ギルバート氏が移民自身の立場で考へるのは分かる。しかし我々は日本人の側から考へねばならない。我々の關心は今度の法案の細部でなく、結果的にどうなるかである。細部で移民に差別などの無きやう萬全を期するのは政府の責任として當然であるから、しっかりやるべきだ。そこはギルバート氏の正論である。
 しかし我々にとって最大の問題は結果的に日本社會がどうなるかである。ギルバート氏の論點は政府がしっかりやるべきことで、日本人にとって最大の關心事ではない。日本人にとって最大の問題は以下の通り。
 まづ、移民の人數が現状でも既に多すぎる。二十年前の水準に戻すべきだ。ギルバート氏及び親族はその少人數の枠内に當然とどまる。全く心配要らない。日本から見て有益と考へられる移民だけを日本が受け容れる。受け容れ決定權は日本國民・日本政府に在る。
 旅行査證(ビザ)で國ごとに基準を分ける考へ方を、そのまま移民(一年以上)にも宛てはめるべきだ。
最も緩やかな基準として上記リンクのビザ免除國があり、一昔前まではチャイナ人が日本の査證を取得するのは極めて困難であった。毎年人數制限もあった。
 同じく移民についても國ごとに異なる基準を設けるべきである。まづ、日本の領土につき自國の領土だと主張する國からは基本的に移民不可能な嚴しさにすべきだ。何故なら領土はチャイナ政府の言ふ通り神聖不可侵の核心的利益である(※注)。當然日本も他國の領土を侵してはならない。前提として尖閣は他國の領土ではないことを完璧に證明する道義的責任が日本にある。私はその責任を道義的に果たすために努力してゐる。數百年の歴史の大嘘をついてまで他國の領土を詐取しようとする行爲は、斷然容赦してはならない。  
 單なる僻地の領土と思ふなかれ。領土といふ基準に照らせば、チャイナ、韓國、ロシアからの移民が極めて少數に限定される。結果として日本にとって極めて良い。この三國ともに強力な情報組織を持ち、他國の内政に密かに干渉する噂が絶えない。チャイナ・ファシズムが世界に輸出されようとしてゐる今、水際で止めねば日本は危ふい。この基準ではギルバート氏は味方となり、敵にならないので心配ご無用である。
 なほこの基準では臺灣からも移民できなくなる。臺灣からの移民基準を緩やかにしておくためには、人數制限を臺灣との交渉で緩めたり嚴しくしたりすれば良い。
 日本は一流國であるから、日本自身が世界基準を作って行くべきである。歐洲の移民基準が緩やかだからとて日本が眞似る必要は全く無い。世界に例の無い日本だけの制度を大いに作るべきである。それが合理的であれば世界が眞似るだらう。
 以上については、今次國會で審議されてゐる法案と全く關はり無い。現法案は移民基準を緩める法案であるから、そもそも廢案にすべきである。ギルバート氏の主張するやうな法改正は別途進めるべきである。ギルバート氏自身がフェイスブック下方コメント欄で「問題を分けて議論しないといけません。
問題は現在の法案と関係なく取り組まなければならない」等、發言してゐる。その通り、今度の法案とは關係ないのである。今度の法案は廢案にすべきである。
 下はギルバート氏フェイスブック發言のリンク。
 全文引用したい處だが、フェイスブックは會員制であり、無制限公開とも言へないので、リンク先でご覽頂きたい。
ギルバートフェイスブック

※注:追記。
 神聖不可侵の核心的利益なる語をチャイナは輕々しく使ふが、その内實が全く異なる。繩文文明は沖繩本島と擇捉島まで。北千島と宮古八重山は繩文から發展した琉球文化とアイヌ文化。それがほぼそのまま現代日本の領土なのである。
このやうに悠久の歴史ある領土こそ神聖不可侵と呼ぶに値ひする。チャイナでは黄河文明と長江文明とで全く異なる民族文化であり、そもそも黄河文明の領域は極めて小さく、後に侵掠により擴大した。現在でも黄河流域の言語「官話」なるものは長江以北にしか分布しない。
http://senkaku.blog.jp/archives/19112464.html
チャイナにとって領土なるものはそもそも神聖不可侵ではなく、「侵奪不神聖」であらう。まして領土外の尖閣及び南沙は言ふまでもない。神聖不可侵の核心的利益なる語を輕々しく虚構にあてはめる國は、そもそも信頼に値ひしない。

參照:
ドイツの移民問題。若者にお金が流れない。
この例を舉げるまでもなく、移民問題の苦惱は報導などでいやといふほど分かってゐる筈だ。

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