- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。電子メールishiwi@n-junshin.ac.jp (全角@を半角にしてご使用下さい)。 電話090-5084-7291。 日本安全保障戰略研究所研究員。


八重山日報談話連載「小チャイナと大世界」13。有料。

1887-1889Stanford_London_Atlas_Universal_Geography_合尖閣明治

 
スタンフォード
Stanford's London Atlas of Universal Geography二種。

上部の「Tiau-su」「Tia-yu-su」は尖閣。

 右は明治20年版、豪洲國家圖書館MAP-Ra186。

 左は明治22年版、ルブリン・カトリック大学A-365。  

 昨年來、幾度か公表して來た明治18年八重山情報戰だが、

http://senkaku.blog.jp/010509Majaaka.html

http://senkaku.blog.jp/2019121881757058.html

http://senkaku.blog.jp/2019121881757058.html

http://senkaku.blog.jp/020114.html

明治政府が明治18年に八重山を防衞する措置の結果、

明治二十年、イギリス製圖の尖閣八重山の西側に國境線が出現。

ビクトリア女王の50周年(Jubilee)に獻呈された。

この線は、それまでのシュティーラー圖と較べると、

http://senkaku.blog.jp/2017030469714502.html
http://senkaku.blog.jp/20160826stieler1867.html

http://senkaku.blog.jp/2016071863676758.html

http://senkaku.blog.jp/2016062862486551.html

http://senkaku.blog.jp/archives/1453620.html

明治20年版だけが極めて獨特である。

しかしスタンフォードは二年後の明治22年には

線を通常のシュティーラー圖と同じ形にしてしまふ。

明治20年のJubilee Atlasが如何に獨特だったか分かる。

正式な詳細は今日の八重山日報にて。

 以下關聯リンク。


Stieler切縮Hand-atlas_1867_石井平成29購入
 Stieler "Hand-atlas"  慶應三年(西暦1867)。いしゐのぞむ個人藏。尖閣の西側から臺灣東南側まで國境線。スタンフォード1887年圖と異なり、二年後のスタンフォード1889年圖とほぼ同じ。


Stanford's London Atlas of Universal Geography.」 1887年五月。

豪洲國家圖書館 MAP-Ra186

中表紙に、女王のJubileeに特別許可で獻呈と銘記。

https://nla.gov.au/nla.obj-230875671/view

https://nla.gov.au/nla.obj-230886248/view

https://nla.gov.au/nla.obj-230884901/view

 

 

Stanford's London Atlas of Universal Geography.」 1889年。

http://www.worldcat.org/oclc/62577265

http://www.worldcat.org/oclc/557993714

https://dlibra.kul.pl/dlibra/publication/edition/15065?id=15065&dirids=49&lp=39

http://dlibra.kul.pl/dlibra/docmetadata?id=15065&dirids=49&lp=39

  ポーランドCatholic University of Lublin公開djvu鮮明。



Stanford's Octavo Atlas of Modern Geography1894年。

 グーグルpdf108に尖閣の西の境界線。不鮮明。

中表紙に「女王陛下の地理学者」といふ王室御用達の認證あり。

https://books.google.de/books?id=SBFFAQAAMAAJ

https://catalog.hathitrust.org/Record/100576671

 


The Geographical Journal, 50

Royal Geographical Society.1917年第二號)。  

155ページにobituary(訃報) "edward stanford" 

1893222日にRoyal warrant(王室御用達)の證明。

https://www.jstor.org/stable/1779933

https://books.google.nl/books?id=5k-VAAAAMAAJ

 

 

スタンフォード地圖店の公式ページ。

....and in 1887 published Stanford’s London Atlas Of Universal Geography dedicated to Queen Victoria on the occasion of her Royal Jubilee. Still, it took a few years more for Edward Stanford II to receive his royal warrant as Cartographer to the Queen, in 1893.

http://www.stanfords.co.uk/our-history

 

 

In 1893, the firm acquired the Wyld business, their chief rivals, and so consolidated their position as the leading cartographic publishers in England, recognized by their appointment as Geographer to the Queen. 

https://www.crouchrarebooks.com/mapmakers/sr.-edward-stanford

 

 

 。


舛添氏はチャイナに甘いので困るが、とはいへ、既に問題發生から一か月、日本はチャイナからの入國を封鎖しなかった。仕方ない、今後は國内で少しでも改善してもらふしかない。何も分からぬ一國民としては、今すぐ舛添氏を厚生大臣にしてみると良いのではないかと思ふ。SARSの經驗が活きるし、安倍内閣は仕事してますといふ人氣取りにも効果的だ。言ひ換へれば國民の意志を鼓舞するに効果的だ。人心一新といふか。。。

