- 尖閣480年史 - いしゐのぞむブログ 480 years history of Senkakus

senkaku480 石井望。長崎純心大學准教授。笹川平和財團海洋政策研究所島嶼資料センター島嶼資料調査委員。日本安全保障戰略研究所研究員。内閣官房領土室委託尖閣資料調査事業特別研究員。 御聯絡は長崎純心大學(FAX 095-849-1894) もしくはJ-globalの上部の「この研究者にコンタクトする」  http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901032759673007 からお願ひします。 



アベマTV。宮臺眞司氏が「クヅ」といふ罵語を繰り返してゐる。注目は、ビデオ6分20秒から宮臺眞司氏曰く、「琉球王朝はチャイナが作った」。
https://www.youtube.com/watch?v=aEMpgeSIXaA
https://snjpn.net/archives/41488
違ひます。宮臺氏は如何なる定義で言ってゐるのか。考へられるのは三つ。
1、チャイナからの影響で琉球人が國家意識を持ち、三山が生まれ、後に統一琉球國となった。
2、明國の册封を受けて琉球國の國號が生まれた。
3、三山を統一した中山王尚巴志の時代、歸化人家系の三十六姓の人々を重用した。

反駁。
1、國家といふ制度が生まれたのは、メソポタミア文明に始まり、後の諸文明の諸國家は全てその影響を間接的に受けてゐる。日本が國家として統一されて行ったのも、周邊に國家といふ制度が先に到達してゐたため、その影響を受けたと考へられる。朝鮮もチャイナも西方文明からの影響を蒙らずに成立した國家は無い。琉球は繩文時代以來、日本文化の地域であり、日本の南北朝の各地勢力が亂立する時代に中山國を産み出した。源氏などの武士が南九州から南下して中山國を作ったといふ傳説も濃厚に存在し、無視できない。一方でチャイナ人が西から來て琉球を作ったといった傳説は皆無である。民俗學的な方向性としては、琉球は日本から生まれたとしか言ひやうが無い。

2、琉球國が最初に册封を受けた記録は『皇明實録』洪武五年(西暦1372年)に見えるが、琉球といふ國號を下賜したとは書かれず、册封使を琉球に派遣したと書かれてゐる。「琉球」は中山國側の自稱にもとづく可能性が高い。
http://senkaku.blog.jp/2017031970019415.html
明國からわざわざ國號を下賜したならば、下賜したといふ書き方になる筈だ。後に西暦1429年に三山が統一されたが、『皇明實録』宣德四年(西暦1429年)以後に國號琉球を下賜した記載も無い。洪煕元年(西暦1425年)に册封使柴山が尚巴志を册封した記述でも、琉球といふ國號を下賜したと書かず、琉球國中山王を嗣ぐやう册封したと書かれてゐる。
 『中山世譜』卷三の察度王紀には、洪武皇帝が「瑠求」を「琉球」に改めたと書かれてゐるが、『皇明實録』はさう書いてゐないので、『中山世譜』の附會に過ぎない。『中山世譜』はチャイナの記録から衍生する附會の多い書である。例へば元朝が侵掠した琉球即ち臺灣を、沖繩であるとして、中華に親近することを喜ぶが如くである。『中山世譜』のチャイナ關聯記述はこの傾向が強いので、史實として信頼することはできない。

3、三十六姓は王ではなく臣下である。また、三十六姓は福建人(含客家人)であり、民族としてチャイナ人ではない。リンク:
http://senkaku.blog.jp/archives/19112464.html

以上、反駁終り。

附記。琉球の正史『球陽』に引く『遺老傳』によれば、尚巴志時代から歴仕した國相懷機は、尚金福王の二年(西暦1452年)に長壽神社(浮島神社)を創建し、天照大神を祭ったと書かれてゐる。琉球で創建年代の記録の殘る最古の神社である。懷機は三十六姓だとされる。三十六姓の大臣が天照大神を祭った。それは何を意味するか。あとはそれぞれ理解すれば良い。

附記二。
ビデオの後ろの方で(分秒失念)、宮臺氏は「周邊國の信頼釀成」の後に重武裝すると言ってゐる。これは空論だ。周邊國が信頼できないから現状の危機に立ち至ったのである。宮臺氏の言ふ重武裝は永遠に實現しない。宮臺氏自身も永遠に實現しない前提で格好をつけてゐるだけだ。「クヅ」を繰り返した自信家がこんなものか。

附記三。
9分40秒から12分50秒まで、琉球及び尖閣についてトンデモ發言が相繼いでゐる。別途書くのでお待ち頂きたい。






中西輝政氏。斷片だけ切り取った方が本音が見えます。  
http://www.gentosha.jp/articles/-/8847  
「できるだけ中国との友好関係の維持につとめながら」
「古い中華帝国の再浮上をいかに抑え込むか」
「生まれ変わった新しい中国にアジアと世界の原動力になってもらって、それをどう利用するか」

……色々書いてますが、要するにチャイナの顔色を
窺ひつつ生きぬくのが日本の正しい未來なのださうです。
中西氏は中華帝國の過去を過大に評價してゐます。
そもそも沿岸航行しかできなかった鄭和は、インド洋では
イスラム航海士に頼ったに過ぎません。
まして南沙に進出などしてません。
過去に無かったことを有ったと勘違ひしてる中西さんは、
未來のチャイナについても勘違ひ。「再浮上」などと形容します。
チャイナが民主化すれば良くなるから、日本は支援すべきださうです。
チャイナに對して凄まじい性善説の夢を見てゐます。

中西輝政夕刊フジ
寫眞は週刊ポストより。
https://www.news-postseven.com/archives/20180119_640286.html

