- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 


 james-kynge

『中国が世界をメチャクチャにする』

ジェームズ・キング著 ; 栗原百代訳 草思社, 2006.10

http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA7871568X

http://www.amazon.co.jp/dp/4794215274

China Shakes the World the rise of a hungry nation

James Kynge  Weidenfeld & Nicolson, 2006

http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA81555005

『中國撼動世界、飢餓之國崛起』

作者:詹姆士・肯吉  譯者:陳怡傑、藍毓仁

出版社:英屬維京群島商高寶公司

ISBN9861850465

http://data.sitak.com.tw/ri125/page4-3.htm

http://www.ireader.cc/index.php/book/book_push?commend_sn=6298&sn=67870

http://www.books.com.tw/products/0010357739

 

 この書の第八章までは取り立てて興味深いことも書いてない。最終第九章に注目したい。第九章も新たな知見を提供するわけではないが、チャイナを幾分か知る者にとっては同感同感とうなづくことが幾つも書いてある。要するにチャイナでは極めて普遍的に先進國人を騙すのが通例である。子供騙しに過ぎないと簡單に分かるのだが、案外ころりと騙される先進國人が幾人もゐる。それが先進國の左寄り知識人らのチャイナ認識を形成して來た。
 今話題の新刊、ピルズベリーの「百年マラソン」にはこれを詳しくしたやうなことが書いてある。別段ピルズベリーを待たずとも、こんな子供騙しは常識人なら誰でも分かってゐたことだ。しかしそれを分からない平和ボケな人々が多數存在するのである。

『2049百年馬拉松:中國稱霸全球的祕密戰略』
 The Hundred-Year Marathon:China,s Secret Strategy to Replace America as the Global Superpower
    作者:白邦瑞    譯者:林添貴    出版社:麥田    出版日:2015/9/5
http://www.kingstone.com.tw/Book/Book_Page.asp?KMCode=2015740044762




西尾幹二氏の論説「中國、この腐肉に群がるハイエナ」。『正論』平成二十七年六月號で讀んだ。鋭く世界情勢の本質を剔(ゑぐ)りだしてゐる(リンク)。
http://ironna.jp/article/1428
ただ氣になる個所が一つ有る。曰く、

 1995年海部元首相が中国で江沢民主席と会ったときのことである。中国の核実験に日米ともに反対だと言ったら江沢民は、核兵器はアメリカが世界一だ。そういう国が反対だというのは「州の官吏は放火してもいいが、百姓は電灯もつけてはならないということか」とアメリカの言い分に食ってかかった。面白い喩え話ではある。海部氏は「それなら日本が電灯を点けても貴方は文句を言いませんね」とひとこと言い返せば見事なのに、彼にそんな度胸もないし、ユーモアもない。ひたすらへりくだって唯一の被爆国の悲願とか何とか言い「ぜひ中国は懐の深さを示してもらいたい」と言うばかりであった、と当時の新聞が伝えている。
 江沢民の心意気は私には分からぬではない。欧米に包囲され追い込まれた昔の日本の苦境を思い出させるからである。彼の意気盛んで己を恃む態度は、ワシントン会議から開戦までの日本に一脈通じているように思える。そして私は、中国はこのまま侭いけばいつかアメリカと正面衝突するな、とそのとき思った。
http://ironna.jp/article/1428?p=4

と。これは舊時の慣用句「只だ州官の火を放つを許すも、百姓の燈を點ずるを許さず」(只許州官放火、不許百姓點燈)を江澤民が口にしたに過ぎない。チャイナが米國を二重基準だとして批判する時に持ち出される常套句である。チャイナ共産黨の言語環境の中では、この種の常套句で毎日のやうに米國を罵倒してゐる。江澤民に何の創意も工夫も無い。
 それを面白い比喩だとか心意氣だとか書くのは、チャイナを買ひ被り過ぎてゐる。西尾氏の論説を譯してチャイナ人に讀ませれば、この一段に至って「西尾といふ人は我が國を全然知らないな」と思ふだけだらう。私は揚げ足を取りたいわけではなく、チャイナに關して日本の言論界にはこの種の言語的買ひ被りが多いので、ブログに書いて置きたいと思っただけだ。
 首相がこの種の慣用句を知っておく必要は無い。ただチャイナ人は日頃からこのやうに先進國に難癖をつける習性だと、日本の政治家は知っておくべきだらう。さうすれば、「またいつもの下らない難癖をつけて來たな」と即座に理解し、何か言ひ返すこともできよう。
 海部氏は何を言ひ返すべきだったか。氣の利いた言葉は必要無い。日本にも電燈をつけさせろとは、同基準を日本にもあてはめさせろといふ意である。私は違ふと思ふ。チャイナと同基準といふのはそもそも正義に反する。チャイナに對しては二重基準こそ正義に屬する。日米は民主自由平和の先進國だが、チャイナはチベットウイグル虐殺を現在進行する專制獨裁國家である。雙方に同じ基準をあてはめてはならない。ファシズムの核兵器は極めて危險だが、民主自由平和の核兵器はそこまで危險ではない。といふ趣旨を江澤民に對して主張すべきだった。核兵器のみならず、政治家には全て同樣にお願ひしたい。

