- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 

こちらのブログに五月二十五日に投稿したのですが、

http://ameblo.jp/81420097/entry-11305328738.html

掲載して頂けなかったので、保存のため自分のブログに載せます。以下投稿の文。

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今晩は。腹立たせて濟みません。
當該記事には新史料だとは書いてありませんし、

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/577043/

http://archive.is/Z8KE9

「四庫全書存目叢書」(莊嚴文化公司)と注記されてますので

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/577043/slideshow/492705/

http://archive.is/DOfKR

 新史料でなく新事實としての位置づけです。

「知ってゐても、尖閣問題とあへて結びつけなかっただけである」
とのことですから、誰も論じなかった新事實であることはお認めですね。
近代以前に領土領界が存在しなかったとのお説には何か學術的根據ありますか。
私の知る限り有りません。ついでに嚴崇は、嚴嵩ですね。
當方のブログをご笑覽下さい。
http://senkaku.blog.jp/archives/1453551.html

石泉山房文集についての見解は下のリンク
http://tinyurl.com/sekisen (短縮アドレス)
http://www.jfss.gr.jp/kiho%20ok/kiho56/17~21%20page.htm
などをご覽下さい。

 産經240717九州切取

 http://archive.is/yOKF6

ウォールストリートジャーナルに載ったジェラルド・カーティス氏の論説に對して、當方の研究成果を發信しておきました。

http://realtime.wsj.com/japan/2013/06/12/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E5%B0%96%E9%96%A3%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%82%92%E3%80%8C%E6%A3%9A%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%80%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8C%E5%BE%97%E7%AD%96%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86/tab/comments/

英語版は無いやうですが、カーティス氏には日本語通じます。
        10:49 pm June 12, 2013
        いしゐのぞむ さん:    カー ティス氏は歴史をご理解でないやうだ。安倍政權は固執してゐるのでなく、歴史的に無主地から日本の領土になったもので、チャイナと無縁の地だ。

     西暦 1534年に琉球人が明國人を案内して尖閣航路を渡航したのが最古の記録だが、チャイナ側は黙殺してゐる。それ以前の15世紀の公式記録「大明一統志」 に、チャイナ領土は大陸海岸までと明記されてゐる。

     チャイナ側が1403年成立と言ふ「順風相送」は長崎のポルトガル人に言及してをり、明らかに1570 年成立であり、且つ琉球人特有の北寄り航路で尖閣を記録してゐる。

     1617年に明國高官は福建沿岸40km以外は公海だと、日本の使者に向かって明言し た。

     1683年に清國の使者汪楫は福建沿岸の馬祖列島までがチャイナ領土だと言ひ、その後で琉球領土附近で「中外の界」(琉球の内外の境目)を記録する。 馬祖列島と琉球の中外の界との中間は公海及び無主地だ。

     1871年の「重纂福建通志」で尖閣に言及した箇所には、清國の東北端は臺灣東北端の岬までだと明 記してあり、尖閣は國外情報部分に記載されてゐる。

     明國と清國が尖閣を記録したのは、白人がアメリカインディアンの文化を記録したのと同じであり、それを 以てチャイナが權益を主張するならば、琉球人に對する重大な差別だ。
 

ジェラルドカーティス


   八重山日報、六月五日及び六日第三面寄稿

「明は併合に公式に同意した」上下。 ¥100圓、購入お薦め。

http://bit.ly/111Ujif

文字テキスト版もあり。 

下 http://bit.ly/15CNGY2  (主要部分)

上 http://bit.ly/11qELsy

 

紹介記事は 

http://bit.ly/10NzsDS 

こちら6/4です。この件のビデオは 

http://www.youtube.com/watch?v=kGDaomDfJ9o

http://bit.ly/10Nzr2G

チャンネル櫻で。

大高美貴

尖閣史料集を出版へ 中国国家図書館 - MSN産経ニュース

 

チャイナの報道も。釣魚島文獻圖籍録。

http://news.ifeng.com/mainland/special/diaoyudaozhengduan/content-3/detail_2013_06/03/26034674_0.shtml

http://news.xinhuanet.com/mil/2013-06/03/c_124805325.htm

 