 昨年(平成二十九年)は、田久保忠衞氏、中西輝政氏ら保守派大物が次々に轉向し、チャイナと仲良くすべきだと主張し始めた年でした。それに相呼應するかのやうに、政府内でもアジア投資銀行及び一帶一路を支持する発言が相繼ぎ、舵を切ったと報じられてゐます。
 責任の大きさを分かってゐるのでしょうか。アジア諸國はチャイナに對抗する役割を日本に期待してゐます。日本が一帶一路支持に囘ると、アジア諸國はもう劣勢やむなしと見て雪崩を打ちます。日本はその形勢を觀望して、さらにチャイナへの傾斜度を強めてゐます。
 一帶一路とは、陸海シルクロードをチャイナが支配した歴史を再現するといふプロパガンダです。そもそもシルクロードはインド、イスラム、ポルトガルなどの洪水のやうな文明を、チャイナが輸入した道です。まれに陶磁器や絹など輸出品もありましたが、現チャイナはそれを擴大解釋して、チャイナが主役だったといふ逆イメージを作り上げてゐます。そんな虚構に日本政府が協力を表明するのは、よほどチャイナに遠慮してゐるのでせう。となると尖閣で遠慮するのも必然です。
 では、いしゐのぞむは日本はどう生きぬくべきだと言ふのか、と問はれるでせう。日本は自身の國力を高めるべきなのは誰もが一致するでせう。生きぬくにはまづそれが基本です。そして若者はチャイナ以外のアジア諸國に出て行って、現地のアジア人やチャイナ人と喧嘩すべきです。
 さういった基本の上で、國家として誰と仲良くするかといふ問題。私はひたすら正義を貫くことしか考へません。損得勘定で動かない。正義を貫く以上、チャイナと融和することは永遠に有り得ません。
 中西氏は、早い話がアメリカから離れてチャイナにくっつくのが良いと言ってます。損得勘定しか見えて來ません。私は正義の孤獨で良いと思ひます。それでも十分に生きぬくことはできます。相手が誰であらうと、正しいものは正しい、誤りは誤り、さうはっきり物を言ふ國として生きぬく。當り前ではありませんか。チャイナは尖閣でも明らかな通り、虚構の歴史を國是としてゐます。中華思想とは歴史虚構思想に外なりません。チャイナが中華思想を捨てる日は永遠に來ませんから、日本は永遠に反チャイナで生きてゆく。中西氏の言ふやうに、民主化すれば中華思想も消えるのか。甘い。
 なほ、歴史上の日本は、常にチャイナ包圍網を構成する一國ででした。今後も繼續すべきです。關聯リンク。
http://livedoor.blogimg.jp/ishiwi/imgs/c/1/c1119810.jpg
http://senkaku.blog.jp/2016032757304880.html
http://senkaku.blog.jp/2016042659002822.html
鄭和については拙著「尖閣海域史辨妄」、平成二十九年 長崎純心大學大學院『人間文化研究』十五號
https://ci.nii.ac.jp/ncid/AA1184559X


追記。田久保氏の言説は以下の通り。

「日本は日米同盟一辺倒ではなく、中国とも良好な関係を構築する必要に迫られてくるのだ。安倍首相は早急に中国との対話を強化して、戦略的互恵関係を再確認し、協調路線を進めなければならない。」
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/171215/soc1712150026-n1.html

「安倍さん自らが訪中して話をつけるべく接触すべきです。中国とも握手すべきです。」
https://dot.asahi.com/wa/2017032100085.html?page=3



NHKスペシャル「中國文明の謎」第一輯「中華の源流、幻の王朝を追ふ」
https://www.nhk.or.jp/special/china-civilization/
の再放送を見た。河南省の「二里頭」が夏朝の遺跡であるかのやうに懸命に宣傳し、いかにもチャイナは古いぞと言ひたげであった。まさしくチャイナ共産黨「夏商周斷代工程」
http://senkaku.blog.jp/2017112673794368.html
の虚構のお先棒をかついでゐる。しかし二里頭(西暦紀元前十八世紀から紀元前十四世紀前後)が夏朝だといふのは、夏朝の地點を擬する諸説の一つに過ぎない。
 以下に素人程度の理解でNHKを否定して置かう。二里頭文化の後半期は、青銅の禮器(爵など)が出現し、その形状は明らかに商朝の特色である。漢字創製が紀元前十四世紀頃で、商朝の中期であるから、二里頭後期と商の前期とは年代が重なる。普通に考へれば二里頭後半は夏朝ではない。二里頭前期までは、ほかにも黄河流域に樣樣な原始的文化遺跡があり、どれがチャイナなのか分からない。といふよりもチャイナは存在しなかった。ただ諸民族の諸文化が存在しただけである。
 史書によれば商朝前期は各地に遷都を繰り返し、もとは山東省から出自したのである。二里頭後期とはそもそも位置が異なる。漢字の出土する殷墟は二里頭の近隣である。要するに漢字以前の文化といふのは樣樣に入り亂れて、どれがどれだか分からない。
 一方、繩文文明は一萬五千年だ。ほぼ現代日本の領土と重なる。チャイナのやうに侵掠と擴大と斷絶を繰り返した大陸文明とは大いに異なる。チャイナ三千餘年のやうな「若い文明」から較べれば繩文文明は遙かな大先輩だから、夏か殷商かと細かな年代の議論をするまでもない。奇跡の繩文文明こそ、外務省補助金「主權領土歴史」研究の中で一つの柱とせねばならない。
 外務省補助金「主權領土歴史」 VS チャイナ共産黨「夏商周斷代工程」。
http://senkaku.blog.jp/20170829hojokin.html
http://senkaku.blog.jp/20170827hojokin.html

 NHKはもう一つ、山西省の陶寺村の太陽觀測遺跡が二十四節氣と一致するから、現代まで繋がってゐるといふ妄説を強く支持した。しかしこれも、節氣が二十四種揃った遺跡ではなく、ただ夏至冬至、春分秋分および幾つかの日の出の方向を觀測してゐたといふだけに過ぎない。
 夏至冬至、春分秋分は、近い時期のイギリスのストーンヘンジでも觀測され、ちっともチャイナ文化ではない。後の二十四節氣のやうに細かく分ければ、陶寺村の太陽の方向のどれかに近似的にあてはまるのは當り前だ。
https://kknews.cc/news/g2yza9e.html
http://page.palmtrends.com/show.php?id=l3dwl3l3SsM74
何でも誇張したがるチャイナ人ですら「陶寺には二十の節氣だけしか無く、漢代の二十四節氣とは異なる」といふ考古學者の判斷を否定できずに載せてゐる。二十から二十四へ進歩したといふ問題でなく、そもそも同一系列の文化だといふ根據が無い。これではちっともチャイナ文化ではない。
 しかもイギリスは現存だが陶寺は復元だ。八千年の古代オリエント文明から較べれば子供だ。このやうに、少しばかり古いものは無理やり何でもチャイナだと牽強傅會するのが現代チャイナの常である。NHKはチャイナ放送東京支局か。

二里頭青銅爵





「古琉球期の琉球王国における「海船」をめぐる諸相」  岡本弘道
    東アジア文化交渉研究 1, 221-248, 2008    関西大学
(再録:琉球王国海上交渉史研究、榕樹書林, 2010)
https://ci.nii.ac.jp/naid/110006944091
http://gajumarubook.jp/?pid=50035837
凄い論文。十年後にこれを讀む私は隨分迂闊者だ。榕樹書林のを昨年純心で購入し、抛置してゐた。

琉球の半印勘合。琉球獨自の勘合制度。明國勘合貿易や月港の船引、秀吉家康の朱印船などとならぶ。

明國から下賜された船名を琉球獨自に改名してゐた。

琉球から明國への進貢船の大きさ。西暦1520年から急に小さくなる。小船は小囘りを重視。

琉球から明國などへの歴年進貢船一覽は先行研究を補ってゐる。

他にも色々と有益なことが書いてあるやうだ。反復熟覽せねばならない。ウーマン村本氏「琉球をチャイナから奪ったんでせう」といったイメージは實の處、學界にも廣がってゐて、學界の責任も大きい。そのイメージを正すために必要な重要論文の一つに違ひない。書中の他章と併せてよく讀まう。