 
西尾幹二


附記。
よく見ると「州の官吏」と譯してある。正しくは州の長官、州守である。念のため、この故事の原典をしらべて轉載して置かう。通常は故事の原典など知らずに使ふのだが。
『老學庵筆記』卷五「田登作郡」
田登作郡、自諱其名、觸者必怒、吏卒多被榜笞。於是舉州皆謂燈爲火。上元放燈、許人入州治遊觀。吏人遂書榜、掲于市曰、「本州依例放火三日。」
(田登、郡となるに、自ら其の名を諱み、觸るる者に必ず怒る、吏卒の榜笞を被る多し。ここに於いて州を舉げて皆な燈を謂ひて火と爲す。上元に燈を放つに、人の州治に入りて遊觀するを許す。吏人遂に榜を書き、市に掲げて曰く、「本州、例に依り放火すること三日なり」と。)
郡:州の古稱。
上元:一月十五日、ランタン祭り。
州治:州役所所在地。

毛晉『津逮秘書』第十集、崇禎中刊本。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2551937/91
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2551897/10
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kanseki?record=data/FAKOKKAI/tagged/0777022.dat
http://ostasien.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/goToPage/bsb00067183.html


又『崇文書局叢書』本。光緒三年、湖北崇文書局刊。
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/kanseki?record=data/FAKOKKAI/tagged/0855079.dat
http://library.ctext.org/s1070031/s1070031_0093.png
http://ctext.org/library.pl?if=gb&collection=79&page=2

平易で短いので、漢文教材に丁度いい。今度授業で使はう。




北村淳氏の論説、重要!
日本のマスコミは韓國の歴史戰に血眼になってゐる場合ではない。
尖閣及び南支那海の歴史戰こそ主戰場だ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45478
「憂慮される事態に、米国で南シナ海への関心が低下 中国警戒派が大統領候補に提示した中国軍の7つの脅威とは」
2015.12.10(木) 北村 淳
 パリでのテロ事件やカリフォルニアでの乱射事件がテロと断定されたため、アメリカ政府や連邦議会、それにメディアなどでも一時は(若干ながら)関心が高まった南シナ海情勢(付随して、東シナ海情勢)への興味が薄れ、軍事的関心は対IS(いわゆる「イスラム国」)戦争に集中してしまった。
 せっかくオバマ政権の目を南沙諸島をはじめとする東アジアでの中国の覇権主義的政策の脅威に向けさせることができたと考えていたアメリカ海軍や海兵隊関係者たちは、このような傾向に対して再び危惧の念を強めている。……
 海軍艦艇などによる機雷敷設に加えて海上民兵としての漁民による機雷敷設能力も充実している。台湾を武力で併合する際だけでなく、尖閣諸島や南沙諸島での軍事紛争に際して強力な機雷戦力は極めて大きな脅威となる。……
機雷




http://opinion.cw.com.tw/blog/profile/52/article/3600

【投書】石井望:日本後新安保法時代,世界局勢轉換驚速!  

