オランダ人が八重山の古音「えいま」にもとづき「Ima」と標記したことは、平成二十八年八月四日(木曜)八重山日報連載『尖閣獺祭録』第五十六囘で述べた。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
 八重山を「えいま」と讀む最古の史料はどのあたりか。ひとまづ汪楫『使琉球雜録』卷二「疆域」及び徐葆光『中山傳信録』卷四には、ともに「爺馬」に作る。北方音では「yema」となるが、長江流域の古音を雜へて「Yama」かも知れない。徐葆光リンク:
http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_c0123/bunko08_c0123_0004/bunko08_c0123_0004_p0012.jpg

 西暦千九百九年、東恩納寛惇氏の『大日本地名辭書續編・琉球』には「エーマ」と出てゐる。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2937060/354
大日本地名辭書續編エーマ八重山

大日本地名辭書續編爺馬八重山


 なほ、東恩納寛惇氏の『大日本地名辭書續編・琉球』の尖閣の條では「釣魚嶼」に「てうぎょ」とかなを振る。かなの「てうぎょ」(今音ちょうぎょ)はこれが最も早いかも知れない。『南島探驗』ではどうだったか今度確認しよう。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2937060/358
大日本地名辭書續編てうぎょ釣魚