「元厚労相が叱る!国は新型インフルの教訓忘れたか」 
 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59355
2020.2.15(土) (舛添 要一:国際政治学者)
戦力の逐次投入ではウイルスとの戦いに勝てない
 2009年に新型インフルエンザが発生したときに、私は厚労大臣として対応に当たったが、そのときに苦労した経験が、今回の事態に活用されていない。そのときの首相は、今の麻生財務相兼副首相であるが、10年前のことは忘却の彼方ということなのかもしれない。安倍首相は、腹痛で辞職し、政治の表舞台からは退いていた。
 これまでの今回の政府の対応を見ていると、いくつかの点で問題がある。
 第一に、緊急対応策が決まったのが2月13日であることに象徴されるように、とにかく遅すぎるし、一気に大きな網をかけるのではなく小出しである。英語で言えば、“too little, too late”である。戦力を逐次的に投入して敗北した大日本帝国陸軍のようなことを行っていれば、ウイルスとの「戦争」に負けてしまう。
 第二は、政府部内の調整が十分にできていないことである。武漢からチャーター機で日本人を帰国させることを決める前に、2週間、隔離収容できる施設の確保をしておかなければならない。それをせずに、官邸の命令だということで拙速に事を進めたために、ホテルで相部屋などという信じがたい対応をしてしまっている。アメリカ、フランスなど他の先進国でこのような杜撰な対応はない。
 さらに言えば、民間のホテルの好意に甘える前に、各省庁が使用権限を持つ施設が全国にあるはずである。省あって国なしという縦割り行政だ。それを調整するのが内閣総理大臣の役割であるが、全く機能していない。役人は、首相の意向を忖度するのは上手でも、それは自分の出世のためであり、他の省庁など関係ないのである。いわんや、危機管理など念頭にない。
 新型インフルエンザのときも、同様な各省庁のエゴイズムに悩まされた。たとえば、感染拡大の防止には、休校や学級閉鎖が有効なことを厚労大臣が理解していても、学校は文科大臣の領域である。文科大臣がノーと言えば、動けない。
 そこで、私が知恵を働かせたのは、権限を厚労大臣に集中させることであった。それは、官邸の対応があまりにも現場無視だったからである。たとえば、政府の専門家諮問委員会は、メンバーを教授以上の肩書きの者に限るなど官僚的、権威主義的だった。
 そのため、若手の専門家や既存の医療エスタブリッシュメントに反対する者の意見が入ってこない。そこで、セカンドオピニオンを取り入れる必要があると判断して、私は厚労相直属の専門家による検討会(アドバイザリーボード)を設置することにした。現場で戦っている医師や看護師の意見ほど貴重なものはないからである。
 その上で、私は、政府の行動計画を弾力的な運用することにし、新たな基本的対処方針を決めた。その目標は、(1)国民生活や経済への影響を最小限に抑えつつ、感染拡大を防ぐ、(2)基礎疾患を持つ者を守るという2点である。そして、私は、感染症に関わる政策について、厚生労働大臣に権限を集中させることを政府全体で決めさせたのである。
 これで休校、企業の休業、薬・マスクなどの確保、電気・ガス・水道、食料品の確保など、すべて厚労相が指示できるようになったのである。つまり、役所の縄張り争いに邪魔されることなく、厚生労働大臣がリーダーシップを発揮できる態勢にしたのである。
 国内で感染者が拡大していくにつれて、水際対策を縮小し、医療資源を国内の現場に集中させることにした。水際作戦を始めてから、3週間後に、水際第一主義を変更したのである。
 以上のような10年前の具体例がありながら、その教訓が全く活かされていない。政治家に期待できなくても、厚生労働省は組織としてきちんと教訓を蓄積し(institutional memory)、それを活用すべきである。10年前の新型インフルエンザ発生のときに首相だった政治家が副首相として政権に参画していながら、この杜撰な危機管理は残念である。
新型コロナでは政府と自治体の連携が不十分
 第三の問題は、地方政府の意欲や能力を活用していないことであるが、これは中央集権の弊害である。また、民間の知恵と能力を弾き出すことができていないが、これは政府の官尊民卑体質のなせることである。
 新型インフルエンザのときには、厚労大臣の指揮下に運用方針を決め、時間の経過とともに、地域を(1)感染の初期、患者発生が少数であり、感染拡大防止に努めるべき地域と(2)急速な患者数の増加が見られ、重症化の防止に重点を置くべき地域とに分けて対応をすることにした。とくに、(2)の地域の対応を大幅に緩和し、患者急増地域では、学校単位で臨時休校できるようにしたり、一般病院での受診や軽症患者の自宅療養も認めることにしたりしたのである。
 この政策変更には、大阪や神戸からの現地報告が背景にある。この決定を受けて、神戸市と兵庫県は保育所、幼稚園、小中高校の休校・休園措置を解除した。また、大阪府は、「都市機能回復宣言」を行い、一斉休校、イベント自粛などの感染拡大防止措置を解除した。
 今回、各地方自治体と中央政府の連携が十分でないし、前者の自主性を認める措置もとっていない。
 さらに、PCR検査なども最初から民間への委託を最初から考えておけば、もっと迅速に、もっと大量に検査ができたはずである。
 医療については専門性が高いので、一般の人が口を差し挟む余地がない。そのために、厚労省の役人、とりわけ、医系技官や薬系技官が嘘をついても誰も反論できないことになってしまう。医師は厚労省に楯突くと不利を被ることを恐れて正論がはけない。
 私は、東大で医学部の学生を教えていたので、教え子には医者や第一線の研究者がたくさんいる。厚労大臣のときは、その教え子ネットワークを活用して、医系技官たちの嘘や隠蔽や捏造を潰していったのである。
 私のようにこのようなサポート体制を持つ政治家は例外である。マスコミは、信頼できる専門家の力を借りて、正しい情報を国民に提供する義務がある。
 13日になって、新型肺炎で神奈川県の80代の女性が死亡し、その義理の息子の東京都の70代のタクシー運転手、和歌山県の50代の医師、千葉県の20代の男性の感染が明らかになった。これらは、海外渡航歴もなく、誰から感染したかがわからないケースである。つまり、いつでも、どこでも、誰でも感染する状態が生まれたということである。これは新しいフェーズである。
 医師の感染は深刻で、医師が勤務していた病院に受診歴のある70代の男性も感染していることが判明した。
 新型インフルエンザのときも全く同じ流れであったが、このフェーズになると、水際対策があまり意味を持たなくなってくる。今後、爆発的に感染者が増える可能性がある。政府は、これまでの方針を改め、新型コロナウイルスと戦う本格的な体制を整えねばならない。

