岩川隆
   ▲作家岩川隆


 毛澤東は日本に對して情報提供など協力してゐた。日本からは上海の岩井英一を通じて資金が提供されてゐた。このことを初めて明らかにしたといふ主旨の書を遠藤譽女史が刊行し、英國BBCのインタビューに取り上げられ、臺灣などの各媒體を賑はせてゐる。
http://www.bbc.com/zhongwen/simp/world/2015/12/151225_japan_professor_book
http://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/1551445
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20151116-00051441/
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20151124-00051731/
https://www.youtube.com/watch?v=ctPjI9MmcL4

 はてな。現代チャイナに關心を持たぬ私でも前にどこかで聞いたやうな話だ。そこでインターネット檢索。

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甦れ美しい日本 第153号
□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2008年1月5日 NO.153号)
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆
佐藤 守      大東亜戦争の真実を求めて 146
http://melma.com/backnumber_133212_3955295/
他方、毛沢東はその裏で日本とも取引をしている。1939年9月、独ソ不可侵条約が締結され、スターリンが日本とも取引する恐れが出てきた頃、毛沢東は日本の情報部とも長期にわたる親密かつ極秘の協力関係を結んでいる。それは蒋介石に対する破壊工作を強化し、共産党軍を日本の攻撃からから守るためであった。
「中国共産党側の工作責任者は潘漢年、日本側は上海副領事で幹部情報将校の岩井英一だった。潘漢年は、『日本陸軍、憲兵隊、警察職員各位、本証の所持人に関する照会は全て日本総領事館に寄せられたい』と書かれた日本の特別な身分証明書を与えられた。延安と直接接触できるよう、岩井の自宅には延安から無線技師が派遣されたが、これは『危険すぎる』として実際に使われることはなかった。
 潘漢年は、蒋介石軍の交戦能力、蒋介石と中国共産党との軋轢や列強各国との関係、香港や重慶で活動中の英米スパイのリストなどの情報を岩井に提供した。こうした情報は日本から高く評価され、中には在中国日本大使が『狂喜した』ほどの情報もあったという。一九四一年一二月に日本が香港を攻撃した際には、岩井が中国共産党スパイの撤退を支援した。潘漢年が岩井に約束したように、スパイの一部はそれまでどおり日本に情報提供を続け、それ以外のスパイは上海へ移動して『われわれの[和平活動]を支援する』ことになった。[和平運動]とは、中国を降伏させるための日本の非軍事攻勢である。中でも目立った組織は『興亜建国運動委員会』で、潘漢年が発足を手伝い、日本が資金を出し、組織の人材は共産党の地下党員が中心だった。中国共産党は日本を使って国民党を背後から襲わせたのである」

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http://hayasoft.com/hiko/paradox/other/source/up1620.txt
日本軍との密約
1939年9月、毛沢東は日本の情報部と長期にわたる親密かつ極秘の協力関係を結んだ。蒋介石に対する破壊工作を強化し、共産党軍を日本の攻撃からまもるためである。中国共産党側の工作責任者は潘漢年、日本側は上海副領事で幹部情報将校の岩井英一だった。潘漢年は日本の特別な身分証明書を与えられ日本軍支配地域内での行動の自由を得る代わりに、蒋介石軍の抗戦能力、蒋介石と中国共産党との軋轢や列強各国との関係、香港や重慶で活動中の英米スパイのリストなどの情報を岩井に提供した。こうした情報は日本から高く評価され、なかには在中国日本大使が「狂喜した」ほどの情報もあったという。中国共産党は日本を使って国民党を襲わせたのである。

中国共産党との取引
中国共産党の工作員であった潘漢年は国民党の情報を日本軍に提供する代わりに在上海日本総領事館の特別な身分証明書を与えられていた。提供されたのは蒋介石軍の抗戦能力、蒋介石と中国共産党との軋轢や列強各国との関係、香港や重慶で活動中の英米スパイのリストなどの情報で、なかには在中国日本大使が「狂喜した」ほどの情報もあったという。更に潘漢年は日本側の諜報活動責任者の影佐貞昭中将に取引を申し出てきた。共産党は日本軍の補給線である鉄道を攻撃しない。代わりに日本軍は農村に展開する共産党軍を攻撃しないというものである。

日本との秘密停戦
華中で日本との停戦が実現した。共産党の新四軍が鉄道を攻撃しないかわりに日本軍は農村地域に展開する新四軍を攻撃しないというものである。この取引は何年も続き、日本軍の鉄道は問題なく運行され、一方で新四軍は静かに勢力を拡大していった。

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『特務機関長 許斐(このみ)氏利 - 風淅瀝として流水寒し』
牧久著  ウェッジ社 平成22年。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1088
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB03936877
岩川隆は『新版・日本の地下人脈――政・財界を動かす陰の力』(光文社)の取材で、昭和一三年から一九年まで上海領事館の副領事を務め、情報収集のための「岩井機関」を率いていた岩井英一に会った。岩井はこんな話をしている。
「ざっくばらんに言いますとね、おおよそ、あの時代に“上海”を舞台に“なにか”をやっていた人間たちはみな、他人に言えない”部分“を持っていたんですよ。(略)同じ運命のもとに上海に流れてきたというような気持を抱いている。それだけに前歴を問うことはタブーなんですよ。どこの生まれでどこの学校を出たかぐらいは問わず語りに喋るでしょうが、かんじんのところになると、ぼかしてしまう。ほんとうのことは本人しか知らないのです」

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『日本の地下人脈 : 政・財界を動かす「陰の力」』
岩川隆 著  光文社文庫 1986年
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001791847-00
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN14292158
舊版は1983年11月、新版は1986年。


『回想の上海』  岩井英一著
「回想の上海」出版委員会, 1983.8
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BN06635805
岩川の書の直前に刊行されてゐる。

遠藤女史の新たな發見ではないやうに見える。その方面に詳しい人なら分かってゐるだらうから、興味のある人は確認してみて欲しい。