北方領土・国後島で大規模な竪穴住居発見 「続縄文時代、極めて貴重」
毎日新聞2019年5月27日 19時04分(最終更新 5月27日 23時27分)

國後島竪穴住居20190525擴大

國後島竪穴住居20190525
北方領土国後島で発見された竪穴住居群跡。奥に北海道知床半島が見える=2019年5月25日(北海道博物館提供)

 北海道博物館の右代啓視(うしろひろし)研究部長(60)らが27日、北方領土・国後島で約2300~1800年前に使われたとみられる約100軒の大規模な竪穴住居群跡を発見したと発表した。寒冷地で稲作が伝わらず、縄文時代後も狩猟・採集文化が続いていた続縄文時代の住居跡という。同時代の遺跡が見つかる北海道と北方領土では最大規模となり、極めて貴重。
 北海道の専門家ら6人が今月24~27日、日露間のビザなし専門家交流で訪問した国後島オホーツク海側中部のヤンベツ湖(ロシア名・イリンスカヤ湖)沿岸の砂丘に密集した状態で発見した。「ヤンベツ砂丘遺跡」と名付けた。寒冷地で開発もされていないため保存状態が極めて良く、肉眼でも分かる。道内の同時代の遺跡に比べ、規模も保存状態も優れている。
 竪穴住居の深さは1~1.5メートルで、形状から「続縄文時代初めごろ」と推定。5~13世紀に北海道北東部などで栄えたオホーツク文化時代の住居跡も付近で数軒確認した。かつて海だった場所に砂丘などが形成され、集落ができたとみられる。

 右代氏は「保存状態の良さや規模の大きさから極めて重要。これほど大きな集落は北海道でも例がなく、奇跡的だ」と話した。【本間浩昭】
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素人ながら、北海道史の基本備忘。
紀元前300年頃まで、繩文時代。
紀元前300年頃~古墳時代まで、續繩文時代。ほぼ繩文と同じだが、彌生文化を持たなかった地域でかう呼ぶ。
飛鳥時代~鎌倉時代前半、擦文時代。ほぼ繩文を承け繼ぐ。ここまで先住民の時代。
平安時代後半~鎌倉時代、アイヌ人侵入、擦文文化消滅。
1457年、室町時代、アイヌのこしゃまいん、函館附近を攻撃。
1669年、江戸時代前期、アイヌのしゃくしゃいん、日高地方で松前藩を攻撃。
1789年、江戸時代後期、國後島及び目梨郡(根室)でアイヌが松前藩を攻撃。

關聯:「朝日新聞「アイヌ人は外來バイキングと日本人との混血である」(大意)」
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