いつもの朝日新聞だ。相手の言ひ分も聞けと言ふ。かりに相手の言ひ分が全部嘘であるならば、それでも聞けと言ふのか。前提として相手が全部嘘なのか、半分嘘なのか、それとも眞實なのか、それを明らかにしなければ意味が無い。
 「答へが一つでないテーマ」といふが、ではもし答へが一つであるならばどうするのか。朝日が答へは一つでないとする根據は何か。徹底取材したのか。朝日が取材するわけがない。私の處に取材が來てゐない。こんなのは單に役員室でいい加減な作文をしただけの安上がりな社説だ。
 「ナショナリズムと利害がぶつかり合ひ」云々。何故そんな表面的現象しか見ないのか。そこにばかり注目するから逆に利害衝突が劇しくなるのではないか。まづ悠久の史實は何か。確認したのか。するわけがない、朝日新聞。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12798047.html
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(社説)領土教育 複眼的な思考こそ
2017年2月16日05時00分

 政府の見解を教えるだけではなく、相手国の言い分も伝え、世界を知り、自分の頭で考えることをうながしたい。
 北方領土、竹島、尖閣諸島は「我が国の固有の領土」で、尖閣諸島に「解決すべき領有権の問題は存在していない」――。
 そんな記述が小中学校の学習指導要領の改訂案に盛りこまれた。小学5年の社会科と中学の地理、歴史、公民の全分野で、政府見解を教えることになる。
 領土は各国のナショナリズムや利害がぶつかり合い、外交上の摩擦の要因になる。子どもたちが日本の主張を知っておくことは大切だ。
 だが政府見解は数学の公式とは違う。日本の立場の表明であり、それを学ぶのみでは現実は理解できない。教室で「尖閣に領土問題は存在しない」と教えても、中国船による領海侵入のニュースは流れる。
 領土とは何か。隣国はどう考えているか。いかなる歴史的経緯があるか。こうした事実を知って初めて、問題を深く、複眼的に見ることができる。
 新指導要領が重視するのは、答えが一つではないテーマを多面的・多角的にとらえ、他者と協働して思考する力だ。領土をめぐる対立は、ある意味で格好の教材ともいえる。
 政府見解は今回突然、指導要領に登場したわけではない。文部科学省は3年前、政権の意向を踏まえ、教科書執筆や授業の指針となる指導要領の「解説」に同趣旨の記述を入れた。既に小中の社会科の全教科書が三つの領土について記載している。
 だが、法的拘束力をもつとされる指導要領本体と「解説」とでは、重みが違う。教員が指導要領に従わなければ、処分される根拠にもなりうる。
 決められた通りに教えることが従来以上に求められるのではないか。自国第一主義の風潮がはびこるなか、独自の工夫を偏向と批判する空気が広がれば、教員は腫れ物に触るような授業しかできなくなるだろう。
 文化も経済も、国境を軽々と越えていく時代に、自国の主張が正しいと言いつのるだけでは共感は得られない。育てたいのは、相手の立場を理解し、冷静に考え、議論し、共生の道を探ろうとする人材だ。
 教育を通じて一つの価値観や歴史観を植えつける息苦しさと誤りを、この国は過去に経験し、いまは隣国に見ている。
 しなやかで、強い社会をつくるために、子どもたちにはどんなアプローチが必要か。領土教育を考えるときにも、この視点を忘れないようにしたい。

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