琉球進貢船圖




Takezo氏、日章旗演舞感語。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1592163484178769
 初めて1月14日の尖閣諸島開拓記念日に石垣島の古賀辰四郎開拓記念碑前で開催される尖閣諸島を守る会主催の宴で日の丸演舞を披露したのは3年前でした。その時は初対面の当日に押し売りにも関わらず自らが作詞した尖閣諸島の歌を歌う仲間均石垣市議との共演でバックダンサーを勤め、その絵は翌日の八重山日報に掲載されました。
 2年目は歌い手さんが参加されていたので一緒に舞台を勤めました。3年目の昨年は全員で尖閣諸島の歌を合唱する企画だったのでやらない方が良いのか戸惑っていたら、「どうせ誰も歌わないんだからアンタが踊った方がマシ」とありがたいけど身も蓋もない観客目線のお言葉に背中を押されて舞い踊り、来年は尖閣諸島で開催しましょうと提案しました。
 しかし私にとって4回目となる今年の第8回尖閣諸島開拓記念日制定の宴もまた同じ場所での開催となりました。

 元来密教ノリ気質の私には今現代日の丸舞踏家を有効活用出来る唯一の日本男児であります仲間均石垣市議が代表を務めます尖閣諸島を守る会主催のこの宴が日の丸演舞を一般大衆に披露する数少ない貴重な晴れ舞台なのですが、ここまで同じ場所での足踏み状態を強いられると屈辱の舞台という気さえしてきます。私でさえそう感じるのだから拉致被害者とそのご家族の無念さたるや計り知れないものがあるのでしょう。
 それでも4年連続ともなれば名前を覚えてくれている人がいたり、「今日も見れると思って楽しみにしてました」など芸人冥利に尽きるお言葉を頂戴したり、主催の仲間均石垣市議も到着して挨拶するなり「婦人部の踊りのあと最後の合唱の時に踊ってくれ」と当たり前のように仰ってくださり、受け入れられている感じがありがたくて、とにかくこうして実際に日の丸演舞を人様に披露することで熱気を帯びたうねりを生み出し日本を覆う閉塞感を打ち破る突破口を切り開かなければとの想いが一層強くなる。そしてその先にしか尖閣諸島へと至る道のりは切り開けない。

 尖閣諸島の歌の前奏が会場に鳴り響き、いつものように日の丸を両端に装着したシングルスタッフ(1本の棒)を掲げて古賀辰四郎開拓記念碑に正対し偉大なる先人に感謝を捧げて舞い踊る。来賓席に向き直って踊っていたら片方の日の丸の紐が1本外れてしまい、しばらくなんとか誤魔化せる技で時間を稼いで間奏に入るや否やダブルスタッフ(2本の棒)に道具を持ち替えました。今回は片方に日の丸もう片方に沖縄県旗を装着したスタッフを2本使う日の丸沖縄県旗演舞で、沖縄を日本から切り離す分断工作が活発な今のイチ押しアイテムなのだけれど、最前列の中央に列席されていた石垣市長は満面の笑みでした。
 曲が3番に突入したので、使うかどうか分からないけど一応準備していたフラッグポイに持ち替えました。ファイアーポイではチェーンに繋がれた火の玉を振り回しますが、それの旗ヴァージョンです。今回の旗はZ旗でした。

 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ。

 道具を片付けて司会進行役の長山家康石垣市議にお礼を述べると「また来年も宜しくお願いします」と言われ、最後に仲間均石垣市議にお礼の挨拶をすると又々「また来年も宜しく」と言われたので、「来年こそは尖閣諸島で開催しましょう」とお答えしました。
 石垣市が尖閣諸島に関する事柄で何か行動を起こそうとするとアメリカ様の言い付けなのか中国様を刺激するなとの理由で政府が妨害してくるのが定番の習わしになっています。確かに現状は厳しいでしょう。でもそれは能力ではなく意志の問題でしょう。断固とした意志を行動で示すことなく小賢しい処世術でこの国難を乗り切ることなど出来ません。サラミがスライスされる度にしわ寄せが現場に押し寄せ負担が重くなります。決断が遅れれば遅れるほど後々に支払うリスクとコストが高くなります。もうあまり時間はありません。そろそろ本気になりましょう。

takezo日の丸1


takezo日の丸2


https://www.youtube.com/watch?v=s-ueGba1B-o

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「尖閣諸島開拓の日」記念式典及び講演会のご案内
日 時:平成30年1月14日(日)15時~
場 所:石垣市民会館 中ホール ※入場無料
講演会:琉球大学名誉教授 高良倉吉 氏による講演会「琉球史から見た尖閣諸島」を行います。
http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/home/kikakubu/kikaku/index.htm#p2018010901

伊是名島で生まれ、大東島で育った高良氏。のちに仲井間縣政で副知事も務めます。式典の前に、まづは素晴らしいビデオをどうぞ。面白いお話が聞けます。
https://www.youtube.com/watch?v=paD47GvVdos


私は出席できませんが、祝電を送りました。リンク。皆さんも是非。
http://senkaku.blog.jp/300114.html

そして、
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1553962051354339
午前十一時半からは、尖閣諸島を守る會「開拓の日を祝ふ宴」もあります。石垣港のそばの尖閣開拓記念碑前にて。舞蹈家Takezo氏の日の丸演舞が披露され、尖閣まぐろも振舞はれる見込みです。中山石垣市長は例年こちらにも出席します。



昨年の私の講演はこちらリンク。
http://senkaku.blog.jp/290114.html


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一月十四日は尖閣諸島開拓記念の日です。
私は昨年、式典記念講演をしましたが、
http://senkaku.blog.jp/290114.html
今年は都合により出席できないので、祝電を送りました。
まづは日章旗の臺紙を搜しました。
https://hinomaru-sannnomiya.amebaownd.com/
日章旗と言へばリンクの三宮商店。
日章旗三宮商店
しかし祝電用は殘念ながら見つからず。
愛國者コシノジュンコ富士山の臺紙はソフトバンクで見つかりましたが
https://hot115.jp/celebration/basic/102-082/
コシノジュンコ富士山
石垣島がソフトバンクの配達範圍に這入ってませんでした。
已むを得ず、富士山もあきらめて、
普通のデザインの郵便局のレタックスを選びました。
https://webyubin.jpi.post.japanpost.jp/webyubin/elx/DYFR210Flash.do
リンクです。皆さんも送ってみませんか。
石垣島の皆さんに喜ばれる筈ですし、
「祝電殺到!」とかのニュースになるかも知れません。
ファックスでも可能のやうです。
多分式典會場に貼り出されると思ひます。
下は私の文面です。宛先は役所なので、
金曜夕方までに到着するやう指定しました。
土曜到着で式典で貼り出されるかどうかは分かりません。
貼り出されなくても喜ばれることは間違ひありません。

〒907-8501 石垣市美崎町14
石垣市役所 企劃部 企劃政策課 企劃係御中
TEL0980-82-1350 FAX0980-83-1427
明治二十八年、尖閣諸島が正式に日本の領土と
なるまでの悠久の歴史の重みを感じつつ、
尖閣諸島開拓の日をお祝ひを申し上げます。

