- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 

Mitchell1846
  ▲TiaoyusuをHaoyusuと誤記する。宮古八重山尖閣臺灣が全て黄色。認識の一例。


『An Accompaniment to Mitchell's Map of the World』
(ミッチェル氏世界圖補註)西暦1848年刊。
Samuel Mitchell氏著。
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=yale.39002030862347;view=1up;seq=112
http://catalog.hathitrust.org/Record/008732676
accompaniment1848_mitchell_map尖閣

https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=yale.39002030862347;view=1up;seq=16

accompaniment1848_mitchell_map凡例

 この書は他に西暦1840年、1846年などもあるが、上リンクの1848年のが鮮明だ。
第106頁の「Tiaoyu-su」の第三欄「position」(場所)に、「Eastern Sea」と標してあり、無主地としての扱ひだ。「Explanation」(凡例)には、第三欄は所屬國家を示すとしてゐるので、國家外だと分かる。
 ミッチェルの地圖では、「Tioayu-su」でなく舊來の「Haoyu-su」といふ誤記を襲ふものが多いので、矛盾する。「Tiaoyu-su」に作るミッチェル地圖を搜さねばなるまい。
http://www.davidrumsey.com/luna/servlet/detail/RUMSEY~8~1~2032~150067
http://www.davidrumsey.com/luna/servlet/detail/RUMSEY~8~1~35766~1200992

 また、同じ西暦1848年のミッチェル附表では、「Madjicosemah」(宮古八重山諸島)、「Patchusan」(八重山)、「Leoo-keoo」(琉球本島)、「Typansan」(太平山、即ち宮古島)が全て國家外の「East Sea」扱ひだ。
accompaniment1848_mitchell_map琉球
accompaniment1848_mitchell_map宮古
accompaniment1848_mitchell_map八重山
accompaniment1848_mitchell_map太平山

 このやうに、尖閣認識史を示す史料は、同時に他地についての認識も示す。他地についてもさういふ認識の歴史が存在したわけだ。だからと言って琉球が無主地だったといふ歴史事實は存在しない。認識の歴史と事實の歴史とを混同しないやうに自戒したい。
 史料は史實を決定するものではなく、史實を推測する材料に過ぎない。だから「史料」と呼ぶ。推測の確實性は極めて高いものから低いものまで色々だ。こんな當り前のことを書いたら史學專攻の人に笑はれる。

https://archive.is/vuTvF
https://web.archive.org/web/20151020070009/http://senkaku.blog.jp/archives/45844933.html



fantasmagoriana


『西暦1780年以來晩近紀行要録』
(Abrégé des voyages modernes depuis 1780 jusqu'à nos jours: contenant ce qu'il y a de plus remarquable, de plus utile et de mieux avéré dans les pays où les voyageurs ont pénétré)
第一册、第130頁。
著者:Jean Baptiste Benoît Eyriès。
西暦1822年パリ刊。
https://books.google.co.jp/books?id=kJ-cOv5V40UC

1822Abrege_des_voyage頁130ラペルーズ

ラペルーズ紀行を簡略にまとめてゐる。しかし尖閣から北上する際に「終に琉球諸島を離れる」の一語は省略されない。海域の境目を示す重要な一語だから、省略されないのは當り前である。
 著者Jean-Baptiste Benoît Eyriès(ジャン・バティスト・ブノワ・エリエス)氏は、地理學者にして翻譯家とのことである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jean-Baptiste_Beno%C3%AEt_Eyri%C3%A8s
ラペルーズの次に琉球に來たブロートン船長の航海記を英文から佛文に譯してゐる。西暦1807年パリ刊、『Voyage de découvertes dans la partie septentrionale de l'océan Pacifique, fait par le capitaine W. R. Broughton』(ブロートン船長北太平洋探檢録)。
https://books.google.co.jp/books?id=lUGwkZeVhZ0C
エリエスはこれらを熟知した人であるから、ラペルーズの「尖閣まで琉球」の語を省略しなかったことは意義がある。
 ついでながら、ラペルーズが與那國島(Koumi)で述べた「臺灣島の東方の全島嶼の首府たる琉球」の語をエリエスは省略してゐる。


