「日本人の源流 : 核DNA解析でたどる」
    斎藤成也著    河出書房新社 2017.11
研究の最前線を期待したが、全體として
あまり有益ではなかった。理由の一端は下方に。
齋藤成也日本人の源流表紙

齋藤成也日本人の源流琉球語

齋藤氏曰く、琉球語は大和政權により移殖された、
入れ替った言語だと。ちょっと待って欲しい。
大和朝廷はまあ二千年前後の歴史しか無い。
繩文文明は教科書の通り一萬五千年だ。
大和朝廷が言語を移殖したならば、彌生以後だ。
しかし遺傳子では琉球人は繩文人である。
つまり琉球の繩文語が彌生語によって滅ぼされて、
新たに今の琉球語になったのだといふ齋藤説だ。
その年代はいつごろだといふのか。
源爲朝から舜天王への十二世紀か。
それとも戰國の統一が琉球まで及んだ西暦1609年か。
それとも古墳時代か。
どの年代だとしても有り得ない。
沖繩に彌生時代は無く、
彌生文化はほとんど到達しなかった。
ぐすく時代は源の爲朝の頃から、
薩摩の勢力が強まる頃までだ。
西暦16世紀17世紀に薩摩がもたらした新言語が
琉球語だといふことは有り得ない。
さうなると、彌生語が移殖されたのは
ぐすく時代初期だけしか無い。
普通はそれを大和朝廷とは呼ばない。
朝廷は既に平安京に遷都した後だ。

源の爲朝のぐすく時代に移殖されたとすれば、
それまで繩文時代(貝塚時代)の沖繩人は
全く別言語だったといふ話になるのか。
しかし八重山諸島では沖繩本島からの統治が弱く、
緩やかな封建制であった。
その八重山に繩文血統が最も濃いのだ。
八重山語も日本語である。
緩やかな封建制で八重山に日本語が突如
強制的に移殖されたといふのか。有り得ない。

齋藤氏は、單にヤマトは惡い侵掠者で、
沖繩は被害者だと言ひたいのではないか。
惡儀は無くともさういふイメージを廣めてゐる。
科學者が歴史文化を語る時、この種の
天然ぼけ平和ぼけが實に多い。
興味だけが動機となってゐて、
歴史文化に對する愛着が無い。他人事だ。
南米に於けるスペインの虐殺史のままに
琉球でも言語が入れ替ったといふ空想だ。

常識で考へれば、繩文顔の多い沖繩人の言語は
繩文語である。それがほぼ一般的日本語と大差なく、
音韻對應だけで互換できるのだから、
要するに日本語は繩文語である。
齋藤氏はまづ繩文語と別系統の彌生語が存在
したといふ前提の根據を示してもらひたいものだ。
それからもう一つ注文。
アイヌ民族が極めて古いといふ前提で勝手に決めつけてゐる。
北海道繩文人がゐて、後に外からオホーツク遺傳子と
混合して、新しいアイヌ人が産まれただらうといふ、
ここ十年の研究成果を齋藤氏は認めながら、
何故かアイヌ民族が古いと決めつけてゐる。
こんなところから勝手なアイヌ先住民イメージが
散布され、アイヌ新法成立に至った。
ただこの書で唯一得られた貴重な情報は、
113頁、最近神澤秀明氏が北海道西北端の禮文島で
極めて状態の良い繩文人骨を多數得て、
新たな研究を進めてゐるさうだ。期待したい。
禮文島も繩文の領域であった。アイヌよりも先だ。