長屋王の遺偈が流布し、鳩山由紀夫元首相が談話で取り上げた。保守派と目される評論家八幡和郎氏も「氣に入った、色々使へる」と言ってゐる。皆樣に使って頂けるやうに、二月九日の新聞談話を特別無料公開。

http://www.shimbun-online.com/product/yaeyamahontoban0200209.html

八重山日報 二月九日、談話連載
「小チャイナと大世界」(十二)  石井望(談)    来世の縁を弔う名句  長屋王の遺言を武漢に 
 武漢肺炎へ日本の「漢語水準試験」事務局から送られた支援物資の箱に「山川、域を異にすれど、風月、天をともにす」という漢文が貼られていることが報じられています。私は、おや、風月という雅語をこのように使うのは漢文の達者な人だな、と思って、報道をさらに良く見ると、奈良時代の長屋王の詩偈(しげ、仏教詩句)でした。
 風月は日本では元通りの雅語ですが、現代チャイナでは男女の情事乃至売春の意に使われ、雅語ではなくなっています。漢文文明が滅んだチャイナに漢文の雅語を送るのは、まさか批判的意図ではないでしょうが、この事務局のような「日中友好」の団体には漢文愛好家が多いようです。漢文が友好家の専有物のようなイメージにならぬよう、我々こそ競って漢文を学ばねばなりません。
 これは長屋王が千着の袈裟とともに詩偈を唐の僧衆に送ったという伝説を、天宝元年(西暦742年)に唐国の鑑真が日本の僧侶に語ったもので、「日中友好」の歴史の大きな一コマというわけです。
 但し鑑真は唐国の南方の揚州の生まれ、黄河文明でなく長江文明の人です。日本と交流があったのは主に唐までの長江文明であり、菅原道真が遣唐使を停止して以後は、日本と黄河文明との往来は近代までほぼゼロになります。
 詩偈のうち、貼り紙に書かれなかった下の句は「諸仏子に寄せ、共に来縁を結ばんとす」(寄諸仏子、共結来縁)とあります。仏教というインド文明を共に崇める日唐両国ですから、「天をともにす」はインドを暗示しています。日本人は唐国で主に仏教を学び、儒教は二次的三次的でした。
 「来縁」とは来生の縁ですから、長屋王は自分の死後に唐国に袈裟が届く前提で書いたはずです。長屋王の変は西暦729年、鑑真が語った十数年前ですが、変の直前に商船に託したのでしょう。唐国との間では遣唐使のみならず商船の往来もあったようです。
 武漢肺炎の病死者を弔う遺偈(ゆいげ)を私も唱(とな)えつつ、謹んでご冥福をお祈りします。
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以下、二月十一日附記。

長屋王のこの詩偈が遺偈であることは、臺灣の國民黨僧・星雲も述べてゐる。ただ星雲師はこれを長屋王の偈でなく、鑑眞の遺偈と思ったやうだ。鑑眞が日本で永寂する決意を語ったのだといふわけだ。日本の長屋王の手柄にしたくなくて改竄したのかも知れない。しかも星雲師は風月といふ雅語を理解しなかったやうで、日月に改竄してゐる。日月とすると儒教色が強まる。星雲といふ人はさういふ國民黨僧なのだらう。星雲師の解は以下リンクに。
http://www.hsilai.org/tc/365/0525.php
http://www.merit-times.com/NewsPage.aspx?unid=389948

 佛教では「告諸佛子」(諸佛子に告ぐ)「使諸佛子」(諸佛子をして)「語諸佛子」(諸佛子につぐ)「共諸佛子」(諸佛子とともに)のやうな言ひ方は多く、諸は「これ」ではなく多數の義となる。星雲師も同じ解である。なほ、漢語水平考試は孔子學院と密切に協力する事業である。

 「星雲大師開示:揚州的前輩─唐朝鑑真大師」文/星雲大師  
 鑑真大師圓寂前,知道回國無望,作有一首偈語:「山川異域,日月同天,寄諸佛子,共結來緣。」從此偈中,我們看到了他的慈心悲願。越過萬重山,跨越萬重水,我來到日本,儘管日本和中國是二個不同的地方,但是就像太陽和月亮同在一個天地之中,中國、日本也在同一個天下;寄望佛子們,同心同德,不要對立,互相幫助,和諧相處,在偉大佛陀的領導下,共結未來的緣分。

