尖閣は歴史的にも法的にも固有の領土。數十年來、政府の一貫した方針として動きません。歴史と法とは並列され、且つ歴史が先です。「領有以後の法的な歴史」ではありません。英譯は後に作られたやうですが、英譯が絶好の注脚となってゐます。
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo_eg/senkaku/senkaku.html
「indisputably an inherent part of the territory of Japan in light of historical facts and based upon international law.」
歴史はin light of、法はbased upon。歴史は照らすもの、法はもとづくもの。「照らす」と「もとづく」との差を英譯につけてゐるわけは、歴史を緩やかに大きく照らすがゆゑでせう。當然ながら領有以後の法律文書だけの歴史に限定されるものではありません。だからこそ歴史が先で法が後です。先づ歴史的動機が存在せずに突然法的編入を成しえないのは當然です。

 竹島についても、外務省ホームページで「日本における竹島の認知」の項目で江戸時代の地圖から始まり、 
 ついで西暦1618年の鬱陵島渡海免許が領有の開始として舉げられてゐます。松島(現竹島)よりも向う側の島について、寫本で根據としてゐるわけです。

これはその前年、1617年の日明交渉と性格が似てゐます。尖閣よりも向う側の東湧(今の馬祖列島)を境界線とする交渉です。平成29年度内閣官房領土室報告書に採用されてゐます。
https://www.cas.go.jp/jp/ryodo/img/data/archives-senkaku04.pdf
 (報告書36頁以下。)

外務省竹島