- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 


内閣官房領土室委託、尖閣資料調査事業。
事業の特別研究員を二年間つとめて、
現在第三年度です。
平成29年度の調査報告書が、遲れたものの
本日發表されることになりました。
勿論私も參劃してゐます。
九月十四日午前十時半から公表され、
そのまま記者説明となります。
極めて重大な資料が含まれてゐます。
私は國外にゐるため、これにつき電話取材を
受けることはできませんが、
電子メールでの取材は受け附け、
特別研究員個人として發言します。
私の發言は全く政府公式見解に
關はるものでないことを事前に言明しておきます。
電子メール宛先は
ishiwi@n-junshin.ac.jp
です。
senkaku官房背景



British Association for Chinese Studies (BACS)
Annual Conference, King’s College London, Strand Campus,
ISHIWI, Nozomu, S2.28 room, 13:30 p.m. 13th September 2018 
Title:
"Compare the Senkaku sea area in two kinds of East India maps"

Hand-out (52 pages) link:
https://www.researchgate.net/publication/327643355
please download!
page1_20180913presentation


abstract link:
DOI: 10.13140/RG.2.2.36525.74725

cenference links: 


https://www.kcl.ac.uk/events/event-story.aspx?id=a010ae88-e92a-42dd-b231-d6e1f74c0138
.
http://bacsuk.org.uk/conferences/annual-conference

.

sekihei石平表紙4
石平表紙撮影4

http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594077730
『中国が反論できない 真実の尖閣史』
石平 (著), いしゐのぞむ (史料監修)    ¥ 1,512(税込)


表紙7


いしゐのぞむ 所屬等リンク

長崎純心大學
http://www.n-junshin.ac.jp/univ/guide/teachers/hikaku_teachers/ishii_nozomu.html
http://www.n-junshin.ac.jp/univ/guide/jinbun/hikaku/hikaku_zemi.html
http://www.n-junshin.ac.jp/univ/information/gakka/hikaku_news/post_363.html
 (↑リンク下方に短文)

笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター(資料調査委員)
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/

日本安全保障戰略研究所(研究員)
http://www.ssri-j.com/SSRIresearcher.html
http://www.ssri-j.com/

