尖閣諸島の領有示す新資料、12点を公表
    2018/9/14 12:00  日本經濟新聞  
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35360860U8A910C1EAF000/
 政府は14日、尖閣諸島(沖縄県)の日本の領有権の正当性を示す新たな資料12点の調査報告書を公表した。尖閣諸島の開拓の様子を伝える写真や、沖縄県への編入以前に日本が尖閣諸島に行政権を行使してきた資料などがある。内閣官房のホームページに掲載した。
 調査事業は韓国が領有権を主張する竹島(島根県)と合わせ、2014年度に始めた。今回公表したのは17年度分で、4回目の調査となる。海洋政策・領土問題担当を兼ねる福井照沖縄・北方相は14日の閣議後の記者会見で「わが国の主張を改めて裏付けるものだ」と述べた。

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page 37 明国の海防範囲は大陸近海にとどまる
(尖閣諸島を含まず)
皇明実録(万暦四十五年八月の条、西暦1617年)

領土室報告書六島線


http://senkaku.blog.jp/2018091477543731.html
私は國外にゐるため、これにつき電話取材を
受けることはできませんが、
電子メールでの取材は受け附け、
特別研究員個人として發言します。
私の發言は全く政府公式見解に
關はるものではありません。
電子メール宛先は
ishiwi@n-junshin.ac.jp
です。
關聯:「選報日本」

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 必要なのは悠久の歴史だ。有効手はただ一つ。歴史百對ゼロの壓倒的悠久の正義を世界に理解させることだ。

「ああさうだったのか!尖閣では最初の1534年から琉球職員がチャイナ使節船を案内し、秀吉家康の朱印船は縱軸横軸で尖閣を航行し、1600年頃に日本が作った精確な尖閣地圖は十九世紀半ばまで世界最尖端であり續け、1604年にはグロチウスが尖閣西方海防線を主題として國際法を創始し、1617年には三浦按針がチャイナを避けつつ尖閣を航行し、同年には尖閣の西側入口の馬祖列島で日明間和平合意も成り、1660年には尖閣附近で坐礁したオランダ貨物を薩摩が運んで長崎奉行から出島オランダ商館に引渡し、1719年と1800年には琉球職員が馬祖列島から早くもチャイナ使節の水先案内をして尖閣に導き、1795年には「釣魚臺」が和訓「いを」で讀まれ、1819年には琉球王族が尖閣で公式上陸調査し、1845年には八重山航海士がイギリス人を尖閣に案内し、1867年には歐洲製地圖で尖閣の西側に國境線が引かれ、明國清國は最初から最後まで尖閣と臺灣北方諸島とを混同したままで、釣魚臺を臺灣北方諸島の西側に置くチャイナ史料が歴代の半數を占め、1461年から1872年までずっと尖閣の遙か西方にチャイナ國境線を引いてゐて、1403年のチャイナ尖閣史料は實は琉球人に教はって1573年以後に編まれたに過ぎず、臺灣の地誌に出現する釣魚臺は尖閣ではない別の島であり、琉球風水思想では首里を中心として尖閣を外縁とし、臺灣の風水は基隆から南に伸びるが尖閣へは伸びず、、、、とにかくあらゆる史實が、1895年日本編入の正義に向かって動いてゐたのだ!今悟った!」
世界がさう氣づけば九割の支持を得て尖閣常駐できる。國際法とか軍事とか地政學とかのチャチな話ではない。


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