2015/12/04    作者:  石井望
天下雜誌獨立photo

photo credit: Shutterstock

九月十九日日本新安保法(集體自衛權法)成立後至今已兩月半,中間有TPP達成協議及美艦巡航南海、馬習會、巴黎恐怖襲擊等一連串新聞,當日反對安保法的喧囂聲已漸漸淡化。這些新聞不約而同,發生在今年秋天,相互關聯,局勢轉折之速,令人目眩。


部份台派警惕軍國主義復辟

新安保法成立前,媒體所散布的反對聲喧鬧不絕,安倍支持率驟降。當時製造出來的幻相是:日本人普遍反對安倍跟著美國走極右路線。但是,對於十月底美艦巡航南海,卻有逾七成日本人表示支持。難道在一個多月間,日本人由左傾忽然轉向極右麼。抑或新安保法既成現實,日本人在無奈之下接受了嗎?我們不妨回過頭來思考一下。

………
(全文見鏈接)
http://opinion.cw.com.tw/blog/profile/52/article/3600



「China, divided into its great provinces, and the isles of Japan」
(支那諸省及び日本諸島圖)
南カリフォルニア大學收藏番號:G7810 1794 .D92
Samuel Dunn氏製、西暦1794年。
出版者:Laurie & Whittle,
出版地:53 Fleet Street, as the Act directs,; London
http://digitallibrary.usc.edu/cdm/singleitem/collection/p15799coll71/id/308/rec/1

西暦1794年、ダン氏製、英吉利刊。琉球部分はゴービル系列に屬する。「Tche-oey-su」(赤尾嶼、久米赤島、大正島)を琉球の色に塗ってゐる。この前後の年代で、このやうな彩色は多見する。ラペルーズの尖閣情報が西暦1797年に刊行されるよりも前から既に尖閣は琉球に屬すると認識されることが多かった。稀少ではないが、また一幅が加はった。また、この圖の標題は「日本の島々」であり、日本から赤尾嶼まで同じ黄色に塗るから、赤尾嶼を日本の内と認識してゐる。
念のため附言すれば、收藏者南カリフォルニア大學は、日本海を高麗海と呼ぶ地圖だけを集めた政治的蒐集者として惡名高いが、尖閣とは別問題である。地圖の原作者にそのやうな政治的意圖は無い。

1794Samuel_Dunn_China_尖閣


1794Samuel_Dunn_China_標題


1794Samuel_Dunn_China_Japan


 以上の内容は、『八重山日報』に寄稿する見込です。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamanippo.html

記録:
https://archive.is/guvJ9
https://web.archive.org/web/20151204035432/http://senkaku.blog.jp/archives/48247393.html





http://mainichi.jp/shimen/news/20150702ddm003070197000c.html
木語:南沙は西沙だった=金子秀敏
毎日新聞 2015年07月02日 東京朝刊
 <moku−go>
 南シナ海をめぐる米国と中国の対立は6月下旬の米中戦略・経済対話でも解決の糸口が見つからなかった。どちらも軍部が強硬で、スプラトリー(南沙)諸島の緊張は高まっている。
 スプラトリーの南、フィリピン・パラワン島では海上自衛隊のP3C対潜哨戒機がフィリピン軍と共同訓練をした。隣では米比合同演習。国会の集団的自衛権論議はホルムズ海峡を舞台に頭の体操をしているが、もっと南シナ海を想定した議論をしたほうがいい。
 それにつけても中国はなぜ大陸からはるか離れたスプラトリーを、古くからの中国領土だから埋め立ては勝手だと言えるのだろうか。
 ネット上に公開されている嶋尾稔・慶応大学言語文化研究所教授の「20世紀前半のスプラトリー諸島に対する中国の関与に関するメモ−海南漁民と『申報(しんぽう)』論調」という論文で納得がいった。戦前の中国の新聞記事や史料、中国の地図を詳しく比較してスプラトリーを中国領・南沙諸島だとする領土意識が形成される過程を論じている。
 結論はこうだ。はじめ中国政府はスプラトリーの存在を知らず、パラセル(西沙)諸島と誤解して領有権を主張した。誤解に気が付くと、領有権主張を撤回するのではなく、未知の島に「団沙」(後に南沙に改称)の名前を付け「昔からの領土」と主張した。
 どういう心理なのか。1933年、ベトナムを植民地にしていたフランスがスプラトリー7島の領有権を宣言した。日本が満州に軍事侵攻して間もないころだ。中国の世論はフランスが「西沙9島」を火事場泥棒したといきり立ち、政府も領有権を主張して抗議した。
 ところがフランスの言う緯度経度は、西沙のずっと南だった。それなら安心。だがそうならないのが中国人の心理だ。列強に領土を奪われてきたので、列強が領土だと宣言したところは中国領に違いない、というナショナリズムに火がつく。「フランスは位置をごまかしてまで西沙を奪うつもりだ」と解釈した。
 1935年、政府の地図審査委員会が外国で出版された南シナ海の地図を調べて中国語地名の地図を作った。
 フランスの言う緯度経度に確かに島があるが、それまで中国の地図には西沙と東沙(プラタス)諸島、つまり南シナ海の北部しか描かれていなかった。そこで中国の地図も南沙まで拡大された。誤解による領土意識が地図の上に描かれた。(客員編集委員)