日本は福建臺灣海域史料集を編纂すべきです。

出版すれば必然的に尖閣の西側はるかな海域まででチャイナ領土・チャイナ兵力線が終ることが明らかになります。

 

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西日本新聞2

福岡で尖閣講座やります。

■講義Ⅰ:明は「尖閣は琉球の領土」と認めていた!!
■講師:長崎純心大学 比較文化学科準教授 いしゐ のぞむ
■日時:6月8日(土)午後1時~3時
■講義趣旨:石井先生は、明代史料に明の領土は中国大陸に近い現在の台湾・馬祖島までとする記述、及び明代皇帝への上奏文に、尖閣諸島のうち大正島(赤嶼)が「琉球の境」と記された文書を発見されました。本講義では「尖閣諸島は明代から領土だった」とする中国の主張を、明代漢文史料を読み解いて明確に論破していただきます。
●受講料:2,000円
●会場:福岡市早良区西新6丁目 西南学院大学東キャンパス内
西南コミュニティーセンター
●お問合せ・お申込は 080-5602-1586 永嶋まで
事務局:〒819-0013 福岡市西区愛宕浜2丁目-1-11-307
事務局長(主宰者)永嶋直之

定員寡少のため事前申し込みが必要です。
 

日本による琉球併合に、1617年に明國が公式同意し、

中央朝廷で公式に記録してゐた。 

http://bit.ly/10NzsDS 

八重山日報。明日か明後日には私自身の寄稿した原文解釋が

掲載されます。この件のビデオは 

http://bit.ly/10Nzr2G

チャンネル櫻で。

 

石平
石平先生メールマガジン

http://archive.mag2.com/0000267856/20130604122721000.html

■ 【緊急寄稿・拡散大歓迎】 野中広務氏のあるまじき発言を糾す
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すでに引退したはずの「元大物政治家」の野中広務氏は6月3日、
訪問先の北京において日中間の「尖閣問題」に関する重要な発言を行った。
彼は1972年9月の日中国交正常化直後に当時の田中角栄首相から、
尖閣諸島の領有権について日中双方が棚上げを確認した
と直接聞いたと述べたという。

野中氏はさらに、同日に中国共産党の序列5位の
劉雲山・党政治局常務委員と会談した際にその内容を伝えたとも報じられている。

このニュースを目にしたときは、筆者の私は狐につつまれたような思いである。
この野中発言の前日の6月2日、
中国人民解放軍の副参謀長たる人物はシンガポールで開催中の国際会議の席上、
「日中間の尖閣問題を棚上げすべきだ」との発言を行って波紋を呼んでいた。

そして翌日の3日、日本政府の菅官房長官は記者会見において、
「日本は中国との間で棚上げや現状維持を合意した事実はない」として、
中国側のぶち上げた「棚上げ論」をきっぱりと拒否した。

上述の野中発言は、まさに日中両国が「棚上げ論」の是非について
対立している最中で行われたものであるが、その内容はどう考えても、
中国側の主張にたいする援護射撃であり、
日本側の主張を根底から引っくり返そうしたものである。

言ってみれば、主権と領土という国家にとって
もっとも大事なものを守るために
日本国政府が相手陣営と対峙して戦っている最中に、
一人の日本人の元政治家は相手の陣営の方へ走っていって、
その相手陣営から自国に向かって毒矢の一本を放ったのである。

かつては政府与党に属した一人の元政治家が、
自国の主権と領土を他国に売りつけようとするような行為を
白日の下で堂々と行っているのだ。まさに人類史上稀に見る奇観であろう。

野中氏は生前の田中角栄氏から「棚上げ」の話を直接に聞いたと主張しているが、
この「証言」の信憑性もまず疑わなければならないと思う。

というのも、当の田中角栄氏はすでに故人である。
もし野中氏の「証言」は真っ赤な嘘であっても、
故人の田中氏は「俺はそんなこと言っていない」と反論することもできない。

