title:「南海諸島を發現」二千年の虚言の下で

   日米は益々臺灣を必要としてゐる
author: 石井望 (長崎純心大學副教授)
media: 民報投稿の原稿より和譯。リンク先の最終掲載文は編輯部による微調整あり。
    Taiwan People News (民報)
    http://www.peoplenews.tw/news/e226b0f0-698c-48c7-b914-17da65230fe4
time: 2015-12-22 12:25
english translation http://senkaku.blog.jp/2016032257037201.html

 臺灣總統選舉が近づいてゐる。蔡英文の當選後、南海問題に對して如何なる方向性を取るのか、次第に關心を集めつつある。習近平は古來南海を管轄して來たと到る處で宣稱してゐるが、所謂古來とはどれほどの年數なのか。去年(西暦2014年)6月、一名の解放軍將校が國際會議で南海の主權は兩千年を超えると主張した。當時讀賣新聞の或る記者が私に問うた、彼らは何の史料にもとづいてそんなに放言するのかと。私は答へた、確認したことは無いが必ず法螺である、彼らが中華を宣揚する時、法螺を吹かぬ筈が無い、と。今年(西元2015年)8月6日,外交部長(外務大臣)王毅は東南アジアで外相會議に出席し、やはり主張した、

「中國が南海諸島を發現命名してから既に二千年を經た。近年中國の權利は損害を受けてゐるが、最大に自己抑制してゐる」

と。後に米艦が南海を巡航し、10月27日にチャイナの駐米大使崔天凱はCNNのインタビューを受け、米國を諷して言った、久しく以前にはまだ米國は無かったと。CNNのインタビュアーは何も言ひ返せなかった。

 王毅外相の發言後、私は該國の外交部のネット頁を調べた。すると二千年前とは後漢の楊孚著『異物志』中の「漲海崎頭」の句を指してゐる。即ち南海の島礁である。然し饒宗頤・陳佳榮・呉永章等の教授の研究によれば、これは後漢の『異物志』の字句ではなく、三國の呉の萬震著『南州異物志』の逸文であり、年代は二百年も晩い。

 後漢の楊孚『異物志』は逸書だが、その中には既に『南州異物志』の一段と同じ字句が有ったのだらうか。目下のところそれを示す證據は無く、謹嚴なる史學家が隨意に二百年引き上げることは有り得ない。

道藏神丹經哲學計劃
  ▲『正統道藏』第582冊洞神部衆術類『神丹經』卷下第八葉。「中國哲學書電子化計劃」より

 しかし年代は重要ではない。鍵となるのは、上下文の内容が完全にチャイナ主張の「中國人發現命名」を否定してゐる。萬震『南州異物志』の上下文を搜してみると、『神丹經』及び『太平御覽』等の古籍中にそれぞれ逸文が録せられてゐる。饒・陳兩教授の研究によれば、原文は大約下のやうに復元できる。

「句稚國、去典遜八百里、有江口、西南向。東北行、極大崎頭、出漲海。水淺而多磁石、外徼人乘大舶、皆以鐵葉錮之、至此崎頭、礙磁石不得過。皆止句稚、貨易而還也。」

大意は、貨物船の航路がマレー半島西側の句稚・典遜兩國から來て、マラッカ海峽を經て漲海に這入る。ほぼ南海(南支那海)に相當する。該處は海水が淺く岩礁が多い。國外の商船は鐵の裝甲なので喫水が深く、航して過ぎることができない。そのためみなマレー半島の西岸に停留し、貨物を貿易し、終れば西還する、と。

 此の文に含まれる情報は、古時外國の鐵甲大船は既に南海に進入することを試してをり、多くの岩礁を發見してゐた。知っておくべきは、鐵甲船は先進的であり、ペルシア・ギリシア・ローマ等の大帝國が擁するものだった筈だ。ローマの暴君カリギュラの二艘の裝甲船は著名であり、ローマ近郊のネミ湖底に沈沒したとされる。中世以來五百年間發掘し續けたが、西暦1931年にイタリアの首相ムッソリーニの命令の下、終に船體を吊り上げ、博物館中に安置し、すぐ後に戰事に捲き込まれ燒けてしまった。一方のチャイナでは、古代に鐵甲大船を擁した記録は一つも無い。『南州異物志』は外國の大舶が鐵葉で裝し固めてゐると述べるからには、前提は國内には鐵甲の船が無かったのである。この記載は遠方の外國人がもたらした南海の地理情報に由來することになる。誰が先に南海諸島を發見したかを論じるならば、當然功績を西方の先進文明中の人に歸せずばなるまい。チャイナ政府の主張とは正反對である。

太平御覽790句稚國國會藏
  ▲『太平御覽』卷790「句稚國」の條。鮑崇城刊本、嘉慶23年序。日本國會圖書館インターネット頁より。

 こんな史料を、後漢の人が南海諸島を發見した鐵證と詐稱する。さらには各國要人の面前で、被害者として最大の抑制をしてゐると自稱する。日米政府が反駁しないのは、この種の歴史の細部を研究してゐないのだらう。幸ひに中華民國外交部はそこまで大膽ではなく、勝手に十一段線を劃定しながらも、この鐵葉の大船の史料を採用してゐない。この點では未來の總統蔡英文女史に一つの轉換の餘地がある。