長崎純心大學准教授
内閣官房領土室委託尖閣調査事業特別研究員
いしゐのぞむ」
   
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また、同じ一月十四日の午前十一時半から、
石垣港そばの尖閣開拓記念碑前で、
「尖閣諸島開拓の日を祝ふ宴」
が行なはれます。こちらにも祝電を送りました。
こちらは舞蹈家Takezo氏の日の丸演舞が披露され、
尖閣まぐろも振舞はれる見込みです。
昨年はこちらの宴にも中山義隆石垣市長が出席してゐました。
以下は私の祝電文面です。

〒907-0022石垣市大川40番地 電話0980-83-1568
仲間均議員事務所氣附 尖閣諸島を守る會御中
數百年にわたる悠久の歴史を經て、
明治二十八年、尖閣諸島が正式に日本の領土と
なったことを記念し、
「尖閣諸島開拓の日を祝ふ宴」をお慶び申し上げます。

長崎純心大學准教授、
内閣官房領土室委託尖閣調査事業特別研究員
いしゐのぞむ」   

そもそも、祝電の臺紙など、慶祝用品に日の丸や富士山がほとんど無いといふのは悲しいことではありませんか。郵便局やNTTには、日の丸と富士山を採用するやう求めたいですね。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1553962051354339
尖閣祝宴仲間均


明治大學蘆田伊人文庫。
蘆田伊人

地球萬國山海輿地全圖説;地球萬國[図]説 全(元題簽) / 常陽水府 赤水 長玄珠述
    -- -- 木版(彩色) -- 1舗 -- 52.5×58.1cm(19.5×10.3cm)
「大清図」「朝鮮図」を付す。図の赤道径55.1cm, 南北径27.4cm。
裏表紙に「山形縣羽前国東置賜郡上郷村大字長手千六百六十四番地
 亀吉持主 明治廿五年旧四月大吉撰日求之」と墨書あり。
http://www.lib.meiji.ac.jp/perl/ashida/search_detail?detail_sea_param=loc,4,35,0
http://www.lib.meiji.ac.jp/ashida/display/each/04/04-035/04-035-0-2.04.026-l.jpg


上記刊本の手寫着色が下圖。

地球萬國山海輿地全圖説;山海輿地全圖(序) / 常陽水府 赤水 長玄珠述
    -- 手書図 -- (彩色) -- 1枚 -- 111.0×160.3cm
    刊本の写図。南北径 68.8cm, 赤道径 147.3cm。「長久保氏藏版 東都 山崎金兵衛 浪速 淺野弥兵衛」。
http://www.lib.meiji.ac.jp/perl/ashida/search_detail?detail_sea_param=loc,4,56,0
http://www.lib.meiji.ac.jp/ashida/display/each/04/04-056/04-056-0-1.013.042-l.jpg


明治大學は掲載手續きが少々嚴しいので、
これまで論文で取り上げるに間に合はなかったのだが、
ここで圖を切り取らずにリンクだけでブログに出して置かう。

尖閣附近に「レイシ」とある。
他の朱印船古海圖では尖閣に「レイス」とあり、
朱印船航路簿(寛文航海書など)では尖閣に「レイシ」
とあるので、この圖のレイシは航路簿の情報を
取り入れたのかも知れない。但し、問題がある。
與那國島附近の島に「ケイラ」と書かれてゐる。
臺灣島最北端の鷄籠(ケラン)とは位置が全く異なる。
オランダの情報にもとづく地圖では、
臺灣島の東岸に「Gaelay」「Gillira」といふ島があるので、
この「ケイラ」はオランダ式の圖から取った可能性が高い。
ところがオランダ式の地圖では尖閣の位置を捉へてゐない。
しかもこの赤水の圖ではレイシの西側に
臺灣北方諸島が無い。
さうなると、この赤水のレイシは尖閣なのか否か確定できない。
とても殘念だ。
「Gaelay」「Gillira」については、拙著「尖閣海域史辨妄」
(長崎純心大學大學院『人間文化研究』第十五號)參照。

https://web.archive.org/save/http://senkaku.blog.jp/2018010974442265.html
http://archive.is/JNb1t


平成30年1月の休みは、1~10日、16-17、23-24、30-31日、以上は休み。

201801ベアフット
  ▲開店日程。左端が日曜日なのでご注意下さい。
   撮影後に日程が變更されることも有るので
   ご自身でお店にご確認下さい。開店時間は正午頃で、
   午後五時半以前に閉店するのが通例のやうです。

 「喫茶去 Bare foot」(きっさこ、ベアフット)
壓倒的美味。コーヒー、ベーグル、定食。

〒852-8134長崎市大橋町10−33。電話095-848-6800。駐車場あり。
 長崎大學正門の斜め向かひ、長崎振興局から路面電鐵を隔てた正面向かひ。
 「村橋齒科醫院」と「おおや寫眞館」との間に小さな入り口。
そこから奧へ這入り、階段を下る。所謂「隱れ家的」。
https://www.google.com/maps/place/喫茶去+ベアフット/

https://www.facebook.com/271872699639787

http://blog.goo.ne.jp/nuts72722000/e/cd753123ed6c451313ad673d42e6e0e2

http://blog.goo.ne.jp/nuts72722000/e/f888597261ab62ca88b1da5bb5923249

https://ja.foursquare.com/v/5350a575498e16fe2ccf5019

http://blog.livedoor.jp/tosi19480527/archives/33190080.html

http://ameblo.jp/kasumi1016503/entry-11726374656.html

https://plus.google.com/107355902736654417293/

https://plus.google.com/108128478720928590291/

http://ameblo.jp/kasumi1016503/entry-11569942626.html

この喫茶店に拙著『尖閣反駁マニュアル百題』散らしを置いてます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4916110986

ベアフット庭

喫茶ベアフット

ベア
喫茶去2
喫茶去
喫茶去3


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扶桑社表紙

http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594077730
『中国が反論できない 真実の尖閣史』
石平 (著), いしゐのぞむ (史料監修)    ¥ 1,512(税込)

https://t.co/NIfbJPLRjU

http://archive.is/ONRfj
八重山20121006
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明国地図、尖閣は「国外」 中国公式見解を否定 石井准教授「具体的反論を」
2012/10/06  八重山日報
   插圖:籌海図編の「沿海山沙図」(四庫全書、台湾商務印館)。
   尖閣諸島は中央上部にある。赤色は石井准教授が挿入。

 尖閣諸島(石垣市登野城)が明代(1368年~1644年)の中国の「管轄範囲」だったことを示す証拠として、中国政府が公式見解に採用している明国の軍事書の島嶼(とうしょ)図が、実際には国外であるだけでなく、海防範囲外を示していることが分かった。中国の主張に対する有力な反論になりそうだ。石井望・長崎純心大准教授(漢文学)がこのほど、佐賀県で開かれた講演で明らかにした。
   插圖:大明一統志 天順本(統一印刷公司)より、福建省福州府の項目。