野中氏の一方的な「証言」以外に、田中角栄氏が
本当にそのような話をしたかどうかを検証することも出来ない。
そもそも、すでに故人となった人を捉まえて
「この人は昔そういうことを言った」と言って
重要な証言を行うのはまったくのナンセンスであり、
むしろペテン師たちが喜んで使う手口の一つなのである。

野中氏は一体どういう思惑で上述のような
とんでもない発言を行ったのかは私の知るところではないが、
最後一つ、新参者の日本人である私からは是非、
古参日本人の彼に大事な日本語の言葉の一つを贈りたい。

「恥を知れ!」、というその一言である。
( 石 平 )

 

 

日本が琉球を併合したことにつき、西暦1617年に明國が公式に同意した新事實、

http://www.youtube.com/watch?v=kGDaomDfJ9o

チャンネル櫻で喋ったのですが、慌てて早口でまとまり無くなってしまったのが殘念。

元々喋りは下手なのですが、大學の授業で學生に分からせる鍛錬を積んで

少しは改善してゐました。しかしこのビデオでは亂調の投手のやうになってますね。

 

さてそれよりも、この新事實については5/26長崎市内の講演でも話しまして、

5/27長崎新聞ローカル12面で小さく報じられました。

ただ殘念なことに寫本と年月の基本情報が報じられませんでした。

長崎新聞インターネット版には出てませんので、ご興味お持ちの方は圖書館でどうぞ。

 


明實録汝并琉球9

尖閣論文新作を發見しました。

 

山陽論叢 19(2012) - 山陽學園大學・山陽學園短期大學。
「明清史籍における「釣魚嶼」の位置づけについて」班偉著。

http://www.sguc.ac.jp/college/college09/1000/1241.html

http://www.sguc.ac.jp/assets/files/d-kiyou/2012/SanyoRonso_web201212.pdf

平成二十四年十二月十五日發行。

先行研究をある程度までまとめて下さってます。

八重山日報「尖閣妄説打破」

http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

左上、立ち讀みできます。(立ち讀みの上、ご購入をお薦めします。)

 

ついでにテキスト版あり。 http://bit.ly/190emEV 


元の新華社は 

http://headlines.yahoo.co.jp/cm/main?d=20130516-00000034-xinhua-cn 

ヤフーで話題です。これはいけないと私は思ひました。

 

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今週末、尖閣の新事實を公表します。報道にも小さく出してもらへると思ひます。

 「尖閣は本當に日本の領土か~日本と中國500年の眞實」

主催:日本協議會・日本青年協議會長崎支部。後援:日本會議長崎。
第12日本の誇り復活セミナー。

 五月二十六日(日)十四時    長崎市立圖書館 多目的ホール

入場千圓。お近くの方はご來聽下さい。座席數は百二十ほど。
http://www.ch-sakura.jp/events.html?todofuken=42&term=31
http://ameblo.jp/nkn-jj/entry-11517313839.html

 

 

 

キャノン

キャノン・グローバル戰略研究所の溝口修平研究員が、

私の尖閣研究(二月四日の研究報告)について、コラムで紹介して下さいました。

http://www.canon-igs.org/column/security/20130515_1893.html

「尖閣諸島は明國の支配地域に含まれず」

上のリンク先をご覽下されば幸ひです。

 

 

 

橋下
 慰安婦問題は私と無縁なのだが、尖閣と似てゐる部分がある。

これまでの議論では、尖閣の西側のチャイナ領土線だけを論ずべきなのに、なぜか尖閣の東側の論爭になってゐた。尖閣の東側はチャイナと無縁なので無視すべきである。

 

 慰安婦も過去の日本の是非について論ずるのでなく、他國の過去についてだけ論ずるのが得策だ。日本の過去についての議論は、基本的にノーコメントにすべし。

 

 また、橋下氏は廊下の記者會見などで喋るのでなく、きちんと練り上げた文章を準備して、聲明文として出すべきだった。誤報の可能性のある部分は特に注釋などつけて預防線を張っておくべきだった。

 

 琉球新報に寄稿した小文が、五月九日木曜の同新報の文化面に掲載されました。尖閣の最古の記録にもとづいて現在の沖繩人に一つの提言をしてゐます。インターネット電子版はございません。お近くの圖書館などでご覽下されば幸ひです。

