【博多女子のそこが聞きたか! なして、その地名?】(2) 新田原(にゅうたばる)
http://www.sankei.com/region/news/160819/rgn1608190042-n1.html
(産經新聞九州山口特別版)

 ■7世紀の丹生田(にゅうた)が語源か

 NEW田原? 宮崎県新富町に航空自衛隊の新田原(にゅうたばる)基地がある。「新田」という地名は全国に数多くあれど、それを「にゅうた」と読む地名はここだけ。その由来とは?

 〈つくし〉こん前、友達におかしかねえ、といわれた。曲芸飛行を行うブルーインパルスの話題から新田原基地になってね。その名前の「新」って、ずっと「NEW」と思っとったんよ。「英語と日本語を組み合わせて、しゃれとんな~」って言ったら「そんなわけ、なかろ?」って笑われた。もともと古い基地があって、戦後、基地が新しくなって「NEW」ってつけたんじゃなかと?

 〈めんたい犬〉新田原基地は戦前からある。昭和15年に旧日本陸軍の新田原陸軍飛行場として建設されて、戦後の昭和32年に改めて、航空自衛隊の基地になったんよ。

 〈つくし〉なら、なんで「にゅう」と読むと? そういえば、福岡県行橋(ゆくはし)市には「新田原(しんでんばる)」という地名があるっちゃね。これと区別するために「にゅう」って読ませたんかな。

 〈めんたい犬〉同じ九州とはいえ、行橋市と新田原基地は200キロ以上も離れとろうが。それに、基地のある新富町には、江戸時代から「新田村」という地区があるったい。自治体同士で合併を繰り返し昭和34年に隣の村と一緒になり新富町になったと。

 〈つくし〉私も新田原基地の広報担当者に聞いてみたんよ。そしたら、やっぱり時々、話題に上るんだって! 由来については確信はないみたい。でも、有力な説を教えてくれたんよ。基地の周辺の原野を開墾したことで「新しく水田をつくる」という意味の「新田」という字を当てて「にいた」と読んどったみたい。それが「にゅうた」に変化したんじゃないかって…。

 〈めんたい犬〉「にいた」「にうた」「にゅうた」…。確かに分からんでもないなあ。でも、総務省によると「新田」という地名は全国に1000カ所もある。このうち「にゅうた」と読むのは、なぜか新富町の地域だけ。根拠としてはちょっと弱いような気もするけど。

 〈つくし〉ちゃんと新富町役場にも取材したよ。役場にも「『NEW田原』なんですか」って問い合わせも多いみたい。

 生涯学習課課長補佐の有馬義人さんによると、新田という地名が最初に確認されたのはナント、鎌倉時代の建久8(1197)年だって。そのころに何があったかというと…

 〈めんたい犬〉ときの将軍に仕えていた武士(御家人(ごけにん))への報酬として土地を与えるため、鎌倉幕府が全国で水田面積の調査をしたんやな。

 〈つくし〉当時の資料によると、日向国(今の宮崎県)の土地の所有を示す帳面「図田(ずでん)帳」に「新田」という地名がある。読みは分からんけど、江戸時代に新田村と隣の村の境界線を示した図面が残っていて、そこでは「新田村」のことを「入田村」と書いていた。有馬さんは、それを「にゅうた」と読んだんじゃないかと推測しとった。

 遡(さかのぼ)って鎌倉時代から、「にゅうた」の読みが先にあり、「新田」や「入田」の漢字が後であてられたという説だね。

 〈めんたい犬〉なるほどよく分かったね。それは知らんかったなあ。でも、それがもし正解だとしても、そもそも、なんで「にゅうた」という地名になったんかな?

 〈つくし〉それはね、平安時代に編纂(へんさん)された「続日本紀」によると文武2年、西暦では698年に日向など4カ国から朝廷に「朱沙(しゅさ)」が献上された、とある。朱沙は朱色の顔料のことだね。古代日本では「丹石(にいし)」と呼ばれる朱色の顔料を使っとったんよ。新田原の近くの古墳群から出土した土器にもこの顔料が塗られていたんだって。

 有馬さんは、丹石の産地から「丹生田」(にゅうた、にうた)と呼ぶようになり、当て字に「新田」を使うようになったと推測しとるよ。

 〈めんたい犬〉お~、なかなか説得力があるじゃないか。同じ「新田」と書いても「にゅうた」と「しんでん」で、その由来はちごうとるんやな。

 〈つくし〉ハイカラな地名だと思っとったけど、調べてみると実は、古代のロマンも詰まった味わい深い地名なんだね。


新田原基地