen_Formosa_Japan

 連載第三囘までは、西暦千七百五十一年に歐洲で尖閣の地理認識が明確になって以後を述べた。そこで疑問を持たれさうなのがオランダである。オランダは鎖國時代にも長崎まで往還してゐたのだから、獨自の海洋情報を持ってゐたのではないか。
 そもそもポルトガル・スペインが東アジアに進出した時代、レスマゴスは八重山なのか尖閣なのか臺灣北方三島なのか區別できなかった。或は區別できてゐても、安土桃山時代までの史料が殘らなかったのかも知れない。しかし後の時代にレスマゴスが區別できなくなったのは確かである。日本の鎖國が琉球全土に及んだため、歐洲では琉球情報が缺乏し、尖閣・宮古・八重山を地理的に明確に認識できなかった。
 それだけでなく、オランダ人も尖閣を分かってゐなかったことを示すのが上のコイレン圖である。コイレンの今一つの臺灣圖は、臺灣西岸についてかなり詳しいが、上圖の尖閣八重山部分は情報に乏しい。圖の左下隅は臺灣島北端である。その東側の東西直線は北緯二十五度を示す。二十五度線に重なりつつやや北側にレスマゴス(Reyes Magos)諸島がある。現在の地理認識と對照すれば、八重山諸島に較べて北寄り、尖閣に較べて南寄りとなり、區別できない。八重山と尖閣とを南北に分けて描いてゐるわけでもない。この描き方はポルトガル・スペインの時代から進歩してゐない。オランダは獨自の尖閣情報を持ってゐなかったと分かる。
 十八世紀のコイレン氏がもとづいたのは、西暦十七世紀中期に臺灣島を統治した期間の現地情報である。特に西暦千六百四十二年から千六百六十二年までの間は、北部の鷄籠(基隆)を統治下に置いたため、かりに臺灣島東北側について情報を得たとすればこの二十年間を擬することができる。しかし上のコイレン圖を見れば、オランダは尖閣情報を得てゐなかったのである……以下全文は八重山日報連載「歐洲史料尖閣獺祭録」第四囘(一月二十六日)でご覽下さい。
第四囘までの掲載日は、
第一囘一月十四日木曜、
第二囘一月十六日(土曜)、
第三囘一月二十一日木曜、
第四囘一月二十六日火曜
です。新聞オンラインのバックナンバーからお搜し下さい。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html


參考:
ヨーゼフ・クライナー「ヨーロッパ製地図に描かれた琉球」。
收載:『西洋人の描いた日本地図 : ジパングからシーボルトまで』第74頁。
    OAG・ドイツ東洋文化研究協会 1993
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN0924850X




ついでに。
山下重一「ゴービルの『琉球諸島に関する覚書』(一七五八年)」
(初出2001年、山下『続 琉球・沖縄史研究序説』御茶の水書房、2004年, pp. 3-31 所収)
千七百五十一年にパリに書き送った件に論及無し。
尖閣に論及無し。


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