平成28-29年度内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。

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尖閣關聯著作等目録  少しづつ修正します。

【自著】

〔平成三十年〕
談話連載「尖閣大航海時代」毎週日曜。八重山日報第六面。

〔平成二十九年〕

「乙未丙申東方學雜録六首」平成29年2月、『純心人文研究』第23號。
http://ci.nii.ac.jp/naid/120006320841

「尖閣海域史辨妄」平成29年3月、純心大學院『人間文化研究』第15號。

〔平成二十八年〕

『八重山日報』連載「歐洲史料尖閣獺祭(だっさい)録」。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
第一囘 一月十四日(木曜)第六面最も早い「釣魚嶼」地圖 琉球と同じ色~~西暦千七百五十二年 ダンビル「アジア圖第二部分」(フランス)
第二囘 一月十六日(土曜)第三面島名「Tiao-yu-su」(釣魚嶼) 幕府統治の貫徹を示す~~西暦千七百五十一年 ゴービル『支那名琉球諸島嶼誌』(フランス)
第三囘 一月二十一日(木曜)第四面。ラペルーズ説「尖閣まで琉球」 シュティーラー境界線の起源~~西暦千八百四年 シュティーラー「支那圖」(ドイツ) 
第四囘 一月二十六日(火曜)第四面。長崎に唯一通商 オランダ船は尖閣を知らず~~西暦千七百五十三年 コイレン「フォルモサ日本間水路圖」(蘭)
第五囘 一月二十八日(木曜)第四面。フランス官製年鑑の人文的分類 尖閣は太平洋、チャイナはアジア~~西暦千八百年 經度局『星候須知』(フランス)
第六囘 二月二日(火曜)第四面。フランス官製年鑑 チャイナと非チャイナとを同一欄で對比~~西暦千八百七年、二十年 經度局『天候須知』(フランス)  
第七囘 二月四日(木曜)第四面。やっと見つけた 經緯度表に「尖閣は臺灣の島」 と思ったら糠喜び~~西暦千八百三年 ボーデ『通用輿地指南』(ドイツ) 
第八囘 二月九日(火曜)第四面。ラペルーズ以後の新認識 尖閣は琉球に屬す ロンドンでも流布開始~~西暦千八百八年 クラットウェル『世界各地名新辭典』(英)
第九囘 二月十一日(木曜)第四面。シュティーラーの地理學社 尖閣はチャイナか 目を凝らせば……~~西暦千八百十二年 ツァハ『通用地理星暦』(ドイツ) 
第十囘 二月十六日(火曜)第四面。チャイナの澎湖 チャイナ沿岸の尖閣 臺灣附屬島嶼説を否定~~西暦千八百十三年 ヴォスジェン『詳説世界新地理辭典』(フランス)  
第十一囘 二月二十一日(日曜)第四面。經緯度表に尖閣は琉球と明記、ポルトガル國王も採用~~西暦千八百十五年 リスボン科學院『天文萬年暦表』(ポルトガル) 
第十二囘 二月二十三日(火曜)第四面。ウェブスターの競爭者、辭書の處女作、尖閣は琉球諸島に屬す~~西暦千八百十七年 ウスター『古今世界地名辭典』(米) 
第十三囘 二月二十五日(木曜)第四面。尖閣は琉球諸島に屬す、百科全書も採用開始、ブリタニカと競合~~西暦千八百十九年 リース『世界學藝百科全書』(英)  
第十四囘 三月一日(火曜)第四面。米國地理學の父も、尖閣は琉球に屬する、英國から普及~~西暦千八百二十一年 モース『世界地名新辭典』(米)  
第十五囘 三月三日(木曜)第四面。澎湖はチャイナ、尖閣は支那海、分かれたチャイナの内と外~~西暦千八百二十一年 ブルイニング『通用地理辭典』(蘭)  
第十六囘 三月八日(火曜)第四面。シュティーラーの地理學社、總力結集の地誌、尖閣は琉球王治下~~西暦千八百二十二年  ガスパリ『最新地理指南全書』(ドイツ)  
第十七囘 三月十日(木曜)第四面。渡邊華山・高野長英、蠻社の獄に直結した地理書、尖閣は琉球~~西暦千八百二十三年 ルーランスゾーン『最新通用地理辭典』(蘭)
第十八囘 三月十五日(火曜)第四面。チャイナを避けて尖閣を探査 後の水路誌の基本となる~~西暦千八百四十五年 ベルチャー『サマラン艦航海録』(英)
第十九囘 三月十七日(木曜)第四面。英軍水路志への前奏曲、乏しい琉球情報の中で、次第に尖閣は琉球へ~~西暦千八百五十二年 イギリス東印度會社『印度志』第六版(英)
第二十囘 三月二十二日(火曜)第四面。英軍水路志への前奏曲、乏しい琉球情報の中で次第に尖閣は琉球へ(其二)~~西暦千八百三十六年 イギリス東印度會社『印度志』第四版(英)
第二十一囘 三月二十四日(木曜)第四面。八重山人が水先案内した尖閣、英軍水路志初版、臺灣附屬に非ず~~西暦千八百五十五年、ローニー『支那導航書』(英)
第二十二囘 三月二十九日(火曜)第四面。水路志第三版、「may be琉球」から、八重山附屬に向かふ中間形~~西暦千八百六十一年 キング『支那導航書』(英)
第二十三囘 三月三十一日(木曜)第四面。英軍水路誌から、明治の和譯、前提は清國領土を避けた記録~~西暦千八百七十三年 柳楢悦『臺灣水路志』(日) 
第二十四囘 四月五日(火曜)第四面。英軍水路誌から抽出、尖閣と臺灣とを區別、しかしチャイナなのか~~西暦千八百五十七年 地圖海圖總局『水路紀要』(フランス)
第二十五囘 四月七日(木曜)第四面。尖閣はチャイナ沿岸の内か外か、チャイナ政府が惡用する虞れ~~西暦千八百六十一年 『商船雜誌』リクルート艦報告(英)
第二十六囘 四月十四日(木曜)第四面。大漢學者も採用、尖閣は臺灣なのか、わざわざ附屬外に別記~~西暦千八百六十三年 衞三畏『支那貿易指南』第五版(英)
第二十七囘 四月二十一日(木曜)第四面。無主地の歴史、尖閣は臺灣附屬に非ず、「八重山との中間」と明記~~西暦千八百六十四年 キング『支那導航書』第四版(英)
第二十八囘 四月二十六日(火曜)第四面。英軍水路誌の漢譯 歴史と無縁の宛て字 尖閣はバシー諸島と同卷~~西暦千八百七十四年 キング原著、漢文『海道圖説』(清)
第二十九囘 四月二十八日(木曜)第四面。太平洋に尖閣を記載 臺灣チャイナを含まず 英軍水路誌の理解法~~西暦千八百七十年 ロッサー『北太平洋導航書』(英)
第三十囘 五月三日(火曜)第四面。琉球人が尖閣に導く記録、初めて英國に紹介、英軍水路誌を參照~~西暦千八百七十一年 李鼎元『使琉球記』 衞三畏英譯(米)
第三十一囘 五月十日(火曜)第四面。尖閣の西側に最古の國境線、英軍水路誌にもとづく、臺灣附屬とせず~~明治元年 シュティーラー圖册「支那高麗日本圖」(ドイツ)
第三十二囘 五月十四日(土曜)第四面。臺灣の東北の尖閣 またも殘念 宮古八重山諸島だった~~西暦千八百七十三年 英軍水路局『支那海誌』初版(英)
第三十三囘 五月十七日(火曜)第四面。太平洋誌に琉球八重山宮古尖閣あり、臺灣チャイナ誌に尖閣無し~西暦千八百七十年 フィンドレー『北太平洋針路誌』第二版(英)
第三十四囘 五月十九日(木曜)第四面。宮古八重山も臺灣東北諸島、内に尖閣あり、臺灣附屬の外 ~西暦千八百七十八年 フィンドレー『印支日本航路誌』第二版(英)
第三十五囘 五月二十四日(火曜)第四面。太平洋の島々として、琉球八重山宮古尖閣あり、臺灣なし ~西暦千八百八十六年 フィンドレー『北太平洋針路誌』第三版(英)
第三十六囘 五月二十六日(木曜)第四面。歴史戰に勝てるのか、八重山及び臺灣の外の無主地、日清開戰の年 ~西暦千八百九十四年 海軍水路部『日本水路誌』(日)
第三十七囘 五月三十一日(火曜)第四面。 東インド會社の一言、引用者は「尖閣は琉球」と理解した ~西暦千八百二十一年 ボウディッチ『米國實用導航録』第五版(米)
第三十八囘 六月二日(木曜)第四面。 米軍水路局公式改訂でも、尖閣は琉球の内、四頁を隔てて臺灣 ~西暦千八百八十三年 ボウディッチ『米國實用導航録』公訂版(米)
第三十九囘 六月七日(火曜)第四面。 國吉まこも大發見、政府委託調査に採用、英軍の「臺灣東北」 ~西暦千八百九十三年 日清往復胡馬島公文(清)
第四十囘 六月十日(金曜)第四面。 ラペルーズの尖閣、シュティーラー圖の琉球欄、中間を繋いだのは ~西暦千八百一年 ガスパリ『通用地理星暦』第七册(ドイツ)
第四十一囘 六月十四日(火曜)第四面。 世界周航、北の提督の海路誌、臺灣附近に非ず、宮古八重山の内 ~西暦千八百二十七年 クルーゼンシュテルン『水路叢録』(露)
第四十二囘 六月十六日(木曜)第四面。 「尖閣は八重山」、フランスも後れを取らず、臺灣東部も清國外 ~西暦千八百二十九年 キリアン版『萬國地理辭典』(フランス)
第四十三囘 六月二十一日(火曜)第四面。 歐洲各國製の地誌に尖閣あり。文化の國イタリアも例外ならず ~西暦千八百二十九年 アントネッリ版『萬國地理辭典』(伊)  
第四十四囘 六月二十三日(木曜)第四面。 久場島はカントン沿岸、魚釣島は東支那海、五島は太平洋 ~西暦千八百二十七年 ホークス『米國必備』(米)
第四十五囘 六月二十八日(火曜)第四面。 永田町で公表、直接的に尖閣は日本、八重山歸屬問題の消滅を示す ~西暦千八百九十五年、チザム氏『ロングマン世界地名辭典』(英)
第四十六囘 六月三十日(木曜)第四面。 ドイツ製の地誌情報を逆輸入、尖閣は琉球、琉球は日本と同じ ~西暦千八百三十年、ラングロワ『普通近代地理新萬國辭典』(フランス)
第四十七囘 七月五日(火曜)第五面。 「尖閣は八重山」、ブリュッセルの雜版にも普及、臺灣東部も清國外 ~西暦千八百三十年 某地理學社『萬國地理辭典』(ベルギー)
第四十八囘 七月七日(木曜)第四面 未完成の大百科、完成部分に有った、尖閣は八重山に屬する ~西暦千八百三十二年 エルシュ等『綜合學藝百科全書』(ドイツ)
