福岡の岸田芳郎氏から教へて頂いた話。
日本武尊の息子、稚武彦王(わかたけひこ)は、
三韓征伐の後に海の守りとして、
唐津の呼子の加部島の田島神社に留められた。

その田島神社は西北微西方向に向かってゐる。
すなはち朝鮮半島西南部を睨みつけてゐる。
この神社には、知られざる古墳もあるのだとか。
現在は立ち入り禁止となってゐる。

唐津加部島田島神社

唐津加部島田島神社2

 以上、岸田氏のお話。
古代の神々の歴史は中々複雜で分かりにくい。
 任那日本府との時代の前後關係も難しい。
なにはともあれ、任那日本府をNHK大河ドラマにすべく、
愛國的な小説家が脚本に仕立てて欲しい。
脚本中には、任那ー鬱陵島ー竹島ー隱岐ー青谷の
航路も入れて欲しい。時代は青谷の方がかなり早い。
青谷遺跡の年代は三世紀。
任那西方の前方後圓墳群は五世紀。
つまり青谷遺跡は、任那が日本統治下に在った年代を
かなり早めてゐる。任那は日本が進出した地ではなく、
もともと日本であった可能性が高まってゐる。

連載83竹島隱岐青谷

關聯:

鬱陵島ー竹島ー隱岐ー青谷、彌生時代の航路。

父系は繩文、母系は彌生。最新DNA研究。

鳥取の青谷遺跡の繩文Y染色體の最新研究 

第七章「父系でたどる人類の旅路」(Y染色體)を削除。

皇室親族からも繩文系か否かほぼ確定できる。

律令の禁令。女帝は皇族としか結婚できない。女性宮家は禁を犯す。

小室圭氏に對する一億總苛めをやめて欲しい。 
http://senkaku.blog.jp/2019042779694039.html
別系藤原氏。皇帝輪流做、明年到我家。

皇室史專門家・所功氏が科學を惡用してゐる。

ブログ 朋庵・茶噺、繩文人の嫁取り
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-744.html

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