- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 

五月二十日に蔡英文女史が臺灣總統に就任する。
その直前、黄文雄氏の肝煎りで、臺灣時事マラソン講演會が開催される。
多くの講師がそれぞれ持論を展開する。
場所は東京都内、期日は平成二十八年五月十五日(日曜)
午前開始、夕方まで主に三部に分かれる。
私は第三部、夕方に喋らせて頂く。
内容は南海と尖閣の古典史料を歪曲する中華思想、
それを臺灣新政權がどう扱ふべきか。正式通知は後日。
五月十三日(金)夜に上京し、五月十七日(火)朝まで東京に逗留し、
前後に資料蒐集などする見込み。

黄文雄



https://www.youtube.com/watch?v=NiBwkWOUfcA
やまと新聞社 2013/04/30 に公開
長崎純心大学石井望准教授をお招きし、中国古文書の記述から中国の尖閣領有権主張の大­­嘘を暴き出すシリーズ。今回は第一回から第三回までのまとめをしていただいた。

https://www.youtube.com/watch?v=P_RQ47Lz-To





八重山日報 歐洲史料 尖閣獺祭(だっさい)録 連載第二十一囘 平成二十八年三月二十四日第四面掲載 

八重山人が水先案内した尖閣、
英軍水路志初版、臺灣附屬に非ず
 ~~西暦千八百五十五年
    ローニー『支那導航書』(英)
 第十八囘で述べた英國ベルチャー船長のサマラン艦は、西暦千八百四十五年に尖閣を探査し、記録は西暦千八百四十八年に刊行された。すぐに倫敦の『エコノミスト』誌にも紹介された。阿片戰爭直後の探査であるから注目を集めてゐたのだらう。
 航海録では「Hoa-pin-san」(和平山、花瓶山、今の魚釣島)について述べて曰く、
  「八重山の水先案内人若干名は、この島名を以ては知らなかった」
と。また曰く、
  「今までこの附近の諸地名の認定は急ぎ過ぎた」
(圖47)。これは八重山の案内人が「Hoa-pin-san」でなく地元の島名で尖閣を認識していたことを示してゐる。認定を急ぎ過ぎたといふのは、地元名を正式認定すべきだとの意である。八重山こそが尖閣の地元だと、英國の將軍らが認識したことが分かる。
 しかしチャイナ清華大學の劉江永氏らは、文中の「知らなかった」だけを切り取って「八重山人は尖閣を知らなかった」との虚構を散布してゐる。阻止せねば日本は敗北するだらう。
 航海録刊行から四年後の西暦千八百五十二年、東印度會社『印度志』第六版でサマラン艦の記述が採用され(連載第十九囘)、ついで三年後の西暦千八百五十五年に第七版も刊行されるが、今のところ私は第七版原書を閲覽できてゐない。しかし同じ年、ロバート・ローニー著『支那導航書』第一册が英軍水路局から刊行され、尖閣部分では同じくサマラン艦の記録が採用された………
(以下は新聞オンラインにてご覽下さい。) 
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html

圖47_1848刊Samarang_vol1_p315八重山pilot
圖47 エドワード・ベルチャー(Edward Belcher)著
『Narrative of the Voyage of the H.M.S. Samarang』
(王家サマラン艦航海録)より第九章、第三百十五頁。
倫敦にて西暦千八百四十八年Reeve氏Benham氏共刊。
「Patchung-san」は八重山のチャイナ字音。
「Meia-co-shimah」と「Madjicosima」は宮古諸島。
「Y-nah-koo」と「Kumi」は與那國。  グーグル

