尖閣防衞について、保守派周邊の人々の嘘。

嘘1、「尖閣に自衞隊が常駐するには數千人規模の兵力が必要なので不可能である。奪はれてから取り返すのが正しい。」
【常識答案】與那國島に自衞官150人、對馬に自衞官350人しか常駐してゐないが防衞できてゐる。 「尖閣にはチャイナが攻めて來るが、與那國對馬には攻めて來ない」とするならば、それは與那國侵略を國際輿論が容赦しないといふ政治的要素にもとづく。從って尖閣史五百年の百對ゼロの正義を明らかにすれば國際輿論の九割が支持し、尖閣でも150人で足りる。
http://senkaku.blog.jp/2015122050675204.html

嘘2、「尖閣防衞に米國が參戰してくれない可能性があるので、常駐などの強い措置を取れない。」
【常識答案】米國が確かに參戰してくれる領土については自衞隊配備を削減し、米國參戰の不確かな尖閣にこそ配備を増強し、自力防衞すべきだ。

嘘3、「尖閣は制空權の爭ひであって、陸上常駐は役に立たない。」
【常識答案】同じ理屈ならば、與那國も制空權さへ堅めれば常駐する必要は無い。尖閣常駐は軍事を超越する巨大な政治的意義がある。レーダー設置も有用だ。

嘘4、「チャイナは日本が先制攻撃に出てチャイナが反撃する形を作り、自己正當化したい。」
【常識答案】先制攻撃して欲しければ、もっと大膽に領海領空を侵犯して、自衞隊に撃墜撃沈させれば良い。それをチャイナがやらないのは、日本に先制防衞されたら勝てないからである。
http://senkaku.blog.jp/2016071663528871.html

嘘5、「日本が先制防衞すると國際輿論が日本を非難するので、日本は先手を打てない。」
【常識答案】國際輿論は、國際法だけでなく道徳的正義、歴史的正義に反應する。尖閣史五百年の百對ゼロの正義を明らかにすれば國際輿論の九割が支持し、日本は先制防衞できる。自民黨がそれをしないのは、五百年の歴史戰に百對ゼロで勝てる自信が無いからだ。五百年の歴史の細部を學べば百對ゼロの正義に自信を持ち、國際輿論を味方につけて先制防衞できる。
http://senkaku.blog.jp/2016050559510733.html
http://senkaku.blog.jp/archives/47607289.html

嘘6、「憲法第九條を改正しないと防衞できない。」
【常識答案】憲法改正後も日本は國際法の自衞權を越えられないので現状と大差ない。それよりも現憲法下で自衞隊法を整備して最大限の先制防衞をできるやうにしないと、明日にも尖閣攻撃が有った時に間に合はない。集團安保よりも先に自衞隊法を整備すべきだった。
http://senkaku.blog.jp/archives/33307332.html

嘘7、「憲法第九條を改正すれば防衞できる。」
【常識答案】憲法改正後も自衞隊法を整備する必要があり、時間がかかる。そこに憲法改正の時間を加へれば、無駄な時間は倍になり、明日にも尖閣攻撃が有った時に間に合はない。
http://senkaku.blog.jp/2016072964323651.html

嘘8、「無人島でも國際法上の領土としては同じだ」
【常識答案】平成28年7月12日の南支那海判決で、經濟活動を維持できない太平島は岩礁とされた。有人無人は法的に完全同一ではなく、無人のままでは裁判で不利だ。

嘘9、「尖閣常駐に米國が贊成しないので動けない。」
【常識答案】これまで安倍首相は、靖國參拜及び日露外交維持について米國の反對を押し切った。米國の反對を押し切れる囘數に限りがあるならば、靖國よりも尖閣常駐を優先すべきだった。尖閣喪失は世界史的大事件となり、直接的に臺灣滅亡に繋がる。重要性は壓倒的第一位である。
http://livedoor.blogimg.jp/ishiwi/imgs/c/1/c1119810.jpg
http://senkaku.blog.jp/archives/19736014.html

嘘10、「尖閣侵犯に對しては、これまでも常にしっかり抗議してゐる。」
【常識答案】自民黨及び保守系論壇はチャイナの歴史の嘘に具體的に反駁せず逃げてゐる。六對四ほどで勝つつもりだから逃げたくなるのだ。實際には百對ゼロなのに理解してゐない。
1、西暦1461年の『大明一統志』以後、歴代史料でチャイナ正規領土は大陸海岸までと明記されてゐる。
2、西暦1534年の最古の史料『使琉球録』(陳侃著)に、琉球人が尖閣海路を導いたと明記してある。
3、最古の記録が琉球人の案内だから、漢文「釣魚嶼」(てうぎょしょ、今音ちょうぎょしょ)の命名者は琉球人と推測される。
4、海路案内人の主力は福建から琉球に歸化した「三十六姓」の子孫だが、彼らが明國籍から外れることは、『皇明實録』嘉靖二十六年に皇帝の語として明記されてゐる。
5、三十六姓の遠祖たる福建民族は漢民族ではない。チャイナ七大方言のうち六大まで東南部に集中するが、少數民族は東南以外にだけ分布する。これは東南部がもともと少數民族だったことを示す。
6、海路案内人は琉球人でありながら、琉球國内海域に到達後も福建人が操船する。これは操船と海路案内とが分業されてゐたことを示す。尖閣海域でも琉球人が案内し、福建人が操船したと推測される。
7、チャイナが西暦1403年の最古と稱する『順風相送』の後半は、西暦1573年以後の記述から成り、且つ琉球人の尖閣航路を載せてゐる。
8、西暦1556年の『日本一鑑』から以後は、「釣魚嶼」を臺灣北方三島の一つとする史料系列があり、尖閣ではない。
9、西暦1617年『皇明實録』以後、歴代史料でチャイナ海防は大陸沿岸40km以内の六島ラインまでと明記されてゐる。
10、尖閣航路上、琉球西端は久米島附近、チャイナ東端は馬祖列島附近だと諸史料に記載され、中間の尖閣は無主地であった。
11、西暦17世紀前半、朱印船貿易史料で尖閣は長崎から與那國島を經る呂宋貿易の航路上に在り、チャイナと無縁である。
12、西暦1683年、汪楫が尖閣の東で記録した「中外の界」は、チャイナと外國との境界線ではない。琉球の風水思想の統一解釋にもとづき、琉球が中、西側が外である。
13、臺灣の風水思想では、龍脈は福州から基隆を經て臺南に至ってをり、尖閣方向に伸びない。
14、西暦18世紀以後のチャイナ史料でも、海路案内者は臺灣海峽で早くも琉球人に交替し、東の尖閣海域へ進む。
15、西暦18世紀前半以後、『臺海使槎録』など臺灣の地誌諸本に載せる「釣魚臺」は、臺灣正北方もしくは東南方の島であって、尖閣ではない。
16、最古の上陸記録は西暦1819年『尚姓家譜』に見える琉球王族である。
17、西暦1845年、英軍艦に乘り組んだ八重山の水先案内人によれば、尖閣には地元の島名が有ると記録される。
18、歐洲製の地圖・地誌では、西暦1751年ゴービル神父「琉球録」以後、次第に尖閣を琉球と看做すやうになる。
19。西暦1804年シュティーラー「支那圖」以後は、尖閣を琉球内と看做す史料が多數出現し、一方で尖閣をチャイナとする歐洲製地誌・地圖は一つも存在しない。
20。西暦1885年に日本政府が尖閣領有をためらった原因は、同年九月の朝日新聞の報導によれば、宮古八重山の領土歸屬問題であり、尖閣問題ではない。
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岸田王毅