『尖閣研究 : 尖閣諸島海域の漁業に関する調査報告』
日本財團助成、尖閣諸島文獻資料編纂會、2009年版より、
1「戰前、尖閣諸島における漁業」Ⅴ「領有後、尖閣諸島における漁業(下)」
p.46-58(印本p.47-60)の部分。
https://fields.canpan.info/report/download?id=1803
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB21551998
國吉まこも氏を中心とする業績である。臺灣に導入された動力船が、大正四年(西暦千九百十五年)から尖閣海域に進出し始めたことが分かる。これより以前、明國清國から尖閣に出漁した記録は全く存在しない。
 上記研究中に引用された『臺灣日日新報』の記事を、今神戸大學の電子データベースから轉載して置かう。


『台湾日日新報』 1917.2.6-1917.2.8(大正6)
[台湾]北部漁業の発達 (中) 木村久太郎氏談 「鰹漁業の発達」
曰く、
本島漁業界の中心ともいうべき鰹漁業は、久しく世人の注意する処とならず打捨られ、僅に基隆及び蘇澳近海に於けるスボタ鰹の漁獲と製節とに過ぎず。内地鰹節市場に於ても一顧の値さえ無きものなりしに、吉井氏初めて発動機船を建造して、真鰹漁に従事し、北部海上の棲息を確ね、台湾水産会社の創立と漁撈との依りて、遂に台湾北部海面の真鰹漁の多望なることを証明し、年々の漁獲数漸増して、昨年の如きは四十余万貫の豊漁を報ずるに至り、更らに北部海面の中、尖閣列島、与那邦近海等の漁撈地の外、蘇澳近海三十浬の新漁場を発見するなどの好消息あり。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10083210&TYPE=HTML_FILE&POS=1
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10083210&TYPE=IMAGE_FILE&POS=2
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10083210&TYPE=IMAGE_FILE&POS=2

臺灣日日新報19170207尖閣神戸大學database


『台湾日日新報』 1920.7.3-1920.7.28(大正9)
「台湾経済現勢」(二七)水産業(四)
曰く、
「本島鰹業は明治四十三年、基隆の吉井某、西洋形発動機其興丸を督府補助の下に建造し、
本業に従事せるを嚆矢とす。翌年台湾水産会社、本業を目的として起り、次で海陸産業会社、根拠地を基隆に移し、漸く活況を呈す。其の当時は漁場も基隆近海三十浬内にて充分漁獲を見たりと雖も、節製造職工・漁夫共に内地より傭聘するを以て、生産費高し、且製品粗製濫造に流れ、経営極めて困難に陥りたり。
……
漁場も北は尖閣列島より、南は紅頭嶼、東は八重垣島沿岸に拡張さる。尚是等の海面に於ける新漁場発見と、之に次で東南及南部海面は、由来常時鰹群の豊富なるを見るを以て、此の方面に於ける新漁場発見と共に、本漁業は将来最も有望なるものなり。」

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=00472468&TYPE=IMAGE_FILE&POS=19
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00472468&TYPE=IMAGE_FILE&POS=19

臺灣日日新報1920年7月尖閣神戸大學database


後に昭和十四年(西暦千九百三十九年)、
『本邦海洋漁業の現勢』(水産社)第二百二十三頁にも同樣の記録が見える。
國吉氏が引用した初期諸史料にもとづく第二次的記録であらう。
https://books.google.co.jp/books?id=4T1Nx41CG_4C

本邦海洋漁業の現勢1939尖閣