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『八重山日報』第四面にて只今連載中の「歐洲史料尖閣獺祭録」。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
基本的に火曜と木曜に掲載されるが例外もある。
今迄の掲載日一覽は以下の通り。
第一囘 一月十四日(木曜)。 
第二囘 一月十六日(土曜)。 
(一月十九日火曜休載)
第三囘 一月二十一日(木曜)。 
第四囘 一月二十六日(火曜)。 
第五囘 一月二十八日(木曜)。 
第六囘 二月二日(火曜)。  
第七囘 二月四日(木曜)。 
第八囘 二月九日(火曜)「ラペルーズ以後の新認識 尖閣は琉球に屬す ロンドンでも流布開始~~西暦千八百八年 クラットウェル『世界各地名新辭典』(英)」
第九囘 二月十一日(木曜)。 
第十囘 二月十六日(火曜)。  
(二月十八日木曜休載)
第十一囘 二月二十一日(日曜)。 
第十二囘 二月二十三日(火曜)。  
第十三囘 二月二十五日(木曜)。  
第十四囘 三月一日(火曜)。  
第十五囘 三月三日(木曜)。  
第十六囘 三月八日(火曜)。  
第十七囘 三月十日(木曜)。 
第十八囘 三月十五日(火曜)。
第十九囘 三月十七日(木曜)。
第二十囘 三月二十二日(火曜)。
第二十一囘 三月二十四日(木曜)「八重山人が水先案内した尖閣、英軍水路志初版、臺灣附屬に非ず~~西暦千八百五十五年、ローニー『支那導航書』(英)」
第二十二囘 三月二十九日(火曜)。

今後は
第二十三囘 三月三十一日(木曜)。
第二十四囘 四月五日(火曜)。
……まだまだ續きます。



 チャイナは一方的に東支那海瓦斯田を開發してゐるが、自民黨の東支那海資源委員會(原田義昭委員長)は、日本側からこれを國際法廷に提訴せよと、安倍内閣に對して提言した、と報じられてゐる。リンク:
http://uk.reuters.com/article/uk-japan-china-idUKKCN0WI0LH
http://www.reuters.com/article/us-japan-china-idUSKCN0WI0LF
http://www.nationalinterest.org/blog/the-buzz/japans-master-plan-stop-china-the-east-china-sea-lawfare-15513
http://www.nationalinterest.org/blog/the-buzz/japans-master-plan-stop-china-the-east-china-sea-lawfare-15513?page=2
http://mainichi.jp/articles/20160317/ddm/005/010/176000c
http://newsphere.jp/politics/20160319-1/

 この報導を知って、私は深く憂慮してゐる。そもそも東支那海資源について提訴するのは、實質的に尖閣領土問題を提訴することになる(後述)。
 まづ前提として忘れてならぬ點は、尖閣に問題があるならばまづチャイナ側から提訴せよと、日本側から繰り返し呼びかけるべきであって、日本政府はまだその努力をしてゐない。首相の國會答辯でも記者ぶらさがりでも、幾らでも呼び掛ける機會は有る。日本側から提訴するのはその後にすべきだ。その上で、假に裁判になれば、日本は勝てるのか。現状のままでは負けるだらう。何故なら日本は全く準備してゐないからだ。

 國際法廷で「歴史」は證據として採用されないと聞く。しかし過去の例で見ても、證據とするか否かを審理することだけは確かのやうだ。現状では、日本が現代國際法を主張し、チャイナが歴史を主張する構圖である。歴史を主張するチャイナは勝訴しないだらうが、しかし日本はこの裁判に100%の全面勝訴とならねば無意味なのだ。全面勝訴以外は、幾分かチャイナの權益を認めることとなり、尖閣は純然たる日本領土でなくなり、チャイナに何らかの配慮をする土地と規定されることになる。結果としてチャイナ東端は300km東方へ伸びる。これは現状を大きく變更することになる。日本は100%の勝訴でなければ實質的に敗訴なのだ。

 現實的に想定されるのは、裁決の前に調停を勸告されることだらう。調停では益々日本の100%とならないから、實質的に日本の敗北である。日本は100%の勝ち方をせねばならない。六分四分で勝たうと思ってゐる人は大間違ひだ。しかし日本は100%の勝訴が可能なのか。現状では準備ゼロなので不可能だ。しっかり準備すれば100%全面勝訴は可能である。どんな準備が必要か。