第四十九囘 七月十二日(火曜)第五面 忘れられたハンブルクの航海教本、琉球に屬す、普遍的知識 ~西暦千八百三十二年 『航海術學校用船客手册』(ドイツ)
第五十囘 七月十四日(木曜)第四面 ゴータ地理學社、人文的認識、尖閣海域を宮古八重山につなぐ ~西暦千八百三十五年 シュティーラー『世界各地圖手册』(ドイツ)
第五十一囘 七月十九日(火曜)第五面 蠻社の獄に遭遇、幻の蘭書、尖閣は宮古八重山の内 ~西暦千八百三十八年 ニューエンハウス『通用學藝辭典』(蘭)
第五十二囘 七月二十一日(木曜)第四面 ゴータ地理學社、インターネット公開、尖閣海域は八重山 ~西暦千八百三十一年 シュティーラー『世界各地圖手册』(ドイツ)
第五十三囘 七月二十六日(火曜)第五面 厦門島・金門島・澎湖・臺灣は福建内、琉球・尖閣は東支那海 ~西暦千八百四十四年 『ゲーラー氏物理學辭典』(ドイツ)
第五十四囘 七月二十八日(木曜)第四面 尖閣海域は八重山海域に繋がる、學校教材としても歴年刊行 ~西暦千八百四十年 シュティーラー『學校用世界圖册』(ドイツ)
第五十五囘 八月二日(火曜)第五面  謎のハープ島は尖閣だったのか、今こそ謎解きに挑む ~西暦千六百九十年 フィッセル『東印度諸島新圖』(蘭)
第五十六囘 八月四日(木曜)第四面  尖閣坐礁の貨物、幕府が引渡し、トリシマの歴史が繋がった ~西暦千六百六十一年 『ゼーランディア城日誌』(蘭)
第五十七囘 八月九日(火曜)第五面  オランダ人は坐礁で尖閣を知った、トリシマは與那國島に非ず ~西暦十七世紀後半 フィッセル『簡明小地圖册』(蘭)
第五十八囘 八月十一日(木曜)第四面  宮古八重山諸島の内、シュティーラーの地理學社から普及した認識 ~西暦千八百四十五年 ピーラー『古今世界學藝百科全書』(ドイツ)
第五十九囘 八月十六日(火曜)第五面  泰斗の名を冠し、尖閣は八重山の内、ドイツの地理學系列情報  ~西暦千八百四十七年 『リッター地理情報百科全書』(ドイツ)
第六十囘 八月二十三日(火曜)第五面  長崎出島から放逐、尖閣は琉球と認識、入試にも出るあの人物 ~西暦千八百五十二年 シーボルト「琉球諸島經緯度表」(ドイツ)
第六十一囘  八月二十六日(金曜)第四面。  遠くグラスゴーの出版社も、八重山に尖閣を含む ~西暦千八百五十六年 フラートン社『世界地名地理辭典』(英)
第六十二囘 八月二十七日(土曜)第五面 マヤカ島は宮古八重山だった、明治政府は尖閣主權を憂慮せず ~西暦千八百八十三年 『レッツ氏通俗地圖册』(英)
第六十三囘 八月三十日(火曜)第五面  マヤコ、マジカ、マヤカは宮古八重山の變形、尖閣にあらず ~西暦千八百五十九年 フラウエンフェルト「ノヴァーラ艦記」(墺)
第六十四囘 九月一日(木曜)第四面 尖閣・硫黄鳥島・伊良部島・八重山など全て支那、しかし臺灣の外 ~西暦千八百六十四年 『世界主要地名一覽字母索引』(英)
第六十五囘 九月六日(火)第五面  尖閣も與那國島も、ともに支那の内、元禄國繪圖を市役所に掲げよう ~西暦千八百六十六年 『插圖最新世界地理歴史辭典』(スペイン)
第六十六囘 九月八日(木)第四面 科學探査記の目次も、臺灣附屬の外、英軍水路誌の系譜に屬す ~西暦千八百六十八年 コリンウッド『博物家漫歩支那沿岸』(英)
第六十七囘 九月十三日(火)第五面 來琉軍人の經緯度表、英國航路學の權威となる、尖閣は八重山 ~西暦千八百五十七年 レイパー『實踐天文航海術』第六版(英)
第六十八囘 九月十七日(土曜)第五面  慶應年間に尖閣西方國境線、年代を更に引き上げ、ドイツ製地圖  ~西暦千八百六十七年 『シュティーラー氏世界圖手册』(ドイツ) 
第六十九囘 九月二十日(火)第五面  尖閣を琉球としたシュティーラー圖、索引本で尖閣八重山は支那  ~西暦千八百四十年 メラー『地理情報指南辭典』(ドイツ)
第七十囘 九月二十四日(土)第五面  またも釣魚嶼は支那の島、日本敗れたか、虚構戰に沈黙いつまで ~西暦千八百六十九年 ホフマン『世界民族國情百科全書』
第七十一囘 九月二十七日(火)第五面  釣魚はChogyoが先に出現、歐米に普及せず、危機的現状 ~西暦千九百一年 吉原重康「琉球弧の地質構造」(日)
第七十二囘 九月二十九日(木)第四面 マヤコの名は獨・蘭にも到達 ~西暦千八百六十五年 益智社『家庭用八十幅地圖册』(英) ~西暦千八百七十八年 ヘルワルト『世界民族地誌』(ドイツ)
第七十三囘 十月四日(火)第五面 更にマヤコ島、マイコ島、植物や種族にマヤカあり、尖閣と無縁  ~西暦千八百八十一年 『自然雜誌』(ドイツ)
第七十四囘 十月六日(木)第四面  臺灣から伸びる島々、探檢家ラペルーズの前と後、尖閣は如何 ~西暦千八百二年 ワルヒ「南洋豪洲並びにポリネシア諸島圖」(ドイツ)
第七十五囘 十月十一日(火)第五面  無主指定域に尖閣、シュティーラー系列、同時代の島津齊彬も ~西暦千八百五十二年 ワイマール地理學社『ハンド・アトラス』(獨)
第七十六囘 十月十四日(金)第四面 奄美、沖繩、宮古、尖閣、八重山の順で記述、支那帝國に含まず ~西暦千八百六十九年 オッテルロー『通用歐外津海志』(蘭)
第七十七囘 十月十八日(火)第五面 「釣魚臺」は日本名である 最古のローマ字は日本漢字音だった  ~~ 西暦千八百三十二年 クラプロート譯『三國通覽圖説』(フランス)
第七十八囘 十月二十日(木)第四面  諸外國が安全を保障、チャイナは恩を受ける、尖閣圖にも反映  ~西暦千八百七十四年 ギヨー『文法學校地理』(米)
第七十九囘 十月二十五日(火)第五面  愛國者田代安定が驚愕、マイコ島喪失の危機、國吉氏尖閣防衞説 ~西暦千八百七十五年 フォンペルテュ「維新日本」(フランス) 
第八十囘 十月二十七日(木)第四面 尖閣琉球日本は桃色、清國に派兵要請、八重山が北朝鮮となる危機 ~西暦千八百七十五年 ルヴァッソール「ポリネシア專域圖」(フランス)
第八十一囘 十一月一日(火)第五面 尖閣をかこむ各地の情報源、海防線が有った、驚愕の新知見其一  ~西暦千六百二年 マテオリッチ『坤輿萬國全圖』(イタリア) 
第八十二囘 十一月三日(木)第四面 尖閣をかこむ各地の情報源、海防線が有った、驚愕の新知見其二 ~西暦千五百九十五年 謝杰『虔臺倭纂』(明國) 
第八十三囘 十一月八日(火)第五面 尖閣をかこむ各地の情報源、海防線が有った、驚愕の新知見其三 ~西暦千六百四年 徐學聚『初報紅毛蕃疏』(明國) 
第八十四囘 十一月十日(木)第四面 堺事件の軍艦、香港から尖閣へ、『八十日間世界一周』の航路か~西暦千八百六十九年 トゥアール『デュプレ艦紀行』(フランス)
第八十五囘 十一月十五日(火)第五面 ノーチラス號『海底二萬里』の讀者に情報提供、尖閣は琉球に屬す~~西暦千八百七十八年 ベルヌ『十八世紀大航海家傳』(フランス)
第八十六囘 十一月十七日(木)第四面 惜しくも尖閣を使はず、ラペルーズ録とシュティーラー圖に着想 ~~西暦千八百八十八年 ベルヌ『十五少年漂流記』(フランス)
第八十七囘 十一月二十二日(火)第五面 尖閣所在の東支那海を公海として、取り捲く國家の領海が有った ~西暦千六百四年、韋麻郎(ウィブラント)紀行(蘭)
第八十八囘 十一月二十四日(木)第四面  澎湖に蘭船初來航時の領海概念、三百年後も尖閣はチャイナの外  ~西暦千八百八十年 ソネンシャイン『浮彫り全世界地圖册』(英) 
第八十九囘 十一月二十九日(火)第五面  幻影の日蘭聯合の恐怖、長崎二十六聖人の遺言は尖閣だった ~西暦千五百九十七年、宣教師マルティノ遺言(スペイン)
第九十囘 十二月十三日(火)第五面  國際法は決着濟み、主戰場は歴史戰だ、日本人は方向轉換できるか ~西暦千八百八十一年 ラブルー「日本通信」(フランス)
第九十一囘 十二月十五日(木)第四面  シュティーラー系列、またも尖閣の西に線、臺灣東岸は清國線外  ~西暦千八百八十一年 バーソロミュー「支那帝國並日本圖」(英)
第九十二囘 十二月二十日(火)第五面  米艦搭載の無人潛水機、チャイナが強奪、艦名に尖閣の記憶あり  ~西暦千九百十四年 ボウディッチ『實用導航録』(米)
第九十三囘 十二月二十二日(木)第四面  歐米の學會で道場破りせよ、地勢も風水も歴史戰の武器となる ~西暦千八百八十四年 マルタン等『世界地理新辭典』(フランス) 
第九十四囘 十二月二十七日(火)第五面 日清開戰の年、英國書またも尖閣を八重山に、史料戰は今始まった ~西暦千八百九十四年 ロッサー『實用導航測天大全』(英)
第九十五囘 十二月二十九日(木)第四面 日清戰前と戰後、界線は尖閣の西から移動、そして臺灣獨立へ ~西暦千八百九十五年 バーソロミュー「支那日本高麗專域圖」(英)
第九十六囘 平成二十九年一月五日(木)第五面 英軍水路誌の清國譯本曰く、「尖閣は近からず」、詳細は削除濟み  ~~西暦千九百年 陳壽彭『江海險要圖志』(清國)
第九十七囘 一月八日(日)第四面  臺北はTai「b」ei、チャイナ式羅馬字、尖閣は「Japan」 ~西暦千九百六十七年 官製『世界圖册』(ソビエト)
第九十八囘 一月十日(火)第五面  スペインとオランダ、臺灣一大島認識への道程、尖閣を認識できず  ~西暦千五百九十七年 コロネル氏製ルソン臺灣圖(スペイン)
第九十九囘 一月十二日(木)第四面 福建人の認識、尖閣航路は錯綜、德川家康が眞田幸村を追った  ~西暦十七世紀初葉 無名氏作セルデン圖(オックスフォード藏)
第百囘 一月十四日(土)第八面 家康も愛玩したか、朱印船海圖に尖閣の精確な位置、明國に秘匿 ~西暦十六世紀末以後 「盧高朗圖」「比呂宇土Pilot」(日)