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Kruzenshtern

『Recueil de mémoires hydrographiques, pour servir d'analyse et d'explication à l'Atlas de l'océan Pacifique』(太平洋圖册解説用 水路叢録)
Ivan Fedorovich Kruzenshtern(アダム・クルーゼンシュテルン)氏著。
西暦1827年ペテルブルグ刊、佛蘭西文。
https://books.google.co.jp/books?id=nB9TAAAAcAAJ
 第268頁、宮古八重山諸島(madjikosimah)の章内で尖閣を論ずる。曰く、
「On compte encore parmi les isles madjicosimah, les isles Tiaoyusu et Hoapinsu,」
(宮古八重山諸島の中には、更にTiaoyusu及びHoapinsuといふ島々が有る)
云々と。「parmi」は辭典によれば中とも間とも譯される。また音序索引にもTiaoyusu及びHoapinsuをmadjikosimahの内と明記してゐる(第四百十五頁、四百二十二頁)。
 一方で彭佳嶼などの臺灣北方三島は、第二百三十頁、臺灣島の章内で「trois petites isles」として言及されてゐる。臺灣北方三島と尖閣とを完全に分けてゐることが分かる。但し書中に「Pongkia」(彭佳)は出現しない。


1827Recueil_hydrographiques_Kruzenshtern第268頁尖閣

 また經緯度表(下圖)第407頁、琉球諸島内(圖册26番)のmadjicosimah(宮古八重山諸島)の欄内に「Tiayusu」(釣魚嶼)、「Hoapinsu」(和平嶼、花瓶嶼)を含める。右側の臺灣附近諸島(Isles situees pres de Formose、圖册27番)には含めない。地理的「附近」に含めないことを示す。清國への法的「附屬」についても他史料で否定される。
 また彭佳嶼などの臺灣北方三島は、同頁の表の右側の臺灣附近諸島の欄内に「Trois isles」として記載されてゐる。臺灣北方三島と尖閣とを完全に分けてゐることが分かる。
Kruzenshtern1827尖閣

 この書は太平洋圖册の解説用である。圖册は疑ふらく下リンクだらう。
「atlas de l'océan pacifique dressé」(太平洋圖册)
「Atlas zur Reise um die Welt」 (世界周遊圖册)
Kruzenshtern  1814年ペテルブルグ刊。
ドイツ語版。電子畫像第百四十五枚目に尖閣あり。
赤尾嶼に「1797」とブロートンの到達年を記すのみ。領土分屬無し。
https://archive.org/details/darwin-online_1814_Krusenstern_A795

下のフランス語版とロシア語版はインターネット全文無し。
「Atlas de l'océan Pacifique dressé par m. de Krusenstern.
 Publié par ordre de Sa Majesté impériale.」
1827年Pétersbourg刊。フランス語。
https://openlibrary.org/books/OL20968231M/
もしくは「Atlas of the voyage round the world」 Adam J. von Krusenstern.
1970年Amsterdam複製本。ロシア語版(標題のみ英語)。
https://openlibrary.org/works/OL5305937W/
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA06695000


書目「Voyage round the world, in the years 1803, 1804, 1805, & 1806」
著者:Ivan Fedorovich Kruzenshtern
附圖:Chart of the North west part of the great Ocean。
 (附圖の尖閣にラペルーズの經緯度のみ注記され、歸屬不明)
http://shinku.nichibun.ac.jp/kichosho/new/books/42/pageview/zoomify/0046B.html
http://www.donaldheald.com/pictures/30276-2.jpg
https://books.google.co.jp/books?id=v1Id9fkzk08C
https://books.google.co.jp/books?id=kGxJAAAAYAAJ
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA08737906
グーグルブックス本XXXViii頁は不明瞭。
書目「Атласъ къ путешествию вокругъ свѣта капитана Крузенштерна」
1813年版の複製。天理中央19731年複製。
クルーゼンシュテルン世界紀行。上記のロシア語版。