http://mainichi.jp/shimen/news/20151126ddm003070045000c.html
木語:ナンシャって何じゃ=金子秀敏
毎日新聞 2015年11月26日 東京朝刊
 <moku−go>
 東アジアサミットでまた米国と中国が南シナ海をめぐってさや当てを演じた。
 中国は南シナ海のほぼ全域が自国の領土領海だと押すが、米国は「領土問題で特定の立場はとらない」と引く。そのせいか米国メディアのなかにもスプラトリー(中国名・南沙)諸島が昔から中国領だったという錯覚がある。
 米CNNテレビの女性アンカー、クリスティアーヌ・アマンプール氏が中国の崔天凱(さいてんがい)・駐米大使と対談した。「なぜナンシャ(南沙の中国語読み)に人工島を造るのか」と迫った。大使は「自国の領土だ」と突っぱねた。
 アマンプール氏は中国名「ナンシャ」ではなく「スプラトリー」と中立的な呼び方をすべきだった。もっとも、日本のメディアも「南沙(英名・スプラトリー)」、「スプラトリー(中国名・南沙)」とまちまち。舌をかみそうなスプラトリーより南沙のほうが言いやすいが、それが錯覚の一因だろう。
 アマンプール氏は「古い地図を持ち出して領有権を主張すべきでない」と言った。南沙の古地図があると思いこんでいるのだ。大使が言い返した。「米国がなかったころからの領土だ」。ぎゃふん。
 実は2人とも間違っている。古い地図はスプラトリーと書いてあるのだ。中国が「南沙」の実測地図を作ったのは戦後、1947年以後だ。蒋介石政権が日本軍の占領していたパラセル(中国名・西沙)諸島や、日本領「新南群島」(スプラトリーの日本名)に軍艦を派遣して接収した。初めてこの地の島々を測量して南沙と命名した。主要な島には軍艦の名前から「太平島」「中業島」など中国名をつけた。このころ、南シナ海全域に「十一段線」(後に九段線)という線引きをして領有宣言した。
 48年に上海・申報(しんぽう)館が発行した「中国分省新図(戦後訂正第五版)」には「南沙群島」の文字がある。戦前の「中華民国新地図」には南シナ海南部は日本領だからそもそも出ていない。
 崔大使の言う「米国がなかったころ」は、中国人もスプラトリーを知らなかった。なのに中国人はなぜ「祖先から継承した」と思うのだろう。
 戦後まもなく台湾で発行された「中華民国地図集」(国防研究院)の序文に蒋介石総統の発言が掲載されていた。いわく「南シナ海は、漢や唐の時代から明の鄭和の遠征に至るまでわが祖先が航海を重ねた地」。43年のカイロ、テヘラン両会談後の発言とある。中国はこの時、戦後の南シナ海領有権を主張したのだろうか。(客員編集委員)