「漁權不等於主權、兼論釣魚台漁業史的最早紀録」、石井望、一月二十九日、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)。
http://www.peoplenews.tw/news/b80c0b38-63f4-41db-9cab-d4fbee28dd47

「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第三囘「ラペルーズ説、尖閣まで琉球、シュティーラー境界線の起源、西暦千八百四年 シュティーラー支那圖、ドイツ」、『八重山日報』平成二十八年一月二十一日第四面。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
http://senkaku.blog.jp/2016012053050352.html

「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第二囘「島名Tiao-yu-su(釣魚嶼)、幕府統治の貫徹を示す」、『八重山日報』平成二十八年一月十六日第三面。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
http://senkaku.blog.jp/20160121.html

「歐洲史料尖閣獺祭録」連載第一囘「最も早い釣魚嶼地圖、琉球と同じ色、西暦千七百五十二年、ダンビル、アジア圖第二部分、フランス」、『八重山日報』平成二十八年一月十四日第六面。
http://www.shimbun-online.com/latest/yaeyamanippo.html
http://senkaku.blog.jp/2016011552668451.html

「外交部公布釣魚台十大事實、日本學者指為虚構」、石井望、一月十日、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)。
http://senkaku.blog.jp/2016011152329234.html

〔平成二十七年〕


「假歷史又來了中國發現南海諸島兩千年說之闢謬」、石井望、1222日、
民報文化事業公司『民報』(インターネット版)。
http://www.peoplenews.tw/news/e226b0f0-698c-48c7-b914-17da65230fe4
http://www.msn.com/zh-tw/news/other/%E5%81%87%E6%AD%B7%E5%8F%B2%E5%8F%88%E4%BE%86%E4%BA%86%E3%80%8C%E4%B8%AD%E5%9C%8B%E7%99%BC%E7%8F%BE%E5%8D%97%E6%B5%B7%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E5%85%A9%E5%8D%83%E5%B9%B4%E3%80%8D%E8%AA%AA%E4%B9%8B%E9%97%A2%E8%AC%AC/ar-BBnNMe3
https://tw.news.yahoo.com/-043526033.html

「投書、石井望、日本後新安保法時代、世界局勢轉換驚速!
」、石井望、十二月四日、天下雜誌社『天下雜誌・獨立評論』(インターネット版)
http://opinion.cw.com.tw/blog/profile/52/article/3600

「チャイナ尖閣特設サイトに反駁する」、いしゐのぞむ、『島嶼研究ジャーナル』第五卷第一號。十一月三十日。第六十八至八十五頁。
http://www.naigai-group.co.jp/_2015/11/post-47.html
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/

「尖閣現代史料無効説」、いしゐのぞむ、霞山會『中國研究論叢』第十五號、第百二十九至百五十三頁、十月二十六日刊。

http://ci.nii.ac.jp/ncid/AA12099678

「琉球王朝はなぜ中華思想にゆさぶられたのか」、いしゐのぞむ、『日本戰略研究フォーラム季報』第66號、第三至七頁。十月一日刊。
http://www.jfss.gr.jp/kiho%20ok/kiho66/66-3page.htm

「200年前德國製圖大師施蒂勒的地圖:釣魚臺歸劃在琉球框線內」、いしゐのぞむ、10月3日、關鍵評論網公司『關鍵評論網』(インターネット版)。
http://www.thenewslens.com/post/222650/

「日教授、馬投書外媒談釣魚台歴史,錯了!」、いしゐのぞむ、8月27日、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)
http://www.peoplenews.tw/news/48d08d18-1282-45e1-982e-6f1ccebcade8

「日本學者:釣魚台既非清國領土,亦非歷史上的附屬島嶼,馬政府的主張喪失歴史合法性」(讀者投書)、いしゐのぞむ、8月24日、 關鍵評論網公司『關鍵評論網』(インターネット版)
http://www.thenewslens.com/post/208712/

「讀者投書、馬文革式歪曲釣魚台歴史」、いしゐのぞむ、8月18日、先驅媒體公司『新頭殼newtalk』(インターネット版)
http://newtalk.tw/news/view/2015-08-18/63602

「釣魚台風雲、台日學者觀點、陳永峰、石井望、日本觀點、投書、石井望、此釣魚台非彼釣魚台──駁《中時》馬總統投書」、いしゐのぞむ、八月十三日、天下雜誌社『天下雜誌・獨立評論』(インターネット版)
http://opinion.cw.com.tw/blog/profile/52/article/3197

「專文、洪秀柱女士引共黨見解、證釣魚台非清國屬島」、いしゐのぞむ、8月10日、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)
http://www.peoplenews.tw/news/ae8ebf90-104c-46b7-875e-8012c7443ffd
https://tw.news.yahoo.com/-084124531.html
http://hpc23498.pixnet.net/blog/post/83097066
http://hcplace.blogspot.jp/2014/04/blog-post_27.html
http://blog.xuite.net/uq12doriss3/blog/330923604

「讀者投書、洪秀柱引對岸釣島見解為哪樁?」、いしゐのぞむ、先驅媒體公司『新頭殼』(newtalk)、八月三日、インターネット版。

http://newtalk.tw/news/view/2015-08-03/63004

「尖閣歴史戰三周年、新史料次々に出現」上下、石井望、『八重山日報』七月十六日、二十一日、各第四面。
http://www.shimbun-online.com/

「尖閣の東西國境線を對比 清國勅任副大使の記録にまた新事實」上下、石井望、『八重山日報』五月十九日、二十一日、各第四面。  
http://archive.is/9JU87
https://archive.is/LhJx5

「尖閣胡馬島日清往復公文詳解竝雜録」、いしゐのぞむ、『長崎純心大學言語文化センター研究紀要』第四號、第六十二至百二十五頁、三月。
http://www.n-junshin.ac.jp/univ/research/LCC_Journal04_v2.pdf

「明治26年、尖閣渡航に異議なし――日清往復公文の共通認識」、いしゐのぞむ、『島嶼研究ジャーナル』4卷2號、三月。第102-113頁。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00007/
http://www.naigai-group.co.jp/_2015/04/post-41.html

「昭和44年の地圖は油田情報にもとづく、日本全勝の鍵は尖閣古史に在り」、石井望、『八重山日報』、三月二十四日、第五面。
http://senkaku.blog.jp/archives/25404582.html

「琉球尖閣近著雜録」、いしゐ のぞむ、『純心人文研究』 第21號、第232至187頁、三月。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020360401

「琉球國はチャイナ領土だったのか」、石井望、仲村覺編『さうだったのか沖繩』、示現社、二月二十八日、第百九至百三十頁。
http://www.amazon.co.jp/dp/4990578791
http://id.ndl.go.jp/bib/026189510
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB18578679

「中國釣魚島特設サイトの虚構を暴く」連載全十二囘、石井望、『八重山日報』、一月二十七日、二十九日、二月三日、五日、十日、十二日、十七日、十九日、二十四日、二十六日、三月三日、五日。各第五面。
http://bit.ly/1uwCMhT 第一囘
http://bit.ly/1uwCMhT 第一囘
http://senkaku.blog.jp/archives/21599087.html 第二囘
http://bit.ly/1vpCVK8 第三囘
http://senkaku.blog.jp/archives/22085555.html 第四囘
http://bit.ly/1CewRDR 第五囘
http://bit.ly/1DjTV5B 第六囘
http://senkaku.blog.jp/archives/22856491.html 第七囘
http://bit.ly/1zQDU0U 第八囘
http://bit.ly/1DLwhf0 第九囘
http://bit.ly/1DLwxL5 第十囘
http://bit.ly/1DLwRth 第十一囘。
https://archive.is/shtyB 第十二囘。


〔平成二十六年〕
「五百年の尖閣史を棄てた合意文書――公約違反を赦すなかれ」、石井望、『國民新聞』、平成二十六年十二月二十五日、第二面。
http://senkaku.blog.jp/archives/19452704.html
http://livedoor.blogimg.jp/ishiwi/imgs/e/2/e2eabaee.jpg

「(識者寄稿)日本の歴史的完敗か」、石井望、『八重山日報』第一面、十一月八日。
https://archive.is/1hIX3

「世界史的大事件を鳩山氏に問ふ――チャイナ線を突如三百キロ移動させるのか」、石井望、『八重山日報』第四面、十一月八日。
http://livedoor.blogimg.jp/ishiwi/imgs/c/1/c1119810.jpg

「尖閣最初の上陸記録は否定できるか-明治から文政に遡って反駁する」、いしゐのぞむ、『島嶼研究ジャーナル』4卷1號、十一月。第65-83頁。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00006/
http://www.naigai-group.co.jp/_2014/11/post-38.html

「歴史的チャイナ包圍網、不可缺の尖閣諸島」、いしゐのぞむ、 『夢・大アジア』創刊號、第百二十六至百三十一頁。集廣舍、平成二十六年十一月一日。
http://www.amazon.co.jp/dp/4904213238

「APEC尖閣喪失危機、愛國派の議員は疑惑を追究せよ」、石井望、『八重山日報』十月三十日、第五面。
https://archive.is/WpBxK
http://www.yaeyama-nippo.com/2014/10/30/%EF%BD%81%EF%BD%90%EF%BD%85%EF%BD%83%E5%B0%96%E9%96%A3%E5%96%AA%E5%A4%B1%E5%8D%B1%E6%A9%9F-%E6%84%9B%E5%9C%8B%E6%B4%BE%E3%81%AE%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%81%AF%E7%96%91%E6%83%91%E3%82%92%E8%BF%BD%E7%A9%B6%E3%81%9B%E3%82%88-%E7%9F%B3%E4%BA%95-%E6%9C%9B/