 それは尖閣四百八十年の歴史である。現状では日本は歴史を避けてゐる。歐米人の抱(いだ)く漠然たる印象は、歴史のチャイナと現代の日本との對決だ。調停になると、この印象が決定的要因となる。日本は歴史を積極的に主張しない限り、決定的に敗北する。

 歴史についてどんな準備をすべきか。單一史料を絶對として主張を連呼するのでなく、長い歴史のあらゆる史料で日本が全面的に正しいことを知性的に訴へるべきだ。保守愛國陣營内だけで日本が正しいと連呼しても勝てない。左派媒體を味方につけて、連日連夜尖閣の正しい歴史が語られて、世界輿論が正しい歴史を理解する状態にまで持って行く。その状態でやっと日本は100%の全面勝訴を獲得できる。

 まづはNHKスペシャル十囘シリーズで、尖閣の長い歴史を放映する。また朝日新聞が、連日第一面左側欄で尖閣史料を連載する。それをまとめて岩波書店が刊行し、即刻英譯する。その勢ひのまま、最大の左派媒體ニューヨークタイムズが、これまた第一面の下段で連日尖閣史料を連載する。一史料につき一囘、計二百囘連續だ。それをまた左派大手マグロウヒル社から刊行する。そこまで實現して、やっと日本は裁判に勝てる。私自身は左派マスコミに賣り込むつても暇も精力も無いので、是非愛國者の皆さんにご助力をお願ひしたい。

 特に左派メディアを味方につけるためには、尖閣は琉球國外ながら文化的には琉球人の島々であった史實を大きく訴へるべきだらう。琉球新報や沖繩タイムスとも一致できる。但し史料を逐一提示する必要がある。チャイナの何らかの力が幾らか尖閣に及んでゐたといふ虚構も完全に否定せねばならない。具體的には以下の諸點だ。

1、西暦1461年の『大明一統志』以後、歴代史料でチャイナ正規領土は大陸海岸までと明記されてゐる。
2、西暦1534年の最古の史料『使琉球録』(陳侃著)に、琉球人が尖閣海路を導いたと明記してある。
3、最古の記録が琉球人の案内だから、漢文「釣魚嶼」(てうぎょしょ、今音ちょうぎょしょ)の命名者は琉球人と推測される。
4、海路案内人の主力は福建から琉球に歸化した「三十六姓」の子孫だが、彼らが明國籍から外れることは、『皇明實録』嘉靖二十六年に皇帝の語として明記されてゐる。
5、三十六姓の遠祖たる福建民族は漢民族ではない。チャイナ七大方言のうち六大まで東南部に集中するが、少數民族は東南以外にだけ分布する。これは東南部がもともと少數民族だったことを示す。
6、海路案内人は琉球人でありながら、琉球國内海域に到達後も福建人が操船する。これは操船と海路案内とが分業されてゐたことを示す。尖閣海域でも琉球人が案内し、福建人が操船したと推測される。
7、チャイナが西暦1403年の最古と稱する『順風相送』の後半は、西暦1573年以後の記述から成り、且つ琉球人の尖閣航路を載せてゐる。
8、西暦1556年の『日本一鑑』から以後は、「釣魚嶼」を臺灣北方三島の一つとする史料系列があり、尖閣ではない。
9、西暦1617年『皇明實録』以後、歴代史料でチャイナ海防は大陸沿岸40km以内の六島ラインまでと明記されてゐる。
10、尖閣航路上、琉球西端は久米島附近、チャイナ東端は馬祖列島附近だと諸史料に記載され、中間の尖閣は無主地であった。
11、西暦17世紀前半、朱印船貿易史料で尖閣は長崎から與那國島を經る呂宋貿易の航路上に在り、チャイナと無縁である。
12、西暦1683年、汪楫が尖閣の東で記録した「中外の界」は、チャイナと外國との境界線ではない。琉球の風水思想の統一解釋にもとづき、琉球が中、西側が外である。
13、臺灣の風水思想では、龍脈は福州から基隆を經て臺南に至ってをり、尖閣方向に伸びない。
14、西暦18世紀以後のチャイナ史料でも、海路案内者は臺灣海峽で早くも琉球人に交替し、東の尖閣海域へ進む。
15、西暦18世紀前半以後、『臺海使槎録』など臺灣の地誌諸本に載せる「釣魚臺」は、臺灣正北方もしくは東南方の島であって、尖閣ではない。
16、最古の上陸記録は西暦1819年『尚姓家譜』に見える琉球王族である。
17、西暦1845年、英軍艦に乘り組んだ八重山の水先案内人によれば、尖閣には地元の島名が有ると記録される。
18、歐洲製の地圖・地誌では、西暦1751年ゴービル神父「琉球録」以後、次第に尖閣を琉球と看做すやうになる。
19。西暦1804年シュティーラー「支那圖」以後は、尖閣を琉球内と看做す史料が多數出現し、一方で尖閣をチャイナとする歐洲製地誌・地圖は一つも存在しない。
20。西暦1885年に日本政府が尖閣領有をためらった原因は、同年九月の朝日新聞の報導によれば、宮古八重山の領土歸屬問題であり、尖閣問題ではない。