http://mainichi.jp/shimen/news/20151203ddm003070083000c.html
木語:こんな所に尖閣=金子秀敏
毎日新聞 2015年12月03日 東京朝刊
 <moku−go>
 スプラトリー(中国名・南沙)諸島が「古代から中国領だった」と錯覚している話の続き。
 「南沙」が中国の地図帳に登場するのは、戦後の1948年に上海・申報館(しんぽうかん)が発行した「中国分省新図」の「戦後訂正第五版」からであると前回書いた。
 中国大陸に近い「西沙(英名・パラセル)」「東沙(英名・プラタス)」については記録があるから、似た名前の「南沙」にも記録があると思いこんだのだろう。だが、南沙は大陸から遠く離れている。ほとんどが半ば暗礁で飲料水は出ず、人は住めなかった。だから記録もない。
 中国は、漂流漁民以外行ったことがないような場所に関心がなく戦前、南沙を管轄したことはなかった。戦後、中華民国がそれまで日本が領有、占領していた南シナ海の島々を接収した。西沙、東沙の接収は主権回復と言えるだろうが、南沙は旧中国領ではない。だが中国人は、昔からの領土を取り戻すのだと錯覚して接収した。中国でも台湾でも錯覚に気づく人はなく、「祖先から受け継いだ土地は断じて譲らない」(習近平国家主席)と米国と対立している。
 さて、「戦後訂正版」の中国地図帳。旧版と比べると南沙と旧満州、台湾のページが増えている。抗日戦争に勝利した結果、取り戻した領土だと地図帳序文はうたっている。「戦後改訂」で、南沙は目玉のひとつだ。
 もうひとつの目玉「台湾省」のページをめくってみた。尖閣諸島(中国名・釣魚島(ちょうぎょとう)、台湾名・釣魚台)はどうなっているか。探したが、ない。「台湾省」に描かれているのは、台湾北部・基隆(キールン)の北東沖にある彭佳嶼(ほうかしょ)までだ。その先にある尖閣は入れていない。
 不思議ではない。「蒋介石日記」を読めばわかるが、蒋介石総統(当時)が釣魚台という地名を使うのは70年代からだ。68年に尖閣周辺に石油があるという国連機関の報告書が出るまで総統は「台湾省」の地図にない島、尖閣の存在を知らなかった。
 念のために申報館の地図帳の旧版(34年発行)を開いてみた。日本領だった台湾のページがないのは当然だが、「第19図」(浙江(せっこう)省周辺)の下の方に東シナ海と台湾北端の地形が顔を出している。おーっ、そばに尖閣諸島がある。「釣魚台」でも「釣魚島」でもなく「尖閣諸島」の漢字表記。そうだったのか。戦前は中国人も尖閣を釣魚島と呼んでなかった。中国人が中国の領土と思いこむのは戦後、それも70年代以後なのだ。古い地図帳は知っている。(客員編集委員)

金子秀敏


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製圖者:中込政富
發行: Kawachiya Tetsugoro
ハーバード大學藏。
http://ids.lib.harvard.edu/ids/view/38847172?buttons=y
http://vc.lib.harvard.edu/vc/deliver/~maps/012559179
https://www.worldcat.org/oclc/829138882
https://www.worldcat.org/oclc/660609975

1801Nakagome_Harvard
 これは林子平『三國通覽圖説』を模寫した圖であり、尖閣と臺灣とを別の色に分ける。臺灣附屬島嶼説を否定してゐる。臺灣海峽の東沙山(馬祖列島の一)は無色なので、無主地扱ひとなら う。東沙山は尖閣航路の西側の入り口として歴來著名である。東沙山の西側でチャイナは盡きてをり、東方の尖閣は隨意に施された桃色だが、チャイナに屬しない。原圖中で桃色に塗るのは小笠原・尖閣・チャイナ・シベリアである。
 單に東沙山に着色し忘れたと解釋するのは通じ難い。なぜなら東沙山と尖閣との中間に別の色の臺灣島を隔ててゐるため、製圖者中込政富氏は大陸と尖閣とを分離して認識した可能性が高い。そのため中間の東沙山が無色となったのだらう。中込氏が林子平圖を模する際に、尖閣の桃色がチャイナに屬することを示すとは認識しなかったことになる。林子平圖に對するほぼ同時代人の認識として價値が有る。
 ハーバードにこの圖が藏せられて尖閣を含むことは、これまで誰にも論じられてゐないやうだ。私の小さな發見といふことにならうか。林子平『三國通覽圖説』の模寫圖は各地に多數有るので、逐一調査すれば、同樣の彩色により、尖閣の桃色はチャイナ領土の色として認識されなかったことが分かるだらう。インターネットに出てゐるもの、出てゐないもの、數多い。私は忙しいので、どなたかこの仕事をして頂きたい。無量の功德とならう。

 原圖の朝鮮半島と日本との間には「竹嶋」「鬱陵島」が畫かれ、「竹嶋」に附記して曰く、
  「此の嶋より隱州を望む。又朝鮮をも見る」
と。隱州(隱岐)を望み得るのは今の竹島でも鬱陵島でもないので、これはどの島か確定できない。ただ江戸時代に竹島と呼ばれてゐたのは今の鬱陵島なので、この圖には鬱陵島が二つの情報源から重複記載されてゐるとも言へる。要するに地理認識の不確かな地圖である。また「竹嶋」に「朝鮮の持ちなり」と附記する所以は、竹島は即ち鬱陵島だから朝鮮領土だと認識された可能性が高い。
中込政富日本圖harvard竹島