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 クルーゼンシュテルン。日本海の命名者にして、レザノフが長崎に來た時の軍艦の提督。歴史的著名人の著作であるから、宣傳力は有るだらう。クルーゼンシュテルン自身は尖閣にも琉球にも渡航しなかったので、水路誌で尖閣を琉球に分類するのは自身の認識ではなく、早くもこの頃ロシアでも普遍的認識に異議が無かったことを示す。日本が正式に領有する迄、まだ約七十年待たねばならない。

横濱開港資料館館報より。
http://www.kaikou.city.yokohama.jp/journal/077/077_02_02.html
クルーゼンシュテルンは太平洋・インド洋・大西洋の三大洋をめぐり、ロシア初の世界周航に成功した。日本には1804年、遣日使節レザノフを伴って長崎に入港したが、通商開始をもとめるレザノフと幕府との交渉は不成功におわった。その後、クルーゼンシュテルンは北方に向かい、カムチャッカ・千島・サハリンを調査した。この北方海域の調査は高い評価を受けた。
 クルーゼンシュテルンの世界周航記は、日本でもオランダ語版をもとに翻訳がおこなわれた。蘭学者で幕府天文台翻訳方青地林宗訳・天文方高橋景保校訂『奉使日本紀行』(抄訳)がそれである。しかし1828年、高橋景保がオランダ商館付医官、シーボルトへこの世界周航記などの洋書と交換に国禁の日本地図を与えたことが発覚し、高橋は獄死、シーボルトは国外追放となった。

參考:
『東京大学史料編纂所研究紀要』第25號(平成27年)
第140頁、セルゲイ・チェルニャフスキー氏講演録
「琉球諸島におけるロシア海軍軍人たち」。
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/kiyo/kiyo0025.html
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publication/kiyo/25/kiyo0025-12.pdf


https://web.archive.org/web/20151019113355/http://senkaku.blog.jp/archives/45794337.html
https://archive.is/rgjvc

(以上の内容は平成二十八年六月十四日『八重山日報』連載「歐洲史料尖閣獺祭録」にて掲載します。)
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html




Abraham_Rees

『The Cyclopaedia; Or, Universal Dictionary of Arts, Sciences and Literature』
(世界學藝百科全書)
Longman氏、Hurst氏等、西暦1819年倫敦にて共刊。
Abraham Rees等共編。
全三十九册中、第十八册に「HOAPINSU」(和平嶼、花瓶嶼)。琉球に屬する。
https://books.google.co.jp/books?id=aEVRAAAAcAAJ
1819Rees_Cyclopaedia_18册Hoapinsu


第三十五册に「TIAOYU-SU」(釣魚嶼)。琉球に屬する。
https://books.google.co.jp/books?id=tUVRAAAAcAAJ
Rees1819_Cyclopaedia_35册Tiaoyusu


リース氏の百科全書は、西暦十九世紀初期、ブリタニカ百科等多くの百科全書と競合したとされる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Rees%27s_Cyclop%C3%A6dia
この時代の百科全書群から尖閣記事を全て拾ひ出す必要がある。1815年頃からだらう。かなり面倒な仕事だ。



記録:
https://archive.is/Gi74K
https://web.archive.org/web/20151019084834/http://senkaku.blog.jp/archives/45786655.html


リース氏百科全書の第六册は『古今地圖册』(Ancient and Modern Atlas)となってゐるが、殘念ながら尖閣附近に界線を描かない。
https://books.google.co.jp/books?id=OTxRAAAAcAAJ


(以上の内容は平成二十八年二月『八重山日報』連載「歐洲史料尖閣獺祭録」で論及する見込み)
http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN10486493

jedidiah_morse


『A New Universal Gazetteer: Or, Geographical Dictionary, Containing a Description of the Various Countries, Provinces, Cities, Towns, Seas, Lakes, Rivers, Mountains, Capes, &c. in the Known World.』(世界地名新辭典)三訂版。
Jedidiah Morse, Richard Cary Morse共編。
西暦1821年、ニューヘイブンのSherman Converseu氏刊。
https://books.google.co.jp/books?id=sqk9AQAAMAAJ