舛添厚生大臣


 武漢の卒倒死の映像は、當初はデマだなどと言はれたが、既にチャイナ公式醫療機關もこれを認め、臺灣の中央通訊社も報じてゐる。輕い症状が久しく續いた後に突然心臟などにショック状態が訪れ、死亡する。醫療側は炎症の暴風と形容してゐる。
 かりに生物兵器が漏泄したとすれば、かなり完成度が高いではないか。輕症で傳播し、卒倒死させる。いや、あくまで假定の話だが。「生物兵器にしては重篤にならない」といふのが否定説の主な論據だが、今後二月下旬になると日本でもショック死の症例が出るかも知れない。今のところは分からない。

https://www.cna.com.tw/news/firstnews/202002080081.aspx
武漢肺炎輕症患者為何突然不治 中國專家找到原因
  2020/02/08 16:39
 截至7日,武漢肺炎在中國各地已造成722例死亡,其中有些患者初期症狀較輕,之後卻演變成危重。圖為武漢大學中南醫院救治武漢肺炎患者。(中新社提供)
(中央社台北8日電)截至7日,武漢肺炎在中國各地已造成722例死亡,其中有些患者初期症狀較輕,之後卻演變成危重。專家說,病情急轉直下是因為「炎症風暴」導致多重器官功能衰竭,這正是許多病患的死因。
 據中國政府統計分析,俗稱武漢肺炎的新型冠狀病毒肺炎疫情爆發以來,死亡病例多半為高齡以及原本就有慢性病的患者,但是昨天去世的武漢中心醫院醫生李文亮只有34歲,而香港的一例死亡病例則為39歲男子。
 綜合浙江都市快報等陸媒報導,上海市中山醫院重症醫學科副主任鍾鳴表示,有些新冠肺炎病人早期發病並不兇險,但後期會突然加速,病人很快進入一種多重器官功能衰竭的狀態,「是一種炎症的風暴」。
 鍾鳴說,一旦進入炎症風暴狀態,「我們的治療很難把它拉回來」。
 鍾鳴在武漢肺炎疫情爆發後進駐武漢金銀潭醫院。金銀潭是武漢第一批定點收治醫院,也是武漢肺炎危重症患者的主要選擇之一。
 據指出,金銀潭醫院目前擁有相對較多的葉克膜(ECMO)設備,但並非所有危重病人用葉克膜就能挽回生命,很多患者是死於肺部之外的多重器官衰竭
 河南省首批支援湖北省的醫療隊醫療組組長、鄭州大學第二附屬醫院呼吸內科副主任周正表示,新冠肺炎有個特點,就是有些病人可能頭兩天病情較輕,但是第三天或者後期突然加重,這可能與病人感染和炎症風暴有關。
 他說,炎症風暴就是病人的感染激活了身體的免疫細胞,造成免疫細胞過度的損傷。正常的免疫是保護,過度的免疫是損傷,不但導致肺的損害,還會引起腎臟、肝臟或是心肌等器官的損害。
 周正舉例說,人體被感染後,白血球和淋巴球會殺死病灶部位的病毒和細菌,期間會釋放一種炎症介質,「適度的釋放是正常,過度的釋放後,不僅殺死了病毒、細菌,也對正常的細胞造成損害」。
 周正說,炎症風暴發生後,病人的病情往往急轉直下,很快都會出現神志不清、呼吸加快,隨後血氧飽和度會下降,甚至出現凝血功能障礙,少尿、無尿,轉氨酶升高,不僅是肺,各個臟器都會發生衰竭,這也是不少新冠肺炎病人、特別是老年人致死和病死率高的原因。(編輯:周慧盈/朱建陵)1090208