 原圖の左下方に「享和元年にこれを模す」と署する。西暦千八百一年に當る。その下の「鏡中條村」は甲斐國巨摩郡の村名。中込政富といふ人物は分からない。巨摩には中込といふ氏が有るやうで、野球元阪神タイガース中込伸氏、南アルプス市前市長中込博文氏が著名である。鏡中條村には江戸時代後期に中込莊右衞門といふ畫家がゐたやうだが、族中の人も乃至政富本人かも知れない。
https://www.pref.yamanashi.jp/kenhaku/documents/matsuda.pdf
(參照:松田美沙子「新津家傳來肖像畫について」、『山梨縣立博物館研究紀要』第九號、平成二十七年)
ハーバード目録のKawachiya Tetsugoroは原圖に見えない。背面に記載されてゐるのかも知れない。
中込政富日本圖harvard署名


關聯:
「片山さつき議員もツイート 林子平が尖閣をチャイナ外と看做した 決定的な地圖」
http://senkaku.blog.jp/2015112949031700.html

以上の内容は近く八重山日報に寄稿します。
https://archive.is/FdgAV
https://web.archive.org/web/20151201225058/http://senkaku.blog.jp/271202nakagome.html



 古地圖に於ける尖閣は、地圖製作者の認識を示してをり、領有の事實を示すわけではないので、一つの古地圖が決定的となることは有り得ない。ただ認識の歴史の一齣として大切であり、同一認識を共有する地圖が多數存在すれば、世界の輿論に訴へる上では大きな力となる。

 このほど、竹島を朝鮮領土として、尖閣をチャイナ領土とする林子平の「大三國之圖」が發見されたと、韓國で報じられてゐる。
http://japanese.joins.com/article/692/208692.html
林子平「大三國之圖」は、「我が文化を育てる會」の最新刊『日本古地圖選集』に收められてゐるとのことだ。
http://search.ksinmun.com/view/c/3000/138927.html
この報導について幾つかの方面から問合せを受けた。版元は通常の出版社ではないので入手は難しく、只今書店に探索を依頼してゐる。しかし當該部分の電子畫像はインターネットに出てゐる。
http://t1.daumcdn.net/news/201511/21/joongang/20151121012504157phjj.jpg
大三國之圖daumcdn

 まづ左下の尖閣の部分。韓國の報導では「島の峰は山を表示する緑色で、下側は中国領土と同じ朱色で塗られている」とする。しかし圖を見る限り、尖閣の緑の峰の下側の薄朱色は大陸の濃さと大いに異なる。特に決定的なのは、臺灣が尖閣とは大きく異なる桃色であり、臺灣附屬島嶼説を否定する地圖となってゐる。チャイナ政府がこの地圖を採用するには、まづ臺灣附屬島嶼説を取り下げねばならないだらう。
 「大三國之圖」は林子平の『三國通覽圖説』を誰かが改訂して成ったのは一見して明らかだ。報導では「大三國之圖」も同じく林子平の作だとする。この點はひとまづ報導だけにもとづかざるを得ない。西暦1802年の作だといふから、林子平が寛政年間の蟄居中に亡くなってよりも後の成立だ。確かに林子平の作であるならば、極めて重大だ。林子平『三國通覽圖説』では大陸・尖閣・小笠原・シベリア等が揃って桃色であるが、それは單に尖閣がどこにも屬しないため隨意に桃色に塗って置いた疑ひが濃厚であった。そして今度の「大三國之圖」では明らかに林子平が隨意の濃淡で塗ったに過ぎない。林子平が「大三國之圖」と同じ認識で『三國通覽圖説』を畫いたならば、兩者ともに尖閣の桃色は隨意の暫定的着色に過ぎなかったことが明らかになる。
 問題は、このやうに貴重な地圖が韓國側に購入されてしまったことだ。『日本古地圖選集』よりも更に高精細で撮影したくても自由にできない。日本側はこのやうな地圖を蒐集購入する努力をほとんどしてゐない。私にもそのやうな預算も補助金も下りてゐない。
 そもそも林子平『三國通覽圖説』では、尖閣が桃色、臺灣が黄色で、臺灣附屬島嶼説を否定してゐる。チャイナ政府がこの地圖を採用するには、まづ臺灣附屬島嶼説を取り下げねばならない。下圖のやうに尖閣と臺灣との間に線を引けば分かり易い。
三國通覽尖閣隔線粗
  ▲國會圖書館藏 林子平『三國通覽圖説』より。
   尖閣は赤、臺灣は黄。


