Takezo氏、日章旗演舞感語。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1592163484178769
 初めて1月14日の尖閣諸島開拓記念日に石垣島の古賀辰四郎開拓記念碑前で開催される尖閣諸島を守る会主催の宴で日の丸演舞を披露したのは3年前でした。その時は初対面の当日に押し売りにも関わらず自らが作詞した尖閣諸島の歌を歌う仲間均石垣市議との共演でバックダンサーを勤め、その絵は翌日の八重山日報に掲載されました。
 2年目は歌い手さんが参加されていたので一緒に舞台を勤めました。3年目の昨年は全員で尖閣諸島の歌を合唱する企画だったのでやらない方が良いのか戸惑っていたら、「どうせ誰も歌わないんだからアンタが踊った方がマシ」とありがたいけど身も蓋もない観客目線のお言葉に背中を押されて舞い踊り、来年は尖閣諸島で開催しましょうと提案しました。
 しかし私にとって4回目となる今年の第8回尖閣諸島開拓記念日制定の宴もまた同じ場所での開催となりました。

 元来密教ノリ気質の私には今現代日の丸舞踏家を有効活用出来る唯一の日本男児であります仲間均石垣市議が代表を務めます尖閣諸島を守る会主催のこの宴が日の丸演舞を一般大衆に披露する数少ない貴重な晴れ舞台なのですが、ここまで同じ場所での足踏み状態を強いられると屈辱の舞台という気さえしてきます。私でさえそう感じるのだから拉致被害者とそのご家族の無念さたるや計り知れないものがあるのでしょう。
 それでも4年連続ともなれば名前を覚えてくれている人がいたり、「今日も見れると思って楽しみにしてました」など芸人冥利に尽きるお言葉を頂戴したり、主催の仲間均石垣市議も到着して挨拶するなり「婦人部の踊りのあと最後の合唱の時に踊ってくれ」と当たり前のように仰ってくださり、受け入れられている感じがありがたくて、とにかくこうして実際に日の丸演舞を人様に披露することで熱気を帯びたうねりを生み出し日本を覆う閉塞感を打ち破る突破口を切り開かなければとの想いが一層強くなる。そしてその先にしか尖閣諸島へと至る道のりは切り開けない。

 尖閣諸島の歌の前奏が会場に鳴り響き、いつものように日の丸を両端に装着したシングルスタッフ(1本の棒)を掲げて古賀辰四郎開拓記念碑に正対し偉大なる先人に感謝を捧げて舞い踊る。来賓席に向き直って踊っていたら片方の日の丸の紐が1本外れてしまい、しばらくなんとか誤魔化せる技で時間を稼いで間奏に入るや否やダブルスタッフ(2本の棒)に道具を持ち替えました。今回は片方に日の丸もう片方に沖縄県旗を装着したスタッフを2本使う日の丸沖縄県旗演舞で、沖縄を日本から切り離す分断工作が活発な今のイチ押しアイテムなのだけれど、最前列の中央に列席されていた石垣市長は満面の笑みでした。
 曲が3番に突入したので、使うかどうか分からないけど一応準備していたフラッグポイに持ち替えました。ファイアーポイではチェーンに繋がれた火の玉を振り回しますが、それの旗ヴァージョンです。今回の旗はZ旗でした。

 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ。

 道具を片付けて司会進行役の長山家康石垣市議にお礼を述べると「また来年も宜しくお願いします」と言われ、最後に仲間均石垣市議にお礼の挨拶をすると又々「また来年も宜しく」と言われたので、「来年こそは尖閣諸島で開催しましょう」とお答えしました。
 石垣市が尖閣諸島に関する事柄で何か行動を起こそうとするとアメリカ様の言い付けなのか中国様を刺激するなとの理由で政府が妨害してくるのが定番の習わしになっています。確かに現状は厳しいでしょう。でもそれは能力ではなく意志の問題でしょう。断固とした意志を行動で示すことなく小賢しい処世術でこの国難を乗り切ることなど出来ません。サラミがスライスされる度にしわ寄せが現場に押し寄せ負担が重くなります。決断が遅れれば遅れるほど後々に支払うリスクとコストが高くなります。もうあまり時間はありません。そろそろ本気になりましょう。

takezo日の丸1


takezo日の丸2


https://www.youtube.com/watch?v=s-ueGba1B-o

.