平成29年11月、「字登野城尖閣」第一囘議案上程が試みられた際、私は石垣市に意見書を提出した。下の八重山毎日新聞に引用された高良倉吉氏の反對意見もその時のものであらう。現在とは情勢が異なり、且つ尖閣史研究の進展についても高良氏は理解してゐるので、現在の高良氏の意見は議案に贊成する可能性があるかも知れない。
 私は今年(令和二年)六月に議案上程後、意見書を修正して、「尖閣」の名が西暦1845年の八重山パイロットの導航下で産まれた意義について追加し、石垣市に送った。しかし既に議事進行中であるためか、平成29年の意見書にもとづいて市議會で議論されてゐて、修正版は取り上げられない模樣である。かりに高良氏も新たな意見書を提出するならば、きっと平成29年とは異なる何らかの意見になるのではないか。

 以下、八重山毎日新聞、令和二年六月十九日。
尖閣字名変更 効率化目的「急ぐ必要ない」
    2020年06月19日 政治・行政

尖閣諸島字名変更案に関する質問に答える中山義隆市長=18日午後、本会議場
八重山毎日新聞020619登野城尖閣中山市長

検討委に有識者が意見
 事務手続きの効率化などを目的に尖閣諸島の字名を「字登野城」から「字登野城尖閣」にする変更案をめぐり、石垣市から意見を求められた有識者が「事務処理上の効率化のために、という点で変更を急ぐ必要はない」と助言していたことが、市尖閣諸島字名変更検討委員会(委員長・知念永一郎総務部長、12人)の議事録で分かった。委員から国際的な影響を懸念する声が出ていたことも判明した。
 議事録によると、関係部課長で構成する同委は2017年10月30日に第1回を開いた。委員の1人から「国際的な問題となることはないか」との指摘があったが、「事務手続きに関する議論をする場であること」(委員長)を確認した。設置要綱第2条所掌事務には「字名変更に伴う、各種影響等に関すること」とある。
 この後、有識者2人から意見を求めたところ、琉球大学名誉教授の高良倉吉氏は「その島々に人々が居住し、生活上の利便性から整理、変更が必要だというのであれば説得力が得られる」「尖閣をより前面に表示したいという考えには同意するが、今の時点で事を急ぐという歴史的、実務的理由(特に対外的に)が確保されていないと考える」と疑問を呈していた。
 一方、長崎純心大学准教授の石井望氏は、歴史的な経緯を紹介しつつ「字登野城尖閣」を推薦した。
 同委はこれらの意見も踏まえ、同年11月21日の第2回で「石垣市登野城尖閣」「石垣市尖閣」の2案のうち、「かつて村があった地に字がつく。新しく名称をつける場合は字をつけるのは適切ではない。事務手続きの簡略化からもシンプルに尖閣がいい」などの理由で「石垣市尖閣」を全会一致で決定した。
 地番も2390番地からではなく、1番地から表記することも同様に決めた。同年12月定例会に議案を提出し、翌年4月1日に施行することを確認していた。
 この議事録をもとに内原英聡氏が18日の市議会で一般質問を行い、「検討委員会で議論を重ねた結果、石垣市尖閣となっているが、委員会の結論と議案がかみ合っていない」と指摘。中山義隆市長は「検討委員会では尖閣1番地からになったと聞いているが、総合的に判断しなければならない。歴史的な経緯を残すべきだ。市長である私が総合的に判断した」と説明した。議案は庁議で決定している。
 内原氏は、高良氏の意見と言わずに読み上げて見解を求めたところ、中山市長は「内原氏の主張はまったく意味が分からない。私は総合的に判断して提案している」と述べた。
 内原氏は「字名変更は事務の効率化と言っても、他方面に説明責任が生じる。登野城のままでお願いしたい」と要望、この後登壇した前津究氏も「台湾も騒ぎ始めている。姉妹都市蘇澳鎮との友好の観点からも抑えたほうがいいのではないか」と提案した。
 議事録は16日、総務財政委員に提出された。同委はこれに先立つ11日、変更議案の採決を行い、与党の賛成多数で可決した。議案は22日の最終本会議で委員会報告後に採決される。