  ▼早稻田大學藏 林子平『三國通覽圖説』より。
   大陸・尖閣・小笠原・シベリア等が揃って桃色。

http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru03/ru03_01547/ru03_01547_0002/ru03_01547_0002_p0002.jpg
林子平三國通覽圖説早稻田
『三國通覽圖説』についてご興味お持ちの向きは、さらに拙著『尖閣反駁マニュアル百題』第三部第三十五條をご參照頂きたい。


 ついでながら、「大三國之圖」の竹島についても全く心配は要らない。私は竹島を研究してゐないので、下リンクの下條正男氏の分析を參考にしつつ、
http://www.pref.shimane.lg.jp/admin/pref/takeshima/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-2/takeshima04_r.html
私なりに分析してみよう。
 「大三國之圖」では「竹嶋」に「朝鮮の持ちなり」と注記し、更に「この嶋より隱州」の部分は、林子平『三國通覽圖説』及び下のビデオを併せ見れば、「この島より隱州を望む。又朝鮮をも見る」と書いてあると分かる。
https://www.youtube.com/watch?v=sDEpZY1-ltU
大三國之圖ビデオ

大三國之圖ビデオ2

 江戸時代に竹島が松島と呼ばれてをり、鬱陵島が竹島と呼ばれてゐたことは良く知られてゐる。『三國通覽圖説』の「竹嶋」には「この島より隱州を望む。又朝鮮をも見る」と書かれてゐるが、隱州(隱岐)から今の竹島まで150キロメートルを超える長距離であり、隱州(隱岐)から鬱陵島までは更に離れてゐるため、どちらにしろ隱岐を望み得ない。よって『三國通覽圖説』の「竹嶋」は、鬱陵島でも今の竹島でもなく、不確定の島と判定せざるを得ない。「大三國之圖」にも「この島より隱州を望む」と注記されてゐるため、同じく不確定の島とせざるを得ず、役に立たない。竹島領有について何らの憂慮も要しない。
 假に「隱州を望む」の語を無視しても、江戸時代に竹嶋と呼ばれてゐたのは通例として鬱陵島であるから、「朝鮮の持ちなり」の語も鬱陵島を指すに過ぎない。
 ただ林子平の島の位置は全く不正確で、鬱陵島を指す筈の「竹嶋」がかなり東に寄ってゐる。今の竹島を指す筈の「松島」がその極近に位置してゐる。現實の島々から全くずれてをり、どれがどの島なのか確定できず、ほとんど役に立たない。
 更に、『三國通覽圖説』の中の「朝鮮國全圖」では今の竹島を書き入れてをらず(下リンク)、
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru03/ru03_01547/ru03_01547_0003/ru03_01547_0003.html
林子平は今の竹島を朝鮮領と認識してゐなかったと推測できる。


 以上が私なりの竹島分析である。今度の「大三國之圖」については、片山さつき議員も憂慮してゐる。
https://twitter.com/katayama_s/status/668216607575965697
1802年の日本の地図に「独島は朝鮮」、「尖閣は中国」(中央日報日本語版) -
http://japanese.joins.com/article/692/208692.html 
曰く、「外務省に事実確認とどのような反論が可能か照会した所です。」とのこと。


以上の内容については、近く論文に書き入れて公表します。
https://web.archive.org/web/20151130132013/http://senkaku.blog.jp/2015112949031700.html
https://archive.is/oaKTi