 臺灣の學界には深く厚い漢學の傳統が有り、我々の及ぶ所ではない。諸教授はこの時こそまさに大いに能力を發揮し、虚構を覆し、東亞の和平のために貢獻すると良い。しかし馬總統の「南海和平倡議」では逆に「共同開發」の美名を提示し、最近はまた習近平と會談し、チャイナに大きな面子を與へた。チャイナが南海を占領する企圖の成功を助けるものだ。

 東支那海の釣魚臺も同じ道理だ。西暦1403年成立と稱する『順風相送』は、實は1573年以後の成立であり、最古の史料ではない。1461年の『大明一統志』は明國國境線が大陸沿岸に在ることを明記し、釣魚臺から遠く離れてゐる。そのほかで最も早い1534年の陳侃『使琉球録』では、琉球人が冊封使陳侃のために導航し、釣魚臺海域を渡航したことを記録する。1683年の釣魚臺の東側の「中外之界」も實は琉球の内外の境界線である。後年の臺灣の地誌中の「山後の釣魚臺」も、實は別の釣魚臺である。

 數年來、チャイナの「陽謀」は明らかで、第一列島線を突破して西太平洋の覇權を握らうと企んでゐる。第一列島線は日本から始まり、琉球列島、臺灣、フィリピン、マレーシアを經て、ベトナムに到達する。多くの手掛かりから見るに、日米はこの列島防衞線が臺灣で缺けてしまふことを警戒してゐると考へられる。鄙見では、もし臺灣が態度を明確にして、列島線を防衞し覇權に對抗する陣營の一員だと自ら聲明すれば、必ずや列島線陣營に巨大な利益をもたらすだらう。臺灣の外交部はこれを外交カードとして、國際的地位の大幅な向上を手に入れ、場合によっては日米に獨立國認定を要求できる。このカードが無ければ、アメリカもさほど臺灣を尊重しないだらう。

 中華民國は人民共和國政府に呼應して共同で嘘の歴史を揑造してゐる。萬一最終的に解放軍が釣魚臺を占領したならば、臺灣にとって利害はどうだらうか。南海と併せて全て覇權の下に歸すれば、臺灣の周邊海域は四分の三まで圍まれてしまひ、亡國の日は遠くないだらう。辯ずるに及ばず、これは害であり、利ではない。日米フィリピンベトナムにとっては、釣魚臺で列島線が缺けてしまへば、世界情勢の大轉換をもたらし、東亞の和平は即刻崩れ去るだらう。まさか臺灣人は專制獨裁の強權の下に屈服する道を選擇するのだらうか。

 最後に附言する。「久しく以前はまだ米國は無かった」の一語は狂妄にして自省が無い。米建國時に中華人民共和國など影も形も無かった。文化だけを論じても、米國は先住民及びギリシア・ローマ・歐洲の深く厚い傳統を繼承してをり、ギリシアは更にエジプト・バビロニアの文化まで溯り得る。我々の漢文圏文化よりもはるかに悠久である。楔形文字が生まれた時、まだ漢字すら無かったのだから。
(終)

Nemi羅馬船wikipedia
  ▲ローマのネミ湖のカリギュラの古船(模寫)。ウィキペディアより録す。著作權は公開濟み。

 
 

【參考】

2014年6月,解放軍副總參謀長王冠中:南海主權超過兩千年。

http://www.cna.com.tw/news/acn/201510270132-1.aspx

http://www.economist.com/news/essays/21609649-china-becomes-again-worlds-largest-economy-it-wants-respect-it-enjoyed-centuries-past-it-does-not

 

2015年8月6日,外長王毅:中國發現、命名南海諸島已有兩千年。

http://udn.com/news/story/6809/1107706

 

2015年10月27日CNN。駐美大使崔天凱:「很久以前還沒有美國勒。」

http://mnews.tvbs.com.tw/world/detail.html?s=news-623573

 

饒宗頤〈太清金液神丹經(卷下)與南海地理〉

西元1970年《香港中文大學中國文化研究所學報》第3卷第1期。
http://public.dha.ac.cn/Content.aspx?id=983907320776&Page=5

 

陳佳榮〈漲海考〉,《中央民族學院學報》西元1982年第1期,頁61至64。

http://www.nssd.org/articles/Article_Read.aspx?id=1002764231

 

呉永章《異物志輯佚校注》,廣東人民出版社西元2010年印行。

http://www.amazon.cn/dp/B003ZC4D8A

 

《正統道藏》第582冊,洞神部衆術類,《神丹經》卷下第八葉

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=99808&page=81

 

《太平御覽》卷790〈句稚國〉條。鮑崇城刊本,嘉慶23年序,日本國會圖書館藏。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2551316/10

 

《太平御覽》卷988〈磁石〉條。鮑崇城刊本,嘉慶23年序,日本國會圖書館藏。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2551326/49

 

羅馬ネミ湖カリギュラ古船(倣繪) ウィキペディア 

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nemi_gelo4.jpg