昨日から、高取町市尾で「朝鮮半島式」の遺跡出土、と各社大きく報じてゐる。考古學ニュースではいつものことだが、朝鮮半島とだけ書く。朝鮮半島のどこの系統なのかが問題なのだが、いつもまとめて「朝鮮」と來る。日本の同盟國百濟か、敵對する大國高句麗か、小國から裏切りでのし上がった新羅か。百濟ならば王子を日本が人質として、百濟王位に就けたくらゐだから、ほぼ屬國に近い。そして百濟は南朝(長江文明)との結びつきが強い。
 これはイギリスに例へれば、渡來して來たのはアングル人・サクソン人(ドイツ)か、ノルマン人(フランス)か、大陸ケルト人か、ローマ人か、色々ある。素人にはさっぱり分からない。現代政治的思惑で故意にまとめて朝鮮半島としてゐるのではないか。
 さて今度の「市尾カンデ遺跡」は初耳だ。インターネットを檢索すると、今度のニュース以外に一つも出ない。ただ要するに市尾地域だ。市尾地域ならば百濟との結びつきが強い。といふよりも集團的にどこかの結びつきの強い渡來人群といふのは、ほぼ任那か百濟系以外に無いのだから、當り前なのだが。勿論、百濟に來る前の遠祖が漢の帶方(百濟北部)から來た漢人だったなどの傳説は、參考程度。漢人といっても稻作の長江文明(くれはとりなど)か、黄河流域かで全然違ふ。長江文明でも傳説上は祖先が北の周王から來たことになってゐたりする。太伯虞仲だ。
 百濟系の漢氏(あやうじ)に對して、新羅系の秦氏(はたうじ)といふのも、聊か一説に供する程度に過ぎず、秦氏も百濟系だとも言はれる。且つ秦氏は山城國方面であるから、奈良盆地南部の漢氏は百濟系一色だらう。
 市尾は、奈良盆地南部、大きく大和朝廷の祖地の内でも特に南寄り。橿原神宮から南に6KM。飛鳥のキトラ古墳や高松塚の西南方向に4kmほど。大和政權の外縁である。附近に市尾墓山古墳と、市尾宮塚古墳。
市尾古墳

ことばんく。市尾墓山古墳と、市尾宮塚古墳とは、
ともに横穴式の前方後圓墳ださうだ。横穴式は、もともと百濟系なのださうだ。
なにはともあれ、ニュースの一つを以下に。

https://this.kiji.is/440069865712288865
国内最古の大壁建物跡か、奈良、渡来人の定住早まる可能性
2018/11/27 18:12 共同通信社
 奈良県高取町教育委員会は27日、同町の市尾カンデ遺跡で4世紀末から5世紀初めに渡来人が建てたとみられる朝鮮半島式の大壁建物跡が16棟分見つかったと発表した。国内最古とみられ、これまで5世紀後半以降とされていた渡来人の本格的な定住時期が大幅に早まる可能性がある。
 町教委によると、大壁建物は狭い間隔で柱を立てた後、土で壁の中に柱を塗り込めるのが特徴。全容が分かる最大のもので東西約15メートル、南北約13メートルだった。高取町の森ヲチヲサ遺跡で見つかった大壁建物跡と並び最大級という。同町ではこれまで約40棟見つかっていた