 「清國の釣魚臺は尖閣ではなかった!!」、石井望、『八重山日報』、五月三十日、三十一日、六月三日。各第五面。
http://www.shukousha.com/information/news/3172/

『尖閣反駁マニュアル百題』、集廣舍、計413頁。 五月二十八日。
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986

「デビッド・ヘリウェル、ぶつかり合ふ岩山、尖閣諸島と2册の航路案内書、附記」、いしゐのぞむ、『島嶼研究ジャーナル』3卷2號、自128頁、至137頁。五月。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00005/
http://senkaku.blog.jp/archives/4895632.html
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020111846

「尖閣諸島歴史問答、開拓の日に寄せて」、石井望、「八重山日報」一月十二日、十五日、十六日、十七日、十八日、二十二日、二十三日、二十四日、第4、5面、連載全八囘。


〔平成二十五年〕
「尖閣空島政策は軍備增強の陰謀だ」、石井望、「八重山日報」自十二月一日、至三日、第2、3面、連載全三囘。

「華夷秩序に無主の地あり、琉球、尖閣、くにのかたち」、いしゐのぞむ、「島嶼研究ジャーナル」3卷1號、自53頁、至74頁。十月。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00004/

「明治元年、尖閣の西に境界線あり」上下、伊井茂・石井望・赤染康久共著、『八重山日報』十月三日、四日、第3面。

「八重山の危機は眼前に在り、安倍内閣が尖閣を見捨てる」上下、石井望、「八重山日報」八月二十四日、二十五日、第5面。

「尖閣をまもる秘策あり」上下、石井望、「八重山日報」、六月十六日、十八日、第5面。

「新事實發見!日本の琉球・尖閣領有は中國も認めてゐた」、石井望、ブクログ社電子雜志「言志」11號、6月。
http://www.genshi-net.com/free_9_25.html

「琉球史新議、明は併合に公式に同意した」、石井望、「八重山日報」六月五日、六日、第5面。

「明代史料が示す海洋的文化圏、5月10日に記念行事を、琉球人が導いた尖閣航路」、石井望、『琉球新報』五月九日、第12面。
http://senkaku.blog.jp/archives/1453569.html

「前導者と記録者、東西二界の間にて、ニューヨークタイムズの邵氏の文に駁す」(嚮導者與執筆者,在東西兩界間~駁紐約時報邵氏文章)、いしゐのぞむ、島嶼資料センター「島嶼研究ジャーナル」2卷2號、自111頁、至127頁。四月。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00003/

「明の史料にみる海防の東限―尖閣のはるか西に列島線あり」、いしゐのぞむ、「島嶼研究ジャーナル」2卷2號、自136頁、至144頁。四月。
http://islandstudies.oprf-info.org/jp/journal/00003/

「チャイナの尖閣主張、繰り返す類型あり」、いしゐのぞむ、「日本戰略研究フォーラム季報」第56號、自第17頁、至第21頁、四月。
http://senkaku.blog.jp/archives/1453603.html
http://www.jfss.gr.jp/kiho%20ok/kiho56/17~21%20page.htm

「中國の尖閣領有權の妄説を撃つ」、石井望、日本會議『日本の息吹』四月(通卷305號、第八至九頁)、五月(通卷306號、第二十二至二十三頁)、六月(通卷307號、第十四至十五頁)、七月(通卷308號、第三十至三十一頁)、八月(通卷309號、第二十至二十一頁)、連載全五囘。
http://www.nipponkaigi.org/publication/details?id=209
http://www.nipponkaigi.org/publication/details?id=210
http://www.nipponkaigi.org/publication/details?id=211
http://www.nipponkaigi.org/publication/details?id=212
http://www.nipponkaigi.org/publication/details?id=213

「尖閣釣魚列島雜説七篇、籌海圖編の釣魚嶼は國外且つ海防外、朱印船の出逢った明國東限、日本人初の無主地認識二百八十年引き上げ、東湧補説、我對釣魚台列嶼主權爭議之看法、小東補説、馬英九檢出史料補説」、いしゐのぞむ、長崎純心大學『ことばと人間形成の比較文化研究』、自右第1頁、至46頁、三月。 
https://docs.google.com/uc?id=0B2MwcvRggQjpc0lScnduYmhUYkk
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/25825613.html
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I024345623-00

「尖閣釣魚列島雜説四首、尖閣漢文要點表、尖閣の東西兩界を導き渡った琉球の人々、順風相送は琉球人の航路だった、東西兩界之間嚮導者與執筆者駁紐育時報邵氏文章」、いしゐのぞむ、長崎純心大學「純心人文研究」第19號、自53頁、至80頁、二月。
https://docs.google.com/file/d/0B2MwcvRggQjpSnJWbkpHZ1ZwTVE/
http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN10486493



〔平成二十四年〕
「馬英九閣下、尖閣史料ご提供に感謝」、石井望、「八重山日報」自十一月二十六日、至十二月一日、第5面、連載全六囘。

「尖閣前史、無主地の一角に領有史料有り」、石井望、「八重山日報」自八月三日、至五日、及び七日、第2面、連載全四囘。 
(1) https://archive.today/Kv5HZ
(2) https://archive.today/Zp4V3
(3) https://archive.today/aTl3G
(4) https://archive.today/VGDLg

『和訓淺解、尖閣釣魚列島漢文史料』、いしゐのぞむ、長崎純心大學比較文化研究所、計251頁、三月二十六日。
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB09937668


〔平成二十三年〕  
「大印度小チャイナ説」、いしゐのぞむ、霞山會『中國研究論叢』第十一號、自第153頁、至第174頁。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40020117742/

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【報道など】
〔平成二十八年〕

「尖閣論文、總統選意識した政治利用、石井准教授が臺灣國民黨に反論」、一月十五日、産經新聞九州山口綜合第二十七面、インターネット版同日。
http://www.sankei.com/region/news/160115/rgn1601150038-n1.html
https://archive.is/HpApQ
https://archive.is/DYNRE
https://web.archive.org/web/20160122091043/http://www.sankei.com/region/news/160115/rgn1601150038-n1.html

〔平成二十七年〕
「尖閣は琉球の一部、明記、19世紀初頭ドイツ地圖」、十一月十六日、産經新聞九州山口綜合第二十四面、インターネット版同日。
http://www.sankei.com/region/news/151116/rgn1511160037-n1.html
http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/151116/lif15111611150005-n1.html
http://senkaku.blog.jp/archives/47909764.html

「日本插旗竊釣魚台?重大發現:清末報導指宮古島」民報文化事業公司『民報』(インターネット版)、9月25日。
http://www.appledaily.com.tw/realtimenews/article/new/20150926/699433/
https://archive.is/K6oUV
http://www.peoplenews.tw/news/e366ebad-366a-4448-b34b-9bffb61f3bd9

「保釣騙局?清國官員詩證:釣魚台為無主地不屬中國」、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)、9月22日。
https://tw.news.yahoo.com/-180259883.html
http://www.peoplenews.tw/news/1d1d1aec-f1c2-4905-a058-9ce36654cc33
http://m.appledaily.com.tw/realtimenews/article/new/20150922/696551/

「歐洲古圖為證:釣魚台自古不屬於中國」、民報文化事業公司『民報』(インターネット版)、9月18日。
http://www.peoplenews.tw/news/81c131d4-f7d5-48fc-9c26-b18421af86af
https://tw.news.yahoo.com/-120424193.html

「「尖閣領有」最古の地圖」、『朝日新聞』第四面、9月18日。
(インターネット版標題は「「尖閣は琉球の一部」記載の最古の地圖、1804年獨製」に作る)
http://www.asahi.com/articles/ASH9K44KLH9KUTFK009.html

「日本編入の80年以上前、尖閣諸島、日本領とした地圖發見」、長崎文化放送(テレビ朝日系列)「NCCスーパーJチャンネル」、七月三十一日十八時三十四分。

「歐洲の地圖、尖閣日本領明記、長崎純心大石井准教授が調査、日清戰爭以前、中國主張覆す資料」、六月二十四日、『産經新聞』九州山口綜合第二十五面、インターネット版同日。
http://www.sankei.com/west/news/150624/wst1506240018-n1.html
https://archive.is/suyhY
https://archive.is/pkIhc
https://archive.is/BY8c9


「尖閣の東西に國境線 無主地證明、清の漢詩」、『八重山日報』六月一日第一面。
https://archive.is/VIlE1

「尖閣上陸最古は琉球王族、長崎純心大の石井准教授が發表」、『八重山毎日新聞』五月十六日第一面。
http://www.y-mainichi.co.jp/news/27452/