 明国で一五六二年に書かれた軍事書「籌海図編」(ちゅうかいずへん)には「沿海山沙図」(えんかいさんさず)という大陸沿岸の島嶼図を収めている。「山沙」とは島嶼を指す。その中に尖閣諸島の古名「釣魚嶼」などが記載されている。

 「籌海図編」が軍事書であることを根拠として、中国政府は一九七〇年代から、尖閣諸島を明国の海防管轄範囲と主張。最近では今年9月25日に中国国務院新聞弁公室が発表した「釣魚島領有白書」などで、この見解が公式採用されている。これに対し、日本の研究者はこれまで「尖閣が管轄内との記述はなく、ただの航路のしるべだ」と反論してきたが、管轄外と明記する文献を示していなかった。

 石井准教授が9月30日に行った講演によると、1461年、明国で勅命により刊行された「大明一統志」(だいみんいっとうし)には、福建省と浙江省の東端が「海岸まで」と明記されており、尖閣諸島は明確に国外だった。

 一例として福建省福州府の項には「東のかた海岸に至る一百九十里」と記されている。百九十里(現在の約百キロメートル)は、福州の本府所在地から海岸までの距離を示しており、明国の領土は海岸まで、尖閣は国外であったことが分かる。「大明一統志」だけでなく、明国で編纂された各地方志の「疆域」(領域)の記述も同様だという。

 石井准教授は「海岸以東が国外である以上、『山沙図』即ち島嶼図の定義そのものが国外図というに等しい」と話す。石井准教授によると、明国では海岸を守るための駐屯地を、国外の近海島嶼に点在させていたという。

 国外の駐屯地は、中国主張の根拠とされる「籌海図編」に「福建兵防官考」の項目で列挙され、ほぼ銅山(どうざん)、浯嶼(ごしょ)、南日(なんにち)、烽火門(ほうかもん)、中左(ちゅうさ)(厦門)、金門(きんもん)、烈嶼(れっしょ)、壁頭(へきとう)、五虎門(ごこもん)(官母嶼)の9カ所だけ。いずれも沿岸10数キロメートル以内の範囲であり、福建から約4百キロメートルの尖閣諸島は明らかに範囲外だ。

 遠く台湾との間にある澎湖群島(ほうこぐんとう)も、例外的に一時期駐屯地となっていたが、それでも福建沿岸から約2百キロメートルの位置に過ぎず、尖閣諸島までの距離の半分だ。

 これまで日本側は、明国の公式地理書に尖閣が載っていないと主張するだけだった。石井准教授は「これからは『明国の国内はここまで、国外の駐屯範囲はここまで』と具体的に確定して指摘するべきだ」と話している。

--------------
以上、八重山日報記事。
『大明一統志』は、めでたく平成二十八年度
く内閣官房委託尖閣調査報告書に
http://www.cas.go.jp/jp/ryodo/img/data/archives-senkaku03.pdf
採用されました。


南日本語派(琉球を含む)と東日本語派(八丈を含む)の提唱
  2017年12月24日   五十嵐陽介
https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=150257
 
五十嵐陽介氏の最新の研究は
https://researchmap.jp/yos_igarashi/?lang=japanese

https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-26770143/

https://researchmap.jp/mu90vd43k-1856949/#_1856949

何やら凄さうだ。琉球語と九州語は確かにかなり近縁性を感じる。

https://twitter.com/YosukeIgarashi/status/945131329921806341
https://twitter.com/YosukeIgarashi/status/945131642678534145


https://twitter.com/manadia_ad/status/847403406918537216

五十嵐陽介twitter2




.
https://www.questia.com/searchglobal#!/?keywords=senkaku

https://en.wikipedia.org/wiki/Category:American_online_magazines

https://en.wikipedia.org/wiki/Category:British_online_magazines


diplomat
https://thediplomat.com/2015/01/japan-and-china-spar-online-over-senkakudiaoyu-islands/


national interest
http://nationalinterest.org/blog/the-buzz/the-shocking-way-war-between-china-america-could-begin-19865

http://nationalinterest.org/feature/we-asked-joseph-nye-what-should-be-the-purpose-american-13630

http://nationalinterest.org/feature/china-vs-japan-asias-other-great-game-22769?page=8


CSIS
https://www.csis.org/analysis/japan-chair-platform-senkaku-islands-and-international-law


Perspectives on Histori (American Historical Association)
https://www.historians.org/publications-and-directories/perspectives-on-history

American Historiacl Review (American Historical Association)
https://www.historians.org/publications-and-directories/american-historical-review




National Review
http://www.nationalreview.com/article/439667/china-japan-senkaku-islands-dispute-headed-war


foreign affairs
https://www.foreignaffairs.com/search?qs=senkaku

https://www.foreignaffairs.com/articles/china/2014-04-10/history-wars-northeast-asia

https://www.foreignaffairs.com/articles/asia/1998-11-01/problem-memory

https://www.foreignaffairs.com/articles/east-asia/2010-11-15/beijing-s-coastal-real-estate


national Bureau of Asian Research
http://www.nbr.org/search.aspx?usterms=senkaku

George town   (p.88 Senkaku)
https://repository.library.georgetown.edu/handle/10822/1041835


International Policy Digest
https://intpolicydigest.org/2016/08/01/senkaku-islands-dispute/



economist
https://www.economist.com/blogs/economist-explains/2013/12/economist-explains-1


National Geographic
https://www.nationalgeographic.com/archaeology-and-history/magazine/2017/07-08/Alfred_Nobel_Founder_Prize/
1400 words
https://www.nationalgeographic.com/archaeology-and-history/magazine/2017/07-08/birth_of_Frankenstein_Mary_Shelley/
1500 words。


Naval History
https://www.usni.org/magazines/navalhistory/archive
https://www.navalhistory.org/


United States Naval Institute Proceedings
https://www.usni.org/Proceedings/proceedings.html




https://en.wikipedia.org/wiki/Category:History_magazines
https://en.wikipedia.org/wiki/GEO_(magazine)





December 26, 2017 12:19 pm JST
Jonathan Hillman
"Will China's Belt and Road stretch further?"
Beijing should focus on building good infrastructure on the ground, not on extending the initiative on paper
https://asia.nikkei.com/Viewpoints/Jonathan-Hillman/Will-China-s-Belt-and-Road-stretch-further?n_cid=NARAN012





"The Nine Dash Line and UNCLOS: Why China’s Strategists and International Law Don’t Get Along"
By Mapping China 21. July 2016
by Andreas Kechagias
https://mappingchina.org/2016/07/21/the-nine-dash-line-and-unclos-why-chinas-strategists-and-international-law-dont-get-along/
https://twitter.com/mappingchina