1821Mourse氏New Universal Gazetteer

Tiaoyu-su(釣魚嶼)を琉球に入れる。記述はクラットウェル氏を襲ふ。Hoapin-su(和平嶼、花瓶嶼)は收めない。

編者のJedidiah Morse(ジェディディア・モース)牧師は、米國地理學の父とも呼ばれ、教科書刊行で著名だとのこと。
https://en.wikipedia.org/wiki/Jedidiah_Morse


https://web.archive.org/web/20151019073627/http://senkaku.blog.jp/archives/45784280.html
https://archive.is/JVQU0



(以上の内容は平成二十八年一月から五月までの『八重山日報』連載「歐洲史料尖閣獺祭録」にて掲載します。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

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(以下の内容は平成二十八年二月九日火曜『八重山日報』第四面「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第八囘に掲載します)
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html


昨日、西暦1808年のクラットウェル氏『世界各地名新辭典』でTiaoyusu(釣魚嶼)を琉球に屬せしめてゐることを述べたが、
http://senkaku.blog.jp/archives/45741243.html
當然ながらHoapin-su(花瓶嶼、和平嶼)も同書に載ってゐる。
『The new universal gazetteer, or, Geographical dictionary : containing a description of all the empires, kingdoms, states, provinces, cities, towns, forts, seas, harbours, rivers, lakes, mountains, and capes in the known world』(世界各地名新辭典)第二册。
Clement Cruttwell氏編。西暦1808年倫敦刊。
ピッツバーグ大學藏本、サンフランシスコのインターネット・アーカイブ社(archive.org)公開電子版。
https://archive.org/details/newuniversalgaze02crut
new_universal_gazetteer_vol2_1808cruttwel
「Hoaipinsu, a small island in the Chinese sea, belonging to the group called Lieou-Kieou.」(和平嶼。シナ海の小島、琉球と呼ばれる一群に屬する。)
これはHoapinsuを誤ってHoaipinsuに作るが、配置はHoanの後である。

 原書標題頁の下方の附記によれば「with twenty eight whole sheet maps」(二十八全幅の地圖を附録す)とのことだが、第二册第四册電子公開本には地圖を附録しない。しかし附録地圖は確かに存在し、ミュンヘンのバイエルン州圖書館藏本には附録する。
https://opacplus.bsb-muenchen.de/metaopac/search?id=BV008286402
https://www.worldcat.org/oclc/260213024
アイルランド國家圖書館藏本にも附録する。
http://catalogue.nli.ie/Record/vtls000204007
インターネットの「Keys」といふ骨董店にも下の競賣記録がある。
「CLEMENT CRUTTWELL: THE NEW UNIVERSAL GAZETTEER [1808], Atlas vols, 2」
http://www.keysauctions.co.uk/lot/359582
http://www.the-saleroom.com/en-gb/auction-catalogues/keys-aylsham-salerooms/catalogue-id-srkey10088/lot-26dc181e-d25a-491e-b727-a5150111de40

 バイエルン藏本及びアイルランド藏本で尖閣に彩色が施されてゐれば良いが、わざわざ見に行って無色なら費用の無駄である。且つ西暦1752年以後、尖閣を琉球色に塗る地圖は幾つも有るので、あまり稀少價値も無い。ただ辭典の記述と併せればとても面白い。勿論、チャイナ色となってゐる可能性はほぼ無いので憂慮するには及ばない。誰か現代人が勝手に着色した可能性を除く。現代人の違法着色を防止するためにも兩館では早期に撮影されることが望ましい。

 クラットウェル氏の同じ地名辭典の舊版は西暦1798年に倫敦で刊行されたが、尖閣を載せない。
https://archive.org/details/newuniversalgaz00crutgoog
https://archive.org/details/newuniversalgaz01crutgoog
しかし附録の1799年版地圖はGeographicus骨董店のインターネット電子版で閲覽できる。尖閣は無着色である。
http://www.geographicus.com/P/AntiqueMap/China-cruttwell-1799
https://en.wikipedia.org/wiki/File:1799_Cruttwell_Map_of_the_World_in_Hemispheres_-_Geographicus_-_WorldHemisphere-cruttwell-1799.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/54/1799_Clement_Cruttwell_Map_of_China%2C_Korea%2C_and_Taiwan_-_Geographicus_-_China-cruttwell-1799.jpg
Cruttwell_Geographicus_China-1799
切Cruttwell氏1799_Geographicus_China

