百田尚樹『日本國紀』をまだ購入できてゐないのだが、インターネットでは批評合戰が始まってゐるので、或るブログにコメントしておいた。
私のコメントは以下の通り。

 ざっと見て全體的に、こちらの雜記帳氏の方が百田氏よりも推測的成分がかな~り多いですね。百田さんをけなしたい懸命ぶりばかり目立ちます。任那に「何らかの影響力」って、そんな弱い影響力だとする史家は一人もゐないでせう。ただ日本府の「府」に疑義があるといふだけです。
 それから、日本書紀の神功紀に卑彌呼の遣使が載ってるのは「魏志に曰く」と明記してあるのが大切なので、つまり日本では聞いたことの無い話として日本書紀に引用されてます。あなたの書き方は隨分と歪曲的だ。
 なほ、邪馬臺國は漢字古音で完全に「やまとこく」ですが、 
 史書は全て自國に都合良く書き、近代以前は僞使も横行してたので、「親魏倭王」の號を日本が受容した根據としては魏志は役立ちません。逆に日本書紀が「魏志に曰く」としたことにより、最初から日本側は魏志を疑ってゐたことが分かります。愛國者にとって邪馬臺がやまとであることを避ける必要は全くありません。

百田尚樹『日本国紀』

以上のコメントを書いてから數日、今日は週末で少し足を動かすために近所の書店に行ったのだが、賣ってゐなかった。店に訊ねると、賣り切れたとのこと。

11/25追加。
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「推測的成分」がどうかうといふのはですね。
雜記帳氏は百田書に不確かな記述が多いと批判したい。
なのに百田さんよりもさらに不確かな情報を織り交ぜたら駄目。
古代中世で推測が多くなるのは當然で、
百田さんが推測を入れても、動機がどうとか邪推されることではありませんよ。

任那に何らかの影響力の強弱が確定的ではないといふのは誤り。
弱くないことは確定してゐます、と先日すでに書きました。
言葉尻で言ひ逃れするのでなく、本質の話をしないと無意味。

日本書紀撰者は魏志の卑彌呼が神功皇后なのかなと
推測したわけです。古代で大きな影響力のあった人物として
有力候補になるのは當然です。
候補になってもならなくても、推測までしかできないといふのが
日本書紀の判斷です。謎の人物と思ってるわけです。
だから百田さんのやうに實在を疑問視する人も出て來るでせう。
日本書紀撰者こそ、實在疑問説の創始者なんですよ。
と、既に書きました。

魏晉の字音でないと無意味といふのも誤り。
日本書紀に夜摩苔が存在するので日本漢字音で確定。
リンクの通り、等韻一等開口で議論終了。
言ふまでもないけど智耐理(ちどり)、愛宕(おたぎ)、
句句廼馳(くくのち)、摩倍邏摩(まほらま)。
稀なのが瑳伽梅苔(さかもと、坂下)。
耐・廼・愛・倍・苔・臺、全部一等開口。
梅は合口だが唇鼻音で對應する開口字が無いので開口扱ひ可。
魏晉の字音がどうとか言ってる人はみんな素人です。
勿論、等韻一等は「お」になり易く、廣東音や客家音で「oi」。
地名の古さ。相模、愛宕(おたぎ)、鳳至(ふげし)、双六。
そもそも世上の上古擬音とか中古擬音とかいふのは
地域的時代的に廣い範圍を折衷的に歸納してゐるので、
かなり無理をしてゐます。
そんな歸納の結果から演繹するのはいつも危險です。
等韻や方音や梵漢對音などを直接利用するのが安全です。
殘念ながら梵漢對音では上記の同類音は見えません。

僞使の發想が江戸國學以後愛國的と決まってるなら
近年盛んな樣々な僞使論も永遠に愛國的なんですか。
無意味です。繰り返します。
「史書は全て自國に都合良く書き、近代以前は僞使も横行してた」。
逆に僞使こそ歴史的主流と近年言はれてるのはご存知の筈。
結局、繰り返し。「百田さんをけなしたい懸命ぶりばかり目立ちます。」

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12/1追加。
 「漢字古音の後代の認識・発音で論じてもあまり意味がない」って何ですかね。漢字古音學の半分ほどの比重を占めてゐる根據は現代方音ですよ。都合の惡い時だけ後の史料を無視するのはトンデモな人達の特徴ですね。しかも古代でもやや後に夜摩苔といふぴったり合致する音が存在して、邪馬臺と全く無縁に合致する。この壓倒的なものを否定できる大物學者、雜記帳氏ですか。
 僞使が中世だけで古代にあてはまらないって何ですかね。古代に僞使が無くて中世に急に盛んになるんですか。それは隨分と獨自なお説ですね。大秦王安敦の使者が僞使だらうなんて昔から言はれてることです。

12/7追加。
 邪馬臺の古音はほぼ確定してます。確定度90%のものと50%のものとを故意に混同したらいけません。僞使について雜記帳氏の言ひ逃れは瑣末なのでどうでもいいですね。
 百田日本國紀、買ひました。ほぼ教科書ですよこれは。そりゃ雜記帳氏の方が推測的成分が多くなるのも當然でせう。