China on the Sea
"How the Maritime World Shaped Modern China"
Zheng Yangwen, University of Manchester
Generations of Chinese scholars have made China synonymous with the Great Wall and presented its civilization as fundamentally land-bound. This volume challenges this perspective, demonstrating that China was not a “Walled Kingdom”, certainly not since the Yongjia Disturbance in 311. China reached out to the maritime world far more actively than historians have acknowledged, while the seas and what came from the seas—from Islam, fragrances and Jesuits to maize, opium and clocks—significantly changed the course of history, and have been of inestimable importance to China since the Ming. This book integrates the maritime history of China, especially the Qing period, a subject which has hitherto languished on the periphery of scholarly analysis, into the mainstream of current historical narrative. It was the seas that made Tang China a “Cosmopolitan Empire” (Mark Lewis), the Song dynasty China’s “Greatest Age” (John Fairbank), China at 1600 “the largest and most sophisticated of all unified realms on earth” (Jonathan Spence), and the reign of the three Qing emperors (Kangxi, Yongzheng and Qianlong) China’s “last golden age” (Charles Hucker).
http://www.brill.com/products/book/china-sea




George Wahington Univ. History news network
http://historynewsnetwork.org/article/133059
http://historynewsnetwork.org/article/159110
history news (George Washington Univ.)
http://historynewsnetwork.org/article/160970
   (Murata)
http://historynewsnetwork.org/article/159110

http://historynewsnetwork.org/article/155819



russia toady
https://www.rt.com/op-edge/china-japan-island-row-433/
https://en.wikipedia.org/wiki/RT_(TV_network)

Slate 
http://www.slate.com/articles/news_and_politics/view_from_chicago/2014/02/the_senkaku_or_diaoyu_islands_where_world_war_iii_could_start_because_of.html

https://en.wikipedia.org/wiki/Slate_(magazine)



Business insider
http://www.businessinsider.com/diaoyu-senkaku-dispute-everyones-an-expert-2012-9

http://www.businessinsider.com/china-japan-taiwan-and-us-four-to-party-in-diaoyutai-2012-12

http://www.businessinsider.com/china-japan-taiwan-and-us-four-to-party-in-diaoyutai-2012-10

http://www.businessinsider.com/diaoyu-senkaku-dispute-everyones-an-expert-2012-9


Japan times

https://www.japantimes.co.jp/news/2017/05/15/national/history/government-says-document-indicates-earliest-landing-senkaku-islands-ryukyu-royalty-1819/


ABC  australia
http://www.abc.net.au/news/2012-08-19/an-japan-china-timeline/4208770


counter punch
https://www.counterpunch.org/2012/09/27/inside-the-anti-japanese-protests-in-china/


.

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/c/083100053/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8618/
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/102600415/



.


田中角榮が周恩來と尖閣棚上げで合意したといふデマが流布し、
ここ數年來の輿論乃至政策に大きな影響を與へてゐる。
https://www.youtube.com/watch?v=OFfMbUeIR0Q#t=10m20s
https://www.youtube.com/watch?v=OFfMbUeIR0Q#t=12m20s
(ニュース女子、十分半と十二分半)

記録原文(下方リンク)を見れば、
明らかに周恩來がわざわざ尖閣不干渉を宣言してゐる。
それを承けて日本側は何も言ってないのだから、
領土問題存在せずと確認できたわけである。
「田中角榮がもう一押し確約を取りつけるべきだった」
と考へるならば大間違ひである。
完全無缺の日本領土について、
外國から何らの確約も取りつけてはならない。

しかもこの時、周恩來は臺灣の主張も存在して良いと
しっかり認めてゐる。
チャイナ側にとっては、ヤバ過ぎる會談記録だ。
日本政府は情報公開法にもとづき公開してゐる。

ところがその後、日本人は
「干渉されないなら扉に鍵かけずに置かう」
といふ空氣になってしまった。そして近年、
わざわざ空島にして、招かれざる客を招いてゐる。
惡いのは自分である。なぜそんなに弱氣なのか。
もともと清國は國境線外の尖閣を數百年間にわたり
非領有宣言し續けてゐたのに、
なぜか明治の外相井上馨も無闇と弱氣だった。
「杞憂」が常に日本を支配してゐる。
原因は歴史健忘症ではないか。尖閣には悠久の歴史が
あるのに、當局者は全く歴史を意識してゐない。
現代的な是非よりも悠久の尖閣史こそ大切なのだが、
たまには現代史料も以下に複製して置かう。
「周恩來、尖閣不干渉宣言」である。みなさん廣めて頂きたい。

http://worldjpn.grips.ac.jp/documents/texts/JPCH/19720925.O1J.html
データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所
[文書名] 田中総理・周恩来総理会談記録
[年月日] 1972年9月25日〜28日
[備考] 情報公開法に基づいて読売新聞社が外務省に開示を求めて公開された文書
秘密指定解除 情報公開室
極秘無期限 4部の内3号
(1972年9月25日〜28日)
周恩來:(上略)キッシンジャーは「台湾海峡の両側の中国人が中国は一つであると主張することにチャレンジしない」と言った。これはキッシンジャーの傑作である。ヨーロッパ問題について言えば、今、ヨーロッパの連中は平和の幻想を抱いている。しかしこれはソ連にだまされている結果である。

田中総理: 尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。

周総理: 尖閣諸島問題については、今回は話したくない。今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。国交正常化後、何カ月で大使(館)を交換するか?

大平大臣: できるだけ早く必要な措置を講じていくが、(下略)

參考2:
ニュース女子でも尖閣棚上げ合意に皆さん弱氣だ。十分半と十二分半。
https://www.youtube.com/watch?v=OFfMbUeIR0Q#t=10m20s
https://www.youtube.com/watch?v=OFfMbUeIR0Q#t=12m20s



必要なのは悠久の歴史だ。有効手はただ一つ。
歴史百對ゼロの壓倒的悠久の正義を世界に理解させることだ。
「ああさうだったのか!尖閣では最初の1534年から琉球職員がチャイナ使節船を案内し、秀吉家康の朱印船は縱軸横軸で尖閣を航行し、1600年頃に日本が作った精確な尖閣地圖は十九世紀半ばまで世界最尖端であり續け、1604年には國際法の祖グロチウスが尖閣に言及しそこね、1617年には三浦按針がチャイナを避けつつ尖閣を航行し、同年には尖閣の西側入口の馬祖列島で日明間和平合意も成り、1660年には尖閣附近で坐礁したオランダ貨物を薩摩が運んで長崎奉行から出島オランダ商館に引渡し、1719年と1800年には琉球職員が馬祖列島から早くもチャイナ使節の水先案内をして尖閣に導き、1819年には琉球王族が尖閣で公式上陸調査し、1845年には八重山航海士がイギリス人を尖閣に案内し、1867年には歐洲製地圖で尖閣の西側に國境線が引かれ、明國清國は最初から最後まで尖閣と臺灣北方諸島とを混同したままで、釣魚臺を臺灣北方諸島の西側に置くチャイナ史料が歴代の半數を占め、1461年から1872年までずっと尖閣の遙か西方にチャイナ國境線を引いてゐて、1403年のチャイナ尖閣史料は實は琉球人に教はって1573年以後に編まれたに過ぎず、臺灣の地誌に出現する釣魚臺は尖閣ではない別の島であり、琉球風水思想では首里を中心として尖閣を外縁とし、臺灣の風水は基隆から南に伸びるが尖閣へは伸びず、、、、とにかくあらゆる史實が、1895年日本編入の正義に向かって動いてゐたのだ!今悟った!」
世界がさう氣づけば九割の支持を得て尖閣常駐できる。
國際法とか軍事とか地政學とかのチャチな話ではない。

