小野寺まさる

https://twitter.com/onoderamasaru/status/1078868891143565312
小野寺まさる‏ @onoderamasaru
 テレビのアイヌ特集で「アイヌが自らの地を“カイ”と呼ぶのを知った松浦武四郎が『ここは先住民族のアイヌの島』との意味を込め“北加伊道”と命名。北海道はそれが変化したもの」との馬鹿解説をしていた。当時の日本の令制国の名称の東海道、南海道、西海道…に倣って「北海道」になった筈。余りに酷い。12:22 - 2018年12月29日

 下記ツイートした。
 今晩は。蝦夷は古くから北海。リンクは 
http://gazo.library.city.sapporo.jp/shiryouDetail/shiryouDetail.php?recId=23&pageId=2
 『北海隨筆』。また蝦夷はもともと『日本書紀』で關東人を呼んだ名ですが、日本書紀は江戸時代では古訓をつけずに音讀みが通例。アイヌ人が「本州人は我々をカイ(蝦夷)と呼んでゐる」といふ意味で松浦武四郎に答へた可能性大。
北海隨筆札幌市中央圖書館宍戸氏文庫


ついでに松浦武四郎自身が安政三年(1856年)に校訂した『蝦夷行程記』は、別名「北海道中記」(下リンクの右端の版心)。北海の道中記です。
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru04/ru04_03729/ru04_03729_0001/ru04_03729_0001_p0008.jpg
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru04/ru04_03729/index.html


日本書紀の景行天皇紀に曰く、
廿五年秋七月庚辰朔。壬午、遣武内宿禰、令察北陸及東方諸國之地形、且百姓之消息也。
廿七年春二月辛丑朔。壬子、武内宿禰自東國還之、奏言「東夷之中、有日高見國。其國人、男女並椎結文身、爲人勇悍。是總曰『蝦夷』。亦土地沃壤而曠之。撃可取也。
(景行天皇二十五年秋七月庚辰朔。壬午、武内宿禰を遣はし、北陸及び東方諸國の地形ならびに百姓の消息をせしむるなり。
二十七年春二月辛丑朔。壬子、武内宿禰、東國より還る。奏して言はく、「東夷の中に日高見の國あり。その國人、男女並びに椎結文身し、人となり勇悍なり。是れ總じて『蝦夷』と曰ふ。また土地の沃壤にして曠し。撃てば取るべきなり」と。)。
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/wakan/syoki07.html

カイのもとが「クイ」だとか語源説があるやうですが、まあ無理でせう。  

-----------------------
平成31年1月10日追記。
昨日(一月九日)に如上の發言をしたので、今日は助手が論文コピーに走り、下の論文を入手した。
「蝦夷(カイ)説再考 A Study on Kai (蝦夷), Ancient Inhabitants of Northern Japan」
        菊池 徹夫         史観 (120), p100-114, 1989-03        早稲田大学史学会
https://ci.nii.ac.jp/naid/110002533893
 讀んでみると、江戸時代にアイヌ人が「カイ」と自稱した記録は一定數ある。問題は、甲、蝦夷の音讀みで「カイ」となったのか、乙、逆に先に古代アイヌが「カイ」であって、そこに蝦夷といふ漢字が宛てられたのか、である。菊池氏が檢討してゐるのは要するにその問題だ。そして菊池氏の願望的結論は乙だ。しかし殘念ながら史料不足のため、乙の結論は無理である。
 乙説で特に菊池氏はチャイナ人が古代カイに蝦夷といふ漢字を宛てたとする。しかしそれは無理である。何故なら南北朝隋唐の通常音として蝦夷はHa-iであってKa-iではない。同例に卑彌呼はPi-mi-hoであってPi-mi-koではない。卑彌呼のやうにH音字(所謂曉紐)を宛てるのは基本的に日本漢字音(萬葉假名)であって、チャイナ字音ではない。
 しかも、乙説の古代カイがそのままアイヌだとするのも、史料不足で全然無理だ。古代カイを日本人が蝦夷と標記したと假定しても、武内の宿禰は東國の總稱としたのであって、アイヌに限定するのはほぼ無理である。
 一方、甲説も推測の閾を出ないが、年代の近い江戸時代であるから、幾分か有利であらう。とはいへ、この一件はほぼ結論が出ない。東北學の大家高橋富雄氏も昭和三十八年の著書『蝦夷』で、史料不足で結論出ずとしてゐるさうだ。
 なほ高橋富雄の著書『古代蝦夷を考える』はこの問題を詳しく檢討してゐるらしいことが、書誌に出てゐる。
内容説明 蝦夷とはなにか。その呼称がなぜエミシ・エゾでなくエビスでなければならないのか。東国・日高見国やアイヌとの関連はどうなるか。東国蝦夷経営。それは日本古代国家が完成するうえでの最終課題でもあった。

明日、高橋富雄『古代蝦夷を考える』を借りて讀んでみよう。