https://www.ydn.com.tw/news/372267
青年日報 大陸動態    2020/02/09
陸炎症風暴 病情急轉直下
 陸媒報導,「嚴重特殊傳染性肺炎」(武漢肺炎)有些患者初期症狀較輕,之後卻演變成重症。專家指出,病情急轉直下,是「炎症風暴」導致多重器官功能衰竭,這是許多病患的死因。
 報導指出,「新型冠狀病毒肺炎」疫情爆發以來,死亡病例多半為高齡及慢性病患者,但前天去世的醫生李文亮只有34歲。醫界認為,有些病人早期發病並不兇險,但後期突然加速,病人很快進入多重器官功能衰竭的狀態,一旦進入「炎症風暴」狀態,「治療很難把它救回來」。
 武漢肺炎有個特點,有些病人可能頭兩天病情較輕,但是第三天或後期突然加重,這可能與病人感染和「炎症風暴」有關。「炎症風暴」就是病人的感染,激化身體的免疫細胞,造成免疫細胞過度的損傷。正常的免疫是保護,過度的免疫是損傷,不但導致肺的損害,還引起腎、肝或心肌等器官的損害。

新民晚报  经验不奏效 最初无以应对
 钟鸣到的前两天,武汉金银潭医院将其重症医学科楼下两层的普通病房改成临时ICU。钟鸣被安排的,就是其中一层,也是危重病人最多的主战场。钟鸣告诉记者,第一感觉就是形势很严峻,工作的压力和挑战都非常大。他发现此次肺炎危重病人和以前接触到的危重病人有很大的不同。新型冠状病毒感染的肺炎病人有些早期并不是很凶险,但是后期突然加速,病人进入一种多器官功能衰竭的状态。“我们刚开始有些无以应对,过去积累的经验和一些治疗方法都不能奏效。”


與SARS不同 專家:新冠肺炎患者心臟受病毒極大攻擊
22:552020/02/13 中時電子報  黃麗蓉
 根據最新新冠肺炎疫情報告,湖北新增案例連10日降。北京朝陽醫院副院長童朝暉表示,新冠肺炎患者,與2003年的SARS相比,病情進展得更快,心臟也受到非常大的攻擊
 據《新京報》報導,童朝暉指出,新冠肺炎的患者,有嚴重的呼吸衰竭,與2003年的SARS相比,病情進展得更快,缺氧發展得很明顯;而這次患者的心臟受到的攻擊也非常厲害,他分析這些患者心臟肌酐蛋白,非常特異,救治的難度比以前還要大。因此,他們要密切觀察這些患者的生命跡象,比如心率、血壓、血氧的變化。



https://www.youtube.com/watch?v=662IzGUm86c







https://twitter.com/ishiwinozomu/status/1228233265464479745
專門家は武漢肺炎の毒性の弱さばかり強調するが、
最大の問題は毒性でも國内の風評でもなく、國外の風評である。
日本が入國を阻止しないため、
日本も汚染國であるかのやうな風評が海外にひろまり、
バッハ會長が突如東京五輪中止を宣言することが怖い。
その時、日本の損失は一兆圓。  
http://senkaku.blog.jp/2020020582131299.html
私は二月初め以前からさう思ってゐるが、
二月半ばの今なほ毒性の強弱の議論をする人が多い。咬み合はない。