安倍オバマ産經

産經新聞。
http://www.sankei.com/premium/news/151129/prm1511290018-n1.html
http://www.sankei.com/premium/news/151129/prm1511290018-n2.html
http://www.sankei.com/politics/news/151129/plt1511290003-n1.html
http://www.sankei.com/politics/news/151129/plt1511290003-n2.html
曰く、
(安倍首相は)同盟国のオバマ米大統領や、息の合うモディ印首相らとは、南シナ海情勢の懸念を共有した上で、こう切り出した。
 「東シナ海では中国公船による領海侵入と一方的な資源開発が継続している。中国海軍艦艇が尖閣諸島周辺海域に接近する事案も発生している。エスカレーションを懸念する」
 東アジア地域の不安定要因となっている東シナ海問題についても議論した。南シナ海情勢ほどの中国の軍事的進出はないものの、何かの拍子で「第三次世界大戦の引き金になりかねない」(元米国防総省幹部)ことが懸念されているからだ。
 このため、積極的平和主義の下、安倍首相は「地域紛争を未然に防ごうと取り組んでいる」(外交筋)という。漁民に扮した中国兵や揚陸艦などによって尖閣諸島が不法占拠される“最悪のシナリオ”も想定しての「中国覇権抑止に向けた外交」(同)だ。
 日本政府は自衛隊による南西防衛体制の強化を進めているが、最悪のシナリオが起きた場合はどうか-。「中国の奇襲に対して奪還作戦で領土を取り戻したとしても、その後は平和的に事態を収拾しなければ、より大きな争いになる」と政府筋は指摘する。
 この時に、最も大きな効力を発揮するのが国際世論や外圧だとされる
 東西冷戦の影が今も残る国連体制では、国際法を無視する中国が一時的に制圧した尖閣諸島の領有権や武力行使について、常任理事国として正当化することは容易に想像される。
 この中国に対し、世界各国が南シナ海問題と同じように「一方的な現状変更はすべきではない」「法の支配」などを連呼し、連携して自制を促し、和平協議の場に引きずり出すことが日本にとって重要になる。
 中国が不法占拠に乗り出す前に尖閣諸島周辺で軍事的緊張を高める行動を起した場合も、国際世論が中国の動きを非難し、自制を求めることができる
 ある元自衛隊幹部は安倍外交を「武力による争いをせず、国を守る」と評価する。

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産經新聞は親(しん)安倍だとされるから、以上の情報は確度が高い。尖閣をチャイナに取られた場合に、
1、「効力を發揮するのは國際輿論や外壓だ」
2、「南シナ海と同じやうに」
3、「自制を求めることができる」
4、「武力による爭ひをせず」
といふのが安倍政權の考へ方であるらしい。その通りであるならば、安倍政權は既に尖閣を捨ててゐる。なぜならば、
1、國際輿論や外壓によってチャイナが尖閣から退却することは有り得ない。
2、南シナ海と同じならば、アメリカの威嚇を無視してチャイナは占領を續ける。
3、尖閣を取られた後にチャイナに自制を求めても無駄である。
4、日本はもともと武力を使用しない國であるから、武力とは防衞力を指すことになる。防衞力を使はないのだから、尖閣を防衞しないといふ意になる。
 要するに安倍政權は尖閣をチャイナに讓(ゆづ)る方向で調整に這入ったといふことだ。この産經報道が事實でないことを願ふが、事實である可能性が高い。
 「チャイナが尖閣を取った後でなく、日本が尖閣を取りもどした後の話だ」と強辯しても無駄だ。なぜなら「武力(防衞力)による爭ひをせず」と書いてある。防衞力で尖閣を取り戻すつもりは無いといふ意だ。
 愛國派の有力者は、安倍政權に對して言論の集中砲火を浴びせるべきだ。尖閣放棄について抗議すべきだ。もう尖閣の終末は近づいてゐる。
 愛國派は以上の私の主張に反感を持つかも知れないが、これは主張以前に産經が報じた情報だ。文句を言ふならまづ産經に言って欲しい。

 チャイナが侵攻して來る前の段階では、言論の力として國際法だけでなく、國際輿論や外壓が重要だ。それには歴史を語ることが最も有効だ。何故なら尖閣の歴史で日本が不利だと世界は誤解してゐる。領有の歴史だけでなく、發見・命名・航路指標の歴史でもチャイナがゼロだと世界が理解すれば、世界は壓倒的に日本を支持する。現状では安倍政權はその努力を全くしてゐない。
 勿論政府が直接歴史を評價すべきでないが、しかし政府公式見解は「歴史的にも固有の領土」だ。民間が尖閣史の百對ゼロを證明してゐるのだから、政府がそれを支援すべきだ。言論界もオールジャパンで毎日尖閣480年史を語るべきだ。それをしない言論界の有力者らは、尖閣喪失の責任を取るべきだ。例へばフェイスブック・ツイッターで二十萬以上の人氣を集める言論人、六十萬部の『文藝春秋』の執筆陣、NHK常時出席者、讀賣新聞編輯委員などの責任が重い。朝日新聞毎日新聞をけなして滿足してゐる場合ではない。

關聯:

http://senkaku.blog.jp/archives/19452704.html

http://senkaku.blog.jp/archives/1453608.html

http://senkaku.blog.jp/archives/15358153.html

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