「尖閣上陸、日本人最古か、石井望氏、1819年に琉球王族」、『八重山日報』五月十六日、第五面。
https://archive.is/FzRPh

平野聰「尖閣は前近代中國にとって航路標識にすぎない、尖閣關聯史料から見る中國の矛盾」、4月24日、ウェッジ社『Wedge Infinity』(インターネット版のみ、印本無し)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4920?page=3

「中國清王朝が尖閣諸島は日本領土と認めた公文書を發見」、小學館『週刊ポスト』四月十日號(三月三十日發賣)、第百六十四至百六十五頁。(リンクは部分のみ)
http://www.news-postseven.com/archives/20150331_312811.html

美根慶樹「中國・明時代の支配域は、古文獻に見る尖閣諸島の歴史的經緯」、三月二十八日、ワードリーフ社『The Page』(インターネット版のみ、印本無し)
http://thepage.jp/detail/20150328-00000001-wordleaf?page=2

「清國公文書、尖閣領有認識せず、外務省、中國主張覆す」、『産經新聞』三月二十四日、九州山口綜合第二十七面、インターネット版同日。
http://www.sankei.com/politics/news/150324/plt1503240018-n1.html
https://archive.is/ma5yQ


「西洋諸国も「尖閣は日本領」、石井氏研究、編入前から認識」、『八重山日報』インタビュー、平成二十七年三月十九日、第七面。
http://bit.ly/1bfis1B

「日本學者:清朝文書顚覆中國釣魚島論證」、『澳洲日報』、三月二十日、インターネット版。
http://www.1688.com.au/site1/wap/world/2015/03/20/1676073.shtml
http://web.archive.org/web/20150618052449/http://www.1688.com.au/site1/wap/world/2015/03/20/1676073.shtml
https://archive.is/FrSZs

「日本學者:清朝文書顚覆中國釣魚島論證」、『多維新聞網』、三月十九日、インターネット版。
http://global.dwnews.com/news/2015-03-19/59642255.html
https://archive.is/TW7Ul

「日本學者:清朝文書顚覆中國釣魚島論證」、『超級蘋果網新聞』、三月十九日、インターネット版。
https://news.powerapple.com/guo-ji/2015/3/19/2125426.html
https://archive.is/l7H2B

「中日較勁、對話喊話竝進」、『自由時報』、三月十六日、A12版。
http://news.ltn.com.tw/news/world/paper/863162
http://web.archive.org/web/20150329044027/http://news.ltn.com.tw/news/world/paper/863162
https://archive.is/vCntn

「尖閣領有、清國公文書は認識せず、長崎純心大准教授が確認、日清戰爭で強奪、中國の主張覆す」、『産經新聞』三月十二日、九州山口綜合第二十七面、インターネット版三月十五日。
http://senkaku.blog.jp/archives/24809848.html

『環りの海、竹島と尖閣、國境地域からの問ひ』、琉球新報・山陰中央新報共編、岩波書店刊、二月、第八十頁。
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB18148476

「尖閣は臺灣の一部…中國の稚拙なプロパガンダ、資料解釋、誤り多數」、『産經新聞』一月二十七日、九州山口綜合第二十七面、インターネット版二十九日。
http://www.sankei.com/region/news/150129/rgn1501290012-n1.html
http://senkaku.blog.jp/archives/28149319.html

「虚妄の史料で領有権主張、石井氏、中国サイト調査、尖閣問題、サイト新情報も無價値」、『八重山日報』一月十八日第六面。
http://bit.ly/1Gjab9w
http://livedoor.blogimg.jp/ishiwi/imgs/1/5/15cb5af7.jpg

〔平成二十六年〕
「中國主張ことごとく論破、尖閣反駁マニュアル發刊、石井望氏」、『八重山日報』六月十八日第四面。
https://archive.is/ZiorF

「歴史も日本主張を裏附け、尖閣有史480周年で講演、石井望氏」、『八重山日報』五月十二日、第一面。
https://archive.is/yUMx7

〔平成二十五年〕
九月二十九日「八重山日報」第1面、「歐洲でも尖閣は沖繩、明治元年のドイツ地圖に記載、西側に境界線」

九月二十二日「八重山日報」第1面、インタビュー「古地圖で強引な領有主張、石井准教授が反論、尖閣で中國」

六月四日、「八重山日報」第1面、「琉球侵攻、公式に容認、明皇帝が大赦、日本に歸屬、400年前に同意」

五月二十七日「長崎新聞」ローカル第12面、「中國の主張成り立たず、長崎純心大の石井准教授」

五月二十一日「八重山日報」第1面、インタビュー「中國の妄説打破、香港研究者ネットで流布、石井氏、清代の尖閣、無主地」

四月二十三日「山陰中央新報」第7面、「琉球新報」第13面、合同企劃「環(めぐ)りの海」第三部「絡み合ふ歴史」第25囘「領土編入以前」

三月十七日「八重山日報」第1面、「尖閣無主地、江戸時代に確認、領土編入の280年前、石井准教授發表」

一月二十三日「The Daily Yomiuri」第3面、「Chinese document contradicts Beijing's claim to Senkakus」

一月二十二日「産經新聞」第20面、「尖閣周邊は海防對象外、中國明王朝の歴史書に記述」 

一月二十二日「長崎新聞」第20面ローカル、「尖閣400年前は無主地、明の公式日誌に記述發見」 

一月二十一日「讀賣新聞」夕刊第12面、「尖閣400年前、明の支配域外、皇明實録に記載」

一月二十一日午後六時十七分、長崎文化放送(テレビ朝日系列)スーパーJチャンネル「尖閣は中國の外、400年前の資料發見」

一月二十一日午後六時四十七分、長崎國際テレビ(日本テレビ系列)ニュース・エブリデイ「中國は領有權主張も、尖閣は國外との史料」

〔平成二十四年〕
十二月二十四日「八重山日報」第4面、「尖閣東に琉球との境界線、新説、中國公式見解を否定」

十二月十八日「八重山日報」第4面、「強引命名で領有權宣傳、尖閣で中國、根據ない學説も使用」

石平『尖閣問題。眞實のすべて』、海龍社、平成二十四年十二月、第三十四至三十六頁。

讀賣新聞政治部『基礎からわかる日本の領土海洋問題』、中公新書ラクレ、平成二十四年十一月、第二十八頁。

十一月九日「八重山日報」第1面、「領有主張完全な誤り、中國が600年前から支配、石井氏學術的に反證」
http://www.yaeyama-nippo.com/2012/11/09/%E9%A0%98%E6%9C%89%E4%B8%BB%E5%BC%B5-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%81%AA%E8%AA%A4%E3%82%8A-%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%8C600%E5%B9%B4%E5%89%8D%E3%81%8B%E3%82%89%E6%94%AF%E9%85%8D-%E7%9F%B3%E4%BA%95%E6%B0%8F-%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%9A%84%E3%81%AB%E5%8F%8D%E8%A8%BC-%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%81%AF%E7%90%89%E7%90%83%E6%96%87%E5%8C%96%E5%9C%8F-%E3%81%A8%E6%8C%87%E6%91%98/

十一月五日「八重山日報」第4面、「清國史料また尖閣は國外、臺灣總統發見が逆證明、中臺の領有主張崩潰」

十月六日「八重山日報」第1面、「明國地圖、尖閣は國外、中國公式見解を否定、具體的反論を」

十月五日「佐賀新聞」第19面地域の話題、「明代から無主地、尖閣の歴史講演、石井・長崎純心大准教授」
http://www1.saga-s.co.jp/news/saga.0.2302730.article.html
https://archive.is/rrncK
https://web.archive.org/web/20121202202652/http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2302730.article.html

八月十五日、『讀賣新聞』第十二面「基礎からわかる尖閣諸島」・「他國支配ないと確認」。

八月一日「八重山日報」第1面、「尖閣を琉球と明記、中國の領有主張崩れる、明代の文書で判明」

七月十七日「産經新聞」第1面、「明代から領土、中國の主張崩壞、明上奏文、尖閣は琉球」


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【講演、口頭發表等】
〔平成二十七年〕
「尖閣前史小講」、石井望、内閣官房領土調整室、10月27日。


九月十七日、「明治20年の英國製尖閣地圖の新事實について」、自由民主黨本部、自由民主黨國際情報檢討委員會、配布資料「尖閣地圖戰及び歴史戰に100對0で勝つために」。
http://open.mixi.jp/user/1833966/diary/1947218093
http://www.asahi.com/articles/ASH9K44KLH9KUTFK009.html
https://drive.google.com/file/d/0B2MwcvRggQjpWDlselF3T2c5X1U/