しかし、この弱い毒性なのに何故チャイナで大混亂となってゐるのか、
といふ謎に多くの人が疑問を投げかけてゐる。
毒性が弱いのに突然仆れる映像も多數。
原因はチャイナの醫療水準が低いからだ、といふのが基本的答案である。 
それにしても日本とチャイナとの落差があまりにも大きい。
他にも、感染し易い遺傳子46番をチャイナ南部人が持ってゐるとか、
生物兵器の漏泄だとチャイナ政府自身が
分かってゐるから焦って封鎖してゐるとか、
色々未確認情報がある。未確認情報としては大切にしたい。
日本では情報による恐慌は起こってゐないし、
今後も起こらないだらう。
日本にとっては既に毒性の強さの問題ではないので、
これら未確認情報こそ大切である。大いに流布させて探究すべきだ。
情報源が誰にでも分かるやうにすることも必要だし、
專門家の見解も大切だ。
醫療の專門家は情報戰の專門ではないから、
完全に信頼するのでなく、諸情報の一つとして受け取るべきだ。

或る正義派の人は未確認情報を全部デマと決めつけ、
事實確認してからインターネットで語れといふ。
愚かだ。現時點で事實確認できる情報は極めて少ない。
事實確認を先にするのは、決斷を回避するに等しい。
政府がこれまで一か月間決斷できなった所以である。

 入國拒否は國家主權だから、法律で條件をつけるのは主權自縛乃至主權侵害だ。感染症以外の色々な場合についても隨時、理由なく入國拒否できなければ、國境を衞れない。日本の主權は、國際法以外の如何なる制約も國外から受けてはならない。國境線を閉ぢるのは、日本自身に100%の決定權がある。
 緊急事態條項は國内に對するものだが、入國拒否は國外に對するものだ。そもそも國外の人は「日本入國權」を有しないので、いつでも我々が自由に制限できるし、拒否できる。
 入國管理法の條文に「何々について入國を拒否できる」と書いてあるのは、それ以外に拒否できないとして束縛してゐるのではない。條文以外のあらゆる場合に於いては、自然法たる國家主權を以て拒否できる。家の扉を閉ぢる權利と同じだ。これは傳染病のみならず、あらゆる事態にあてはまる。あてはめないと、次の危機が來た時にまた決斷できなくなる。
 私は法律の素人だが、米國など各國が早々と入國全面拒否を決めたのは、法律の條文の問題でなく、主權行使の問題だらう。國境の内と外とを繞るあらゆる事態は、内から外に對する主權行使を優先的原則とせねばならない。

肺炎武漢




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郭文貴説China官方網站西陸網承認武漢病毒是人為製造。我在西陸網中尋覓原文,一直尋不到。今天總算尋着了,原來早就被刪除。看内容並不是官方承認,只不過是個人發貼爭論而已。


https://6do.news/article/2178767-61

http://bbs.creaders.net/life/bbsviewer.php?trd_id=1453806&blog_id=365499

武小華


長屋王の遺偈が流布し、鳩山由紀夫元首相が談話で取り上げた。保守派と目される評論家八幡和郎氏も「氣に入った、色々使へる」と言ってゐる。皆樣に使って頂けるやうに、二月九日の新聞談話を特別無料公開。

http://www.shimbun-online.com/product/yaeyamahontoban0200209.html

八重山日報 二月九日、談話連載
「小チャイナと大世界」(十二)  石井望(談)    来世の縁を弔う名句  長屋王の遺言を武漢に 
 武漢肺炎へ日本の「漢語水準試験」事務局から送られた支援物資の箱に「山川、域を異にすれど、風月、天をともにす」という漢文が貼られていることが報じられています。私は、おや、風月という雅語をこのように使うのは漢文の達者な人だな、と思って、報道をさらに良く見ると、奈良時代の長屋王の詩偈(しげ、仏教詩句)でした。
 風月は日本では元通りの雅語ですが、現代チャイナでは男女の情事乃至売春の意に使われ、雅語ではなくなっています。漢文文明が滅んだチャイナに漢文の雅語を送るのは、まさか批判的意図ではないでしょうが、この事務局のような「日中友好」の団体には漢文愛好家が多いようです。漢文が友好家の専有物のようなイメージにならぬよう、我々こそ競って漢文を学ばねばなりません。
 これは長屋王が千着の袈裟とともに詩偈を唐の僧衆に送ったという伝説を、天宝元年(西暦742年)に唐国の鑑真が日本の僧侶に語ったもので、「日中友好」の歴史の大きな一コマというわけです。
 但し鑑真は唐国の南方の揚州の生まれ、黄河文明でなく長江文明の人です。日本と交流があったのは主に唐までの長江文明であり、菅原道真が遣唐使を停止して以後は、日本と黄河文明との往来は近代までほぼゼロになります。
 詩偈のうち、貼り紙に書かれなかった下の句は「諸仏子に寄せ、共に来縁を結ばんとす」(寄諸仏子、共結来縁)とあります。仏教というインド文明を共に崇める日唐両国ですから、「天をともにす」はインドを暗示しています。日本人は唐国で主に仏教を学び、儒教は二次的三次的でした。
 「来縁」とは来生の縁ですから、長屋王は自分の死後に唐国に袈裟が届く前提で書いたはずです。長屋王の変は西暦729年、鑑真が語った十数年前ですが、変の直前に商船に託したのでしょう。唐国との間では遣唐使のみならず商船の往来もあったようです。
 武漢肺炎の病死者を弔う遺偈(ゆいげ)を私も唱(とな)えつつ、謹んでご冥福をお祈りします。
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以下、二月十一日附記。

