これは凄いです。陛下「與那國を守ってね」。今日の最大のニュース。  
  八重山日報。日本最西端の防人の意味。陛下は國防を憂慮してゐた。「讓位」を言ひ續ける陛下。橿原神宮を參拜した陛下。日本最愛國者だった。感涙。  

yaeyama310428第一面陛下與那國

 我那覇眞子さんも感動。  

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附記。そもそも、
http://news.livedoor.com/article/detail/16389288/
 實は氣性の烈しい陛下。その陛下が「與那國を守ってね」と仰せなのは、まさに國防です。與那國行幸は、單に臺灣を眺望するためではなかったのです。
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「銀ブラ」の学友、3度の衝突=陛下に胸ぐらつかまれたことも
2019年4月28日 21時17分   時事通信社
 30日に退位される天皇陛下が学習院高等科3年の時、東宮侍従らの目をかいくぐり一緒に東京・銀座の街を見物した「銀ブラ事件」の当事者の一人で同級生の橋本明さん=2017年死去=は生前、時事通信の取材に陛下の意外な一面を披露していた。学習院初等科から大学、その後も交流が続く中で、3度衝突したことがあったという。
 最初は戦後間もない中等科の頃。橋本さんの目には、将来皇位を継ぐ陛下の姿が頼りなく感じられていたという。ある日、陛下が帰宅した後、本人の開閉式机のボードの裏側にチョークで思いの丈を書き込んだ。
 翌日登校すると、机の前で、陛下が顔を真っ赤にして拳を握り締めていた。橋本さんの姿を確認すると、「消せ」と一喝。「こんなことをするのは君しかいない」「どうして直接言わないんだ」などとまくし立てたという。
 「何て書いたのかは覚えていないが、その出来事があってから、逆に距離が縮まった」と橋本さん。だが、共に籍を置いた高等科馬術部で2度目の衝突が起きる。
 主将だった陛下は風邪を引き、間近に控えた対抗戦のメンバーから外れていたが、直前に完治。学校側から「陛下に気付かれないよう、出場してもらう方法を考えてくれ」と頼まれた。選手だった自分が辞退するしかないと思い、当日、体調不良を理由に試合会場が見える裏山に身を隠した。
 イライラした表情の陛下。接戦で勝利を収めたが、後日、顔を合わせると突然「どうして来なかった」と胸ぐらをつかまれた。
 この時の経緯について20年ほどたったある日、第三者にポツリと漏らした。それが伝わり、二人きりの場で、陛下が切り出した。「なぜ、あの時、言ってくれなかったんだ」
 3度目は、陛下のご成婚の2日後に開かれた祝いの席。中・高等科時代の同級生が招かれていた。当時の宮内庁長官は国会で「ご成婚は恋愛によるものではなく、私どもが決めた」と答弁していたが、どうもふに落ちなかった。
 「どういう結婚なんだ」と陛下に尋ねると、「好きで結婚するんだ。両性の合意に基づくものだ」。既に共同通信の記者になっていた橋本さんは、許可なしで書かないという陛下との紳士協定を破って記事を配信、全国の地方紙に掲載された。
 後日、お住まいがある赤坂御用地を訪ねると、陛下は「何しに来た」と声を荒らげ、「2カ所、言っていないところがある」。帰るよう強く促されたという。その後も「どうして記事を出す前に電話して来なかったんだ。お前の顔なんか見たくない」と叱責された。
 翌1960年、東宮侍従長からお住まいに来るよう連絡があった。行かずにいると、また電話が入った。重い足を運ぶと、「水に流そう」。陛下は笑顔で手を差し伸べたという。 


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