クラットウェル氏の今一つの舊版(同標題)は西暦1800年にダブリンで刊行されたが、同じく尖閣を載せない。
http://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=pst.000056723618
http://catalogue.nla.gov.au/Record/3157436

西暦1800年に載せなかった尖閣を、西暦1808年には載せる。その前後が尖閣認知過程の一つの境目となってゐる。シュティーラーの「Charte von China」でも、西暦1800年版では琉球欄を設けず、西暦1804年版では琉球欄を設ける。ラペルーズ紀行が西暦1797年に刊行されて以後、數年を經てラペルーズの認識が地誌地圖に採用され始めたことを示す。
 西暦1752年以後、ゴービル(Gaubil)通信ならびにダンビル地圖(d'Anville)及びビュアシュ(Buache)地圖でTaioyu-su(Haoyu-su)、Hoapin-suの存在は知られてゐたので、地名として載せる書も存在するが、中々西暦1804年より早い年度で琉球所屬と明記する著作は無い。
 西暦1802年パリ刊のLouis de Grandpré氏著『Dictionnaire universel de geographie maritime』(世界海洋地理辭典)第一册、第二册にはHoapinsu及びTiaoyusuを載せるが、周長及び經緯度を載せるばかりで、琉球だとは書かない。
https://books.google.co.jp/books?id=mTFqza96QrcC
https://books.google.co.jp/books?id=HxVYI5-fi8YC
同じ書の西暦1803年パリ刊、増訂版第二册、第三册にもHoapinsu及びTiaoyusuを載せるが、周長及び經緯度を載せるばかりで、琉球だとは書かない。
https://books.google.co.jp/books?id=BoD3DKM2X9sC
https://books.google.co.jp/books?id=0PNCAAAAcAAJ
https://books.google.co.jp/books?id=Cl8xFU9F23gC
https://archive.org/details/bub_gb_hWbU_pJk9_8C

クラットウェル氏は、編輯人として中々の仕事をした人らしい。
https://en.wikipedia.org/wiki/Clement_Cruttwell



記録:
https://archive.is/KVkxm
https://web.archive.org/web/20151019055757/http://senkaku.blog.jp/archives/45743279.html


(以上の内容は平成二十八年二月九日火曜『八重山日報』第四面「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第八囘に掲載します)
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

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西暦1808年の地名辭典 「釣魚嶼は琉球」

『The new universal gazetteer, or, Geographical dictionary : containing a description of all the empires, kingdoms, states, provinces, cities, towns, forts, seas, harbours, rivers, lakes, mountains, and capes in the known world』
第四册。
by Cruttwell, Clement
Published 1808
ピッツバーグ大學藏本、サンフランシスコのインターネット・アーカイブ社(archive.org)公開電子版。
https://archive.org/details/newuniversalgaze04crut
new_universal_gazetteer_vol4_1808cruttwel

「Tiaoyu-su, a small island in the Chinese Sea, belonging to those called Lieou-kieou. 」
(琉球と呼ばれる島々に屬する(東)シナ海の小島、釣魚嶼。)
西暦1797年のラペルーズ紀行刊行から十一年後、西暦1804年のシュティーラー氏製圖から四年後、かなり早期の記述である。まだ更に數年は遡り得る。勿論ラペルーズよりも前にも有り得る認識だが、そこまで溯るのは中々難しい。
 記述の形は西暦1817年のウスター氏(Worcester)辭典などに承け繼がれる。
參照:
http://senkaku.blog.jp/archives/45699900.html



https://archive.is/Hklqn
https://web.archive.org/web/20151018155623/http://senkaku.blog.jp/archives/45741243.html



(以上の内容は平成二十八年二月九日火曜『八重山日報』第四面「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第八囘に掲載します)
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