三月二日、「琉球王國450年の嘘」、豐島區勤勞福祉會館、沖繩對策本部歴史戰講演會。
https://www.youtube.com/watch?v=UL0rXuwlFUI
https://www.youtube.com/watch?v=-2e5MUwkRGU
https://www.youtube.com/watch?v=sln_yaTa0TE
https://www.youtube.com/watch?v=WzJsjmQoX54
https://www.youtube.com/watch?v=KLG-dLFUjMY


〔平成二十六年〕
十一月二十九日、口頭發表(無題)、東京財團・中華人民共和國社會科學院日本研究所共催「東シナ海研究會」(東海論壇)、浙江海洋學院内會議室にて。

五月二十九日、口頭發表「劉江永氏所據諸史料に駁す」、「明國清國領域の自認限界線」、東京財團・中華人民共和國社會科學院日本研究所共催「東シナ海研究會」(東海論壇)、東京財團内會議室にて。
(發表概要を『純心人文研究』第二十一號「琉球尖閣近著雜録」に收録。)

五月二十五日ユーチューブ公開、「尖閣有史480周年記念講座」、チャンネル櫻沖繩支局にて。
https://www.youtube.com/watch?v=a-wNsD_F2Iw
https://www.youtube.com/watch?v=VKoJnhNWOyQ
https://www.youtube.com/watch?v=pARcQ4ci2R4


〔平成二十五年〕
十一月十九日午前、口頭發表(無題)、東京財團・中華人民共和國社會科學院日本研究所共催「東シナ海研究會」(東海論壇)、社會科學院日本研究所會議室にて。
(發表全文を『純心人文研究』第二十一號「琉球尖閣近著雜録」に收録。)

六月八日、シニア大學塾「明は尖閣は琉球の領土と認めてゐた!」、西南學院大學西南コミュニティーセンター(ユーチューブ有り)
https://www.youtube.com/watch?v=UdkzS12U4Mk
https://www.youtube.com/watch?v=jcggkYWXtMU
https://www.youtube.com/watch?v=gsu-7XQDYG4


五月二十七日放送、チャンネル櫻「新事實!日本の琉球領有は中國も認めてゐた」(五月二十四日ビデオ收録)
https://www.youtube.com/watch?v=kGDaomDfJ9o

五月二十六日午後二時、日本協議會・日本青年協議會長崎縣支部「尖閣諸島は本当に日本の領土か、日本と中國500年の眞實」、長崎市立圖書館多目的ホール(ユーチューブ有り)
http://www.youtube.com/watch?v=8_kbAJvpBOQ

四月十六日、インターネット西村幸祐放送局「尖閣の領有權主張は、文書僞造と年代サバ讀み」

四月十六日、インターネット西村幸祐放送局「孫崎享氏の尖閣論と『戰後史の正體』の正體」
https://www.youtube.com/watch?v=SGmNLwZyUOw

四月十一日、大和新聞社インターネット「長崎純心大石井望准教授に聞く、中國古文書が物語る日本の尖閣領有の正當性」
https://www.youtube.com/watch?v=ijJJelUopuI
https://www.youtube.com/watch?v=feAx5F4Ehco
https://www.youtube.com/watch?v=f9PxDS7m_fE
https://www.youtube.com/watch?v=NiBwkWOUfcA


三月二十七日、チャンネル櫻「尖閣が400年前から日本領土だった決定的な證據」

三月二十六日、日本戰略研究フォーラム「Key Note Chat 坂町」第52囘「中華思想の限界線、華夷秩序は尖閣に到達せず」(放送は五月九日チャンネル櫻「歴史上の第一列島線、尖閣の西300kmに和平ライン在り」、五月二十三日チャンネル櫻「インド、チャイナ、日本、琉球、釣魚嶼、文明圏からみる尖閣列島」上下囘)

三月二十三日、臺灣研究フォーラム(臺灣研究論壇)第百六十囘定例會「尖閣諸島問題、中國古文獻で證明する中國の主張の虚構」、文京區民會議室四階ホール(ユーチューブ有り)

二月十一日、インターネット西村幸祐放送局「尖閣が、江戸時代初期から無主地だった決定的な資料、發見!」

二月四日、キャノングローバル戰略研究所、北方領土問題研究會、研究報告「尖閣の西はチャイナの外、朱印船の出逢った明國東限」、同研究所會議室(配布資料あり)

一月二十八日、いしゐのぞむ主催史料説明會「尖閣の西はチャイナの外、朱印船が出逢った明國東限、最新報道」、アクロス福岡六百八號會議室(配布資料あり) 

一月二十三日、チャンネル櫻「中共の尖閣領有根據、皇明實録で完全崩壞」

一月二十一日、長崎縣廳記者クラブ、記者會見、配布資料あり。


〔平成二十四年〕
九月三十日、日本會議佐賀第一囘總會講演「尖閣は日本の領土、漢文史料が語る眞實」(配布資料あり)

七月二十七日、日本會議長崎主催會合講演、長崎市民會館第六第七會議室(配布資料あり)





著作等目録終

表紙7

BACS-logo


BACS Annual Conference
King’s College London, Strand Campus, 12-14 September 2018
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Duncan BARTLETT  
http://japanstory.co.uk/
 "The Information War Between China and Japan: Has there been a ceasefire in the Propaganda battle?"
Friday 14th September, 11:30-13:00 (new!), S3.32 room.
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Victor Pui Fung Law
(Department of Politics and International Studies, SOAS, University of London)
"The Queen (Victoria), Vegetables and Umbrellas-  The Emergence of the Localist Movement in Hong Kong since the 2000s" 
Panel 25, Friday 14th September, 9:00-11:00, K2.40 room.
Abstract:
Hong Kong (HK)-  once the  ‘Crown’s Last Jewel’-  was handed over to China in 1997.  Since then, it has been embroiled in rigorous debates over its relationship with  mainland China. According to a survey conducted by the Chinese University of HK in  June 2017, 30.2% of the population were dissatisfied with the state of ‘One-Country  Two Systems’  in Hong Kong (as opposed to 38.7% who were satisfied), with 11.4% supporting outright Independence after 2047. The emergence of the localist movement is a relatively recent development.  Localism first emerged about a decade ago (in the Star Ferry Pier and Queen’s Pier relocation disputes), grew in the 2010s through movements like the  ‘Defend the Tsoi  Yuen (Vegetable Farm) Village’  protests, and prospered after the Umbrella movement in 2014. There are numerous literatures on the topic, including Lo, ‘HK’s Indigenous Democracy’  and Kaeding,  ‘The Rise of  “Localism”  in HK’.  This paper seeks  to compliment those  works  by  analysing  the  movement  from  a  discursive  perspective.  It  would  employ  a  mixed methods approach combing content analysis  (of over 230,000 newspaper articles), elites’  interviews and participant observations. Given the scope of the presentation, this paper would focus primarily on the three critical junctures. It would analyse the emergence of the localist discourse in the pro- democracy movement in the late 2000s, its evolution in the 2010s, and its  consolidation (in becoming a major political cleavage) after the umbrella movement.  The presentation would conclude by producing a snapshot on the current state of the localist movement.
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ISHIWI, Nozomu, S2.28 room, 13:30 p.m. 13th September 2018 
Title:"Compare the Senkaku sea area in two kinds of East India maps"
DOI: 10.13140/RG.2.2.36525.74725
abstract link:

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Keynote Speakers:  Carrie Gracie (Former China Editor for the BBC) and Jie Yang (Associate Professor of Anthropology at Simon Fraser University).