 保守派の私の文章が琉球新報に採用されたことは何を意味するのか、興味深いところです。

 琉球新報2013年0509

 5月10日に記念行事を  琉球人が導いた尖閣航路 

明代史料が示す「海洋的文化圏」

 まもなく5月10日、それは尖閣史上最古の日――。1月14日、尖閣諸島開拓の日(石垣市制定)は明治28(1895)年に日本が尖閣を正式に領土に編入した日である。480年になんなんとする尖閣史上の重要な節目だ。しかし尖閣史上にはもう一つ重要な日が有る。西暦1534年陰暦5月10日、琉球人が隣邦の客を導いて尖閣海域を渡航した最古の記録の日である。

 近代以前、尖閣を熟知するのは琉球人だった。その最古の記録が「陳侃三喜」である。明の使節陳侃は、福州から出航前、未知の琉球への渡航を畏れた。そこに琉球の貿易船が入港したので、情報を得られると喜んだのが一喜。次に琉球から迎接船が入港したので、琉球への先導船になると喜んだのが二喜。次に迎接船が針路役及び水夫を派遣して陳侃と同船させ、琉球までの指導を申し出たのが三喜である。そして出航した使節船は、琉球の役人の操舵のもと、陰暦五月十日に尖閣列島の釣魚嶼(魚釣島)を通過する。尖閣は最初から琉球王が公式に遠方の客を導く航路として記録されたのであった。陳侃の「使琉球録」に歴々と書いてある。

最初から琉球文化圏  

 この日から尖閣は有史の時代になる。歴代史料では、尖閣の西に明と清の界線が記録され、同じく東に琉球の界線が記録される。東西二界の間の尖閣列島は二邦にとって共に外側の無主地であった。無主地ながら常に琉球人が針路を司る航路上の要地でもあった。海洋的琉球文化圏だったことは明白である。中華人民共和国の領有主張では、陳侃が釣魚嶼を記録したことだけを取り上げて、琉球人が針路を司ったことを長年にわたり無視しつづける。

 日本の論壇では、明治の領有以前の漢文史料において我が方が不利であるかの如き誤解があるが、原文をよく見れば全く逆である。特に要注意は「釣魚嶼」(釣魚島)なる漢文名である。「中国名」ではない。命名者は不明だが、琉球人の案内のもとで漢文名が記録されたのだから、琉球人の命名である可能性が極めて高い。今これを「中国名」と呼ぶことは、琉球の先人の功績をなみすることに外ならない。漢文は東アジアの共通語であって、西洋のラテン語と同じである。

前提は琉球が主人    

 きたる西紀2014年は尖閣有史480周年である。那覇や石垣などで記念行事を開催することを提言したい。そこには三つの意義がある。第一に、領有以前の尖閣史は文化的に琉球のものだと世界に宣言すること。第二に、最初に記録された釣魚嶼が「中国名」でないと世界に知らせること。第三に、歴史では日本不利だとの印象を一掃すること。記念行事により、これらの意義が自然と明らかになる。

 ただし前提とすべきは、歴史に忠なることである。「日中友好」などを合言葉に記念日を無原則に利用すべきでない。記念日名としては「尖閣三喜の日」もしくは「釣魚嶼みちびきの日」を提案したい。開催趣旨には無主地にして琉球文化圏だったと明記することが必須である。那覇や石垣の皆さんにご考慮いただきたい。




下記の講座の講師をつとめますが、その最初に尖閣の新事實を公表します。報道にも小さく出してもらへると思ひます。

 

「尖閣は本當に日本の領土か~日本と中國500年の眞實」

 

主催:日本協議會・日本青年協議會長崎支部。後援:日本會議長崎。
第12日本の誇り復活セミナー。

 

五月二十六日(日)十四時

長崎市立圖書館 多目的ホール

 

入場千圓。お近くの方はご來聽下さい。座席數は百二十ほど。
http://www.ch-sakura.jp/events.html?todofuken=42&term=31
http://ameblo.jp/nkn-jj/entry-11517313839.html