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シーボルト像


 明治二年のシュティーラー地圖册に載せる明治元年圖では尖閣の西側に國境線を引く。勿論西暦千八百四年のシュティーラー製圖から承け繼ぐ分け方だが、明治二年の凡例には琉球部分でシーボルトなどを參考にしたと書いてある。拙著『尖閣反駁マニュアル百題』
http://www.shukousha.com/information/news/3172/
の第四部でも論及したが、重要な部分を遺却してゐた。シーボルトの大著『日本』原書第四册(西暦1852年刊)『Atlas von Land- und Seekarten vom Japanischen Reiche』(日本帝國陸海圖册)附録の「琉球諸島經緯度表」(Vergleichende uebersichtstafel der namen breiten und längen bestimmungen der vorzüglichsten punkte der Liukiu-Inseln)である。
シーボルト日本4琉球經緯度表
『Geschichte der Entdeckungen im Seegebiete von Japan, nebst Erklärung des Atlas von Land- und See-Karten vom japanischen Reiche』(日本海域檢知史、ならびに日本帝國陸海圖册論説)
Philipp Franz von Siebold著。1852年刊。
オーストリア皇室圖書館Hof-bibliothek(現オーストリア國立圖書館)藏本。
https://books.google.co.jp/books?id=08RaAAAAcAAJ
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA42573856
https://www.worldcat.org/oclc/772985225
アムステルダム大學(ub Amsterdam)藏本。
https://books.google.co.jp/books?id=l-VjAAAAcAAJ

 これは中井晶夫等和譯(雄松堂刊)の『圖録』第一册第45頁にも收められてゐる。表中には「Hasjokan」(はてるま波照間の音讀み)、「Jonakuni」(與那國)及び「Jaekanse」(やびせ八重干瀬の下半音讀み)とともに、Hoapinsu及びTiaoyusu(尖閣)が載ってゐる。「Sakisima」に疑問符が附いてゐるわけは、現代の所謂先島諸島(宮古八重山諸島)に屬するか否かの疑問ではなく、當時日本人が先島と呼んでゐた島々が尖閣に相當するのかも知れないといふ意である。
 シーボルトが幕府天文方高橋景保の原圖にもとづいた琉球諸島圖には尖閣を記載せず、シーボルト自身作成の經緯度表でこれを補ったものである。日本人よりも先に西洋人が尖閣を日本領として認知してゆく歴史のひとこまとなってゐる。日本はかなり遲れて明治二十八年(西暦1895年)に尖閣を編入した。

https://archive.is/TgYWt
https://web.archive.org/web/20151101021941/http://senkaku.blog.jp/archives/45727936.html


シーボルトの尖閣認識について最初に論及したのは誰かといふことになれば、中井晶夫等和譯が最初といふべきだらう。
 また、以前からと思はれるインターネット情報も有った。尖閣右欄のドイツ文は中井晶夫等和譯を用ゐてゐる。以下に轉載。
http://senkakujapan.nobody.jp/page099.html
  「NIPPON」の原著第一部にある(雄末堂刊行の日本翻訳書では図纂一部に移されて
いる)「琉球諸島の位置」には「琉球諸島の主要地点の名称、経緯度比較一覧表」がつ
けられている。この表の「観察上の覚書」という備考欄に次のような記載がある。
***************************************
「この三つの岩石の島はわれわれの持っている日本人作成原図には見あたらないが、
この一覧表を完備したものとするために記載しておいた。しかしこれらの島ははるか離
れている先島のことかもしれない。ラペルーズによって発見されたこれらの岩石島がゴー
ビルの地図上にあるホアピンス・Hoapinsuとティアオユース・Tiaoynsuと名づけられて
いるものと同一であるかは非常に疑わしい。」
***************************************
 ここには、尖閣諸島が琉球諸島の一部であると注記されている。
 ゴービル図においては、ホアピンス・Hoapinsuとティアオユース・Tiaoynsuというこの
二つの島は、与那国島の北西にあり、台湾の近傍にある。だからシーボルトがラペルー
ズの判断を怪しいと思うのは当然である。ただシーボルトは、この二つの島が、琉球諸島
に属するということを疑ってはいない。