The Lau China Institute is pleased to announce the Annual Conference of the British Association for Chinese Studies (BACS), to be held at King’s College London from 12th to 14th September 2018. The BACS Annual Conference is open to BACS members and non-members alike, welcoming participants from all countries.

https://www.kcl.ac.uk/events/event-story.aspx?id=a010ae88-e92a-42dd-b231-d6e1f74c0138
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http://bacsuk.org.uk/conferences/annual-conference
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八月二十八日締切。教科書檢定パブリックコメント送信濟み。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kentei/1407384.htm

第一に、日本史。今までの教科書では、琉球が日清兩屬となってゐますが、歴史學としては片面に過ぎません。清國が琉球を統治したことは一度も無く、一方で江戸時代の薩摩藩が琉球を統治した史料は膨大にあります。これは史學の共通認識です。よって日清兩屬は形式に過ぎません。琉球は日本の一部でした。
 また、清國との形式的兩屬を恥としたのは日本だけでなく、タイでも同じく、近代に至って清國への朝貢を恥として停止しました。また、琉球以外の各藩も近代的中央集權ではなく、半獨立的な緩やかな封建制でした。世界的にも中央集權は稀でした。よって琉球に對する幕府の統治がやや緩やかだったのは當然であり、琉球だけが獨立的だったといふ事實は存在しません。
 また、明確な日本の統治開始が遲かったのは奧州や北海道も同じであり、政治面では日本國の領土は神武天皇の時代には九州北部と山陽近畿だけでした。しかし文化面では千島列島から沖繩まで全て日本繩文文明でした。
 そもそも世界的に、國家といふ制度が成立してからわづか數千年に過ぎず、繩文文化よりも若いのが國家制度です。世界の國家は次第に領土を廣げました。日本も同じです。但し現代日本の領土だけは奇跡的に繩文文化の領域とほぼ一致してゐます。國家成立の歴史、日本の領土の歴史を全體として教科書に記述すべきです。琉球だけが日清兩屬だとか、琉球だけが獨立してゐたなどの虚僞の記述は、教科書檢定で排除すべきです。

第二に、漢文。漢文教育の衰退の原因は儒教偏重に在ります。漢文文明の多樣性は近年ますます研究で明らかになってゐます。多樣な漢文教材が教育に活用できます。百田尚樹氏が「漢文教育を廢止せよ」と主張したのは或る側面で正しいと思ひます。今のまま儒教だけの化石となった漢文教育では、百田氏を始めとして國民の幅廣い支持を得ることができません。漢文教育の多樣性を檢討する委員會を作り、基準を大幅に改定すべきです。その際に、「漢文教育學會」に主導權を與へると、ほとんど現状と變はらぬ結果になります。ウイグル研究、モンゴル研究、臺灣研究、チベット研究、東西交流史研究など、樣々な分野の叡智を結集して新たな漢文教育の基準を設けるべきです。

百田尚樹漢文

https://www.youtube.com/watch?v=byYQ6bnmu2I

http://billion-roppongi.com/exhibitions/current-coming/coming2/index.html

大河メコン漂流山本

山本皓一写真展&講演会
「大河メコン漂流」

2018年8月11日(土・祝)・8月12日(日)
展示:13時〜18時/入場無料
講演:17時〜19時
講演会費1500円(飲み物代とも)
講演会定員=先着各30名 予約受付中:Facebookメッセージ欄、またはメールsiltaki_23@nifty.com、電話=090-3332-5170山本まで日時指定でお申し込みください)

畏友の島本修二、渡辺達生さんらが主催するイベントスペース・ビリオンで急遽、写真展&講演会を開催することになりました。一昨年来4度に渡って放浪した メコン川周辺をテーマとした体験の中間報告会です。

「メコンで考えたこと」
この10年間ほどに3度のチベットやインダス、長江などを歩き、大河源流地帯を経験してから、どうやらメコンに取り憑かれたようだ。アマゾン、ミシシッピー、ナイルなど世界の大河の本流は概ね同一国内を流れている(ライン、ドナウなど欧州の川は除く)。

だが、メコン河だけは、チベット、中国雲南省をへてタイ、ラオス、ミャンマー、そしてカンボジア、ベトナムの7つの国と地域を4千数百キロにわたって流れる。インドシナ半島の諸民族、山岳少数民族など多くの雑多な人間たちが、言語、風俗、慣習など、それぞれの文化やアイデンティティ、歴史を超えて共存し、大河の恵みを均等に受けているのだ。もともとインドシナ半島は、中東諸国と同じように列強の植民地支配を経て、線引きされた国々だ。20世紀の世界戦争の後もポルポト時代の内戦による虐殺、ベトナム戦争、中越戦争、軍事クーデターなど殺戮の悲劇を繰り返した後の現在、新しい近代化の時代が始まっているのだ。
父親の世代の多くを「Killing Fields」で亡くしたカンボジアの国民平均年齢は約23歳、父祖の世代が犠牲になったベトナムのそれは約30歳と、大きな可能性を秘めた若い世代が国家形成の中心層だ。かてて加えて半島の食料自給率はとてつもなく高い。熱帯雨林の風土で、米は2毛作、メコンからは豊富な漁獲を得ている。子供が10 歳になると多くの親たちは投網を買い与える。メコンの河で投げれば魚が得られる。子供が生まれるとサトウ椰子とバナナの木を植える。共に成長するに従い、果実を実らせ、それで腹を満たせば飢え死にはしない。もっとも大事な「食べられる」という生きる権利を大自然によって保障されているのだ。

私個人の勝手な妄想だが、もし仮に某国と某国による核戦争や紛争が勃発し、世界の国々が巻き込まれ、破滅の道を余儀なくされたとしても、最終的に生き残れる地域は、このインドシナ半島ではないかと思っている。

雨季の終わり。水量を増し、激流となったメコンをスローな船で遡上する。沿岸のジャングルから吠え猿の叫び声を聴きながら、眼は両岸でのったりと草を食む野生のバッファローを眺めながらガラにもなく考えた。
私にとって、このメコン放浪の旅は己自身の「原点回帰」ではなかったか。
幼い頃から奇想天外な夢に憧れ、秘境に関して好奇心を目いっぱい募らせた結果が、写真家として実に雑多なテーマに取り組むことに繋がった。「まだ誰も見ていないものを撮りたい」この想いが結果として「目白の秘境・角栄密着」や「朝鮮半島」「日本や世界の国境」などの仕事に繋がったのかもしれない。

もちろん現在の地球は狭くなって「秘境」や「未知の被写体」は、そう多くはない。メコン流域にしても、このところ平和が続き、世界から多くの観光客が自由に往来できる時代になっている。だが、やはり私にとっては「秘境」のままなのだ。

すでに老骨に至り、足腰も弱ってきた。人生の黄昏に向かう今、少年の頃に夢想した、その想いがメコンに象徴されているのではないだろうか。私のメコン漂流はまだまだ続きそうな予感がする。

http://billion-roppongi.com/guide/about.html


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 朝日新聞。
朝日300626皇帝家康

朝日に書かれてゐない事。ヨーロッパでチャイナ皇帝はemperorとされる場合も多かったが、早い時期ではチャイナはRey(Roy=王)とされてゐた。
 また、ヨーロッパでroyと呼ばうがどうだらうが、漢字としては當時から長崎王、薩摩王などが普通だった。大名が王、琉球も王、同格なのである。琉球だけを王國と呼ぶのは歴史のウソである。
 歐洲に關心の無い私は、フランスの古地圖にチャイナをRoy-aumeとしてゐるのを見て、イギリスUnited Kingdomの單數みたいなものだらうと思って支那聯邦と譯したこともある。しかし多くの歐洲尖閣史料を目にする内に、チャイナが一つのRoy國だと分かった。RoyのチャイナよりもEmperorの日本が格上だった。昔或る學者が日本がempireでチャイナがroyといふ件について論文を書いた。誰だったか失念したのはご容赦頂きたい。
 勿論、漢字の王は歐文のRoy(king)だと決まってゐるわけではなく、漢字の琉球王をLord of Ryukyuと譯しても良い。帝・王とEmperor, Rey(roy,king)とは一對一に譯語が決まってゐるわけではない。歐洲で呼ばれたからどうといふわけではない。「歐洲で認められたから嬉しい」などと喜んではいけない。日本人はただ大きくそのまま日本人だ。
 何故日本がチャイナよりも格上だったか。明國は藩部(蒙古・西藏・新疆)を未だ侵掠せず、チャイナ本土及び長江以南だけでは、あまり大きくなかった。且つ地理的に精確な大きさも分からなかった。且つ文字文化(漢文)以外の文明度では日本が上だった。日本は六十六州と呼ばれ、かなり大きいイメージだった。日本は朱印船制度で東南アジアにも進出してゐたが、チャイナはそのやうな海洋覇權を持ってゐなかった。
 家康が皇帝で大名が王、長崎奉行長崎代官も王だといふのは史學の常識だが、まあ朝日がチャイナを除き部分的にでも載せたのは良いことだ。
關聯: 日葡條約。
 幕末の條約でもポルトガルが王、將軍はemperor。多分他の幕末條約も同樣だらう(presidentを除く)。幕府から見れば日本が格上だから、これが不平等條約だとは思はなかっただらう。關税自主權を喪失したといふが、關税を相手國と協議して決めるといふだけのことで、幕府側は不平等だと思はなかった筈だ。日本が歐洲に進出しても同じく協議できるつもりだったに違ひない。當初は日本が歐洲に進出するつもりではなかったのだらう。假に不平等だと分かってゐれば、幕閣は切腹するほどの大事だ。
 關聯:フェートン號事件で長崎奉行松平康英が切腹。
 幕末の治外法權も、唐人屋敷内で唐人が殺されたくらゐの意識で、「外國人が居留地内で自分で解決しろ」といふ程度の考へだったのではないか。今度勉強してみよう。