「日本は國際法に逃げ込むな」「二千年の歴史の虚構を暴け」 
やっと言ってくださる議員が出現しました。山田宏議員です。平成二十九年六月一日、山田宏議員國會質問。誰もが待ち望んでゐました。下のビデオでは九分四十秒から。
https://www.youtube.com/watch?v=idejlizatTI#t=9m40s


正規版リンクは
https://www.yamadahiroshi.com/pickup18.html
https://www.youtube.com/watch?v=KVt8K8c9ZoI
こちらです。


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さらに併せてご覽下さい。南支那海二千年といふ歴史の嘘。
1  
http://senkaku.blog.jp/2016091565883977.html
2  
http://senkaku.blog.jp/2016070362768480.html
3   
http://senkaku.blog.jp/2016040257697412.html


上リンク三つは南支那海。一方の尖閣の歴史の嘘についてはこのブログ「尖閣480年史」の内に多數あります。
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 尖閣で日本ができる有効な方法は世界輿論を大きく轉換させることだけ。内外の輿論の九割が常駐支持となり、常駐しない安倍さんが強い批判にさらされれば、安倍さんは常駐します。支持率で動く人ですから。では輿論はどうしたら轉換するか。ルトワックさんとやらに良い智慧がありますか。多分ありません。有効手はただ一つ。歴史百對ゼロの壓倒的悠久の正義を世界に理解させることです。
「ああさうだったのか!尖閣では最初の1534年から琉球職員がチャイナ使節船を案内し、朱印船は縱軸横軸で尖閣を航行し、1600年頃に日本が作った精確な尖閣地圖は十九世紀半ばまで世界最尖端であり續け、1617年には尖閣の西側入口の馬祖列島で日明間和平合意も成り、1660年には尖閣附近で坐礁したオランダ貨物を薩摩が運んで長崎奉行から出島オランダ商館に引渡し、1719年と1800年には琉球職員が馬祖列島から早くもチャイナ使節の水先案内をして尖閣に導き、1819年には琉球王族が尖閣で公式上陸調査し、1845年には八重山航海士がイギリス人を尖閣に案内し、1867年には歐洲製地圖で尖閣の西側に國境線が引かれ、明國清國は最初から最後まで尖閣と臺灣北方諸島とを混同したままで、釣魚臺を臺灣北方諸島の西側に置くチャイナ史料が歴代の半數を占め、1461年から1872年までずっと尖閣の遙か西方にチャイナ國境線を引いてゐて、1403年のチャイナ尖閣史料は實は琉球人に教はって1573年以後に編まれたに過ぎず、臺灣の地誌に出現する釣魚臺は尖閣ではない別の島であり、琉球風水思想では首里を中心として尖閣を外縁とし、臺灣の風水は基隆から南に伸びるが尖閣へは伸びず、、、、とにかくあらゆる史實が、1895年日本編入の正義に向かって動いてゐたのだ!今悟った!」
世界がさう氣づけば九割の支持を得て尖閣常駐できます。國際法とか軍事とか地政學とかのチャチな話ではありません。