周恩來

周恩來江青


八重山日報 平成三十年元旦紙面。
沖繩に關心を持つ人には凄い情報滿載。
編輯長の本音座談會に大笑ひ。
これはもう十部くらゐ注文して配らう。
第四面第五面ぶちぬきで、昨年末の石垣市仲間均議員
と私との對談も掲載されました。 
掲載後でも全文お讀みになるには、單日電子版ご購入リンクからどうぞ。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamahontoban.html

讀めない程度の縮小圖像を下にお屆けしておきます。
八重山日報30_0101仲間均對談







H30賀印刷版

謹 賀 新 年
  平成戊戌元旦

 詠史賀泰平

三仙臺下水中神
(臺在中華民國臺東縣北界、神名イロク) 
魚餌鯨呑空釣綸 
(大正三年『蕃族調査報告書』海岸蕃條) 
修志同宗黄御史 
(黄氏『使槎録』詳朝日新聞十一月十七日電子版)  
郢書燕説五十春
(尖閣議始於昭和四十三年、詳石平『眞實の尖閣史』
 十作諶、倣杜牧「江南春」故事)

三仙臺下、水中神
(臺は中華民國臺東縣の北界に在り、神名イロク) 
魚餌鯨呑、釣綸むなし 
(大正三年『蕃族調査報告書』海岸蕃條) 
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1876213/153
志を修むるはともに宗とす黄御史 
(黄氏『使槎録』は朝日新聞十一月十七日電子版に詳らかなり)  
https://www.asahi.com/articles/ASKCK4Q7WKCKUTFK00N.html

郢書燕説五十春
(尖閣の議は昭和四十三年に始まる、
 石平『眞實の尖閣史』に詳らかなり。
 十の諶に作るは、杜牧「江南春」の故事に倣ふ)

http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594077730
石平表紙撮影4

.

渡邊拓仙臺市議會291218

仙臺市議會 渡邊拓(ひろし)議員質問ビデオ。

http://www.sendai-city.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=3916

伊達藩黑はばき組の文化財が廢棄された事に始まり、全編が焰の質問。

全編聽いて頂きたいが約十分過ぎから尖閣。

切り取り版は下リンク。

https://www.youtube.com/watch?v=4zIufO1MHXY



尖閣部分の質問原稿は同議員フェイスブックより。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1748191821891759
【議会質問原稿】
平成29年度第4回定例会一般質問
171218 太白区 わたなべ 拓
「(上略)本市内に所在の未指定文化財には、書籍や地図なども含まれるのであります。なかでも、周辺懸念国からの侵略の脅威に直面している我が国固有の領土「尖閣諸島」関係の貴重な資料が本市内に所在していることはあまり知られていません。

 先月、台湾による「尖閣領有」の主張を、1970(昭和45)年に台湾政府が発行した公式地理書「台湾省通志」をもとに学問的に否定した長崎純心大学の石井望先生にお話を伺いました。
 たとえば、①東北大学平山文庫所蔵の17世紀末の航海図『船乗ひらうと』は、長崎・与那国間における尖閣諸島経由の航路を明記する内容で、同時代以前のチャイナ福建側の史料には同航路が全く登場せず尖閣がチャイナとは無縁の地であったことを示すものであります。これは尖閣諸島が、歴史的に我が国の勢力圏内にあったことを立証する一次資料であり、最高の貴重書でありますが、文化財指定はされておりません。
 また、②東北大学狩野文庫所蔵になる19世紀清国の書籍『洋防輯要』、「尖閣諸島とは釣魚嶼である」とする台湾の主張を権威あるチャイニーズの先学が否定する内容であり、我が国にとり重要な一次資料であるが、電子画像は未公開であります。

 そこで、我が国尖閣諸島の歴史を国民が正しく理解するための貴重な一次資料を、閲覧による汚損や、懸念国による毀損行為から護るためにも、当該史料を本市において文化財指定し保護するとともに、同史料を高精度の彩色電子画像化してインターネット上で公開してはいかがでしょうか。これにより、我が国のみならず世界中の人々が申請を経ずに同史料を自由に閲覧できるようになり、世界に対する大きな学問的貢献となり、ひいては国益擁護にも資するのであります。これは「学都」仙台という本市の都市ブランディングにも資する誠に意義ある文化的貢献となることでしょう。既に、東北大学図書館と本市の間では『漱石文庫』のマイクロフィルム化を共同実施した先例もあります。さらには、電子画像化費用を仙台市が支弁することは東北大サイドにも一定のメリットがあり現実的な施策といえますが、当局の所見を求めます。」
----------------
以上、渡邊拓(ひろし)議員 フェイスブックより。
以下、議員に提供した仙臺市内貴重尖閣史料十種情報の内、
議員に採用して頂いた二種を解説する。

まづは『ひらうと』(ぴろーと、PILOT)。
長崎純心大學大學院『人間文化研究』第十五號所收の
「尖閣海域史辨妄」にもとづき、以下にまとめる。

『船乘ひらうと』東北大學平山文庫藏、西暦十七世紀末。貴重度最高。
貞享2 西暦1685  資料番号: 00080338541. 平山文庫請求記号MA/667

https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA88438236
https://opac.library.tohoku.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=TT21695700
http://www.i-repository.net/il/meta_pub/G0000398wasan_4100017490
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200001l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200013l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200014l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200064l.png
http://www.i-repository.net/contents/tohoku/wasan/l/q036/20/q036200065l.png

船乘ひらうと東北大學デジタル

女島ーレイシー與那國ータバコ島ーバシー諸島ーマニラと南下する航路。
女嶋(めしま):長崎五島列島の南の男女群島の女島。
れいし(連いし):尖閣。長崎の南西、與那國の北北東に位置する。
よなこ嶋:與那國島。
たばこ嶋:臺灣東南側の島、今の蘭嶼。

【評】長崎與那國間の尖閣南北航路を明記する。チャイナと無縁の航路。



船乘ひらうと2東北大學デジタル
南澳坪山ー鷄籠頭ー鳥嶼ー天堂ー長崎、北上航路。

南澳坪:廣東省と福建省との境界線上の南澳島及びその沖合ひの澎山。
鷄籠頭:今の基隆附近の臺灣島最北端と推測される。鷄籠は基隆に同じ。
鷄籠頭嶼仔:基隆附近の島と推測される。
烏嶼:諸本校勘により、烏嶼でなく鳥嶼(とりしま)と確定して良い。位置としては臺灣北方諸島と尖閣との中間ほどなので、どちらか確定できない。しかし他の諸史料では尖閣をトリシマとするので、ここでも尖閣を指す可能性が極めて高い。いづれにしろ臺灣北方諸島まで日本が制海權を握ってゐた歴史に符合する。
天堂:鹿兒島の甑列島と考へられる。