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尖閣右欄の原ドイツ文:
Obgleich diese drei Felseninseln sich nicht auf unserer japan Originalkarte finden, so haben wir sie der Vollständigkeit unserer Ueber sichts tafel wegen hier auf genommen; möglich ist es indessen, dass es die sogenannten Sakisima, die weit entlegenen Inseln, sind. Ob diese von Lapérouse entdeckten Felseninseln dieselben sind, welche auf Gaubil's Karte die namen hoapinsu und tiaoyusu tragen, ist sehr zu bezweifeln.
グーグル英譯:
Although these three rocky islands do not see our original japan map, so we have taken the completeness of our About face panel because here on; it is possible, however, that the so-called Sakisima, the faraway islands. Whether these discovered Lapérouse rocky islands are the same, which hoapinsu the names on Gaubil's card and tiaoyusu wear, is very doubtful.
拙譯:
「これら多岩の三島は我が日本原圖中には見えないが、本表の完全性のためにここに載せる。しかしこれらは所謂先島といふ遠方の島々かも知れない。この多岩の群島はラペルーズが發見したが、ゴービルの地圖中のHoapinsu及びTiaoynsuと同一か否か疑はしい」


以上の内容は平成二十八年
八月二十三日火曜に八重山日報連載「歐洲史料 尖閣獺祭録」第六十囘で掲載する見込み。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
「新聞オンライン」をご覽下さい。

 

 ▼ウスター(ワーセスター)氏
J_E_Worcester

『Geographical Dictionary, Or Universal Gazetteer, Ancient and Modern』(古今世界地名辭典)
第一版、第二册、頁數なし。
Joseph Emerson Worcester著。西暦1817年マサチューセッツ州せーラム刊。稀覯である。Tに始まる頁に曰く、
「Tiaoyu-su, small isl. in the Chinese Sea, belonging to those called Lieou-kieou. Lon. 123.37.E.  Lat. 25.55.N.」
と。
https://books.google.co.jp/books?id=6YE1AQAAMAAJ
Geographical_Dictionary_Worcester著第二册1817年


第二版、第一册、第750頁。Joseph Emerson Worcester著。西暦1823年ボストン刊。これも稀覯である。曰く、「Hoapinsu, small island in the Chinese sea, belonging to the group called Lieou-Kieou. Lon. 122.40.E.  Lat. 25.40.N.」と。
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb10430193_00764.html
http://reader.digitale-sammlungen.de/resolve/display/bsb10430193.html
https://www.worldcat.org/oclc/833713402
https://opacplus.bsb-muenchen.de/metaopac/search?oclcno=239509171
https://lhwei.gbv.de/DB=2/LNG=EN/CLK?IKT=12&TRM=321803582


Geographical_Dictionary_Worcester著第1册1823年


第二版、第二册、第737頁。Joseph Emerson Worcester著。西暦1823年ボストン刊。これは流布が多いが、日本には無い。曰く、「Tiaoyu-su, small isl. in the Chinese sea, belonging to those called Lieou-Kieou. Lon. 123.37.E.  Lat. 25.55.N.」と。
https://books.google.co.jp/books?id=hRJDAAAAcAAJ
Geographical_Dictionary_Worcester著第二册1823年

まとめれば、「Hoapinsu(花瓶嶼), Tiaoyu-su(釣魚嶼), small islands in the Chinese sea, belonging to the group called Lieou-kieou.」(釣魚嶼は琉球諸島に屬する。)

編者のJoseph Emerson Worcesterといふ人は、辭書編纂者として、ウェブスター辭書の競爭者だったのださうだ。
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E7%BA%A6%E7%91%9F%E5%A4%AB%C2%B7%E7%88%B1%E9%BB%98%E7%94%9F%C2%B7%E4%BC%8D%E6%96%AF%E7%89%B9
初期には地理學書を幾つか刊行し、處女作がこの『古今世界地名辭典』だとされる。地理學者だけでなく、これ以後は辭書編纂者にも尖閣は琉球だとの認識が普及し始める。

記録:
https://archive.is/3ecU7
https://web.archive.org/web/20151018050102/http://senkaku.blog.jp/archives/45699900.html


(以上の内容は平成二十八年一月から五月までの『八重山日報』連載「歐洲史料尖閣獺祭録」にて掲載します。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

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