長屋王のこの詩偈が遺偈であることは、臺灣の國民黨僧・星雲も述べてゐる。ただ星雲師はこれを長屋王の偈でなく、鑑眞の遺偈と思ったやうだ。鑑眞が日本で永寂する決意を語ったのだといふわけだ。日本の長屋王の手柄にしたくなくて改竄したのかも知れない。しかも星雲師は風月といふ雅語を理解しなかったやうで、日月に改竄してゐる。日月とすると儒教色が強まる。星雲といふ人はさういふ國民黨僧なのだらう。星雲師の解は以下リンクに。
http://www.hsilai.org/tc/365/0525.php
http://www.merit-times.com/NewsPage.aspx?unid=389948

 佛教では「告諸佛子」(諸佛子に告ぐ)「使諸佛子」(諸佛子をして)「語諸佛子」(諸佛子につぐ)「共諸佛子」(諸佛子とともに)のやうな言ひ方は多く、諸は「これ」ではなく多數の義となる。星雲師も同じ解である。なほ、漢語水平考試は孔子學院と密切に協力する事業である。

 「星雲大師開示:揚州的前輩─唐朝鑑真大師」文/星雲大師  
 鑑真大師圓寂前,知道回國無望,作有一首偈語:「山川異域,日月同天,寄諸佛子,共結來緣。」從此偈中,我們看到了他的慈心悲願。越過萬重山,跨越萬重水,我來到日本,儘管日本和中國是二個不同的地方,但是就像太陽和月亮同在一個天地之中,中國、日本也在同一個天下;寄望佛子們,同心同德,不要對立,互相幫助,和諧相處,在偉大佛陀的領導下,共結未來的緣分。

「星雲說偈--共結來緣」       2015/2/24    作者:星雲大師    
山川異域,日月同天;寄諸佛子,共結來緣。──唐.鑑真  
 這一首偈語,是揚州鑑真和尚所作的詩偈。
日漸衰老的鑑真和尚,在七十多歲的暮年,自知歸鄉無望,寫下了這首遺偈。前二句「山川異域,日月同天」,意思是他的故鄉在中國,而今越過重洋來到日本,雖人在異鄉,但是太陽和月亮仍然同在一個天地裡。不管中國也好,日本也好,他還是同在一個天下裡弘傳佛法。
 「寄諸佛子,共結來緣」,希望所有的佛弟子們,彼此不要對立,要互相幫助;不要糾紛,要互相和諧;不要傲慢,要尊重包容。大家和平互助,共同在一個佛陀的信仰之下,再結來生的緣分,繼續將菩提種子播灑於世間。
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北宋・贊寧「宋高僧傳」卷十四、引長屋『山川異域,風月同天,寄諸佛子,共結來緣。』


