石平尖閣史表紙_朱印船圖

 石平『眞實の尖閣史』。百田さんの帶の裏にはこんな地圖が。さう、尖閣レイス・トリシマから、臺灣東岸のタバコシマへ、日本文化圏の朱印船古地圖です(長崎歴史文化博物館藏、東洋南洋航海古圖、縣書3-62-1)。もっともっと賣れて良い本です。さてその第一章、第47至48頁、「琉球人なくしては渡海もできなかった清王朝の使節」の條に次のやうに有る。

「1683年に琉球に渡航した清朝の冊封使、汪楫は、出航前に礼部の議論で
『琉球からの朝貢使節を待って出航せよ』と意見されていた。
しかしその年度は朝貢使節が来ていなかった。そこで汪楫は
『琉球の水先案内人だけいれば、迎接使節が来なくても出航できる』
と主張した。汪楫自身の著『中山沿革志』に見える。
公式の朝貢使節でなくとも、民間琉球人に案内してもらえば
時期どおりに出航できるというわけである。
民間人を水先案内に雇って汪楫は出航した。

この部分は私の提供史料にもとづかれたが、
ちょっと提供を誤ってゐた。
民間琉球人のパイロットで良いと汪楫は發言したのだが、
結果的には公職の琉球パイロットが來てナビゲートしたことが、
汪楫『册封疏鈔』所載琉球王尚貞奏疏と、
汪楫『使琉球雜録』卷五「神異」に見える。
本日31年2月17日の八重山日報連載「尖閣大航海時代」63囘で
訂正しておきました。毎週日曜連載です。