【評】この頁は福建式の航路簿だが、トリシマ系列情報は福建側の史料に全く出現しないので、長崎の朱印船唐人が日本側の情報にもとづき作成したと考へられる。

朱印船呂宋

タバコシマ朱印船矢印2

-------------------------

次に清國の道光中の嚴如煜(げんじょいく)『洋防輯要』
東北大學のほか、バイエルン州立圖書館藏本あり。。

http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00060.html
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00059.html
http://reader.digitale-sammlungen.de/de/fs1/object/display/bsb11178115_00058.html
https://books.google.co.jp/books?id=ViVjAAAAcAAJ
https://books.google.co.jp/books?id=LiVjAAAAcAAJ

該館の書誌では西暦1843年刊としてゐる。
バイエルン藏本は順次が顛倒してゐる。
pdf921 卷十二福建略
pdf 77-106 卷一圖
pdf 107-126 封面、序、目次  
封と序には年代を記載してゐないので確定できない。
通行本は道光18年(西暦1838年)の來鹿堂刊本。
香港大學藏は道光十八年來鹿堂刊本。

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0113.jpg

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0114.jpg

http://library.ctext.org/c0004170/c0004170_0115.jpg

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=113

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=114

http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=152235&page=115

他に國立公文書館に同治刊本あり、電子圖像未公開。

問題の釣魚嶼部分のバイエルン藏本圖像は下の通り。

洋防輯要24釣魚嶼バイエルン藏


『洋防輯要』 24卷  16册 東北大學狩野文庫3/5893/16  
道光十八年來鹿堂刊本。電子圖像未公開。貴重度次高。

https://opac.library.tohoku.ac.jp/opac/opac_details/?bibid=TT29020884

卷二十四「外夷市貢」内『太倉使往日本針路』後半は福建琉球間航路を載せる。

【原文】
小琉球套北過船、見鷄籠嶼及梅花瓶、彭嘉山。彭嘉山北邊過船、遇正南風、用乙卯針、或用單卯針、或用單乙針。西南風用單卯針、東南風用乙卯針、十更船、取釣魚嶼釣魚嶼北邊過、十更船、南風用單卯針、東南風用單卯針、或用乙卯針、四更船、至黄麻嶼。黄麻嶼北邊過船、便是赤嶼。五更船、南風用甲卯針、東南風用單卯針、西南風用單甲針、或用單乙針、十更船、至赤坎嶼。

〔小琉球〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔鷄籠嶼〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔梅花瓶〕臺灣北方諸島。現在地は不確定。
〔彭嘉山〕臺灣北方諸島各現在地は不確定。
〔更〕距離單位。一更は約三十キロメートル。十更は約三百キロ。

【評】
更數は甚だ亂れてをり、釣魚嶼を過ぎる前と過ぎた後に、ともに十更の航程がある。ところが黄麻嶼と赤嶼との間ではただ「便是」(すなはちこれ)の二字を言ふだけなので、至近距離だと分かる。黄麻嶼と赤嶼を尖閣内の至近距離の島群に擬すべきである。さうなると、順次によって釣魚嶼は臺灣北方三島の内に位置することとなる。釣魚嶼が尖閣ではないことを示す好例である。しかもその認識のまま西暦十九世紀中期にまで至ってゐる。同じやうに釣魚嶼を臺灣北方諸島の一と誤認する史料は歴代極めて多い。
▼下は『洋防輯要』の概念圖。。

google尖閣洋防輯要

『洋防輯要』については、近く八重山日報の談話連載「尖閣大航海時代」にて紹介します。

單日電子版ご購入リンクからどうぞ。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamahontoban.html


 


http://orientaldaily.on.cc/cnt/china_world/20171229/00178_001.html
http://hk.on.cc/int/bkn/cnt/news/20171228/bknint-20171228130709936-1228_17011_001.html
中文版全名為《千秋興亡:中國歷代王朝興衰錄》,
該叢書的越南版由越南文化資訊出版社與明智文化公司聯合出版,
書中提到在中國清朝康熙與乾隆時期,南沙群島是中國疆土的最南端;

https://hk.news.appledaily.com/china/realtime/article/20171228/57636529
復旦大學教授葛劍雄主編的《中國封建王朝興衰錄—第3集:明朝與清朝》,
提到南沙群島是中國疆土最南端,
書中寫到清朝康熙與乾隆時期,都提到「南沙群島是中國疆土的最南端」。

https://www.hk01.com/article/144787
http://www.mingpaocanada.com/Van/htm/News/20171228/tcaf1_r.htm
《中國封建王朝興衰錄》的主編為上海復旦大學教授葛劍雄,
在越南由越南文化資訊出版社與中國明智文化公司聯合出版。
書中清朝康熙與乾隆時期的內容,都提到南沙群島是中國疆土的最南端。

http://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/2295610
「該書中寫道,清朝康熙、乾隆時期,都提到南沙群島是中國疆域的最南端。」

以上報導多則,都沒寫到哪一條史料有乾隆時的記載。

https://www.amazon.cn/gp/product/B00EHA9YPQ/
葛劍雄主編『China歷代王朝興衰錄』,
清國卷的作者是徐洪興氏。徐洪興氏寫法如下。

第九十四頁:
「從康煕帝統治開始,我國的疆域,東至太平洋,南達南沙群島,西跨葱嶺,……」
第一百零九頁:
「到清朝的乾隆時期,中國的疆域東南起自臺灣,
西北至巴爾喀什湖,西南起自雲南邊境,東北直達外興安嶺;
南至南海諸島,北至恰克圖,東至庫頁島,西至葱嶺。」


兩處敘述,西和北是侵奪,東和南是造假。太平洋是指臺灣東部,清朝統治何曾到達,南沙(長沙)更無蹤跡,可是人民共和國刊行的著作都這麼寫,世界的學界應該共同唾棄它。在人民共和國誰嘗試相反的寫法,誰就無法刊行著作。不管越南政府做法如何,人民共和國的人沒理由批評越南。

南沙群島長沙
Dao Truong Sa (島長沙)。

平成29年10月15日(日曜)から、八重山日報第六面に、
私の談話連載「尖閣大航海時代」が始まってゐます。
ほぼ毎週日曜に掲載されます。
第二囘だけ總選舉のため少し遲れて十月27日金曜第六面でした。
第三囘10月29日(日曜)から以後は毎週日曜となってゐます。
本日12月31日(日曜)は八重山日報は休刊です。
各囘を掲載後に全文お讀みになるには、單日電子版ご購入リンクからどうぞ。
http://www.shimbun-online.com/titlelist/yaeyamahontoban.html

お試しよみとして12月24日(日曜)第十一囘を下にお屆けします。
https://pbs.twimg.com/media/DRwkNDcUQAEeTYg.jpg

yaeyama291224連載11電子


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