長屋王邸跡

【武漢肺炎】諷日本「風月同天」是形式主義 《長江日報》:更想聽到「武漢加油」  更新時間 (HKT): 2020.02.12 22:30
內媒嘲諷日本「風月同天」是形式主義。
 日本漢語水平考試HSK實施委員會早前向湖北中學,捐贈2萬個口罩,紙箱外附詩句「山川異域,風月同天」,日方人員解釋,這句唐代鑑真和尚東渡時期的偈語,是中日交流的象徵,「希望武漢早點走出困境」,被讚揚字間滲透文化底蘊,並讓人重新知道讀書的重要性。不過,官媒《長江日報》今日一則評論卻揶揄寫道,相比「風月同天」,我更想聽到「武漢加油」,批評有些字句,是「語言上的形式主義」。難道內地就接受小學程度的字句?
 文章「醋味」甚重,寫道「有人發出疑問:『為甚麼別人會寫風月同天』,而你只會喊『武漢加油』,說『風月同天』有厚重文化底蘊,而『武漢加油』沒有文化,修辭貧瘠,是粗淺的口號。」
 筆者指,他身在疫情之中,每一篇報道、每一句祝福,每一個傳遞到他耳邊、與疫情有關的漢語,都在打中他的心,「山川異域,風月同天」這句話讓他很暖心,但相比「風月同天」,更想聽到「武漢加油」。
 筆者指,在「武漢加油」、「湖北加油」、「中國加油」,這12個字裏面,他聽到14億顆心靈碰撞的聲音,讓我瞬間感受到他置身在一個宏偉的集體之中,這個集體有一顆強大的靈魂。筆者續指,「武漢加油」很簡單,越簡單的詞,越有力量。
 「疫情之中,我也聽到了一些詩詞,很多的鋪陳排比、引經據典,可是卻那麼疲軟無力。那都是語言形式藝術,是語言上的形式主義,這種文風一絲不苟地傳遞着他們怎麼無感,歇斯底里的詞句背後都潛藏着歲月靜好。」
 文章最後引用德國思想家阿多諾(Theodor Ludwig Wiesengrund Adorno)的說話:「奧斯維辛(港譯:奧斯威辛集中營)之後,寫詩也是野蠻的。」(《長江日報》文章寫成「奧斯維辛之後,寫詩是殘忍的。」)廣義是將詩歌定義為奢華、自戀的藝術與精神遊戲。不過,句子本身引起很爭議,每個人都有不同的解讀。
 最後不忘一提,日本捐贈口罩的紙箱上,寫有顯淺易明的「中國加油」。
《蘋果》記者
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http://m.szhgh.com/show.php?classid=50&id=223348


池上彰氏「ニュースさうだったのか!!」令和二年二月八日、下のビデオの九分から、神武天皇は實在せず、紀元節は二月十一日に非ず、と。

 鄙見。神武の實在を證することはもとより難しい。しかし神武は非常に歴史的趨勢に合致する人物だ。初期彌生水田は九州から始まるが、それが發掘される遙か以前の上代から「神武東征」神話が存在した。且つ即位の地、橿原がまさに大和政權初期の遺跡が集中する奈良盆地南部だ。この二つは偶然ではない。
 日本武尊も實在は不確かだが、尾張以東や熊襲を征服したことは、ほぼ史勢に合致する。不確かながら、この二英雄は極めて實在の可能性が高い。
 辛酉年の即位が辛酉革命説にもとづくといふのは、假説に過ぎない。日本で辛酉革命説が流行するのは平安京以後である。日本書紀が書かれた時にはまだ流行してゐない。また辛酉革命説の基準とされる推古九年辛酉(西暦601年)に革命は起こらなかったし、天皇の即位も無い。革命説は牽強傅會に過ぎない。
 しかも、神武紀元(西暦紀元前660年)は、舊來繩文時代とされたが、近年の考古學により彌生初期だと分かって來た。これも史勢に合致する。

重要論文:
「倭人の暦を探る : 数字から読み解く歴史の謎」        谷崎 俊之
        大阪市立大學「数学セミナー」55(7), pp.1-9, 2016-06。
https://dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/il/meta_pub/G0000438repository_111F0000004
 この論文は原始日本の四倍年暦を發見。なるほど春分秋分を祖靈祭として特に重視する皇室の傳統の意味が解ける。魏志倭人傳の春耕秋收紀年とも合致する。そして皇紀2600年の初期千年を四分の一の250年とすれば西暦紀元100年頃が神武即位の年となり、史勢にも合致する。

  09:00 神武天皇。




關聯。
辛酉:  
春分皇靈祭:  





全國一盤棋といふ革命スローガンは毛澤東獨裁の初期に叫ばれた。習近平はこんなのが大好きなんだな。

神隱多日終現身 習近平下達絕對服從令、全面提高防疫能力
新頭殼newtalk | 張逸飛  2020.02.05 | 19:30
 武漢肺炎疫情在中國持續擴大,「神隱」多日的中共國家主席習近平,今 (5) 天下午主持召開中央全面依法治國委員會第三次會議並發表重要講話,喊出「疫情防控堅持全國一盤」口號。

https://www.881903.com/Page/ZH-TW/newsdetail.aspx?ItemId=1258732
習近平:疫情防控要堅持全國一盤棋
03.02.2020 21:30  香港商業電臺  
 中共中央政治局常務委員會召開會議,研究疫情防控工作。總書記習近平作出重要指示,強調做好疫情防控工作,直接關係人民生命安全和身體健康、經濟社會大局穩定,及國家對外開放,要求把疫情防控工作作為當前最重要,同時間賽跑、與病魔較量,堅決打贏疫情防控阻擊戰。習近平指,疫情防控要堅持全國一盤棋,各級黨委和政府必須堅決服從黨中央統一指揮、協調及調度,做到令行禁止。


http://www.qstheory.cn/zdwz/2020-02/08/c_1125545543.htm
全國一盤棋 習近平的戰“疫”部署
  2020年02月08日 10:46:36 来源: 央視網   