 以上二十箇條は、關係者全員に暗記して頂きたい。政治家も公務員も暗記は得意の筈だ(私は記憶力が低く、大學入試でも暗記は苦手だった)。これらの歴史を世に訴へるならば、必然的に私いしゐのぞむの研究が世に知られることになる。偉さうな、と不愉快に思ふ人も多いやうだ。もともと私を味噌っかす程の研究者と見る前提だらう。しかし、出る杭を打つことに腐心してゐる場合ではない。私個人などどうでもいい。私個人を邪魔したい人は史料だけ論じて、いしゐの名を出さぬやうにすればいい。私が史料を論じた先着順は既に確保してあるから構はない。

 日本は世界最古の皇室を奉戴する國である。日本人として「歴史は都合が惡い」と怖氣づいて無視する選擇肢は有り得ない。歴史ある皇國の譽れのためにも、歴史を論じなければならない。まして尖閣の歴史は一から百まで日本の正義を示すものばかりだ。何を怖氣づいてゐるのか。歴史の歴は、歴代・歴世の謂ひである。短い現代史は歴史の内に算へない。それが武士道の矜持だ。


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 以下は裁判について少々細かな點。國家利益誌(National Interst)に曰く、
Beijing could smartly counter, and issue a statement saying that they would be willing to jointly agree to an international court ruling—if only Tokyo would also agree to a ruling on the Senkaku/Diaoyu Islands as well. And considering Japan has stated time and time again that the islands are not an issue to be ruled on—that there is “no dispute”—it would create a serious challenge.
(北京は「尖閣を國際裁決することに東京も同じく同意する場合にのみ、我々(北京)も國際裁決に同意する」との聲明を公表し、迷はず反撃できるだらう。日本は尖閣に裁決すべき問題が存在しないと繰り返して來たので、この場合は深刻な挑戰を産み出すこととならう。)
http://www.nationalinterest.org/blog/the-buzz/japans-master-plan-stop-china-the-east-china-sea-lawfare-15513?page=2

以上のやうに「國家利益」誌は評する。しかし世間一般に言はれてゐることは、そもそも日本は國際司法管轄權を受諾してゐるので、提訴されればその時點で領土問題が發生するのは當り前である。ただし北京側が管轄權を受諾せずに一方的に提訴するならば、日本は應訴せず、引き續き領土問題は存在しない。現在の問題は、北京が提訴したがらないことだ。

 それよりも國家利益誌の言ふ通り、瓦斯田裁判となればそのまま尖閣裁判になることは避けられまい。國家利益誌は、日本が裁判に勝てないと値踏みしてをり、提訴されると日本が困るだらうと言ひたげである。それはさうだらう、日本は最も有利な尖閣480年史を主張しないのだから、歐米から見れば日本が勝てさうもないと見えるのだ。この見方は、そのまま國際法廷の大勢となってしまふだらう。勇氣を以て歴史を語らねば、日本は負ける。