「星雲說偈--共結來緣」       2015/2/24    作者:星雲大師    
山川異域,日月同天;寄諸佛子,共結來緣。──唐.鑑真  
 這一首偈語,是揚州鑑真和尚所作的詩偈。
日漸衰老的鑑真和尚,在七十多歲的暮年,自知歸鄉無望,寫下了這首遺偈。前二句「山川異域,日月同天」,意思是他的故鄉在中國,而今越過重洋來到日本,雖人在異鄉,但是太陽和月亮仍然同在一個天地裡。不管中國也好,日本也好,他還是同在一個天下裡弘傳佛法。
 「寄諸佛子,共結來緣」,希望所有的佛弟子們,彼此不要對立,要互相幫助;不要糾紛,要互相和諧;不要傲慢,要尊重包容。大家和平互助,共同在一個佛陀的信仰之下,再結來生的緣分,繼續將菩提種子播灑於世間。
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北宋・贊寧「宋高僧傳」卷十四、引長屋『山川異域,風月同天,寄諸佛子,共結來緣。』


長屋王邸跡

【武漢肺炎】諷日本「風月同天」是形式主義 《長江日報》:更想聽到「武漢加油」  更新時間 (HKT): 2020.02.12 22:30
內媒嘲諷日本「風月同天」是形式主義。
 日本漢語水平考試HSK實施委員會早前向湖北中學,捐贈2萬個口罩,紙箱外附詩句「山川異域,風月同天」,日方人員解釋,這句唐代鑑真和尚東渡時期的偈語,是中日交流的象徵,「希望武漢早點走出困境」,被讚揚字間滲透文化底蘊,並讓人重新知道讀書的重要性。不過,官媒《長江日報》今日一則評論卻揶揄寫道,相比「風月同天」,我更想聽到「武漢加油」,批評有些字句,是「語言上的形式主義」。難道內地就接受小學程度的字句?
 文章「醋味」甚重,寫道「有人發出疑問:『為甚麼別人會寫風月同天』,而你只會喊『武漢加油』,說『風月同天』有厚重文化底蘊,而『武漢加油』沒有文化,修辭貧瘠,是粗淺的口號。」
 筆者指,他身在疫情之中,每一篇報道、每一句祝福,每一個傳遞到他耳邊、與疫情有關的漢語,都在打中他的心,「山川異域,風月同天」這句話讓他很暖心,但相比「風月同天」,更想聽到「武漢加油」。
 筆者指,在「武漢加油」、「湖北加油」、「中國加油」,這12個字裏面,他聽到14億顆心靈碰撞的聲音,讓我瞬間感受到他置身在一個宏偉的集體之中,這個集體有一顆強大的靈魂。筆者續指,「武漢加油」很簡單,越簡單的詞,越有力量。
 「疫情之中,我也聽到了一些詩詞,很多的鋪陳排比、引經據典,可是卻那麼疲軟無力。那都是語言形式藝術,是語言上的形式主義,這種文風一絲不苟地傳遞着他們怎麼無感,歇斯底里的詞句背後都潛藏着歲月靜好。」
 文章最後引用德國思想家阿多諾(Theodor Ludwig Wiesengrund Adorno)的說話:「奧斯維辛(港譯:奧斯威辛集中營)之後,寫詩也是野蠻的。」(《長江日報》文章寫成「奧斯維辛之後,寫詩是殘忍的。」)廣義是將詩歌定義為奢華、自戀的藝術與精神遊戲。不過,句子本身引起很爭議,每個人都有不同的解讀。
 最後不忘一提,日本捐贈口罩的紙箱上,寫有顯淺易明的「中國加油」。
《蘋果》記者
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http://m.szhgh.com/show.php?classid=50&id=223348



真人元開 『鑑真和上東征傳』(唐大和上東征傳、群書類聚、卷九十三)
唐天寶元載冬十月、日本天平十四年歳次壬午也、時大和尚在揚州大明寺、爲衆講律。榮叡普照至大明寺、頂禮大和尚足下、具述本意曰、佛法東流至日本國、雖有其法、而無傳法人。日本國昔有聖德太子、曰「二百年後聖教興於日本」。今鍾此運、願大和尚東遊興化。大和尚答曰、昔聞南岳思禪師遷化之後、託生倭國王子、興隆佛法、濟度衆生。又聞日本國長屋王、崇敬佛法、造千袈裟、棄施此國大德衆僧。其袈裟縁上、繍著四句曰、「山川異域、風月同天。寄諸佛子、共結來縁。」
http://www.senshu-u.ac.jp/~off1024/nenpyoushiryou/toudaiwajoutouseiden/toudaiwajyoutouseiden.htm
http://www.horakuji.com/lecture/nippon/touseiden/2.htm
https://www.digital.archives.go.jp/das/image-j/M1000000000000062654
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2559097/6
唐大和上東征傳長屋王_群書類聚93國會

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