全國一盤棋書法





 武漢肺炎は日本では重篤患者の爆發的増大になってゐない。それはほぼ一月末から見えて來た。一方でチャイナでは三十四都市封鎖といふ驚くべき事態となり、あまりの落差に訝しく思った。この落差は何なのか、チャイナにゐる私の卒業生に電子メールで意見を訊ねると、答へて曰く、
「先生、日本の醫療水準だから重篤にならないので、チャイナでは封鎖以外に手がありません」
と。さうか、確かに衞生も何もない。私もあの國の實態を少し忘れてゐた。

 今最大の問題は、感染爆發しない日本が、風評により感染列島の如くに見られることだ。チャイナほどではないが日本も感染者數世界第二位だから、風評だとばかり言っても説得力がない。
 世界の風評を阻止するには、一月二十日、武漢封鎖前の段階で、諜報により武漢封鎖を察知し、即刻全土入國禁止措置を取るべきだった。法的には何ら問題ない。何故ならその後、武漢湖北からの入國を禁止したのだから、他省に對しても同じことだ。
 武漢肺炎のみならず、反尖閣、反竹島、反捕鯨などの活動家にも入國拒否すべきだ。入國者を選別するのは國家の基本的主權だから、法律の條文は必要ない。自衞權と同じだ。外務省の説明にも、
「外国籍の方が日本に入国する自由はもちろん,在留の権利ないし引き続き在留することを要求する権利は憲法上保証されているものではありません」 
https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/faq.html
 とある。今後、感染症について新たな立法をのんびりやっても、また別の場合に同じく立法が必要となる。さうではなく、國家の基本的主權にもとづき、立法せずにビザ隨時取消を通例とすべきだ。ビザ取り消しに理由を提示する必要は法的に無い。
 自衞隊のネガティブポジティブリストと同じことで、法的規定が無い場合は國家主權といふ法理を以て阻止する。ビザ發行停止は勿論のこと、ビザがあっても入國審査權は日本に在り、隨時理由を提示せずに審査不合格とできる。
 自衞隊のネガティブリストポジティブリストと同じで、拒否できるのはどんな場合かだけ法律に書いてある。あらゆる法律がさうだらう。それを全部改正するのは不可能だ。該當しない場合は法的國家主權を以て拒否しないと、小田原評定にしかならない。
 邦人迎接航空機を三機飛ばしたことが賞贊されてをり、そのためにはチャイナ人受け容れはやむを得なかったとの聲があるが、それは結果論である。中東アフリカなどからの救出の際にどれだけ國益を犠牲にして良いのかといふ問題と同じだ。人命は地球より重いといふ迷言を思ひ出す。

 風評により、バッハ會長が五輪中止を突然宣言すれば、日本の損失は一兆圓に上るだらう。今、毒性強弱の議論に既に意義は無い。風評阻止のため果斷な措置、既に遲いがそれでも果斷に實施すべきだ。
 
 實施せずに風評を回避してゐても、必ず未確認情報は人々の議論の的となる。デマだと決めつけず議論すべきだ。毒性の弱いウイルスだから、武漢ウイルス研究所の生物兵器である可能性は極めて低いが、研究所の試料ウイルスが漏泄した可能性はある。
米ABC放送によれば、トランプ大統領は感染源の徹底調査を命じたとのこと。
 當然これは、研究所漏泄の可能性をも回避せずに調査するだらう。科學として事實檢證は簡單だ。武漢ウイルス研究所が、研究試料の蝙蝠コロナウイルス等の遺傳子を全部公開すれば、武漢肺炎と同一か否かすぐ分かる。日本政府は武漢研究所に公開させるやう聲明を出すべきだ。まあチャイナ政府は公開しないだらう。

 議論を避けたがる日本人、あたかも近代以前の尖閣史と同じである。近代以前といふものを現代法で評價するのが難しいため、歴史を避けて現代法だけを議論したがる。彼らは法的か否か以前に、森羅萬象の眞相を見極めたくないのだらうか。情けない。史實は最初から史實として明らかなのではなく、未確認情報を探求して後に史實に到達できる。未確認情報を全てデマと決めつける愚かな研究者は存在すまい。
 今、尖閣史を避けると同じ思惟法が肺炎についても見られる。未確認情報をデマと決めつける。そして何もせずに徒らに時が過ぎてしまふ。噫。

ABC_news20200206