原田義昭
   ▲原田義昭委員長
 

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扶桑社表紙

http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594077730
『中国が反論できない 真実の尖閣史』
石平 (著), いしゐのぞむ (史料監修)    ¥ 1,512(税込)

何ですかこれ。尖閣まづいぞ。山本政志とは誰

There is no indication, Yamamoto said, that Chinese naval or Coast Guard forces have come ashore on the Senkakus. “But ‘fishermen’ have landed,” he said, referring to Chinese government militia that often pose as commercial seamen or fishermen.
http://www.defensenews.com/story/defense-news/2016/03/17/japan-china-senkaku-islands-diaoyu-dispute-territorial-radar-surveillance-intrusion/81937524/

http://www.ibtimes.com/east-china-sea-controversy-2016-update-japan-steps-surveillance-amid-chinese-north-2339020

http://udn.com/news/story/4/1572017

http://www.appledaily.com.tw/realtimenews/article/new/20160318/819131/

Christopher_Cavas
  ▲Christopher P. Cavas, Defense News


四月十五日附記。
濱田和幸議員が國會で確認しました。流石です。
https://www.youtube.com/watch?v=0o1viQRBSMk


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西部邁 矢吹晉
長い長い尖閣の歴史を無視して話が盛り上がる二人。實に醜惡な日本人像である。現代の枝葉末節がそんなに面白いか。
https://www.youtube.com/watch?v=UTsqahJHeNE




矢吹晉氏の著書『尖閣問題の核心』は、歴史を無視するのみならず、所説は全て核心から外れてゐる。第二百二十九頁では、尖閣に先住民がゐたかの如く述べる。尖閣の遙かに西方の臺灣海峽から早くも琉球人が水路案内をしてゐたことは、完全に無視されてゐる。いやそもそも尖閣史など勉強したことは無いだらう。研究者ではない。ただの煽動屋である。




米国の空母打撃群派遣を中国は間違いなく逆手に取る
“大義名分”を振りかざして南シナ海を軍事拠点化
2016.3.10(木) 北村 淳
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46287?page=4

北村氏の評論は常に尖鋭的だが、今日のこの文章だけはあまり中身が無い。チャイナが逆手に取るのは常態であって、それに對して日米はどう對處すべきかといふ展望が述べられてゐない。唯一末尾に曰く、
「今、アメリカ(そして日本)にとって必要なのは、新機軸の対中封じ込め戦略である。」
と。これだけである。
 素人の私から見れば、南支那海の滑走路をアメリカが爆撃破壞する以外に勝ち目は無い。チャイナがみづから軍事施設を撤去する筈が無いからだ。

北村淳


大前研一氏。「プレジデント」最新號。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160309-00017448-president-bus_all

■大前の視点[3] 尖閣問題の裏に自民党政権の密約外交がある
「近代以前に遡れば、明の時代に中国船の航路の
目印に使われていたり、台湾の漁民が漁場にして
いたことを示すような証拠もある。」


間違ひです。琉球人が航路の目じるしとしてゐて、
チャイナ船にまで乘り組んで航路案内をしてゐました。
陳侃『使琉球録』、徐葆光『中山傳信録』、李鼎元『使琉球記』
などの史料に書かれてゐます。尖閣の西側から既に
琉球人が水路案内をする海域でした。
また臺灣人が漁場にした記録は大正年間以後です。
十九世紀末まで、そのやうな記録は一切存在しません。
詳細は『尖閣反駁マニュアル百題』
http://senkaku.blog.jp/archives/25662553.html
に出てゐます。

大前氏また曰く、
尖閣諸島を沖縄の属島と見ても、「琉球王朝を日本が無理矢理併合した」と中国では教えられているわけで、「日本固有の領土」という日本の歴史認識は相当に怪しい。

怪しいのは大前氏です。尖閣が沖繩の屬島となったのは明治二十八年です。それまでは文化的に沖繩圏内でしたが、無主地でした。固有の領土といふ形容にふさはしい。

大前

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