フェイスブック・ツイッターが凄い勢ひだ。安倍政權の日韓慰安婦合意に對する失望で溢れかへり、安倍政權以外に誰を支持したら良いのかといふ嘆きも多い。それでも左翼を利すること無きやう、安倍首相を信じようといふ人も少數ながら存在する。
 私はもともと、そんな弱々しい有權者ではいけないと思ってゐる。どの政權であらうと、ひたすら支持することは有り得ない。政權は國民・經團聯・アメリカなどの顔色を見てゐる。天秤にかけてゐる。自民黨でも民主黨でも同じことだ。經團聯・アメリカが尖閣を捨てろと言ふならば、國民が大聲で反對しなければ、政權は尖閣を捨てる。
 讀賣・産經も國民の味方ではない。兩紙は政權の顔色と國民の顔色とを伺ってゐるだけだ。國民が慰安婦に關心を集中してゐれば、兩紙は尖閣古史を報じない。政權を批判する國民の聲が無ければマスコミは誤魔化しの日々を續けるだけだ。愛國政權にも愛國マスコミにも監視が必要だ。
 安倍氏が自民黨總裁に選ばれ、首相に就任する前の平成二十四年十一月、三島由紀夫の愛國忌の後の宴で、司會者が「安倍首相を支へるために、小さな失策は批判せぬやうにしませう」と言った。西尾幹二氏がすぐに大聲で反對をとなへ、「安倍首相の失策も批判せねば駄目だ」と發言した。西尾氏の考へ方が健全である。もちろん私は西尾氏の言ふことに何でも贊同するわけでなく、ただこの點で贊同するだけだ。
 要するに我々は精神が自立してゐなければ迷子になる。自分の支持する議員に對してものを言ひにくいぐらゐならまだ良いが、議員が安倍首相を支持してゐるから安倍首相を批判しない、といった弱々しい精神では國の針路を誤る。
 丁度學界の勢力爭ひみたいなものだ。理系なら答案が明瞭に出ねばならぬから誤魔化しは効かぬが、文系はとても理系の手法で確定的結論を出せない複雜系だ。そこには必ず純粹學術でなく、、學界の有力者の説だから引用して贊同しておくとか、自分に目を掛けてくれた先輩の説だから支持するといった政治的力が働く。眞理は忘れ去られる。それは個々の研究者の精神が弱いからだ。學界のお附き合ひなど完全に無視する強い精神が必要だ。勿論さういふ研究者は孤立する。それでも良いではないか。論文に眞理を書いておけば、死後に必ず理解される時が來る。
 自己激勵となってしまった。最後に聲を大にして言ひたい。國民は尖閣歴史戰に勝つために聲を揚げよ。尖閣四百八十年チャイナゼロを世界が理解すれば、世界が尖閣防衞を支持する。世界が支持し、國民の大聲が有れば經團聯に勝てる。それが無ければ政權は尖閣を捨てる。尖閣喪失の日は近い。

關聯リンク:今日の日韓ショックよりも APEC尖閣合意の衝撃こそ大きかった
http://senkaku.blog.jp/2015122851324432.html


日韓岸田